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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第二章
181/247

第八話 というわけで、アイスとプリンの会開催 1

 青龍の町歩きの次の日、店に顔を出したのは、ルオンドさんとミツさん、バリスの三人だった。

 なぜかというと、魔力に関しては、魔王の領分だから。ということは、各領地にいる四天王の領分ということでもある。魔王は、今回は魔王らしく、四天王に任せることにしたらしい。

 最近何度か耳にした魔力の件について、役所と連携をして調査すること、と。

 魔王の耳に魔力の件を入れたのは俺たちだ。というよりも、俺たちが当事者だ。まずは、話を聞く為に、北の四天王であるルオンドさんとミツさん、そして、役所からは、どちらとも面識のあるバリスが一緒に来た、らしい。

 いや。いいんだ。どっちみちバリスに相談しようかとは話していたし。でもさ。

「バリス、管轄外なんじゃないの、これに関しては」

 俺の言葉に、アスカさんのミルク入りコーヒーを飲んでいたバリスがカップを置く。本来は東西南北のどこの部署が窓口かは分からないけど、バリス、違うんじゃないのか。

「いえ。南の部署は渉外的なことや種族間での調整などもしていますので、管轄です」

 ほんとかよ?バリス、俺たちがらみの仕事、抱え込み過ぎじゃねぇ?大丈夫なんだろうか。

「ご安心ください」

 そうまで言われると疑惑の目を向けるのもどうかと思うので、頷いて引き下がる。

「ミツさん、久しぶりっす!!元気だったっすか?」

 テーブルにだされた、自分用のコーヒーとクッキーをシゲシゲと眺めていたミツさんが、フードの下から少しだけ顔を出す。

「はい。ミヤさんは」

「メッチャ元気っす!!」

 あ。そうだ。

「ミヤ、今って店に飴、あったっけ?」

「あるっすよ。昨日買ったヤツ。ハチミツのボンボン飴」

「ミツさん、万華鏡好きだし、飴玉も、好きなんじゃないか?」

 どっちも、キラキラしててキレイだからな。

「あっ、そうっすね。なら、他にもまだ俺の部屋にあるんで、持って来るっすよ」

 立ち上がったミヤに、ルオンドさんが咳ばらいをした。ミツさんも姿勢を正す。身長が低いので、足が床に全然届いていないから、ブラブラしているのがご愛敬だ。

「申し訳ない。先に話し合いをしてもいいかね?」

 あ、そうか。それもそうだ。

「うっす」

「魔力を向けられる機会が増えているということだが」

「そうなのよ。ここ数ヶ月で、三回?かしら。一度目がこの店でお客さんから。二度目が南の領地で助けた婦人から、お礼にもらった飴玉に魔力がこめられてて。三度目が昨日、東の大きな居酒屋でカードのパフォーマンス中に、ね」

「今までは、なかったのだな?」

 三人で頷くと、ルオンドさんも頷く。

「私も南の領地で商会を取り仕切っていたが、そういった話は、あまり耳にはしなかった」

 チラリ、と俺たち二人の顔を見て。

「無論、明らかな悪意以外で」

 ルルナは明らかな悪意全開で俺たちに魔力をぶつけてきた。ああいうのは、ないこともなかったんだろうな。盗賊の中に魔族もいたりするしなぁ。

「話しを聞く分には、悪意があるかどうかは判断しづらいが、だからこそタチが悪いとも言える。他の四天王もそれぞれの領地で調査に出ているから、そういったことがあるかどうかは近々、分かると思う」

 そこで一度言葉を切り、隣のミツさんに視線を移す。フードの中に顔が隠れているミツさんの表情は読めない。

「ミツにも聞いてみたが、そういった騒動はあまり耳にしたことはないそうだ」

「あまりにも些細なことで、耳に入らなかった、とかはないんですか?」

「ない、です。サナ様は繊細な御方でしたので。領地内にも、目配りしていました」

 まあそうか。登録されていない異世界人を見つけて、コウジから預かれる程度には、領地内に目は光らせてたんだろうな。

「四天王が交代したばかりの北でしか起きていないのか、それとも他でも起きているのか。どちらにせよ、今一度、全魔族に人間との約束事を周知することになった」

「はい」

「役所としても、一般人が気付かずに魔力を浴びてしまっている可能性も否めないと判断しました。なので、魔族に協力してもらって、魔力の残留がある人には、治療院へ行くように声をかけてもらうことになりましたので」

