第二十話 非常事態にて 2
残酷な描写があります。
果して、夜が明けた空には、太陽は昇らなかった。………そう。太陽は。
明らかに太陽が昇っていないのに外が明るくなってきたので、みんなで店の外に出てみた。すると、暗雲の下には、太陽の代わりにナニカが光っていた。太陽ほど強くはない光。けれど、静かに大地を、ちゃんと照らしている。
「なに、あれ?!」
「あれは……、月、ですね」
半信半疑、という感じでバリスが言う。
「マジで?!」
「そう、だと思います。月の力を感じますので。ただ、どうして月が太陽の代わりに空を照らしているのかまでは、分かりませんが」
そこで、全員の視線が魔王に集中した。魔王も黙って空を見上げている。
「ワシも知らん。けど、ラッキーだったな!!これで、一日中暗い中で生活せんでもいいからな!!」
分からないのかよ!!アンタの力じゃないのかよ!
魔王の言葉にズッコケつつ、こういうところが憎めないよな、とつくづく思う。
「さあ、どういう状況になるか分からん。ワシたちは店の中に入ろう。バリス、頼んだぞ」
「はい。戻ってくるまでは、お店で待機していてください」
「分かったわ。でも、アタシ、もう少ししたら生地屋に行くわよ」
「そうですね。けれど、一人では行かないでください」
「俺が一緒に行くよ。このまま店にいるし」
「そうね。よろしくね、イチカ」
「くれぐれも、用心してください。それでは」
バリスが急ぎ足で去っていき、俺たちは店の中に戻った。
カランコロン。
残ったのは、魔王とアスカさんと俺とイチカ。
「朝ご飯、食べますか」
場違いかもしれないけど、一応、食べた方がいいんじゃないかと思って口にする。だって、サナさんのときは、みんながそうやって、俺に食事をとらせてくれたから。
「そうね。ウオマさん、食べられる?」
「うむ」
「なら、大急ぎで作るわ。ちょっと待ってて。カツミ、何か温かい飲み物、淹れて」
「はい」
そうして俺は、猛烈な勢いで朝ご飯を作り始めたアスカさんの邪魔をしないように注意をしつつ、なんとなくハチミツ入りのホットミルクを作ったのだった。
なんとなく。…………思った以上に魔王にウケてたけど。
朝ご飯を食べた後、魔王はすぐに奥のソファーで横になった。動けないほど消耗していたんだし、平気そうな顔をして、ご飯も人一倍食べてたけど、やっぱりキツかったんだろうな。
………でもさ、魔王の消耗って、なんだろう?魔力?四天王が魔力の補充に困らないなら、魔王の魔力だって、すぐに回復しそうなもんだけどなぁ。
そもそも、なんで魔王があんなに消耗してんだろう?神殿と四神が魔に染ま……ん?
魔力は魔王にとって害になるもんじゃないよな?そもそも、四天王が魔力マックスなら、魔王だって……あ。じゃあ。
消耗してるのって、神様のほうか?!
そうか。そうかも。考えてみると、神殿と四神が魔に染まる、って、聖なる力にとっては大打撃だよな。バランスが大事って言ってたし。だからメンテナンスしてたんだよな?
んんんんん?四天王をぶっ飛ばすには魔力さえあればいいんだよな。魔力には今は不自由してなくて。それで、えっと?なら神様の部分が回復しないと、動けないのか?っていうこと?
えー…………神様って、どうやったら回復するの?月が代役を務めているとはいえ、太陽も出てないのに。下手すると、植物も枯れたりしちゃうんじゃないの……。ん?ところで、月って二つあったけど、さっき出てたのって、一つだったよな?じゃあ、もう一つは、どうなってんだ?
