第四話 魔王登場 6
「そうだ!!異能の人間が他にもいるかという質問で思い出した!!アレをやるぞ!!持ってきてくれ!!」
アレって、何?
フードをかぶった魔物が、ガラガラとワゴンに乗せて何かを持ってきた。小さくて細長い木製のブロックが、一段ずつ互い違いに細長くタワーになって積まれている。見たことあるぞ、このゲーム。なんだったっけ。
「知っているかね、このゲームを!」
魔王が嬉しそうに俺たちに聞いてくる。
「あ、はい。子どもの頃に、やったことがあります」
「俺、初めてっす」
「おおっ!!そうか!!初めてか!!ぜひやろう、今やろう、みんなでやろう!!」
「魔王様、また負けますよ」
「弱いんですから、お止めになった方がいいのでは」
「勢いよく引き抜くから……」
次々に容赦のない言葉を浴びせる四天王を物ともせず、魔王はご機嫌で続ける。
「ミヤ君、ルールは分かるかね?」
「分からないっす!」
「ほうほう、なるほど。よしよし、これはこの細長いブロックを一つずつ抜いていくゲームでな」
魔王が嬉々としてミヤにルールを教えている姿を眺めつつ、四天王が呆れたようにお茶を飲んでいる。
「あの。どうしてこのゲームがこの世界にあるんですか?」
「東のルノーの領地に、君たちと同じ世界から来た人が、広めたんですよ」
ルノーさんが頷く。
「酒場での賭け事としてのゲームだったり、子どもの遊びとして流行っている」
酒場で賭け事とか子どもの遊び。わー、ありそう。
「東は木の資源が豊かなので、手軽に作れますしね」
へぇー。そうなんだ。
「というわけだ。全員でやろう!!」
ルールの説明が終わったらしい魔王が、満面の笑みで振り向く。ちょっと待って。後ろで組み立て直してない?この一瞬で崩したの?魔王。弱くね?
やれやれといった顔で四天王が立ち上がる。
「お前たちも、まだちょっと、異能の衝撃が残っているだろう!!今なら、ワシでも勝てるかもしれん!!」
「魔王様。そんなに勝ちたいんですか」
「勝ってみたいなぁ!」
勝ったことないのか。っていうか、異能の衝撃って、多少なりとも残るのか。どのくらいの時間、残るんだろう。それとも、魔族だけなんだろうか。
とてもじゃないけどこの場では聞く勇気がない。戻ったら、バリスに話してみよう。一度、サナさんと一緒に治療院に入ってるし。
魔王の説明を聞いていたミヤがやけに静かだな~、と思ったら、しげしげと興味深そうに魔物が積み直している木のブロックに見入っている。
「ミヤ。初めて見たのか?」
「うっす。こんなゲーム、あるんっすね。」
考えてみると、俺もほんの小さい頃、田舎のじいちゃんの家に親戚が集まったときに、近所の子どもやイトコとやったっきりだ。じいちゃんの家には、将棋とかボードゲームとかがいっぱいあった。
俺たちは子どもの頃から、すでにいろんなゲーム機器があったから、遊びっていうと、ゲーム機器を使った遊びが多くて、こういうゲームやボードゲームって、しなかったな。見たことはあったけど。
魔物たちが一所懸命積み終えた木製ブロックのタワーを見て、魔王が嬉しそうに言った。
「さあ、始めよう!!」
いそいそとテーブルに歩いていきつつ、俺たちに手招きする。
が、思い出したように足を止め、突然、俺に視線を合わせた。
「せっかくみんなで勝負をするんだ、何か賭けようか!ワシが負けたら、君たちの願いを叶えてあげよう」
え。
「ワシが勝ったら、君たちの異能をワシに貸してくれないかね?」
え。
さっきまでと変わらずに満面の笑みだが、一瞬にして質が変わっている。背筋がゾワッとする。
願いを叶える、俺たちの異能を貸す。
これは絶対、やっちゃいけない取引だ。悪魔の契約と同じだ。様子を窺うと、控えている四天王は、全員、眉一つ動かさずに立っている。
ミヤはというと、その言葉を聞いて、固まった。
一度大きく息を吸って、吐き出す。
「賭けません」
握った拳が震える。振り絞った声も。
「どうしてもかい?」
「はい。賭けをするなら、ゲームはしません」
心底怖かったけど、きちんと魔王の目を見て答えた。悪魔の囁きに、耳を貸してはいけない。相手は悪魔じゃなくて、魔王だけど。魔王が何を考えて俺たちの異能を使おうとしているのかは、分からないし、知りたくもない。
「そうか。残念だ」
魔王がそう言うと、さっき出てきた影が再び勢いよくズオオオオオ、と大きくなり、俺とミヤにかぶさってくる。墨汁が視界を覆い尽くし、頭の上から襲ってくるような感じ。
なすすべもなく飲み込まれそうになったときだった。
「やめないか!!」
という魔王が魔物を制する声と、バン、という音がして、ミヤから出た暗い闇が勢いよく魔物に向かったのは、同時だった。状況を把握する間もなく、俺から出た白いモヤが、ミヤの闇をかき消すように覆い被さっていく。
え、どういうことどういうことどういうこと?
