第一話 始まり2
「ままままっみみみみみみや!!」
ミヤが言っていた人を遠目に認識し、明らかに違うだろという意味を込めて、ミヤの腕を引っ張る。
「ま行の頭から呼ばなくても、ミヤでいっすよ~」
鼻歌交じりに言って足を止めない。
いや、ちょ。待ってくれ!!
もう一度腕を引っ張ると、今度は足を止めてくれた。
「どうしたんすか?」
どうしたんすか、じゃなくて。あの人。違和感ないのか?ミヤ!
十メートルほど先にまで縮まった距離の先にいる“人”を見る。どう見ても。
「半漁人の御方じゃない?!」
ビビり過ぎて、妙な言い方になった。キョトンとした顔をしないでくれ。
「だって、言葉通じるっすよー。大丈夫、大丈夫っすよ」
なんでだよ!大丈夫って何が!?姿形は、少なくても、同じじゃないでしょ!!マジかよ!?しかも、言葉通じるのか?!
驚きのあまり言葉を失った俺の腕を引っ張りつつ、歩き出すミヤ。おうおうおうおうおう。
……でもまあ、こんな状況だし、いっか。大丈夫だって言ってるんだし。俺の寝床用意してくれて、ミヤと魚釣りしてたんだもんな。覚悟決めて行こ。
とは思うものの、へっぴり腰になってしまうのは許して欲しい。ミヤ、すげえな。一人で話しかけたんだよな。今も全然、躊躇してないし。肝、据わってんなー。
とか思っているうちに、目の前まで来ちゃった。
「お待たせしたっす。やっぱ、起きてこっちに来てくれてたっす」
「おー」
ミヤの言葉に応じる姿は、やっぱ、半漁人?
こう……唇が厚くて、肌がゴツゴツしてて、耳がとがっていて、毛がない。上半身は薄いTシャツっぽいのを着てて、下はこれ、……もんぺっていうの?戦前の写真とかで見たことあるようなモンを履いている。
どうでもいいけど、半漁人って海にいるんじゃないの。ここ、同じ水辺だけど、川だし。
ビビっているのを緩和させようと色々考えてたけど、相手がこっちを見て笑顔で返事をしてくれたことに、遅ればせながら気付き、軽くお辞儀をしつつ挨拶をする。
「初めまして。カツミです」
「おー。俺はツタ。よろしくな」
目を細めて笑いつつ、返事をしてくれた。
「ミヤが迎えに行っている間に、結構、釣れたぞ。腹減っただろう。食べよう」
え、食うの?食事?すんの?マジで???
あっけに取られた俺を尻目に、二人は川原に下りて石を組み始めた。
「うん」
ツタが魚を炙りつつ、頷く。
あの後、ツタに藁をひと抱え持ってきてくれと言われ、寝ていた場所まで戻り、ヒーコラと汗をかきつつ戻ってくると、組まれた石の間には乾いた小枝等があり、木の棒に刺さった魚がグルリとそれを取り囲んでいた。うっすら白いのがまぶしてあるけど、塩?塩なのか?
藁をかぶせて、更にその上に小枝をかぶせ、どういう仕組みなのか、パチンとツタが指を鳴らすと、その指先で火花が散り、藁に燃え移った。
火が大きくなるにつれ、少しずつ焼き上がっていく魚を見て思う。観光地で見たことある、これ。イワナ?とかアユの塩焼きと、そっくり。
「よし。もういいぞ」
焼き上がった魚を一本ずつツタが渡してくれる。ところどころ焦げ目がついた魚は、こんがりしていて美味そうだ。
「いただきますっす!!あぢっ!!」
言うが早いか大口開けて魚にかぶりついたミヤが、悲鳴を上げる。それでもメゲずに食いつき、ハフッハフッと口の中の熱を逃しつつ、食べる。
「うまいっすねぇ~!」
そう言ってどんどん食べて行くミヤを眺めて、嬉しそうにするツタ。
「そうか、いっぱい食え」
息をかけて冷ましつつ、俺もかぶりつく。
美味い。淡白だけど、脂がのってるとこもあって。香ばしい。そして、あの、白っぽいのは塩だな、やっぱ。汗ばんだ体に、塩分が沁みる。
「美味い」
「そうか」
ツタはまた、嬉しそうにすると、自分も食べ始めた。
つーか、魚が美味いってどういうこと?エネルギー補給ってどうなってんの?知らんもん食べて、腹とか下さねぇの?
