第四話 魔王登場 2
定休日の前日、トウカさんが飲みにきた。
今日は、ティルとエンも一緒だ。いわゆる、女子会ってヤツ?あの一件以来、ケバブ屋の親子とエンも、ちょこちょこと顔を出してくれるようになった。
たまに、エンと一緒にパン屋の店主も来てくれる。
穏やかに笑う店主は、エンと雰囲気がそっくりだ。ただ、店主は下戸で、酒が全く飲めないそうだ。酒場に来たのに申し訳ないね、とすまなそうにしつつ、にこやかに食事をして行く。
ちなみに、エンはザルを超えたワクだ。水みたいに酒を飲む。人は見かけによらない。
「いらっしゃいませっす~」
程よく人が入っている店内は、忙しすぎることもなく、かと言って暇なわけでもない。少しだけゆっくりと接客ができるくらい。
三人をミヤが案内して、飲み物の注文を受け、慣れた手つきで用意して持っていく。
「カツミ、ちょっとこっち手伝ってちょうだい~」
珍しくアスカさんからヘルプが入る。フロアは落ち着いているし、ミヤもいる。一応、確認した後に、アスカさんのいるカマド部屋に入った。
「え、なんですか、これ」
「何って、知らないの?ホールケーキよ」
いや、知ってるけど。なんで今?
「いいから、手伝って!デコレーションするんだから!保冷庫から、生クリーム持ってきて!」
「はいっ」
ドスの利いたアスカさんの要請に、大慌てで保冷庫にすっ飛んで行く。チラリとフロアを見ると、ミヤは女子会のテーブルで賑やかに話しており、他のお客さんも、それぞれゆったりと過ごしている。
すでに泡立ててあった生クリームを届けると、横二つに切ったスポンジにフルーツと生クリームを挟み、その上から更に、手早く生クリームを塗っていく。
あのほら、なんていうの?左官屋さんが持ってるヘラみたいのを使って、ほんとうにあっという間に、フルーツ乗せの生クリームケーキができた。
「ちょっと崩れてるけど、まあまあね」
え?崩れてる?どこが?
「カツミ、ポカンとしてないで、そこのロウソク、ケーキにさして、火を着けてちょうだい」
「あ、はい」
小さくて細いロウソクを三つ、ケーキに立てる。
「この部屋暑いから、さっさと行くわよ」
どこに?
「いいから、来なさいよ」
ケーキを持ったアスカさんの後に続いて、慌ててカマド部屋から出る。
ちょうど、食べ物の注文を受けたミヤが、カウンターに戻ってきたタイミングだった。
「ミヤ、誕生日おめでとう~!!」
アスカさんがケーキをミヤの前に差し出しつつ、大きな声で言う。
えっそうなのそうなの?知らなかった。
「おっおめでとう!」
動揺しつつも、アスカさんの後ろから叫ぶ。
すると、お店にいたお客さんたちも、お祝いの言葉をかけてくれる。
今日誕生日だったのかおめでとう、ミヤ、おめでとう……、チラホラと拍手の音も聞こえる。たくさんのおめでとうの中、トウカさんが立ち上がった。
「なによ、水くさい。言ってくれたらいいのに」
そう言って微笑み、パチン、と音を鳴らす。
「誕生日、おめでとう、ミヤ!」
ミヤの周りで、フワフワとした光がたくさん舞い始める。優しく舞う光は、ミヤを祝福するように、たくさん集まって、ミヤの頭の上に光の冠を描いて消えた。
すげえ!!トウカさん、すげえ!!
「みんな、ミヤを祝ってくれて、ありがとう~。さ、ミヤ、ロウソク消して。みんなでケーキ食べましょっ」
「……うっす。ありがとうございますっす」
いつもより勢いのない声に顔を見ると、ミヤは涙ぐんでいた。
グッと息を飲んだ後、フゥッとそっと息を吹きかけてロウソクを消したミヤに、アスカさんが笑いかける。
「さ、食べましょ!アタシの力作よ!みんなも、ぜひ食べてちょうだいっ」
「うっす!!」
「ミヤは主役だから、座って食べなさいな。カツミ、切り分けたの運んでちょうだい」
「なら、ここに座って食べましょうよ」
トウカさんがミヤにおいでおいでをして、ミヤがちょっと気恥ずかしそうに、空いているエンの隣に座った。
「さ、カツミ、どんどん運んで」
「はい」
最初にミヤのところに、一番大きく切ったケーキを運ぶ。ミヤは、嬉しそうに両手でケーキを受け取った。
お客さんたちも、嬉しそうにケーキを頬張る。
「知ってたんなら、教えてくださいよ」
ケーキを配り終わった後、カウンターの中でアスカさんにボソッと苦情を言う。
「アタシも、仕込み中に知ったのよ。ミヤが、そう言えば俺、今日辺り誕生日だったっす、って。ポツン、って」
そうだったんだ。
「ミヤは勘がいいから、変にそこから準備することもできないし、アンタに買い出ししてもらうことも出来ないし、時間なかったから、お店にあった材料で、急遽、作ったのよ」
なるほど。
「それにしても、料理の注文さばきながら、よくケーキ作れましたね」
「アタシの筋肉、なんのためにあると思ってんの」
イタズラっぽく笑いつつ、アスカさんもケーキを口に運ぶ。