一瞬のうちに起こったアレコレに、頭が判断しきれずにぼんやりする。体が妙にだるい。ミヤも、訳がわからないという顔をしつつ、息を切らしている。
魔王だけが、面白そうに俺たちを見ていて、四天王はちょっと険しい顔になっている。
「今のも、君たちの異能かね?」
「わかりません……」
いつもの異能と違う。
「さっき、ミヤ君が倒れたときも、うっすら暗いモヤが出ていたけれど、気付かなかったかね?」
「はい」
イチカが言ってたヤツかな。
「君が、うっすら光っていたのも?」
「知らなかったです」
魔王の言葉に首を左右に振る。今のはミヤの異能が発動して、俺がヒーリングをかけたのか、止めたってことなのか?どういうことなんだろう。
くらった相手は魔物だし、様子がどうか窺うことすらできない。
シュウうううぅゥウウ、と歪な音を出して、先ほど大きくなっていた影が小さくなり、壁際に集まっているのが見える。
「ふむ」
魔王は俺たち二人に視線を固定したまま、後ろのサナさんの名を呼んだ。
「サナ」
「申し訳ありません」
魔王の冷たい声が妙にシンとした部屋に響く。お茶会が始まって一番の、ヒヤリとして緊迫した空気が流れる。サナさんは魔王の後ろに跪いて、頭を下げたままだ。髪の毛で、顔は見えない。
残りの三人は動かず、無表情で成り行きを見守っている。
ピンと張りつめた空気がしばらく続いた。壁際に固まっていた影は、また、ウゴウゴと動き始めている。
「ふむ。今回は異能の発動については有無を問わない約束で来てもらっているからな。どうやら、本人たちも知らない異能があったようだし」
魔王が独り言のように呟いて、場の空気が少しだけ緩む。
「今の異能は、初めて発動したのかね?」
「はい」
「うっす」
「うむ」
何かを考えるように顎を撫でてていた魔王が、再び口を開く。
「サナ。今回は約束もあるし、不問にしよう。予想外の面白いものも、見られたしな」
深く頭を垂れたサナさんに頷き、ニヤリと笑った魔王が、今度は満面の笑みで振り返る。
「さあ、君たちも異能の反動がきている間に、クズセバマケヨをしよう!今度こそ、ワシが勝てるかもしれん!賭けは、なしでだ!!」
え、やるの。この空気の後に?! しかも、クズセバマケヨって名前になってんの、このゲーム。違うよな?違ったよな?あれ?
視線を動かすと、四天王も、やるのかよ、みたいな空気を出している。
異能の反動より、緊張と恐怖で手が震えてできねえよ!!とは思うものの、俺たちには二連続で異能をぶちかました負い目がある。しかも、一つは、自分たちですら認識していなかった異能だ。今度こそ、断ったらどうなるか分からない。
ところで。
「あの。順番はどうやって決めるんですか?」
「ジャンケンというヤツだ!!」
ジャンケンまで流行らせたの?!誰だよ!!ゲームを流行らせたっていう東のヤツか?つうか、東ってことは、ルノーさんが魔王にジャンケン教えたの?どんな顔して教えたの?!
「いくぞ!!せえの!!」
ものすごく微妙な空気の中、俺たちはジャンケンを始めたのだった。
「うおっ!指が微妙に震えるな!!」
魔王はジャンケンも劇的に弱かった。俺たち六人が既に手をつけた後のクズセバマケヨの木のブロックを、変な場所から抜こうとしている。
それ、指が微妙に震えているからじゃなくて、抜くとこのチョイスが間違ってるんじゃ。
ちなみに、これは三回目だ。前の二回は、初めてだというミヤが、早々に失敗して崩している。
魔王、大喜び。
自分よりも下手な相手を見つけたのが、よほど嬉しかったらしい。嬉々として、自分で木のブロックを組み直していた。
ちなみに、魔王は三回ともジャンケンで負けている。勝負事に弱いのかなぁ。
「魔王様。抜くとこ考えた方がいいですよ」
ルノーさんが魔王に突っ込む。
「ん?どういうことだ?」
指で押して半分くらいまでなんとか引っ張り出していたブロックが、話した瞬間にバランスを失って崩れる。
「あああああああ!!イイとこまでいっていただろう!!」
グシャッ、と無情に崩れたブロックを見つつ、魔王が悔しそうに言う。
「ふう。まあいい。今日は、ワシは勝者だからな!!」
どれだけ集中していたのか、額の汗を拭って言う。
「喉が渇いたな。休憩するか」
え、するの?またお茶会?
