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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第二章
184/247

第九話 白虎の町歩き 1

 そして白虎の町歩きの順番となった二月上旬、俺たちは西の中心町に来た。中心町の町歩きはこれで一区切りで、次回からはそれぞれの領地の、他の場所で町歩きをすることになっている。

「あったかい!あったかいっすね!!」

“そうか”

「北より、ずいぶんあったかいわねぇ」

「雪が降らないだけでも、こんなに違うんですね」

 口々に暖かさを喜んでいると、玄武が興味深そうに言った。

“北はそんなに寒いか?”

「雪は大好きっすけど、寒いことは寒いっすよね」

 ちなみに北は、今日も雪がワサワサ降っていた。根雪もまだ溶けないし、真冬真っただ中だが、西のこの辺は雪もなく、晴れている。風は冷たいけれども。

「確かに寒いけど、それもいいじゃない。領地によって違いがあるのも、おもしろいじゃないの」

“そうか”

「四神って、気候に干渉することはできるんですか?」

“うむ。できるが、我らの一存で気候をどうこうすることはできぬ” 

 ふと思いついた疑問を投げかけてみると、至極まっとうな返事がきた。

 そりゃそうだ。個人的な意見で気候が左右されたら、たまったもんじゃない。してもうらおうとも思わないし。

「いいんっす、北は北っす。雪なくなったら、来年からのアイス大会ができなくなっちゃうから、困るっす」

 確かに。

“そうか。雪の中でも、ならではの楽しみ方があるというのは、おもしろいな”

 今日も木彫りのアクセサリーを嬉しそうに首にかけてきていた玄武にも、いつか、アイス食べてもらいたいな。タイミングが合えば。お土産にはできないけど、喜ぶだろうな。プリンや肉まんは、ジンの店で売り出したら、魔王がお土産で買うだろうから、食べられるだろう。

「楽しいわよね。スキーも、雪がないとできないもの」

「雪かきは大変ですけどね」

 一昨年は腰を数回痛めたが、今シーズンはなんとか腰を痛めずに雪かきができている。人は成長するんだ。少しずつだけど。とか言ってみたり。

「ほんと、アンタって野暮よねぇ」

“待たせたな”

 アスカさんが呆れたようにため息をついた時、白虎が猫くらいの大きさの姿で現れた。

“ではまた、帰りに” 

 そうして代わりに玄武の姿が消える。

“今日はよろしく。私も楽しみにしてきたのだ”

 おお。メッチャやる気だ。目を細めて俺たちを見上げる白虎がカワイイ。足と手がぶっといから、猫っつうより虎かライオンの子どもって感じだけど。

「こちらこそ、よろしくねっ」

「うっす!!よろしくお願いしますっす!」

 頭を下げつつ挨拶をした俺たちに、白虎が片方の前脚を上げた。

「?」

“準備も万端だぞ。いいか?”

「準備?」

“にゃーお”

 ?!まさか。

「白虎ちゃん、まさか、それ」

“そうだ!!猫の物真似だ!!どうだ!!姿が見えていても、猫にしか見えないだろう?”

 嬉しそうに尻尾を振りながら言うが、どこからどう見ても猫には見えない。アチコチが太まし過ぎる。

 だがその、フワフワの毛並みと太ましい手足と尻尾が、また、愛らしく映る。小さいからな。それはいいんだが。

「れ、練習したの………?」

 アスカさんが恐る恐る聞く。

“うむ!!みんなに付き合ってもらって、ずっと練習してたんだ!!”

