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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第二章
189/247

第十話 あちらこちらで春の訪れ 2

「キレイっす!!キレイっすねぇ!!」

 はしゃいだミヤが上半身を弾ませる。

「ミヤ。あんまり動くと危ないぞ」

「気持ち悪くない……すごいわ………!」

「アスカさん、感動してないで桜見てください」

「あ、そ、そうね」

 はしゃぐミヤと感動しているアスカさんにツッコミを入れつつ、俺も桜を眺める。桜並木に両側から見送られ、澄んだ川を小舟が静かに進んでいく。乗っているのは、俺たち三人プラス姿を消してる玄武、更に、前に二人、後ろに二人の魔族。

 すごいな。両側がずっと桜並木だから、桜のトンネルの中を通っていく川下り。これは確かに、名物になるわ。

 春の日差しが桜のトンネルを透かして降り注ぎ、俺たちを優しく温かく照らす。

「夜は篝火も焚くから、それもまたいい景色ですよ、お客さん」

 そうでしょうね。けど、夜に真っ暗な海にダイブは俺は絶対、したくないぞ。やるって言ったら、断固拒否だ。月明かりがあるとか言いそうだけど、そこは絶対に拒否。

「うっす!」

「今日は天気もいいし、風もないから、絶好の滝落ち日和ですよ」

 そんな日和、いらん。初めて聞いたわ、滝落ち日和。

「楽しみっす!!俺、滝から海に落ちるの、初めてっす!!」

 何を言ってるんだ、ミヤ。人類のほとんどは経験したことないぞ。

「癖になるよ~。よかったら、来年も来てよ!!リピーターが多いんだ、この滝落ち」

「っすよね!!桜もものすごくキレイっすよ!!」

 ………………。船頭たちとミヤの会話には、ツッコミどころしかないので聞き流すことにした。

“おもしろい趣向だな。歩いているときに見た景色と、違って見える”

 ミヤと同じくらいのテンションではしゃぐかと思った玄武は、意外にも、穏やかに川下りを楽しんでいるようだ。

「すごいわ……ほんとに……」

 そして、隣のアスカさんは涙ぐみながら桜を見上げている。何か言おうとしたけれど、やめた。俺も黙って桜と川を鑑賞することにする。

 ゆっくりゆっくりと小さな揺れと流れに身を任せながら舟は海へと向かっていく。するすると静かに進む舟は、予想よりもずっと揺れず、滑るように進んでいく。両側の桜並木の向こうでは、花見をする人達が楽しそうに、そして、賑やかに過ごしている。

 いいな、こういうの。中心町に住んでるから、町中は賑やかで楽しいし、城門を出れば大自然があるけれど、こういう風情の景色は、またちょっと違う。のんびりとしていて、そうだな、牧歌的っていうのかな。ほんと、いいな、こういうの。玄武のおかげだな、こんな時間を過ごせるのも。なかなか、来ようなんて思わないもんな。遠いし。

 集落を抜けると、風通しが少しだけよくなる。平原に出たのだ。賑わっていた人々の声も遠くなっていき、視界に入るのは平原と桜と川。

 そして。

 ザアアアアアアアアアアアアアア、という水しぶきの音が段々近づいてきた。マジかよ。いや、マジだよな。

「何か、こう、安全ベルトとかないんですか?」

「ないよー」

 マジかよ!!

「ちゅ、注意点とかは?」

「ないよー。あ、でもそんなに不安なら、手を握っててあげようか?」

「……いや、いいです」

「両手上げてても、いっすか?」

 ミヤ!!ナニモノなんだ、お前は!!

「いいよ~。落ちそうになったら、引き戻してあげるから」

 爽やかに笑いながら言う船頭に、ほんとにそれでいいの?!とツッコミたくなる。けれど、彼はプロだ。大丈夫と言ったら大丈夫なんだ。

「失敗したらごめんね!」

 なんだとおおおおおおお?!爽やかな笑顔で、聞き捨てならないことを言うな!!

 ツッこもうとしたその瞬間、急に舟の速度が上がり、それまで静かだった揺れが大きくなる。

「はい、さーん、にーい、いーち!!」

 カウントダウンすんのかよおおおおおおおお?!

 思わず叫びそうになったとき、舟は大きな滝の音とともに、宙に浮いた。そして、目の前に広がった海は広くて美しくて、その雄大さに、一瞬、空中なのも忘れて見惚れてしまうほどだった。

 振り向いたら、滝と崖が目に入るけど!!でも、その滝と崖も、すごい迫力だった。俺、こんなに近くで滝と崖を見たのも、初めてなんだよ、なぁああああああ!ああああ、落ち始めた!!