 おお。

「調査にも時間がかかりますし、すぐすぐ解決というわけにはいきませんが」

 そうだよな。領地、広いし。

「難しいわよねぇ。出来事が不明瞭すぎるから、明確な対処もしづらいし」

「はい。ただ、自然淘汰できないほどの魔力が残留していれば、体調等に影響が出ると思われます。ですが、今のところ、治療院へのそういった相談が増えているということはないのです。となれば、浴びていたとしても自然淘汰される程度なのか、特定の範囲、人だけに限られているのか」

「そうなると、アタシたちが狙われたってことになるのかしら?」

「そうとも言えまい。そもそも、自然淘汰される程度であろうが、人に魔力を向けること自体が約束事に反する。まずは、調査してからだ。状況や魔力量を聞く限りでは、無差別とも狙ったとも言い難い。東は、その居酒屋にも調査するように言おう」

「よろしくお願いします」

 今日も相変わらずスダレ頭のルオンドさんに言う。なんでやめないんだろうな、この髪型。ついついそっちに視線がいっちゃうよ。いつか、チャンスがあったら聞いてみよう。

「情報が集まって、分かり次第、またお知らせします」

 バリスの言葉に頷く。

「ところで、ルオンドさんって何が好物なの?」

 難しい話しは終わったと判断したのだろう、アスカさんが急にくだけた口調でルオンドさんに話しかけた。

 確かに、長く人間として生活していたルオンドさんの好物って、何だろうな?

「私の好物?……そうだな。肉が好きだ」

 うん。意外性はないな。

「トンカツとか唐揚げって、食べたことあるかしら?」

「聞いたこともないな。南では食べる機会はなかった」

 そりゃそうだ。いくらこの世界で絶大な力があるルピナス商会とはいっても、トンカツも唐揚げも異世界の料理だし。今までこっちに来た異世界人って、飲食関係の仕事、しなかったのかなぁ。しそうな気もするのにな。

「なら、一度、お店に食べに来てちょうだいっ。ぜひ」

 アスカさんがにこやかに言うと、ルオンドさんも頷いた。

「この店は美味いとオルタに聞いている。ぜひ今度、寄らせてもらうよ」

「そうねっ」

「ミツさん、どうしたんっすか?」

 仕事の話が終わっても、自分の分のコーヒーにもクッキーにも手を全く伸ばさないミツさんに、ミヤが声をかける。

「あ。いえ」

「ミツは、サナの部下として忙しくしていたから、こういったお茶の時間も経験が少ないんだろう」

「いえ。そんなことは……。留守を守ることが多かったのは確かですが」

 困惑したようなその返答が、実際、そうだったのだと窺わせる。サナさんって城内にいる部下、少なさそうだったし。ミツさん、大変だったんだろうな。

 もしかしたら、あのとき用意してくれた食事って、俺たちの為に用意してくれただけで、食べたことはないのかも。

「ミツ。せっかくだからごちそうになったらどうだ」

「いただいてもいいのですか?」

「ミツちゃんの分よ。遠慮なく食べてちょうだい」

 微かに頷いたミツさんが、両手でコーヒーカップを持つ。一口飲んで、首を傾げる。

「苦いですね。こういう飲み物なのですか?」

「そうよ。甘いものと一緒に食べると美味しいの。クッキーとどうぞ。もし、それでも美味しいって思わなかったら、ミルクとお砂糖入れて飲んでちょうだいね」

 みんなの視線を集める中、再び頷いて、言われた通りに、クッキーを両手で持ち上げて、じっと見つめた後に口に入れる。小さくサクリと音がしたクッキーに、ちょっと驚いたような仕草をした後、もぐもぐと口を動かす。そして、コーヒーを飲む。そしてまた、首を傾げた。