魔王が言うが早いか、再びフードを被った魔物が音もなく温かいお茶を注ぎ、今度はパウンドケーキのような物を並べていく。
そろそろ帰りたい!!心底帰りたいのに!!
「カツミ君、ミヤ君、座りたまえ!!」
帰り方も分からないし、座るしかない。
「はい」
「うっす」
おとなしく座る俺たち。
あ、なんか疲れてたんだな、俺。座るとなんとなくホッとした感じになって気付く。俺よりもガッチガチに緊張してるミヤは、これは相当、疲れてるだろうな。初めての異能も出たしな。
チラリと横を見ると、緊張しつつもゆっくりと息を吐いているミヤ。
だよな。こんな、ゲームまでする羽目になるなんて、思わなかったしな。
「遠慮せずに、食べたまえ。今日の飲み物や食べ物は、人間用のものを用意してあるのだ」
うん。さっきも言ってたな。それはそれでありがたい。
「いただきますっす!」
「いただきます」
食欲はないけど、そう言われては食べないわけにはいかない。魔物ばかりの城で、俺たちの為に用意してくれたものだし。
再び、味がわかっているのかいないのか、自分に出されたお茶と食べ物をひたすら食べ始めるミヤ。
さっきの残りのサンドイッチを食べてみる。サンドイッチは、ハムとチーズだ。生ハムっぽいものと、オレンジの薄切りとチーズが挟んである。美味い。
「美味しいです」
「そうかそうか!」
お茶も、緊張しきっていた喉にしみこんでいく。飲んでみて気づいたけど、喉、渇いてたんだな。
「オキ、食べ過ぎだろう」
ナルスさんがボソッと言う。視線を上げて見てみると、オキさんの皿はもう空だった。
「お腹空くんだよね」
肩をすくめつつケロッと言うオキさんの皿には、再び、てんこ盛りでサンドイッチやらお菓子やらが盛り付けられた。
その様子を、サナさんとルノーさんは黙って眺めている。いつものことなのかもしれない。
「ところで………」
何かを言いかけた魔王に、サナさんが声をかけた。
「魔王様。そろそろお時間ですので」
「おぉ、もうか!」
サナさんの言葉に大きく頷いて、俺たちの方に向き直る。
「今日は、ありがとう。ワガママを言って、申し訳なかったな」
その言葉で、魔王とのお茶会がお開きになることが分かった。
「いいえ、こちらこそ、ありがとうございました。ご迷惑おかけしました」
「あざっす!」
二人そろって、頭を下げる。
やっと帰れる~!!
ホッとしつつ、素早く立ち上がる。
「たまには、驚くことも必要だから、気にしなくてよいぞ」
魔王も立ち上がりつつ言う。
「そうそう、面白そうなことを耳にすると、人間の町も歩いてたりするから、気軽に声をかけてくれたまえ」
ウソだろ。魔王、町の中、歩くの?
「うっす」
「ただ、ワシが人間になじみ過ぎて、気付かないかもしれんがな!!」
ワハハハハ、と豪快に笑う。
いくらなんでも、分かるに決まってんだろ!!
怖いので、再び心の中で突っ込みつつ、頷く。
「魔王様、それでは」
魔王に深くお辞儀をした後、他の四天王に軽く手を上げて挨拶し、サナさんが俺たちを促した。
「失礼します」
「っす!」
きちんとお辞儀をして、魔方陣の方へ向かう。
「また、会おう」
魔王の言葉に振り向いて、もう一度、お辞儀をして、今度こそ魔方陣へ。
サナさんが呪文を唱え始めて、あの薄紫とピンクの光が発動し始める。呪文に被って、魔王の声がうっすら聞こえてきた。
「あの二人がいる町なんだろう?」
え、町がどうしたの?
魔王の声に反応しようとしたが、あっという間に光は強くなり、そしてあっという間に移動中になってしまった。
俺たちのいる町が、どうしたの?なんかあんの?
ピンクと薄紫の光の中で呟いてみるものの、当たり前だが、返事はなかった。




