第十五話 流れていく日常の中で 2
「一族の集会は月初めと月末なのですが、どちらが都合がいいですか?」
ミルク入りのコーヒーを美味しそうに一口飲み、バリスが嬉しそうに話し出す。
カンナ紐を解くときには思いっきり勢いよく飛ばされたけれど、平謝りをして、なんとか屋上から吊り下げられることは回避することができた。が、次に辛気臭い顔をしたら、問答無用で俺は吊られることになってしまったのだった。
安堵の息を大きくついて、俺もコーヒーを飲む。あー、騒いだせいで喉乾いた。
「そうねぇ。月初めは町歩きとかメンテナンスがあるから、月末の定休日の方が、ありがたいわね」
「そうですか。それでは、急ですが、次の定休日はいかがですか?ちょうど今月、天晴れの定休日と満月が重なっていますので」
あ、そうか。うっかりしてたけど、定休日が満月とかぶってなかったら、集会には行けないんだよな。
「大丈夫だと思うわ。今、ミヤが出かけてるから、戻ってきたら確認してみるわね」
「はい。返事お待ちしてます」
「ミツさんも、大丈夫そうなのか?」
「そうですね。今のところ、大丈夫のようです」
「一族の人達は、平気そう?急に四人も行って」
「お客様は大歓迎の一族ですので。張り切っていましたよ」
「楽しみねぇ!!アタシ、唐揚げの他に、何を作ろうかしら?何がいい?」
「そうですね……あ。照り焼き味も一族は好きだと思います」
「照り焼きね!」
「選ぶとなると、悩んでしまいますね。アスカさんの料理はどれも美味しいですから」
「そう?嬉しいわぁ」
「アレも喜びそうです。コロッケ。でも、そんなに何種類も作ったら、大変ですよね」
「何言ってるのよ!!大丈夫。コロッケは、揚げる直前までの形にして持って行けばいいし」
「結構、気温上がってきてますけど、大丈夫ですか、それ?」
コロッケって中身は加熱してあるけど、揚げるまでは衣に使ってるタマゴは生のままだし。
「移動用の小さい保冷庫あるもの」
なるほど。
「ずいぶん使ってないけど」
それ、ほんとに大丈夫?!
「照り焼きと唐揚げ用の肉は、こちらで用意しますので」
「いいのかしら?」
「はい」
「なら、甘えちゃお。油と調味料は、持って行くわね」
「お願いします。足りないようでしたら、村にある物も使ってください」
「そうするわ。あ、そうだわ。マヨネーズなんだけど、オルタが素早く確保してくれたのよ。もしかしたら、来週の集会に間に合うかも。そしたら、持って行くわね」
「そうですか。みんな、喜びます。ありがとうございます」
「いいのよ。こちらこそ、ほんとにありがとうね」
オルタさん、そんなすぐ手配してくれたのか。すげえな。
最近、イールとかのことで頭がいっぱいで、マヨネーズの動向、全然気にしてなかった。
「そういえば、マヨネーズの流通量増やすとかって話、どうなったんですか?」
「増やすらしいわ。ただ、今すぐには無理みたい。さすがのルピナス商会も、そうそう急に増やせるほど簡単なことじゃないみたいよ」
「そうなんですか?」
「瓶に文字入れたりもしてるからね。元々の商品もたくさんあるわけだし」
そうか。
「でも、今年中には倍くらいの量にするって言ってたわ」
「そんなに人気なんですか」
「そうですね。美味しいけれど手に入りづらい、幻の調味料、ということで話題になっています。天晴れにも、マヨネーズ目当てのお客さんは来ていませんか?」
「マヨネーズを使った料理は前から注文多いから、全然、気にしてなかった」
「この店に来たら食べられるっていう噂が広がってるようですよ」
「そうなの?なら、もう少ししたら、マヨネーズ目当てのお客さんが増えるかもしれないわね」
「すぐじゃなくて?」
「この世界はインターネットがないから、一瞬で世間に広まるわけじゃないもの。そもそも、マヨネーズが店にあるっていうのも、来たことあるお客さんは知ってるし。ウチは居酒屋だから、客層も限られてくるしね。ま、もしかしたら、いつもとちょっと違う客層の人が来るようになるかもね、ってくらいじゃないかしら」
なるほど。
「コウジの村の人達、噂聞いてるかなぁ」
「ああ、お好み焼きを作ったんだっけ?」
「そうです。あのとき、マヨネーズも作ったので」
「なら、今頃、話題の中心になってるかもね。食べたことない知り合いから聞かれたりして」
「だとしたら、嬉しいですね」
コウジとは豆腐の納品のときに顔を合わせる。月に一回程度だ。定休日に来るとは限らないから、タイミングによっては、ゆっくり話せなかったりする。それに今は、村長と一緒に豆腐をもっと量産できるように環境を整えている最中だ。忙しいんだよな、コウジも。農繁期でもあるし。