「このお菓子は美味しいです。コーヒーも、味が変わりました」

「せっかくっすから、ミルクと砂糖も入れてみるといいっす。俺、入れてあげるっす」

 頷いたミツさんの目の前で、ミヤがカップにミルクと砂糖を入れる。口をつけたミツさんが、今度は頷いた。

「美味しい……、です」

 遠慮がちな仕草がなんとも言えない。アスカさんも隣で満面の笑顔で頷いている。あ、これ、アスカさんのクセが出るな。

「ミツちゃんも、ぜひ、お店に来てちょうだいッ。たっくさん、食べたことない物、作るわよっ。いえ、そうだわ。今度、何かの集まりの時に来てもらうとか……」

 やっぱりな。アスカさんの、美味しい物を食べて欲しいっていうスイッチが入ったな。

 ミツさんは、予想もしなかった提案に戸惑ったようで、ルオンドさんに視線を向けた。

「そうだな。ミツと私が二人そろって長時間城を空けるのは良くないから、一人ずつ、お邪魔するようにしよう」

「でも。町でのふるまい方が分かりません」

「大丈夫よっ。気になるなら、定休日に来てちょうだい」

「いいじゃないか、ミツ。ミツも四天王の一人だ。今までは私が役所へ来ていたけれど、これからは、ミツも来なければならない。町にもな。顔見知りがいて、そこで慣れていくのも一つの手だ。ミツはまず、城以外の場所に慣れなければならない」

「ならば、私の一族の村にもご招待しましょう」

 狼男の宴にか。いきなりだと、ハードル高すぎねぇ?

「そんなに一遍には無理でしょ。まずは、このお店に気軽に顔出して、慣れてちょうだい。大丈夫よ。魔族のお客さんも、たくさんいるし、このお店だとアタシたちもいるし」

「そうっすよ!」

 ミヤにも言われ、落ち着きなく視線を動かす。

「なら、ミツ、城の前の海で獲れる魚を手土産に、この店に遊びに来てみたらどうだ。あの海で取れる魚、美味いだろう」

「は、はい」

「ミツさん、魚釣りするんっすか?」

「あ、はい」

「どうやって食べるの?」

「そのまま食べてます」

 しーんとした沈黙がおりる。え。そのまま?って丸ごと?マジで?あ、そうか。魔族って腹に入ればいいって感覚なんだっけ。

「そ、それはワイルドでいいけれど、持って来てくれたら、アタシが料理するわっ。絶対、美味しい物を作るからっ!」

「ミツ、ここは北でも内陸だから、海側にある城の辺りほど新鮮な魚は手に入らないんだ。届けたら、みんな、喜ぶぞ。それに、ここは飲み屋だから、情報も集まりやすい。一石二鳥だな。どうだ?」

「わ、分かりました」

 戸惑いつつも頷いたミツさんが、今までとは違うことに挑戦しようと決意しているのが感じられて、その場の全員が和む。

「あ、そうだ。俺、飴玉持って来るっす!!」

 立ち上がったミヤの、階段を上がって行く音をバックに、バリスが再度、言った。

「ミツさん、私の村にも、そのうち来てくださいね」

「はい」

 頷いたミツさんは、ちょっとだけ笑っていた気がした。


 ということがあり、ミツさんもたまに店に顔を出すことになった。

 それからしばらく経つけれど、魔力関係の調査結果は、まだだ。バリスと顔は合わせているので、俺たちに話せるほどの情報が集まっていないのか、整理されていないのか。ま、気をつけて生活すればいいだけのことだから、問題はない。

 ミツさんは、俺たちの、そして、世界の、恩人の一人だ。サナさんと対峙していたとき、ミツさんの命がけの行動がなければ、どうなっていたか分からない。

 サナさんに従い、逆らうことなど考えたこともなく、長い時間を過ごしてきたミツさんにとって、あのとき、俺たちをかばうということが、どれだけ勇気がいることだったか。まして、魔王がいなければ、ミツさんは消滅していたかもしれなかったんだ。

 あの小さな体で、俺たちをかばってくれた。

 絶対に、あの時の姿を、俺は忘れない。


 そんなこんなで、青龍の町歩きも魔王の月一メンテナンスも無事に済んだ一月の下旬。たっぷりと積もった根雪に領地が覆われた時期の定休日で、俺たちはアイスとプリンの会を決行した。

 ワサワサと大きな雪が綿ゴミみたいに空から降っているけれど、風はない。今日の会のメンツは、ケバブ屋の三人、エン、たまたま北の町にいたロム、バリスとマミルだ。

 もちろん、全員で外作業をする必要はない。アスカさんとエンとマミルがプリン係、ロムとバリスは両方のサポートという名の見学、そしてケバブ屋の三人は、両方の作業の要が見られるように、ピンポイントで移動をすることになった。