「いいいいいいやあああああっほおおおおおおおおおおうっ!!」

 ミヤあああああああ!!ほんとにすげえなあああああ!!

 ザアアアアアアアアアアアアアア、という滝の爆音の隙間から聞こえてきたミヤの歓声に、全力で心の中で突っ込む。とってもじゃないけど、俺は口を開くことはできない。

 この、落ちる感覚、すげえな!!心臓弱い人、絶対、これ乗ったらダメ!!

 と、心の中とは言えツッこめるのは、やはり、船頭四人の魔力によって、ある程度、舟が守られているからだ。急降下で落ちているとはいえ、ひっくり返ったり滝に飲まれたり、ということもない。ただただ、すげえ勢いで落ちてる。水しぶきは、もんのすごいけど!!

 あともう少しで滝つぼに激突する、という付近で、不意に舟は落下のスピードを落とし、重力を無視してゆっくりと海と並行になった。

 おお?!

 そのままゆっくりと舟が方向を変え、崖の方へ向かう。グルリ、と回って滝の裏側に入ると、そこには大きな洞窟の入口みたいなのがあった。

 それはそれは、ものすごく大きな間口の。

「はーい。お待たせしました!!俺らはここで待ってるから、入って来なよ、温泉。体、冷えたでしょ?」

 船頭の声に顔を上げると、舟はしっかりと洞窟の隅に着陸?しており、少し離れた奥には、湯気を立てる温泉があった。

 り、リアル洞窟温泉……これはすげえ!!

 気分が盛り上がった気がするが、さっきまでのテンションが最高潮だった為に、なんだか分からない感覚に襲われた。ちょっと足元がフラフラする。

「はいこれ、手拭い!!」

「ありがとうございます」

 礼を言って手拭いを受け取り、舟を下りて温泉へ向かう。無意識に体が硬直していたのだろう、強張った体がギクシャクする。

 船頭たちは慣れた様子で舟の中で雑談を始めた。あ。アスカさん。温泉。

 黙ったまま隣を歩いているアスカさんの表情からは、なにも読み取れない。どうしよう。声かけた方がいいか。でもな。

「俺、先入ってるっす!!」

 そう言うとミヤは、ちょうど目隠しになるような岩陰に隠れて服を脱ぎ、ザブザブと温泉に入った。

「あったかいっすよ~!!しかもこれ、濁ってる系の温泉っす!!」

「濁ってるって、汚いわけじゃないぞー!!」

 賑やかな笑い声の中で、ミヤの声が聞こえたらしい船頭が声を上げる。

「うっす!」

「アタシ、足湯にするわ。カツミ、入りなさいよ」

「はい」

“私も入ってくる!”

「待って。アタシが入れてあげるわ」

 そう言いつつ、アスカさんも靴と靴下を脱いでパンツの裾をまくり、温泉へ足をつけた。

「ほんと、温かくて気持ちいいわねっ」

「うっす!」

“この前の銭湯とは、違うな!濁っているし、匂いもする!”

「ちょっと、ぬめりがある泉質っすね。カツミさん、早く早く!!」

「あ、ああ」

 ミヤに急かされて入った温泉は、ビックリするほどちょうどいい温度で、更に、景色も最高だった。

 滝と崖の隙間から、海が見えるのだ。こんな風景、見たことない。角度的に、日の出とか日の入りとかは見えないだろうけど、それでも、だ。

「絶景だな」

 ほんと、こんな景色、二度と見られないかもしれない。来年もここに来ない限りは。

「そうっすよね!!」

 温泉の中をスイスイと玄武が泳いでいる。姿が見えないので、何かの模様のように、水紋っていうの?だけが水面に描かれる。

「こんなこと、ありえるのね。生きてると」

 ポツリと呟いたアスカさんの表情は、俺たちの方を向いていなかったので、分からなかった。


「楽しかったっすねぇ!!」

 温泉に浸かった後の、ホカホカの湯上り一丁、みたいな状態でミヤが言う。ツヤッツヤなんだけど。マジで。

「ほんと、足湯だけでも温まったわ!」

”うむ。気持ちがよかったな。また入りたいものだ“

 船頭たちに舟で上まで連れてきてもらったときには、夕方くらいの時間になっていた。

 どうでもいいけど、この名物、魔力メッチャいるな!!いくら四人いるっていっても、魔力の消費量、ただごとじゃなくない?!だって、定員四人だし、船頭四人で八人乗れるんだよ、舟。それを滝落ちから温泉、崖の上まで再び運ぶって、相当じゃない?!交代要員もいるんだろうけど。

 そもそも、自分の体を浮かせたりするのだって、相当な魔力が必要なはずだ。四天王やオーナさんほどの実力者ではないだろうけど、普通の魔族よりは強いはず。そんなの、ゴロゴロしてるのか?それとも、この集落って、魔族の村なの?ん?!もしや、本当にそう?

