第四話 魔王登場 4
そして俺は今、なぜか、空に九十度の角度で輝く満月と半月を見つつ、右手に酒、左手にはコンガリと焼けた食べごろの肉を持っている。
もう、なにがなにやら。
「美味いっす!!」
肉と酒を持ったまま視線を横にズラすと、果実ジュース片手に肉にかぶりついているミヤ。
「それはなによりです。たくさん食べてください」
そして、更にその隣には、上半身半裸の狼男……ならぬ、満月を見て変身したバリス。
視線を正面に戻すと、月明かりの中、たくさんの松明が灯された広場に、その中央には一際大きな、キャンプファイヤーのような大きな炎。その周りには肉やら何やらが炙られていて、そこを中心に、飲み物やら食べ物やら酒がもっさり。更に更に、広場の片隅には音楽隊もおり、世にも幻想的な音楽が奏でられていて、狼男と狼女が楽しそうに飲み食いし、踊っている。
そう。ここは、バリスの一族の村。北の領地の一族が、月に二回、集まって集会をする。そして、今日が、その日。
なんと、俺とミヤは、その宴に招待されたのだ。
ドラゴンの背に乗せてもらってこの村に着いたのは、夕方のことだった。まだ、全然興奮が冷めない状態のまま、バリスについて村に入り、族長と対面し、アレヨアレヨという間に歓待されて今に至る。
無邪気に肉を頬張りつつバリスと会話をするミヤ。そういえば、バリスが冗談を言ってから、ミヤはバリスとも話すようになったな。
そんなことを思いつつ、肉を口にする。ちょっと辛めの味付けで、噛むと肉汁がウワッと溢れてくる。どういう処理をしているのか、皮はパリッとしているのに、すごく柔らかい。美味い。
何気なく酒を口にして、飛び上がる。
「キッツ!!」
強い、この酒!!蒸留酒か?
目を白黒させた俺を見て、バリスが笑ったときだった。
ジャーン!!という、シンバルみたいな音が広場に大きく響いた。それまで賑やかだった村が、急に静かになる。
ダンッ!
大きな足音が一つ、響いたかと思うと、次第に足音が増えて行く。重なっていく太鼓の音。
男たちの足踏みが、大地を揺るがすような大きさになったとき、さざめくような女たちの歌声と鈴の音がその足音に合わさって夜空と炎を彩っていく。
二つの月に照らされて、大地にたくさんの影が落ちる。
あまりにも幻想的な風景に、眩暈がしそうだった。
そして今は、再びドラゴンの背中。
昨日は疲れもあったのか、いつの間にか眠ってしまい、気がつくと朝だった。誰かが運んでくれたらしく、きちんと布団で寝ていた。隣には、ミヤもぐっすり眠っていた。ふかふかの布団は気持ちがよく、板張りの床だというのに、冷たさも痛さも、全く感じなかった。
バリスの一族の村は、俺たちがいた町と、目的地である海の、中間くらいにあるらしい。族長たちに挨拶をして、朝一に出発した俺たちの前に海が現れたのは、お昼近くのことだった。ちなみに族長は、一際大きな狼男だった。
「海っすよ!」
遠目に見えてきた海を見て、ミヤがはしゃいだ声を上げる。そのミヤの胸には、木彫りのアクセサリーが下げられている。親指一本分くらいの大きさの、素朴な木彫りの物だ。ナスカの地上絵のようなテイストの柄が彫られている。族長が友好の証にと、俺たちに一つずつくれた。
なんだか嬉しくて、二人とも、その場で着けた。
「もうすぐですね」
バリスの声に顔を上げると、グングン海が近づいてきていた。
海だ。抜けるような鮮やかな青い色の美しい海。この世界は、海も美しいのか。
「サナ殿の居城は、あちらですね」
海の美しさに感動しつつ、バリスが指をさした方向に目を向ける。
……………。
メッチャ岩礁の上にあるじゃん!北陸かどっかの、日本海側の景観だよ!!岩礁の中に一際そびえる、岩で作られたゴツゴツの城。ザッパーンッと砕ける波。
こんな美しい海に、ずいぶんゴツイ城建てたなあ!しかも、サナさんが住んでるんだよな?意外。
「あれっすね!ラスボス感のある城っすね!」
横でミヤが、斜め上の感想を言う。
「四天王の城だもんな」
俺たちは勇者一行でも冒険者でもないけど、ものすごく貴重な体験をさせてもらってるんだな。
ミヤのコメントに笑いつつ、しみじみと思った。
クルクルと空中でしばらく旋回したドラゴンは、ピィーというかすかな口笛のような音が響いた方へと、ゆっくり降りていった。
岩礁との間にある城の入り口の前に、大きな広場があり、近づいてみるとそこには、今日もイケメン執事風のサナさんと、部下なのだろう、サナさんの膝よりも少し大きいくらいの 魔物が、フードつきのマントをかぶって立っていた。