今日はフルーツも生クリームもあったから、よかったわぁ~というアスカさんの声を聞きつつ、俺もケーキを食べる。
スポンジも生クリームも滑らかで、フルーツの酸味が程よくマッチしてて、美味い。
「美味しいです。ありがとうございます」
ミヤの嬉しそうな笑顔を見つつ、言う。
アスカさんも、ミヤを見ながら、満足そうに頷いた。
というわけで、約束の定休日だ。
俺の中では、珍しくハッキリと結論は出ていた。
休みの店内の昼下がり、二人で向かい合って座る。
「ミヤ。俺は、今回の話、受けたいと思っている」
珍しく口火を切って、ハッキリと言った俺に、少し驚いたような顔をするミヤ。
「そして、直接、聞いてみたいんだ。どうして、俺たちに興味を持ったかを」
聞いてみたい。一般人がおいそれと会うことができない魔王が、直々に役所を通して、俺たちを呼んだ理由を。
「でもそれはもちろん、ミヤの気持ち次第だ。ミヤが行きたくないなら、俺も行かなくていい。正直に言って欲しい」
少し困った顔をした後、ミヤが口を開いた。
「実は俺、まだ、決めかねてたんすよ。どうしようかな、って」
そうか。
「でも、カツミさんがそう言うなら、行くっす!」
迷いが吹っ切れたような顔でミヤが笑う。
「ありがとう。よろしく頼む」
「うっす!」
「それでだな、行くにあたって危険はないと言っていたけど、条件をつけようと思うんだ」
「条件っすか?」
「そう。条件」
いくら役所を通しているとはいえ、そのまま行くのもどうかと思うし。
「俺が必要だと思った条件なんだけどな」
「うっす」
「まずは、俺とミヤの異能。発動の有無を問わないこと」
「どういうことっすか?」
「俺の異能もミヤの異能も、数多く発動したわけじゃない。もしかしたら、発動しない可能性だってある。俺が発動しなくても、ミヤが発動しなくても、納得してくれってこと」
真顔で聞きつつ、頷くミヤ。
「最悪、俺の異能だけ発動した場合でも、納得してくださいよ、ってことだな」
「その場合、魔王さんは、メッチャ大変っすね」
「でも、その条件を飲んでくれないなら、行かない」
この世界においても未知の異能かもしれないけど、俺たちにとっても未知なんだ。コントロールできるわけじゃないし。
バリスは危険は一切ないって言ってたし、アスカさんも大丈夫とは言ってたけど、やっぱ、もしもの時の保険は、あった方がいい。
「それから、魔王謁見の作法とかあるなら、前もって教えて欲しい」
ノー情報で謁見して、なんか口滑らせて不興を買って消し炭、とか絶対、嫌だ。
「それはそうっすよね!エラい人、俺も苦手っすもん!」
「だよな!」
何でもいいから、前情報が欲しい。そりゃそうだよ、俺たち、まだ数ヶ月前にこの世界に来たばっかりで、この町以外の町すら、行ったことないんだし。
つまり。よく知らない。この世界のこと。
なのに、魔王からご招待って、オカシイだろ。この町の領主にも会ったことないんだぞ。………よく考えてみると、城主か?いや、この際、どっちでもいい。
とにかく、魔王に会うのはおっかなビックリだけど、断って変に不興とか買いたくない。プラス、やっぱり、好奇心がちょっとだけ勝った。
会って話してみたい、魔王と。
そうと決まれば、早速、バリスのところに行こうとは思うけどその前に。
「ミヤ。ありがとう」
ミヤに向き直って、きちんと頭を下げる。
「ど、どうしたんっすか、カツミさん」
視界の端で、ミヤが焦ったように腰を浮かせた。
「俺はこの世界に来て、危険な異能を持って、色んなことに逃げ腰になってた。でも、いつも、ミヤに助けてもらって、やっと、前向きな気持ちになれてきたんだ」
本当のことだった。大概のことは、大丈夫っすよ、と笑顔で元気にしているミヤを見ていて、俺もいつまでもウジウジしてたらダメだと思ったんだ。
力をもらったんだ。
もちろん、アスカさんにもイチカにももらってる。でも、やっぱり、ミヤの明るさや笑顔には、何度も救われた。
「異能でまた迷惑かけるけど、改めて、よろしくお願いします」
「もちろんっすよ!」
急な展開に戸惑っていたミヤが、笑顔で力強く頷く。
俺も頭を上げて、軽く笑う。
「さて、じゃあ、バリスのところに行こうか」
カランコロン。
「お呼びですか」
アスカさんが戻ってきたのかと思いきや、そう言って入ってきたのは、当のバリスだった。
「「ええー!?」」
俺とミヤの驚いた声が重なる。
「え、話し聞いてたんですか?」
店の外まで聞こえるような大声では話していないので、そんなバカなと思いつつ、聞いてみる。
「いいえ。そう言って入ったら、おもしろいかと思いまして」
冗談ってこと?分かりづらっ。
いつも真面目な顔のバリスの冗談が変におかしくて、笑いがこみ上げてくる。
「バリスも冗談言うんですね」
「意外っすね~!!」
笑ってる俺と対照的に、ミヤは感心したように頷いている。
「喜んでいただいて、何よりです」
俺たちを見て、バリスがニッコリとほほ笑んだ。