 アスカさんが顔を覆って膝から崩れ落ちる。ミヤが空を見上げ、俺は我ながら残念な顔になったのが分かった。

「猫には見えないです」

“………………………………”

 キッパリハッキリ言い切った俺の言葉に、しばらく固まった白虎が、パタリと横倒しに倒れた。

「うおっ?!大丈夫っすか?!」

 慌てて抱き起こしているミヤの後ろで、立ち上がったアスカさんが俺の肩を叩く。

「さすが野暮な男。でも今回ばかりは、いい仕事したわ」

「褒めてるんですかね、それ」

「かろうじてね」

 はいはいはいはい。

“特訓したのに………これで、姿を消さなくても町歩きができるかと………”

 確かに、他の四神に比べたら白虎が一番、無理がないかもしれない。けど、こんな生き物はこの世界に他にはいない。真っ白、というよりは白銀の虎。ついつい視線で追いかけてしまうような、不思議なオーラもある。猫と言い張るには無理があり過ぎる。

「白虎さん、しっかりっす!!傷は浅いっすよ!!」

“いや、深い………みんなになんと報告すればいいんだ……”

 大丈夫か、白虎。町に入る前に既に打ちひしがれてるけど。みんなで一生懸命練習したんだろうなぁ。

 四神が寄り集まって、大真面目に特訓をしている姿を思い浮かべる。うん。ものすごく真剣に真面目にやったんだろうな。

 っていうか、魔王は何してたんだ。止めなかったのか。

「魔王は何も言わなかったんですか?特訓してるとき」

“神が……白虎は猫のフリをしたら、そのまま町に入れるんじゃないかと……”

 ミヤに抱えられたままの白虎が、打ちひしがれたまま返事をする。

 魔王め!!なんてこと吹き込んでるんだ、かわいそうに!!また四神に家出されても知らんぞ。

「大丈夫です。鳴き声は猫そっくりです。特訓の成果はバッチリですよ」

“そ、そうか!なら!”

「鳴き声だけ完璧でも、姿が猫ではないです」

 一瞬起き上がった白虎が再びミヤの腕の中で撃沈した。

「カツミ、あんた、落とすか上げるかどっちかにしなさいよ。かわいそうに」

「魔王がいけないんですよ。今度会ったら、一言、言ってやります」

 俺のその言葉に、白虎が少しだけ元気を取り戻したように顔を上げる。

“一言だけではなく、たんまり言ってもらえるか?”

「分かりました」

 大きく頷くと、白虎が飛び起きた。

“そうか!!なら、よろしく頼む!!”

「白虎さん、姿は消さないといけないっすけど、町歩き、そろそろ行きましょうっす!!店も開いてくる頃っすよ!!」

“む、そうだな!!時間がもったいない。さ、行こう行こう”

「どうするっす?誰に乗っていくっす?」

“順番に乗せてもらう!”

 それもアリだな。

「なら、最初は俺っす」

 そう言ってミヤが、小さな子どもを肩車するような形で白虎を自分の上に乗せた。ミヤの頭の上に顎を乗せた白虎が嬉しそうに目を細める。

“よし。それでは出発だ!” 

 そう言うと同時に、白虎の姿が消えた。

「まずは、朝ご飯っすよ!!今日は、どんなパンがあるっすかね?」

 賑やかに城門へ向かうミヤと白虎を、アスカさんと並んで追いかける。

「カツミ、あんまりウオマさんにキツく言わないのよ」

「どうしてですか。この件に関しては、魔王が全面的に悪いですよ」

 町歩きを純粋に楽しみにしている四神を騙すなんて、ひどすぎるでしょ。

「アンタはどうしてそう、ウオマさんにだけは強気なのかしらねぇ」

 どうしてもこうしてもない。サナさんの一件でそうなってしまった。いや、一年、旅をしている間にだろうか。四天王の気持ちが分かる。魔王にはガミガミ言わないといかん。

「仕方がないです。相性です」

 言い切ると、アスカさんが諦めたようにため息をついた。


 最近の天晴れは客足も落ち着いてきたので、穏やかに日常を過ごしている。ただ最近、天晴れでは空飛ぶ魚を仕入れている、という噂が立ってしまった。

 みんな、魚の下にいたミツさん、見えてねぇのかよ?と反射的に思ったものの、浮いてるマグロが衝撃的過ぎて、目に入ってなかったのかもしれない。そもそも、マグロまんま見たことある人って、北の中心町にはどのくらいいるんだろう。水族館もないし。こっちの世界。写真はないし、図鑑……はあるかもしれないけど、図鑑で見るのと実物見るのとでは、大違いだもんなぁ。