サナさんも魔物も、ドラゴンの風に煽られても、ビクともしない。
俺たちを広場に降ろすと、ドラゴンはゆっくりと旋回したあと、内陸の方へ飛んで行ってしまった。
魔族の二人は全然平気だったようだが、普通の人間は、風に煽られる。ドラゴンとしてはゆっくり動いてくれているんだろうけど、海風と相まって、体、吹っ飛びそうだった。
「こんにちは」
今日も今日とて優雅な笑顔で挨拶をするサナさん。その横でお辞儀だけする魔物。
「こんにちは」
「こんにちはっす」
「本日は、よろしくお願いします」
俺たちも、それぞれ挨拶する。
ザッパーン!と波が砕ける音を聞きながら、改めてサナさんと居城を見上げる。
………ゴツイ。ゴツすぎる。とてもじゃないけど、こんなイケメン執事風が住んでるようには見えない。サナさんは、宮殿的な方から出てくるのが似合ってる………気がする。
「それでは、城に入りましょうか」
「そうですね」
「うっす」
「はい」
サナさんの斜め後ろを歩いていた魔物が扉の前で、懐から出した短い杖でコツコツと扉を叩く。少しの間の後、大きくて重たそうな扉が、ギイイィィ、と軋んだ音を上げながら、ゆっくりと開いて行く。
おおおおおおおお!それっぽい!!ゲームっぽい!!すげえええええ!!!
内心、一人で興奮する。
扉の向こうは石造りになっており、所々に松明が灯されている。
「どうぞ」
扉が開き切ったところで、サナさんが振り向いて言う。
カツン、と踵の音が大きく響いた。
「早速ですが、こちらが使っていただく魔方陣です」
扉から入って右に曲がり、一つめの大きな扉を開けると、そこには松明がいくつか灯されているだけの、ガランとした無骨な造りの部屋が広がっていた。
サナさんの言葉に視線を部屋の奥に移すと、薄闇の中にピンクと紫が混ざったような色を放って、床に魔方陣が描かれていた。えっ?!魔方陣って、こういう色を放つの?!
「どうぞ、こちらへ」
魔方陣の放つ色に無意味に驚いていると、サナさんが魔方陣の方へと手招きする。
人間特化と言われているし、大丈夫だとは言われているけれど、いざ目の前にすると怖いな、やっぱり。
しかし、グズグズしてもいられない。魔王が待ってるんだし。
ミヤと視線を合わせて頷き、前に出る。
「バリスは、あまり近寄らない方がいいよ。危ないからね」
言われたバリスがその場で足を止める。
「後のことは、ミツに言ってあるから。バリスも、くつろいでいて」
ミツと呼ばれた先ほど扉を開けた魔物が、頷くように頭を下げた。
「はい。ミツさん、よろしくお願いします」
魔方陣の手前まで来たところで、バリスを振り返る。
「行ってきます」
「うっす」
「はい。お待ちしていますね」
俺たちの緊張をほぐすように微笑んだバリスが、片手を上げる。
その様子を黙って見届けたサナさんが、ゆっくりと口を開く。
「それでは、魔方陣の中央に立ってください」
息を飲んで、足を上げる。大丈夫だ、大丈夫。
魔方陣の中に足を踏み入れると、軽く重力がかかった後に、今度は反対に、宙に浮くような感じになった。足は地に着いているけれど、髪の毛や服は上向きだ。
フワフワとした足取りで、呪文のような文字と数字が規則的に描かれている魔方陣の中を歩く。
中央は、分かりやすかった。円になっていて、そこにもなにか数字と図柄と文字が描かれている。
当たり前だけど、知らない文字だ。
中央に立つと、ピンクと紫の光が強くなっていく。
「発動しますよ」
あれ?
「サナさんは」
「これは対人間用特化です。私は入れません。発動した後、すぐに行きますので、安心してください」
そうなのか。
「言い忘れていましたが、この先には、すでに魔王様がお待ちですので。では」
そう言うとサナさんは、聞いたことがない言葉を呟きだした。
ていうか!!
そんな大事なこと、言い忘れないでよ!!てか、人生初の魔方陣体験直後に、魔王と対面待ったなしってこと?!
待て待て待て待て待て待て待て待てとは思うものの、サナさんの呪文によって徐々に強くなった光は、あっという間に俺たちを覆って、サナさんもバリスも見えなくなった。
急な浮遊感があったな、と思ったら、あの、高速移動のエレベーターで一気に下に降りる感覚が来る。
うう………微妙に気持ち悪い。
つうか、この直後に魔王と対面なの?いきなり?
マジかよ!
混乱した頭で心の中で叫んでみるものの、状況はもう、全くどうにもならないのだった。