頭の中をグルグルグルグル疑問が回っている。ミヤはそんなことお構いなしの様子で、どんどん魚を食べていく。
そういや、俺が寝ている間も、藁運んだり魚釣ったりしてくれてたんだよな。そりゃ、腹も減るよな。普通に考えれば、だけど。
俺もやっぱり空腹を覚えて、三人で黙々と魚を食べた。
十匹以上あった魚が俺達の腹に無事に収まった。ツタは水も操れるようで、焚火の後始末もなんなく終わった。更に、俺の寝床も片付けた辺りで、ツタが言った。
「さて。じゃあ行くか」
どこへ?
「どこへっすか?」
頭に疑問が浮かぶのと、ミヤが元気に質問するのが、同時だった。ウケる。
「お前たちが行く必要がある場所だよ」
やっぱ、あの世なんかなぁ。
「エンマ様のとこっすか?!」
川下に歩き出しながら、元気よくミヤが尋ねる。
その質問、どうしてそんなに元気よく繰り出せるんだよ、すげえな。
「その人物は知らないが、いわゆる、窓口だな、受付」
「うっす」
「半日くらいで着くだろうから、夕方くらいになるかな」
マジか。半日歩くんか。
「うっす」
イイ返事だな。マジか。ほんと、すげえな、ミヤ。
下りとはいえ、俺、どんくらい歩けるかな。上着も革靴もネクタイも邪魔だけど、捨てて行くわけにはいかないから、仕方ない。
邪魔なものをブラブラさせつつ、二人の後をついて行く。話すと体力消耗するし、ミヤの高いコミュ力を信じて、会話を任せる。
ツタはツタで、口下手そうではあるが。
「半日ってどれくらいっすか」
マジか。その質問。あ、いやでも、そうか。概念が違うかもしれないもんな。
「あれが地面の辺りに来る頃だな」
まだ頂点に達していない太陽を指さしつつ、ぐるっと地平の方へ手を回す。概念としては、同じようだ。
「うっす!!結構、歩くっすね?」
「まあなあ」
「森は抜けるんすか?」
「途中で、林くらいのところは抜けるな」
「虫いるっすか?」
「虫。うーん。生き物はいるな。いろいろ」
「そっすか!楽しみっすね!!」
何が?!何が楽しみなの?!俺は虫は苦手だよ!!
心の中で突っ込みつつ、足手まといにならないように後ろをついて行くので、精一杯だった。
「うわあああああああ!!!」
膝丈ほどの草が生えている林の中を、川に沿って作られた小道を歩いているときだった。
ツタによれば、この林を抜けてもうちょっと歩くと町に着くらしい。林自体も、そう広くはないそうだ。
林の手前で水分補給をし、顔を洗って一息ついて、それから俺たちは林に入った。中は太陽が遮られて涼しく、小道も思いの外歩きやすかった。
十五分ほど歩いた頃だろうか。
肩にポンポン、と何かが当たった。そう。誰かに呼び止められてるみたいに。
それまで、何にも遭遇していなかったから、俺はすっかり、油断していた。だって、ツタは半漁人だけど、言葉も通じるし。
何の気なしに振り向いた途端、俺の視界に入ったのは、俺と同じくらいの大きさのクモだった。
反射的に口から悲鳴が漏れる。のと同時に、カクンと膝が折れて尻餅をついたのが分かった。
腰抜けた!!!っつーか、いろんな生き物がいる、っては言ってたけど、予想外!!聞いてねえよ!!いや、聞いてたけど、想像できなかったよ!!
よろけて尻餅を着いたはずみで、前を歩いていたミヤの背中にぶつかり、ミヤもバランスを崩す。
「うおっ。そんなに声張り上げなくても、聞こえるっすよ~」
転ばないようにバランスを取りつつ振り向いたミヤが、クモを見る。
「わあ~おっすね!!!」
マジかよ、ほんとすげえな、ミヤ!それだけかよ、感想!!!