 集落の前で別れようとした船頭に聞いてみる。

「ここって、魔族の集落なんですか?」

「よく分かったねぇ!!そうだよ。人間も住んでるけど、三分の二は魔族」

「みんな、こんなに魔力が強いんですか?」

「いいや。弱い魔族もたくさん住んでるよ。その中で、魔力が強い者がこの舟の担当なんだ。この時期、稼ぎ時だから、張り切っちゃうんだぜ~」

 ノリがずいぶん軽いけど、結構しんどいはずだ。四人で舟を操っているとはいえ、相当な魔力が消費されてるはず。

「魔力って、どうやって補充してるんですか?」

「そりゃ、いろいろだよ。ま、人間の負の感情が一番回復するけどね」

 人間、狩ったりしてないだろうな?!

 サナさんが頭にチラつき、一瞬ヒヤリとした俺の表情を呼んだのか、船頭が大笑いした。

「大丈夫だよ、負の感情持ってない人って、いないからさ。わざわざ俺たちが魔力欲しさに何かしなくても、いてくれてるだけで、魔力の補充になるの!」

「え。そうなんですか?」

「そうだよ。知り合いに魔族はいない?ソイツ、わざわざ恐怖を与えてきたりする?」

 パッと思い浮かんだのはロムとマミルだ。ついでに魔王。

「しない、です」

「そういうことだよ。人間はいてくれるだけで、いいんだ。俺たちは魔力の補充になるし、人間は一時的にとはいえ、負の感情が軽減される。いい関係だろ?」

 失礼な発言だったことに気付いたのは、このときだ。ああ、俺、またやってしまったな。

「ごめんなさい」

 失礼なことを言ってしまったのに、終始、笑顔で対応してくれた船頭に謝る。

「いいってことよ。気にするな。兄さん、こっちの世界の人じゃないんだろ?」

 なんで分かったんだろう?異能ももうないのに。 

 思わず瞬きした俺に、船頭がカラリと笑う。

「この世界の人間は、そのくらいは知ってるからな。俺、異世界人に会ったのは初めてだよ。今日は時間がもうないけど、次に会った時は、異世界の話しでも聞かせてくれ。俺は、ムーノっていうんだ」

「カツミです」

「よろしくな!!じゃあな!おい、行くぞ~」

 そうしてその船頭は、ミヤと話していた三人に声をかけて行ってしまった。

「あの船頭、なかなかね~」

 ヒュッと短く口笛を吹いたアスカさんが、感心したように腕を組む。

「聞いてたんですか?」

「聞こえてたの。さすが、いろんな人を接客してるだけあるわね。会話も上手いし、観察眼も鋭いわ。アッサリサッパリ、たいしたもんね」

「ほんとですね」

 浅黒い肌に金髪の、中肉中背で笑顔が似合う船頭。

「モテそうですよね」

「そうね。モテるわよ、アレはきっと。カツミ、弟子入りしたら?」

「弟子入りしたところで無駄ですよ」

「あら、どうして?」

「どうしてって」

 だって俺、アスカさんっていうすごい人と、毎日一緒に仕事してるからな。それでも野暮なまんまだ。だから、ムーノに弟子入りしたところで、意味はない。

 なんかそれを口に出すのが照れくさいような、なんて言っていいか分からない気分になって口ごもると、玄武が声をかけてきた。

“アスカ。気分はどうだ?平気か?”

「それがね!!気分爽快なの!!玄武ちゃん、ありがとう。玄武ちゃんのおかげで、アタシ、とっても素晴らしい景色に出合えたわ!」

“うむ。ならよかった。私たちも、いつも世話になっているからな。お互いさまだな”

「ありがとう」

 染み入るようなアスカさんのお礼の言葉は、突然の大声にかき消された。

「ああっ!!ミツさん?!」

 なんて?!ミツさん?!

「マジか?!」

「うっす。アレきっと、ミツさんっす」

 指さす方を見ると、遠目に見えるのは、確かにミツさんっぽい。誰かの手を引いて歩いている。ミツさんと同じくらいの大きさの影は。

「サナさん、と一緒かな」

「っすよね、きっと。ミツさーん!!」

 マジで?!声かけんの?!記憶ないとはいえ、サナさんが一緒なんだよ?!

 大声で名前を呼びつつ、大きく手を振りながら走っていくミヤの背中にポカンとする。

「ミヤらしいわよね」

 苦笑いのアスカさんが、俺の肩をポン、と叩いた。

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