「ところで、次の町歩きはどちらの予定ですか?」
「次は西の予定よ」
「そうですか」
小さく頷きながら、一度視線を外して窓の外を見る。
「予定はお決まりですか?」
「これからよ」
「そうですか。……西に、信頼できるお知り合いはいましたよね?」
急な質問に、アスカさんと顔を見合わせる。
「いる」
カシメルの一族であるドワーフ族と、西の海岸沿いのバンドローは信頼できる。サナさんの謀反の時も、二つ返事で力を貸してくれた。
「そちらに一度、顔を出すとか、町歩きの一部を担ってもらうことはできますか?」
常には言い出さないことになんだか胸騒ぎを覚える。バリスは余程じゃない限り、こんなことは言わない。
「なにか、あったのか?」
「実はですね。………東の領地の動向に不安がありまして」
東の領地が?
「どんな?」
「そうですね。まだ役所の中で軽く噂になった程度なのですが」
「うん」
「領主がご乱心し始めた、と」
領主がご乱心?
「それって、変な統治をし始めたってこと?」
「そうですね。あくまでも噂ですが。役所の者が、次々と解雇され始めているとか」
「単に離職じゃなくて?」
「はい。単なる離職にしては、数が多いのです。このままのスピードで減っていくと、通常業務を維持するのも近いうちに難しくなるのでは、と言われています」
「相当ね」
「はい。東の情勢が不安定なので、他の領地の町歩きであっても、用心に越したことはないかと思いまして」
確かにそうだよな。
「バンドローに手紙出してみましょうか」
「カシメルちゃんの実家でも、アタシ、いいわよ」
「でもあそこ、鉱山と職人の里だし。観光するような場所じゃないですよ」
「言われてみると、そうね。邪魔よね。仕事中に行ったりしたら」
「はい。バンドローのところは海岸沿いなので、観光できると思います。いいところでしたよ」
「でも、ギリよね。手紙出すとしたら。届くかしら?」
「ですね。なら、いきなり行ってもいいかも。バンドローなら役所と違う情報も持ってるだろうから、教えてもらえるだろうし」
「もし、手紙を書くようでしたら代筆しますので」
「うん。その時は、頼む。でさ」
「はい?」
「東の領主は、どんな理由で解雇し始めたの?」
「あくまでも噂なのですが。ミスをしたら、内容に関係なく一度で解雇だそうです」
「はぁ?!」
「プロたる者、いついかなるときも失敗は許されないそうです」
「えー…………それもうなんか」
メチャクチャじゃん、という言葉を飲み込む。そりゃあ、許されない失敗もあるかもしれないけど……内容に関係なくって。しかもさ、失敗したことない人なんて、そもそも、いるの?
「東の領主は利己的な面はありましたが、そのようなことまでする人物ではなかったはずなのです」
なので、キナくさい、と。あれ?でも待って。カクチナさん、失敗ばっかりって言ってたよな。
「カクチナさんって」
「既に解雇されています」
うっわー………。ガチでヤバそうだな、東の領主。失敗ばかりっていう自覚があっても、改善できなかったカクチナさんにも問題あるかもしれないけど、それにしても、だよな。
「もしかしたら、焼き討ちが決行されるかもしれないわね、それは」
「ええ。けれど、ミスをした者を辞めさせているだけなので。領民に影響が出始めるのは……、これからです」
業務が回らなくなってから、か。
「そうなる前に、修正できればいいけどねぇ」
「こればっかりは。他の領地ですし、動向を見守るしかできません」
「フユ、大丈夫かなぁ」
情勢が不安定になれば、世の中も物騒になっていく。特に、役所は中心町にあるから、真っ先にそこに影響が出るはずだ。
「何かあったら、力になりましょ」
「そうですね」
「では、私はそろそろ戻ります」
「あっ、ありがとねっ」
軽く頷いて、バリスは店を出ていった。
カランコロン。
バリスが来てくれて、助かった……。よくよく考えてみると、カンナ紐でグルグル巻きにされて屋上から吊るされたら、絶対に噂になるし。ヤバかった。
「バリスって、なんでトウカさんの気持ちに気付かないんだろうなぁ」
心の中で感謝をした、それに続いて思ったことが、そのまま口から滑り出た。
「えっらそうに言っちゃって」
フン、と鼻を鳴らしたアスカさんが冷めたコーヒーを飲み干す。
「でも、バリスって察しもいいし、周りもよく観察してるじゃないですか。なのに、どうしてトウカさんの気持ちには気付かないのかなぁって」
「自分にそういう好意が向けられると思ってないからでしょ」
は?!どういうこと?!