月と太陽のことは分からんとは言っていたけど、回復に関しては、魔王に直接聞いてみれば分かるだろう。けど、本人は今、熟睡しているかどうかは知らんが、横になっている。邪魔はしない方がいいよな。
「カツミ。アタシたち、生地屋に行ってくるわ。ちょっと時間かかるかもだから、アンタも気を付けなさいよ」
「あ、はい………アスカさん、なんですか、それ」
「ナックルとカンナ紐と棒よ~。何かあった時、応戦できるように」
ああ、護身用……。なんか、すごい格好なんだけど。
アスカさんの隣に立っているイチカは、木でできた帽子を被って、タンクトップ改良品なのだろう、頭からかぶって、前後に垂らすタイプの布を羽織っている。後、なんかデッカイ剪定バサミみたいなの持たされている。
店には剣はない。護身の為とはいえ、包丁を持って歩くわけにはいかない。それは分かるんだけど。
「イチカ。その帽子と剪定バサミ、嫌なら嫌って言った方がいいぞ」
「いいさ。だって、丸腰よりは身を守れるだろう?」
なんだか楽しそうに笑っているイチカは、ほんとに気がいいヤツだ。すごい格好になってるの、分かってるだろうに。
「外見なんか、三の次よ!!とにかく、安全に戻って来なきゃいけないんだから!!」
二の次ですらないんか。ここにみんながいたら、笑ってくれただろうか。
一人で力なく笑っていると、イチカがポンポンと俺の肩を叩く。
「カツミ。今回も世界の命運背負っちゃってるけど、気楽にいこうぜ!!なるようになる!!」
「そうよ!!負けないんだから!!」
二人で一緒に、オー!!と拳を突き上げる。寝てないのに、元気だな。リラックスとは程遠い状況にいるからだろうな。興奮状態で、眠気がこないんだ。なんだかんだと、二人とも体力あるし。
「アンタ、寝ててもいいわよ。店には結界張ってくれてるみたいだし。変なのは来ないだろうから」
「そうですね。寝られそうだったら、寝てみます」
「じゃあ、行ってくるわ」
「カツミ、マジで寝られるんなら寝ろよ。なんか、最初に倒れそうだからな」
カランコロン。
………俺、もしかして疲れが顔に出てるんだろうか。ここにいた人たちは、みんな同じように寝ずに動いてるんだけどな。
そして俺、今回もアレだ、一番安全なとこにいるんだなぁ。最終的には一番危険なとこに突っ込むのも、前回と同じだけど。
テーブルの上に置きっぱなしになっていた、魔王が書いた図を片付ける。やっぱり文字は読めない。教えてもらってもダメなんだよなぁ。……読めるようになったらいいのにな。
すっかり夜が明けたような町の中を、窓から眺める。
そういえば、店から出ちゃいけないっていう状況で窓から外を眺めるのって、こっちに来た当初、どんな異能を持ってるかが、まだ分からなかったとき以来だ。あのときは、アスカさんに、絶対に店から外に出ちゃダメって言われててさ。ワケわかんなかったけど、言う通りにして。店の休憩時間に窓から町の様子を眺めるのが、すごく楽しみだったんだ。
いつの間にか日常になっていた町の風景を眺めつつ、あの、ワクワクした気分を思い出す。
そうだった、そうだった。ツタと会って半魚人だってビビッて、イチカと林で会って腰抜かして。ツタにおぶってもらったんだったなぁ。町に入ったらゲームの世界でさ。もうほんと、ワクワクとドキドキが止まらなかった。異能が分かった後、役所に行く途中で、エンのとこのパン屋さんで目玉焼きトースト食べてさ。それがすごく美味しくて。役所に着いたら城が和風だったから、そこでも驚いて。アスカさんを待ってる間に、トウカさんが俺たちに歓迎の花を降らせてくれたんだよなぁ。
判明した自分の異能には、心底ガッカリしたし、目の前真っ暗になったけどさ。
あれから数年経つのか。
あっという間だったなっていう思いと、まだそれしか経ってないのか、っていう相反した気分がゴチャゴチャになる。
たった数年の間に、いろんなことがあったなぁ………。
頭の中をいろんな思い出がよぎっていく。
ブラック企業で死んだように働いていた数年と、ここ数年の、あまりにも違う過ごし方に我ながら驚く。
ブラック企業で働いていた年数の方が長いけれども、それでもこっちの世界でも数年経過していて。時間は同じように流れているはずなのにな。
感情の起伏や種類が、そもそも全然違う。ブラック企業で働いてた時は、とにかく負の感情しかなかった。けれど、この世界に来てからは、それこそガチの命がけの場面だってあったけど、けれど、ハッキリとした喜怒哀楽の中で過ごしてきた。
生きるって、ただただ仕事してご飯食べて寝る、ってだけじゃないんだな。
椅子に座って腕組みをして、夏とは思えないくらいの穏やかな光に照らされながら、いつの間にか俺はウトウトしていたらしい。目が覚めたのは、とんでもなく恐ろしげな悲鳴が聞こえたからだった。
なんだ?!アスカさんの声だった気がする。すぐ近くから聞こえたような。
カラコロカラカラコロ………。
尋常じゃない叫び声に、じっとしてなんていられなかった。椅子の上で傾いていた体を起こし、扉を乱暴に開けて外へ出る。視界に入ったのは。
