第四話 魔王登場 3
一週間が経過した今日、バリスは店に顔を出しに来てみたという。サナさんはまだ、役所に滞在している。
一週間というとそれなりに待たせている気がしていたが、魔族は時間の感覚が長く、一週間程度はなんとも思わないそうだ。
楽しそうに、城でゆったりしたり、町の花屋に通っているらしい。
町の……花屋……!
好奇心で突っ込みたい気持ちを抑え、とりあえず、向かい合ったバリスと仕事の話をする。
「行く方向では考えていたんですが、いくつか、約束して欲しいことがあります」
条件、って言葉がキツ過ぎる気がして、約束という言葉に変えて言う。
「約束?」
「危険がないこと、往復は北の役所がしっかり請け負ってくれることは、この間、聞いたんですが」
頷くバリスを確認しつつ、続ける。
「その他に、魔王謁見の作法や決まりがあるなら、予め教えておいて欲しいこと」
「ふむ」
「もう一つは、俺たちの異能の発動の有無を問わないこと」
「というのは?」
「俺だけ発動してミヤの異能が発動しなかった場合とか、俺の異能も発動しない場合を考えてました」
「なるほど」
頷いて、しばらく考え込むように軽く視線を落としていたバリスは、静かにお茶を飲んで立ち上がった。
「サナ殿と、話を詰めますね。また、改めてお伺いします。それでは」
そう言うと、スイッと扉を開けて出て行った。
カランコロン。
いつもながらサラッとした引き際だな、と見ていると、ミヤが横で笑いを堪えられないような感じでいる。
「どうした?」
「役所の人も、冗談言うんすね!」
「そんなに意外?」
「うっす。役所の人って、お堅い人ばっかりだと思ってたっす!」
「ツタも、役所の人だぞ」
「あ、そっすね!ツタさんの冗談は聞いたことないけど、優しくていい人っすもんね!!」
冗談一つでこんなに意外性を感じるなんて、役所にどんなイメージ持ってるんだ、ミヤよ。
聞いてみたい気にもなりつつ、でも今じゃないような気がして、ニヤニヤしているミヤを眺めていた。
「というわけで、話を詰めて来ました」
そう言ってバリスが現れたのは、次の日の午前中だった。ちょうど、遅めの朝ご飯を食べ終わり、後片付けをしている最中。
はっや!いくらなんでも、早くない?
「どちらも、お約束します、とのことです」
アッサリだな!それでいいの?
「それで、魔王様とお会いするときの作法や決まりはないそうです」
マジで!?
ビックリした俺の表情を見て、バリスが頷く。
「もちろん、あまりにも失礼な態度を取ったり、無礼を働くと良くないですが、そこは普段、誰かと接していてもそうでしょう?」
それでいいの?魔王なのに?
あっけにとられていると、ちょうどお茶を持って来てくれたアスカさんが、俺の背中を叩く。
「よかったじゃな~い。難しく考えなくっていいってことよ~」
「よ……、よかったっす!!」
背中を叩かれて、ゴフッとなった俺の隣で、ミヤが心底、安堵したように何度も頷く。どんだけ頷くんだ、ミヤ。
「大丈夫でしょうか」
「大丈夫です」
俺の言葉にバリスが再び頷く。ここまで言ってくれてるんだから、信じよう。
「それで、日時はどうなるんですか?」
「そのことで、アスカさんにお願いがあるのです」
「アタシ~?」
テーブルの脇に立ったまま、お盆を持って立っていたアスカさんが驚く。
「そうです。カツミさんとミヤさんが魔王城に往復する間、余裕を持って一週間くらい、二人にお休みをもらえないでしょうか?」
「いいわよ」
即答なの?!ってか、そんなにかかるの、往復。
魔王に会って、異能発動して、はいサヨナラってわけにもいかないだろうけど。もっとこう……魔方陣とかないの?一瞬で移動できるような。
それにさ。
「アスカさん、一人で大丈夫ですか?店」
俺の質問に、アスカさんがキョトンとして答える。
「大丈夫よぉ~!!アンタたちが来る前は、一人でやってたんだもの」
あ、そっか。そうなんだった。ほんの数ヶ月前までは、アスカさんは一人でお店をやってたんだった。
「人手がいるようでしたら、役所から人員を出しますが」
「あらそ。んーそれじゃ遠慮なく、お店のお掃除と仕込みの手伝いだけしてもらえるように、手配してもらっていい?」
「はい」
「アタシのことは気にしなくていいから、楽しんでらっしゃいな~。なかなか出来ない経験よ!」
「うっす」
「はい」
アスカさんて、懐深いなー。柔軟だし。判断も早いし。
「バリス。魔方陣とかで、パッと行った来たできないの?」
話は決まったけれど、一応、念の為に聞いてみる。
「役所にも連絡用の魔方陣はありますが、対人間用ではないので。下手に使うと、バラける可能性がありますね」
眉一つ動かさずに答える。
マジか。バラけたくない。確かに、ゲームとかでも魔方陣から出てくるのって、人間ではないな。
「今回のルートを説明しますね。まず、直線距離でいえば、ここの町からの方が、魔王城には近いです」
えっそうなの?