俺のビビり具合とミヤの反応を、クモがじっと見つめている。
「あわ……、あわわわわわ。」
食っても美味くねえぞ、俺!!栄養ドリンクとコンビニの握り飯でできてんだからな、体!!
腰が抜けているせいで、尻で後退りしつつ心の中で叫ぶ。情けなくも、口もちゃんと動かない。
騒々しい俺たちに、ツタも振り返るが、クモを見て、平然としている。
なになになに?なんなのこれ?大丈夫なの?!
「コイツらは、これから行くんだよ」
そう言うと、クモが頷くように身じろぎする。
手なのか足なのか?!上から二本の足をサカサカと動かす。
「終わって、二人がいいって言ったら、また来るよ」
来ねえよ!!会いたくねぇよ、もう!!
俺の心境とは裏腹に、ツタの言葉に納得したように頷いたクモは、バイバイするように手を振り、茂みの中にガサガサと消えて行った。
「知り合いっすか?」
その質問をかませるのがすげえ。
「そうだな」
「そうなんすね」
それで済まさないでくれ!
もう少し説明をして欲しくて口を開くが、
「あわっわわわ……」
出てくるのは言葉にならない声ばかり。情けない。
「腰が抜けたか」
そう言うとツタは素早く寄ってきて、俺をおぶってくれた。半漁人なのに、湿ってない。サラサラだ!!
「あわ」
ツタ、なんてイイ奴なんだ。礼を言おうとしたが、まだしゃべれなかった。
ほんと、情けない。
「あれが何なのかも、後で説明してもらえ」
しゃべれない俺は、ツタの背中で黙って何度も頷いた。
林を抜けると、町はほんとうに、すぐそこだった。
さすがにおぶってもらって町に入るのもどうかと思うので、休憩を兼ねて三人で川に足を入れて涼む。
川に足を突っ込みつつ、やっとしゃべれるようになったのでお礼を言う。軽く頷くツタ。無口っぽいけど、イイヤツだ。
ツタはゆっくりめに時間を計算してくれていたらしく、太陽はまだ、斜め上くらいの位置にあった。
さすがに二人とも疲れたのか、黙ったままだ。
何回も思うけど、この水、ほんとうに気持ちがいい。冷たさが冷蔵庫の冷たさとは質が違う気がする。
そういえば。
「なぁ、ツタ。いきなり俺らみたいな服着てるヤツが町に行って、大丈夫なのか?」
半漁人の町なら、俺らみたいな外見のヤツらは異質なんじゃないか。連れて行ったら、ツタが酷い目にあうんじゃないか。
そう思ったものの、半漁人の町とは言いづらいし、うまい言い回しも思い浮かばなかった俺は、そう聞いてみた。
「大丈夫だ。心配しなくていい」
アッサリと言う。
「それに、服なんてみんな好きなモン着てるしな。」
そういう問題!?
ツタのおおらか過ぎる言葉に、思わず笑いがこみ上げる。
「そっすよね!ファッションは自由っすよね!」
ミヤが斜め上の発言をして、なんかツボに入った。
「なんすか、一人で楽しそうにしちゃって!!」
すっかりのんびりした気分になってしまったが、そろそろ腰を上げた方がいいかもしれない。二人とも何も言わないが、俺を気遣っているだけだろう。
「ミヤ、ツタ。ありがとう。俺、もう立てるよ」
言いつつ立ち上がると、二人とも頷いた。
また三人で歩きつつ、会話を続ける。町が近いし休憩もしたから、気持ちにゆとりもできた。
「ツタとミヤって、いくつ?ちなみに俺は二十六。」
「二十歳っす!!」
「二人よりは生きてるな。」
食い気味で答えるミヤと、ちょっと考えてから答えるツタ。もしかしたら、寿命とか年齢の数え方が違うのかもしれない。種族、違うだろうしな。
「わっかいなー、ミヤ」
と言ってる最中、ふと気づく。
ん?今、ツタ、生きてるって言ったよな?ってことは、あの世じゃないのか?ここ。
前のめりで質問をしようとした俺の前に、ツタが手をかざした。
「もうすぐ着く。まとめて聞くと良い」
言われて視線を前に向けると、もう町の入口だった。