 当初、どう考えても時間がかかるアイス作りを最初にしてからプリンを作るか、それとも、プリンを作って試食してからアイスを作るかが検討されたが、アイスは先に出来上がってしまうと状態が変化する可能性があるし、プリンは冷やした方がいいこと、等々を考慮して、同時進行気味となった。

 アイスを作るのに、路地裏とはいえ人通りが多い店の付近はあまりいただけない。ということで、俺たちは店から一番近い城門を出て少し歩いた辺りでアイス作りを開始した。

 店を出て来る前に、鍋に材料は全部入れ、滑らかになるまでかき混ぜてある。ミヤはバニラアイスとヨーグルトシャーベットの材料を用意していた。ということで、鍋は二つ、それは俺とミヤで一つずつ抱え、ケバブ屋の三人が大袋に入った塩とかき混ぜる道具、スコップを持っている。そして、手ぶらでロム。

「ロム、寒いんだから、店で待ってたらどうだ?」

「いや、一緒に行く。作り方をしっかり見てきてくれって頼まれたんだ。作ってみたいからって」

「チャナに?」

「そう。ちゃんと味も覚えて来いって」

「作り方と材料、教えるっすよ!」

「頼む。まあ、だとしても、やっぱ、見られるならできるだけ見た方がいいし」

 それはそうかも。実物を知らないんだから、調理過程も全く想像がつかないだろうしな。

「この辺でいっすよね!!」

 城壁の手前くらいにある、吹き溜まりになって山になっている雪の前で、ミヤが足を止めた。降りしきる雪の中、周囲には誰もいない。

「いいんじゃないか」

「うっす!!やるっすよ!!」

 そうして俺たちは、アイスとシャーベット作りに取りかかった。

 まずは鍋を置く雪の土台を、城壁の前で山になっている雪を掘って作り、そこに塩を撒く。で、そこに鍋を置くというか、埋める。雪が中に入らないように注意しつつ。

「ここから、どうするの?」

「うっす!!固まってくるまで放置っす!!その間、雪合戦しましょうっす!!」

 張り切って雪玉を作り始めたミヤの隣で、ジンが俺に振り向く。

「そういうものなの?」

「多分。俺、作ったことないんだよ。子どもの頃、似たようなことはやったことあるんだけど」

 あの時は固めて終わりだった。アイスキャンデー的な。

「アイスの方は、こまめにかき混ぜないといけないんっすよ。シャーベットはそこまで神経質にならなくてもいいんっすけどね」

「そっか。じゃあ、俺たちは一度戻って、プリン作りを見て来るね」

 プリンは、ジンたちが戻ってから作り始めることになっている。今は、残ったメンツでプリンのトッピングを用意しているはずだ。

「うっす!!」

 言いつつミヤがロムに雪玉を投げた。

「俺に挑むとは、いい度胸だ、ミヤ」

「魔力なしっすよ、ロムさん!!」

「当たり前だろ!」

 素早く雪玉をいくつか作ったロムが、ミヤに向かって雪玉を飛ばす。……ロム、プリン作り、見なくていいのかぁ?

「早く行かないと、巻き込まれるぞ。つめてっ」

 とか言っている間に、俺に流れ弾が当たる。ミヤが弾けるように笑った。

「カツミさんも、参戦してくださいっす!」

「俺は審判でいいだろ!」

「これは、どういう遊びなんだ?」

 雪がほぼ降らないところで育ったカシメルが興味を持ったらしく、雪玉を投げ合っているミヤとロムを面白そうに眺めている。

「ただ単に、雪玉投げ合って遊ぶんだ。人数が多いときは、陣地とか決めて勝負するけど」

「へぇ」

 ジンがそんなカシメルの顔を見て、ちょっと笑う。

「後で、雪で遊ぼうか」

「いいのか?」

「いいよ。カシメル、雪がある冬は初めてだったね。もっと早く気付けばよかった。ごめん」

「いや、いいんだ。雪で遊ぶのか。楽しみだな」

 二人のやりとりを聞いていたティルが、感動して両手を胸の前で握りしめて呟く。

「あのお兄ちゃんが……!!」

「確かに」

 あのジンが。試作品とかそういうことになると、わき目もふらないジンが。

 ティルと顔を合わせて吹きだす。

「じゃあカツミ、また後でね!!」

「うん」

 目の前スレスレを飛んでいった雪玉を目線で追いつつ、俺は手を振った。

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