第五話 異変と炎上 1
魔方陣の光が収まると、待っていてくれたバリスの姿があった。
「おかえりなさい」
「ただいまっす!」
ミヤが元気に答える。バリスの顔を見て、ホッとしたらしい。よかった、よかった。
「ただいま」
「お疲れさまでした」
振り向くと、また、サナさんが魔方陣の外の後ろ側に立っていた。
「ミツ、準備を」
バリスの隣にいたミツさんが、お辞儀をしてフッと消える。
「サナさん、すみませんでした」
俺の言葉に、ミヤも頭を下げる。
「いいんですよ。なにか予定外のことが起きるかもしれないとは、考えてはおりましたので」
サラリ、と黒い髪を揺らして優雅に笑う。
「別の異能があるのは予想できてはいませんでしたが。ですが、魔王様にも不問にすると言っていただけましたし」
そうだよな。ほんと、申し訳ない。俺たちも知らなかったし、発動したこともなかったから、どうしようもない。
「アクシデントでもあったのですか?」
バリスが心配そうに声をかけてきた。
「お茶会をしていたら、いきなり異能が発動したんです」
「なんと。それで」
「ミヤの異能も発動したので……魔王も、四天王も、大丈夫だそうです」
「そうでしたか」
「不意打ちだったので、身構えて異能を受けるよりも、魔王様も楽しめたと思いますよ」
えっ。
「そうなんですか?」
「とにかく、暇ですから。魔王様。娯楽として、よかったのではないかと」
真面目な顔で言いきるサナさんに、ホッとする。
「ただ、その後に、もう一つ異能が発動してしまって」
「もう一つ?」
バリスが眉をひそめたときに、突然、フィッとミツさんが現れて言った。
「御用意出来ました」
声は出なかったけど、ビックリした。神出鬼没の魔物なの?
視線は向けないまま、ミツさんにかすかに頷き、サナさんが俺たちに言う。
「本日は、お疲れになったでしょう。別に部屋をご用意しましたので、食事をとって、お休みください」
そう言われて連れて行かれた部屋は、次の部屋との間に、廊下とは別の扉がある部屋だった。ベッドが二つの部屋と一つの部屋。二つベッドがある方が、部屋としては大きくて、そこにあるテーブルには三人分の食事が用意されていた。
「食事が終わったら、お風呂もどうぞ。私は今日はここで。後の事はミツに、なんでも申しつけてください。姿が見えなくとも、名前を呼べば現れますので」
そう言うと、サナさんは会釈をして、歩いて行ってしまう。
「あの、ありがとうございます」
「っす!」
扉の前で振り向いたサナさんは、ニッコリと笑った。
「ミツがいないときに、この部屋からは出ないようにしてくださいね」
そう言うと、カツン、と靴の音を響かせて出て行ってしまった。
なになになになになに、怖い!頼まれても、四天王の城なんてフラフラ歩きたくないけど!
「せっかくなので、食事をいただきましょうか」
お茶会で飲み食いはしたものの、どこに入ったのか分からない状態だった俺たちは、バリスの言葉を合図に、のそのそとテーブルについた。
バリスとミヤの三人だし、ちょっとホッとしたけど、でもここ、まだ、サナさんの城なんだよなぁ。
疲れもあり、会話もなく進んだ食事は、結局、味もよく分らなかった。
食事の後のお茶を飲んでいるときに、もう一つの異能の話しになった。バリスは仕事上、気になっていたようだが、疲れている俺たちを見て、晩ご飯を優先してくれたらしい。
眠くなってテーブルでうとうとし始めたミヤにベッドに行くように言い、簡単にバリスに状況を説明する。
魔王に賭けをしないかと持ちかけられたこと。
断ったら、影のようなものに飲み込まれそうになったこと。
飲み込まれる寸前に、ミヤから黒い闇が出て、影を吹き飛ばしたこと。
俺から白いモヤが出て、そのミヤの影に被さったこと。
「そうですか」
話を聞いてしばらく考え込むように黙り込むバリス。
手持ち無沙汰にお茶を飲んでいると、バリスが頭を下げた。
「まずは、申し訳ありません。危険はないと言っていたのに、危険なことになってしまって」
「え」
「賭けをしなくてよかったです。カツミさんの判断は正しいです」
やっぱり。あの賭けは、バリスや役所の知らないところでのことだ。保証してくれた、安全、という枠から外れてしまうところだったんだ。
「それから、ミヤさんの発動した異能。確かめる必要がありますね」
「ですか」
「実は、報告は受けていたのです」
「えっ」
「ミヤさんがうっすら闇に包まれているときに、カツミさんの出す白いモヤでそれが収まると」
「そうだったんですか」
「ただ、誰かに向かったりするようなものではないし、周りに影響があるようなものでもなさそうだったので、そのままになっていました。今までは」
「知らなかったです」
「すみません。ですが、そのようなことがあったのなら、確認して、登録する必要があります。ミヤさんは、発動条件は自覚していそうですか?」
「……わからないです。ただ、ミヤも驚いていたので」
「こちらに来てから、初めて発動したことも考えますと、発動条件は確認するのは難しいでしょうか」
そんな気がする。あ、そういえば。
「サナさんも、魔王と一緒に異能をくらったんです。二回目ですよね?」
「ほう。どんなご様子でした?」
「見た感じでは、同じように衝撃があったように見えました。けど、その場でサナさんに直接聞くことはできなかったんです」