思わず眉間に皺が寄る。意味が全然、分からない。
「外見だけは満点以上のいい男で、中身を知らない女性からの好意を惹きつけてきたマリーや、野暮天だけど一応彼女がいたことがあるアンタとは違って、バリスはそういうものは自分には一切、関係がないだろうと思って生きてきたんでしょ。だから、実際に恋愛感情を向けられても分からない」
「そういうもんですか?」
「アンタ、サツマイモを二つ並べられて、品種当ててくださいって言われたら、当てられる?」
いきなり何言い出したんだ、アスカさん。
「無理です。知らないですもん。サツマイモ、ってしか分からないです」
「そういうことよ。バリスはイメチェンにも悩んでいたし、友人も欲しがっていたでしょ」
「?はい」
「好意がサツマイモ。品種が友情か恋愛感情かってことよ」
「好意だっていうのは分かるけど、それが友情か恋愛感情かは分かってない、ってことですか?」
頬杖をつきつつ、軽く頷く。
「向けられた好意の種類が分かってないから、トウカちゃんの気持ちには気付かない。それだけよ」
分かったような、分からないような。
「トウカさんが酒飲んで暴れてるときに、そういう恋がしてみたい、って言ってましたけど」
「憧れてはいるんでしょ。恋愛に」
俺たちと付き合うようになって、バリスはとても嬉しそうにしている。友情を、まるで宝物みたいに大切にしているのが、自然と伝わってくるくらいだ。
バリスは生真面目で誠実だし、お茶目な一面も持っている。自分の行動にしっかりと責任を持っているし、芯も強い。
そんなバリスが恋に落ちたら、それはもう素敵な恋ができるだろう。けれど、それはまだ少し、先の話しなのかもしれない。
「マリーの方が、頑張っちゃうかもしれないですね」
「トウカちゃんにも一切、伝わってないところがマリーも残念なところよね」
確かに。
顔を真っ赤にしてトウカさんに懸命に話しかけているけれど、なんだか空回っている様子は否めない。
「トウカさん、一途だっていうし、バリスのことが好きだから、他の男は目に入らないんでしょうね」
中身は残念だけど、隊医だし、外見は文句なしのいい男なのに、マリー。
「でしょうね。っていうか、アンタは人の恋愛沙汰の心配してないで、自分のことでしょ。お土産渡した後、なんの進展もしてないじゃないの」
「それは……だって………」
モゴモゴと口の中で言葉を探す。
イールのこともあったし、ティルは店もあるし。俺も店、あるし。
「口実がなくって」
「馬鹿ね。口実なんて、なんだっていいのよ。ケバブ買いにきたよ、とか。ジンは元気?とか。ちょっと一緒に散歩しないか、とか」
「なるほど」
でも、面と向かって話すしかないから、ハードルが高い。ああ、メールとかって、マジで便利だったなぁ。
「困ったもんだわ、ウチの子も」
ふぅ、とため息をついてアスカさんが立ち上がる。
「アンタ、今日もどうせ暇なんでしょ?」
「はい」
「アタシに付き合いなさい」
えー……。
「あからさまに嫌そうな顔してんじゃないわよ。スッキリしないときは、筋トレよ!!体を動かしてるうちに、スッキリするから!」
「嫌ですよ、そんな脳筋の理屈!!」
「るっさいわね!!四の五の言ってんじゃないわよ!!」
というわけで、俺はその日一日、アスカさんに筋トレという名のしごきを受けたのだった。もちろん、次の日は久々の筋肉痛に苦しむ、というオチも、バッチリついた。