 という訳で、俺たちは空飛ぶマグロを注文されるたびに、そういった商品は店では扱っていないということを訂正する毎日だった。ま、そのうち噂も消えるだろ。

 ちなみにバリスの方は、役所の宿舎の食堂へ持ち込んで捌いてもらい、部署のみんなで美味しく食べたらしい。なんでも、次に会った時に渡せるように、みんなでミツさんへのプレゼントを検討中なのだとか。メッチャ喜びそう、ミツさん。

 閑話休題。

 俺たちは朝ご飯を食べるべく、ミヤが買って来てくれたパンを持って、城の湖畔の焚火の前に陣取った。

 焚火の近くでバックに滝が見える城を眺めつつ、パンを並べる。焚火では焼き芋が焼かれていたので、注文しといた。食べ終わる頃にはできそうだ。

“焼き芋!!噂の焼き芋だ!!なるほど、こうして焼かれているのか”

 完全に浮かれている白虎の声だけが聞こえてくる。ベンチから転げ落ちないだろうな。

「あらこれ、バインミーに似てるわね」

「ほんとだ」

 食べたことないけど、写真とかで見たことある。そっくり。

「うっす!他の領地のパン屋では見なかったんで、買ってみたんっす!!それと、これは白虎さんのリクエストっす!」

 白虎のリクエストだというパンは、フレンチトーストっぽい。食べやすいようにか、下側にはなにかの大きな葉っぱが敷かれていた。

“甘くていい匂いがしたんだ!きっと美味しい!青龍の土産の大学芋も、甘い匂いがしていた”

 四神、なんでも食べるけど甘いものも大好きだよな。

「それから、パイっす!!」

「あら、これも美味しそうね~」

 シンプルにブルーベリージャムを使ったパイは、素朴なだけに美味しそうだ。

“食べよう、食べよう”

「いただきます」

 白虎とパンを中央にして、ベンチに並んで座る。不自然に減っていくパンを見られないように、なるべくガードしつつ。

“美味い!!この、柔らかいパン、やっぱり美味いな!!私の勘は正しかったな!”

 真っ先にフレンチトーストを食べたらしい。口元の毛皮にフレンチトーストのベタベタがついていそうなくらいの、弾んだ声の食レポが微笑ましい。

「ほんと、ここのパン屋も美味しいわ。このバインミーっぽいのも、具がたっぷりで食べ応えがあって」

「うっす!!初めて食べたっすけど、いいっすね!」

 うん、ほんとだ。美味い。

「魚醤っぽい味もしてるから、あるのかしらね」

「探してみるっす?」

「あったらでいいわ。今日の主役は白虎ちゃんだし」

“みんな、このパイも美味しいぞ!!”

 いつの間にかフレンチトーストを食べ終わり、パイも食べ始めていたらしい。おもしろいくらいのスピードでパイが減っていく。

“焼き芋は、まだかな?”

「もう少しかしらね」

 焼き芋の焼かれ具合いは見えないけれど、焚火を確認していると、近くを通り過ぎようとしていた人が俺たちを見て近づいてきた。

 慌てて西の中心町にいる知り合いを頭の中で検索する。西は中心町に異世界人はいない、はず。会わなかったし。なら、タールと……あっ!!アイツ!!!

 一生懸命思い出しているうちに、近づいてきた人の顔が見えてきた。俺たちの最初の窓口担当だった、あの態度が悪いヤツだ!!マズイ。

 視線を動かすと、既にミヤは気付いてしまったらしく、表情が硬くなっている。だよな、そりゃそうだ。

 アスカさんがミヤの様子に気付いて片眉を上げた。勢いよく俺がミヤの前に立つのと、ソイツが俺たちの前に立ったのは同時だった。

「また来たのか」

「もう申請いらないですから」

「そうだな」

 なんだコイツ、相変わらず無愛想な態度で。なんかイチャモンつけにきたのか?それとも、あの時の文句言いに来たのか?