「ですが、魔王城がある山岳は結界がありますし、蜃気楼になっていたりして、出入り口や通り方を知っていれば通れますが、魔族以外はまず、迷います。その他諸々、危険」
「危険っすか」
こういうときに珍しく口を開いたミヤに、頷きつつ、話しを続ける。
「なので、この領地の海側にある、サナ殿の居城から魔王城に行っていただきます。人間特化の魔方陣を敷いて、魔王城と繋げる準備をするそうです」
魔王暇らしいわよ、というアスカさんの声が頭をよぎる。
「サナ殿の居城から魔王城は、すぐですよ」
「俺たちって、魔王に召喚される側ってことですよね……魔方陣で」
なんだか妙に複雑な気分になり、バリスに言ってみる。
「上手いこと言うわね、カツミ~」
バリスより先に、アスカさんが笑い出した。
「そういうことになりますね」
笑いを堪えつつ、バリスも言う。
「その魔方陣、役所に作れないんですか?」
「作れません。本来、魔王様は、そんなに気安くお会いできません。魔方陣も、あちこちに作るような物でもないですし」
なるほど。よっぽど、ないことなんだな。
「というわけで、お二人には往復も負担をかけますので、ちょっとしたお楽しみも混ぜつつ、移動する予定です」
「お楽しみ?」
嬉しそうにバリスは頷いて、サッと立ち上がった。
「あちらとの日程が決まり次第、ご連絡します。領主には私から報告しておきますので。何度か、登録証が必要になりますので、ご用意ください。それでは」
カランコロン。
バリス、いつも引き際が鮮やかだな。
「魔王城見学ツアーってとこかしら?魔方陣まで経験しちゃえるなんて、ビックリよね~」
「魔方陣って、なんすか?」
「床に書いてある、直通扉ってとこかしら。通ったら目的地、みたいな。今回のは特別製で、魔王城としか行き来できないけど」
「おぉー!!メッチャすごくないっすか?」
「すごいわよぉ~」
ワイワイと盛り上がる二人を見つつ、一抹の不安が残る。
床に書いてある、魔王城直通の扉………。
そんなもん、通って、ほんとに大丈夫なのか、俺ら。生身の人間なのに。………楽しんだ方がいい……んだろう、な。こりゃ。覚悟決めて。
そう思いつつ、床掃除をするべく、折れたホウキを握りしめた。俺ごときでは、もちろん、ホウキはビクともしない。
「それでは、行きましょうか」
ニッコリと笑顔のバリスに、とっさに返事ができない。
アレヨアレヨという間に日取りが決まり、お店の人員も確保され、たった三日で出発になった。
まさかの三日!!バリス、仕事早すぎじゃねぇ?!嘘でしょ?!ってか、人間特化の魔方陣って、そんなすぐ敷けるの?!
あまりの手際のよさにビックリしつつ、見送りに来てくれたアスカさんとイチカと連れ立って、待ち合わせ場所の、町と林の間くらいに来た、のだが。
さすがのアスカさんもイチカも、ミヤももちろん俺も、言葉もなくバリスの後ろに視線が釘付けになっている。
なんとなんとなんとバリスの後ろには、鮮やかな色のブルードラゴンが地に足を着けて立っていた。
遠めに見た時は、錯覚かなー、って思って。近づいて行くうちに、いやでも、遠近感おかしいな、ってなって。本物っぽい……という空気になり。バリスの前に来る頃には、全員、黙り込んでいた。
「嘘でしょ」
「俺、初めて見た」
「で……デカイっすねー……」
「マジか……」
開いた口がふさがらない俺たちに、ますます嬉しそうな顔をして微笑むバリス。
「喜んでいただいて、なによりです」
「この子たち、ドラゴンに乗せてもらって行くの?」
年の功というと怒られそうだが、かろうじて復活したアスカさんがバリスに聞く。
「はい。我が一族とドラゴン族は、古くから親交がありまして。通常は人間を乗せたりはしないのですが、今回は特別にお願いしました」
マジで!?