「そうですか」
そこでプツンと会話が途切れた。バリスは何か考えているようだし、変に声をかけるのもどうかと気が引けて、でもどうしようかなぁとグズグズ考え出したところで、ミツさんがフッと現れた。
「お風呂の準備が整いました」
「うわあっ!」
ビックリして飛び上がった俺に、ミツさんも飛び上がる。
「ごめんなさい。気配がなくて、驚きました」
俺の言葉に、ミツさんは黙って頷いた。
「とりあえず今日はこのくらいにして、また、改めてこの話はしましょう。ただ明日、登録証に仮登録だけはしますね」
バリスの言葉に頷く。
今日はもう、疲れた。早く横になりたかった。
結局、俺とミヤ、バリスで部屋割りをし、ミヤを起こして風呂に入り、昨日は早々にベッドに入った。がしかし、なんだか何かの気配がずっとしているようで、ほとんど眠れず朝を迎えた。あんなに疲れてたのに。
それに、夜中かな。バリスが部屋から出て行くような気配がしたような……。気のせいかな。
ミヤは即寝で朝まで起きなかったし、バリスもほどよく眠れたと言っているし。
「おはようございます」
「おはようございますっす!」
「おはよう……」
俺だけ、ヨレヨレ。
ミツさんがいつの間にか用意してくれていた朝ご飯を、斜めになりつつ、食べる。
俺が斜めになっている間に、バリスがミヤに昨日のことを聞いてみたが、ミヤもやっぱり、よく分からないようだった。ただ、どうにかしなきゃと強く思ったのは覚えているらしい。
「カツミさん、ありがとうございますっす。俺を止めてくれたの、カツミさんっすよね!昨日は、お礼言えなくって、すみませんっす」
何言ってんだよ、ミヤ。
「ミヤの役に立てて、よかったよ」
俺なんて、今までどれだけミヤに助けられてきたことか。いろんな面で、いつでもミヤに助けてもらってる。少しでも、ミヤの役に立てたなら、それで俺も嬉しい。
食事が終わると、ミツさんが食器を片付けてくれた。そのタイミングで、バリスが言う。
「今日はまた、一族の村まで行って、そこでゆっくり過ごしましょう」
「はい」
「うっす!楽しみっす!」
「カツミさん、ドラゴンから転げ落ちないでくださいね」
うう……。
「気をつけます」
「命綱、つけておくっすか?」
……お願いしちゃおうかな。
「俺に結んでおくっすよ!」
にこやかにミヤが言ったところで、ハッとする。
いやいやいやいやいや、それはダメ。俺が転げたら、ミヤもやばいでしょ!
「自力で頑張ります」
ガックリとテーブルに項垂れた俺を見て、バリスとミヤが笑った。
朝食後、バリスがミヤに昨日の件で謝り、登録証の仮登録をすることになった。
「でもこれ、どういう形で登録になるんですか?」
「他にも異能がある、詳細は不明、ですね」
「そっすか」
「対応については、役所で報告をした後にお知らせしますね。ただ、お聞きした範囲の出来事だと、大きく今までと変わることはないとは思いますが」
「はい」
「うっす」
一通り登録証の仮手続きが済み、お茶を飲んでいると、ミツさんがフィッと現れた。
「ドラゴンが参りました。ご案内します」
「忘れ物は、ないですね?」
登録証とバリスの村で族長にもらったアクセサリーを確認する。
「はい」
「うっす。あっミツさん、ありがとうございましたっす」
礼を言われたミツさんが、不思議そうにミヤを見上げる。
「サナ様のご命令に従っただけなので」
「うっす。でも、ありがとうございますっす」
笑顔のミヤに、不思議そうな表情のまま頷いて、歩きだした。
「こちらです」
点々と松明が並べられた石造りの廊下を、ミツさんの後ろについて歩く。薄暗い廊下は、ゲームのダンジョンのようだ。
魔物とは戦わないし、唐突な宝箱もないけど。
大きな扉をコツコツ、と杖で開けてくれた先には、来たときと同じ景色が広がっていた。
美しい海。に立つゴツイ城。迎えにきたドラゴン。
来たときよりも少し強い海風に髪の毛が煽られる。
「おはようございます」
背後からコツコツ、という靴の音と共に、サナさんの声が聞こえてきた。
「おはようございます」
「おはようございますっす」
「おはようございます」
チラリと俺を見て、聞いてきた。
「眠れませんでしたか」
「目が冴えてしまって。大丈夫です」
「そうですか」
?なんかサナさん、印象が違う?
「この度は、魔王様の娯楽に付き合ってくださり、ありがとうございました」
サラサラの髪を揺らして、お辞儀をする。
「いえ。こちらこそ」
「うっす」
俺たちも、慌てて頭を下げる。
「バリス、また役所で。カツミさん、ミヤさん、またお会いしましょう」
そう言うと、サナさんは城の中に戻って行った。
「行きましょうか。ミツさん、お世話になりました」
バリスの言葉に頷くミツさんに会釈をして、ドラゴンへ向かう。
「サナさん、今日、雰囲気違いましたね?」
疑問が頭から離れず、コソッとバリスに聞いてみる。
「ああ。もう一人の方なんですよ、今日」
もう一人?
「双子なんですか?」
「いいえ。二重人格です」
うっそー!!まだ、ネタがあんの?四天王。え?じゃあ、トウカさんにプロポーズしたのって、どっち?
「カツミさん、ほんとうに、転げ落ちないでくださいよ」
ドラゴンに乗っても、回らない頭で混乱しつつ考えてる俺を見て、バリスが心配そうに念を押した。