 来るなら来い。言い返してやる。

 ギュっと口元に力を入れて顎を引く。名前も知らないコイツが投げてくるかもしれない悪意に対抗しようとしたら、フイッと目を逸らされた。

「あの時は、悪かったな。無事でよかった」

 へ?!

 予想と違った謝罪の言葉に、心の中で構えた拳が行き場をなくす。

「俺はチヅナっていうんだ。何かあったら、今度は力になる」

「あ、ああ」

 それだけ言うと、チヅナは踵を返して行ってしまった。

 …………なんだ、アイツ。最初に担当変わったことの他に、サナさんの謀反のときに西の領地が静観だったことを気にしてたんだろうか?他の領地とはいえ、役所に勤めてるから、俺たちがその件に関わったのも知ってるんだろうけど。

「ツンデレとかいうヤツなのかしら?」

 振り向くと、ミヤはぽかんとした顔をしていて、アスカさんは片眉を上げたままだった。ベンチの上のパイはなくなっている。

「ツンデレっていうか……。以前会った時は、ただの態度の悪いヤツでした」

「でも今、謝ってったわよね」

「そ、そうなんですよね。なんだアイツ」

 あまりにも意外で、心の声がそのまま出た。

「ビックリしたっすね」

「ミヤ、平気か?」

「あ、うっす。ビックリしたっすけど、見かけたからってわざわざ謝りに来てくれたんっすもんね。ほんとは、嫌な人じゃないのかもしれないっすね」

「かもなぁ」

 ほんとに嫌な奴なら、無視して通り過ぎるだろうし、よしんば寄ってきたとしても、嫌味言うよな。

 なんか、あの時は事情があったのかなぁ。すこぶる嫌な気分にはなったけどさ。でも、謝ってもらったし、もう水に流そう。

“誰でもいろんな面はあるものだな”

「四神でもありますか?」

“それはあるさ。神を見ていれば分かるだろう”

 魔王は例外じゃん?

「喧嘩になったりします?」

“ちょっと険悪になる時はあるな。だが、私たちが本気で喧嘩をすると、こちらに何らかの影響が出る可能性があるからな”

 こっわ。迂闊に喧嘩もできないのか。

「最近、雰囲気が悪くなったのって、いつですか?」

“町歩きの順番決めの時だ”

 間髪入れずに響いてきた声に苦笑いをしつつ、食べ終わったゴミをまとめる。そんなにみんな、来たかったんだな。

「今から焼き芋食べるし、俺、甘酒買って来る。さっき通り過ぎた路地の角で売ってたから」

「うっす!ありがとうございますっす!」

「白虎は、一緒に行きますか?」

”行きたいのはやまやまだが、焼き芋が焼き上がるところを見てみたい“

 どうやらベンチから身を乗り出して焚火を見ているようだ。落ちないでくれよ。

「じゃあ、ちょっと行って来ます」

「アタシも行くわよ。ミヤ、白虎ちゃんお願いね」

「うっす」

 甘酒売り場へ向かおうとすると、アスカさんも立ち上がった。

「え、いいですよ」

「バカね。アンタ一人で、甘酒四つをどうやって持つのよ」

「あ」

「急ぎましょ。焼き芋が焼き上がっちゃうわ。こっち?」

「そうです」

 急ぎ足で湖畔から離れて大通りへ向かう。大通りを少しだけ行き過ぎた路地の角に、小さい露店があって、そこに鍋が出てたはず。

「あ、あった」

 穏やかそうなおばあちゃんの店主は、小さめの木のカップに甘酒を入れてくれた。木の手触りがなめらかで、甘酒の温度が優しく手に伝わってくる。

「飲み終わったら、持って来ておくれね」

 ニコリと笑ったおばあちゃんにお辞儀をして背中を向ける。

「カワイイおばあちゃんだったわぁ。アタシも、あんなおばあちゃんになりたいわ」

 ツッコミどころ満載のアスカさんの言葉にひとまず笑ってみると、圧が強い笑顔が返ってきた。なんでだよ。そもそも、体格が違いすぎるよなぁ。

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