「すげえな……」
イチカが、マジマジとドラゴンを見て言う。
「よ……、よろしくお願いしますっす!!!!!!」
突然、ミヤがいつもよりもずっと大きい声で叫んで、ドラゴンに頭を下げる。
それを見て、俺も慌てて頭を下げる。
「よろしくお願いします」
マジか。ドラゴン………乗せてもらえるの、俺ら。
「すごいわねー」
さすがのアスカさんも、それくらいしか言葉が出てこないようだ。そりゃそうだよ!!交通手段がドラゴンなんて、考えもしないでしょ!!
「時間もないですし、行きましょうか。とりあえず、私の真似をしつつ、背中に登って来てください」
え、自力で登るの?
「冗談です」
冗談なの!?人が度肝を抜かれてるときに、真面目な顔で冗談言わないで!!
「よろしくお願いします」
バリスがそう言って頭を下げると、ドラゴンは軽く頷いて、尻尾を俺たちの前に出してきた。
尻尾も太くて、俺たち三人が腕を伸ばしても、全然、一周しなそう。
「尻尾のフサフサ部分に、自力で掴まってください。これは本当です」
触っていいの?!
「ちなみに、いいと言う前に手を離したら、大怪我しますので、お気を付けください」
マジかよ!
バリスの言葉を聞き、真面目な顔で頷いたミヤが、アスカさんとイチカに振り返り、挨拶をする。
「行ってきますっす!」
そう言うと、尻尾のフサフサにガッシリとしがみついた。
「行ってきます」
俺も、慌てて挨拶し、尻尾にしがみつく。細い毛だけど、結構、硬い。
「いってらっしゃい。お土産話し、楽しみにしてるわね。バリス、この子たち、よろしくお願いね」
「俺も、楽しみにしてる。待ってるからな!」
最後にバリスがアスカさんとイチカに挨拶をして、尻尾にしがみついた。
バリスが尻尾にしがみつくと、ゆっくりと尻尾が上がっていく。なんていうか……エスカレーターの速度のエレベーターみたいな。
一度、上がり切ったのか、今度は静かに降りてきて、足に何かが触れるのが分かった。
「もう大丈夫ですよ」
バリスの言葉に、恐る恐る手を離す。尻尾は俺たちにぶつからないように、そうっと離れていった。
「ドラゴンの頭の方を向いて、腰を下ろしてください。どこでもいいので、ゴツゴツしている表面に、手で掴まってください」
バリスの言うように、ドラゴンの頭の方に体を向き直り、腰をおろして皮膚……ウロコなの?これ?の出っ張りに掴まる。
「では」
バリスの声で、両脇の翼が大きく動く。風が動く。
いくつかの羽ばたきで、真っ直ぐにドラゴンの体が上昇し始める。
頭と翼の隙間から見える景色が、草原と林よりも空の面積が大きくなっていく。
挨拶代わりなのか、ドラゴンは空中でクルリと旋回してから、今度はまっすぐ平行に飛び始めた。
町とは反対の方向へ。
チラリと見えたアスカさんとイチカは、風に煽られて、必死で体勢を整えていた。
吹き飛んでなくて、よかった。
「もう、手を離しても大丈夫ですよ。ただし、立ち上がったりはしないでください」
頷きつつ、すぐには手を離せない。
視線を前に移すと、地面からは見えなかった視界が広がる。遠くに近くに、大小の町や村が見える。農業地みたいなのや、放牧されているのか牛かなんかの動物の群れも見える。
後、空が近い。気がする。太陽も。海は……まだ見えない。
ふと、ミヤを見てみると、子どもが何かに夢中になっているかのように、前を凝視している。
しばらくの沈黙の後、ミヤが口を開いた。
「空、飛んでるんっすね……!」
その声は、いつもよりずっと小さかったけど、ものすごく感情が詰まっていた。