カンナ紐に縛られて、ビヨンビヨンになっている五人くらいの魔族、と。その中央には、道にへばりつくようにうずくまっているアスカさんと。
「イチカああああああああああ!!」
喉の奥から自分でも信じられないくらいの大声が出た。
「しっかりして、イチカ!!今、ヒーラー呼んでくるから!!」
「俺!!俺が呼んできます!!」
「お願い!!」
「い、いよ、カ……ツミ……まに、あわな………」
「今すぐ呼んでくるから、待ってろよ!!イチカ!!」
走り出そうとすると、イチカが弱々しく手を上げた。
「カ、ツミ」
足を止めてしゃがみこみ、膝をついて、その手を握り返す。
「なんだ、イチカ!!」
「俺、記憶、も、も……ど、て、たん、だ。黙っ……て、た……。アス、カ、さ、ん、ごめ」
「そんな。いいの!!いいのよ!!!!」
「み、んな、変わ、ず、に仲、………く、してく……れ、て………ありが、と、な」
「何言ってんだ、当たり前だろう!!しっかりしろ、イチカ!!これからも、一緒に楽しく過ごすんだ!!」
「お、れ、み、なに会え、て、よか、…………」
フッ、とイチカの手から力が抜けた。
「イチカ?……イチカ?!」
「イチカ………」
二人で息を飲んで、反応を待つ。
「イチカ。眠っただけだよな。ヒーラー呼んでく……」
返事を見逃すまいと、瞬きもせずにイチカを見つめつつ声を絞り出したそのとき、悲鳴を聞いた誰かが通報してくれたのか、それとも近くにいたのか。警備隊が駆けつけてきた。
「どうした?!」
「あ、ヒーラー、いますか?彼を、見て、欲しくて。気を失ったみたい、で」
「君」
三人いた警備隊の一人が、イチカの手を握りしめたままの俺の肩に、優しく手を置いた。
「彼は、気を失ったわけではない」
隣にしゃがみこんだその警備隊を、ゆっくりと顔ごと、イチカから視線を動かして見る。我ながら、ぎこちなさ過ぎて、人形が動いてるみたいだ。
俺の肩に手を置いたまま、彼は目を閉じて、ゆっくりと首を横に振った。
ギュッと、もう握り返してくれないイチカの手を、両手で握って額に当てる。ポタポタとビックリするくらい大きな涙が次々にイチカと俺の手を濡らし、地面にシミを作っていく。
「イチカ………」
大きな剣に腹を貫かれ、地面に縫い留められたまま、イチカはもう二度と、目を覚まさなかった。
「アタシを………かばったの………」
駆けつけた三人の警備隊が、カンナ紐でビヨンビヨンになったヤツらを役所へ連行して行った。刺さっていた剣は抜かれて、証拠品として一緒に運ばれていった。
そして、俺とアスカさんでイチカを店まで運んだ。
イチカは大きくて、ソファーからはみ出してしまうので、あるだけのクッションを集めて敷き詰めて、店の床に横たえた。
奥で横になっている魔王は、まだ目を覚まさない。誰も戻ってきていない。
店内には、俺たち二人だけだった。
力なく座り込んだアスカさんが、もう動かないイチカの手を握る。
なんにも言えなかった。なんの言葉も浮かばなかった。
俺は。
俺は、自分の身の程を知っている。それはきっと、一般的に普通と言われる、いわゆる恵まれた環境で、平凡に三十年近くを生きてきたからだ。
人と違う能力というものに、一度はみんな、憧れたりすることはあるだろう。俺も憧れたことがある。
けれど、人と違う能力を持つという事は、その分、人と違う苦労や痛みも背負わなければならない。
俺に、その器はない。人と違う、あの異能を持った時に、つくづく痛感したんだ。
だから、勇者にはなれないし、なりたくなかった。平凡な一般人でいい。ただただ、穏やかに毎日を過ごしたかった。それだけで幸せだった。
でも、なんでなんだよ。なんでこんなことになるんだ。
世界の命運なんて、背負いたくない。親しい人が傷ついて倒れていく姿なんて、見たくない。
俺が命運を背負うことになったせいで、真っ先に俺の親しい人が狙われる。
そんなことになっていなければ、アスカさんもイチカも狙われることはなかっただろう。一般人として、家に籠って過ごしていれば、この騒ぎだってやり過ごせたかもしれないんだ。傷つくことも、倒れることもなく。
なのに。なのに。
……この騒ぎがおさまるまで、俺の大事な人達が、こうして狙われるのか。
俺は勇者じゃない。なのに。いや、勇者なら自分で自分の身は守れるだろう。自分以外の大切な人や、それこそ、世界だって。でも、俺はそうじゃない。俺が、自分で身を守るだけの力すらもないのに、選ばれてしまったから。だから、周りの人が傷ついて倒れていく。
望んだわけでもなく、たまたま選ばれてしまっただけなのに、俺はそれでも、立ち続けて、生きなきゃいけないのか。自力では何もできないのに。この世界の、今の状態を終わらせて、みんなが穏やかに生きていける世界を取り戻すために。
この現実の全てから目を逸らして逃げることは、許されない。
「トウカさんに頼んで、花、たくさん飾りましょう」
ずいぶん時間が経ってから、俺が言えたのは、たったそれだけだった。




