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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第二章
179/247

第七話 青龍の町歩き 2

「キレイねっ。アタシ、イッちゃんにお土産買うわっ」

 そう言ってアスカさんが足を止めたのは、琥珀の装飾品を扱っている店の前だった。小さな飾り窓があるその店は、表からも見えるように、窓際にいくつかの琥珀のアクセサリーが陳列されていた。

 フユの店を出てからのんびりと歩きつつ、大通りへと向かう角を曲がり、二、三軒目の店だった。

「みんな、付き合ってもらってもいい?」

 アスカさん、やっぱり嬉しいんだよな。俺たちの中では年長者だし、きっといろんなことに気配りしているから、あんまりはしゃいだ様子は見せてなかったけど。

「もちろんっす!」

”入ろう、入ろう。ここは何の店だ?“

「アクセサリー屋さんですかね。琥珀っていうキレイな石を加工して、いろんな装飾品にしてるんです」

「いらっしゃいませ」

 ちょっとだけ軋む扉を押して中に入る。ショーケースに似た飾り棚が店内には並べられており、それとは別に、布をかけた木製の台の上にもアクセサリーが陳列されている。飾り紐がついた眼鏡をかけた店員が顔を上げた。ん?!

 エエエエルフ!!え、ここ、エルフの直轄の店なの?

 俺の動揺などは露知らず、店員がにこやかに話しかけてきた。

「見たいのがあったら出しますので、声かけてくださいね」

 ええええええええ!!嘘でしょ!!??すっごく愛想がいい!!

 目を見開いて硬直した俺の肩を、アスカさんがポンポンと叩く。俺を覗き込んできたその顔は、残念そうな笑みを浮かべている。

「カツミ。アンタ、顔に全部出てるわよ」

「マジですか」

「残念ながら、手に取るように分かるわ。考えてること」

 ヤッベエな、俺!!

 自分で自分に突っ込んでいると、アスカさんがちょっと離れたところにいるミヤを窺いながら声を潜めた。

「青龍ちゃんのプレゼント、ここのブレスレット、いいんじゃないかしら」

 なるほど!!さすがアスカさん!!

「確かに。似合いそうですね」

「じゃあ、ちょっと商品見て、それぞれいいのを考えましょ」

「はい」

 コソコソと話して、ショーケースの中を覗き込む。玄武と朱雀は首にかけるものだったけど、青龍は、ブレスレットもいいかも。

 お小遣いの麻袋を差し出した時の小さい手を思い出し、自然と笑みが浮かぶ。

 それにしても、色々あるな、商品。指輪にブレスレット、アンクレットかな?これ。ちょっと大きく作られてるし。ネックレスに……なんだこれ?あ、根付けみたいなヤツ?

 どれもシンプルだけれども、繊細な細工が施されている。キレイだな。

 ショーケースを磨いていた店員と、ふと目が合う。ニコリ、と歯を見せずに笑ったその店員が、スッ、と俺に近寄ってきた。

「あちらの方とあなた、エルフのお守りを持っていますね」

 あ、そうか。分かるよな。

 ハンリーアルさんにもらったブレスレットは、お守りのようにいつも身に着けている。ミヤの物は一度切れてしまったけれど、ハンリーアルさんが直してくれた。

「はい。以前、エルフにもらったんです」

「そうでしたか。ところで、なにか気になる物はありましたか?」

「え、と、そうですね」

 視線を台の上に移すと、そこには髪飾りが並んでいた。シルバーの土台に琥珀が大胆に埋め込まれたそれがキレイで、思わず目を留める。

 視線を追った店員が髪留めを一つ、手に取った。

「こちら、人気の商品ですよ。意中の方にいかがですか?」

 そう言われてパッと浮かんだのは、気の強そうな青い瞳だった。

「えぁっ?!いやそんな」

 脳裏に浮かんだその瞳が頭から離れずうろたえていると、店員が笑みを深くして、ぐっと身を乗り出してきた。

「喜ばれますよ、きっと」

「いやでもその」

 そういう関係じゃないし。友達だし。

「憎からず思っている相手に贈るのも、関係が一歩進むいいキッカケになりますよ」

 そんなんじゃないし。どこにも進んでないし!!そもそも、どこも目指してないし!!

「だだだだだ、ど、でもあの」

「大丈夫ですよ、きっとうまくいきますよ」

 えっ、ちがっ。なんで勝手に話を進めてんの?

「こちら、似合いそうな方なんですよね?」

 似合いそう、と言われて反射的に頷く。

「お包みしますね」

「えぁっ!?あの、その」

「はい」

 向けられた満面の笑みに、抵抗する術が俺にはなかった。

「……お願いします」

「ありがとうございます」

 いつの間にか出ていた冷や汗を拭う。体温が上昇していてなんだか暑い。頭に上った血を下げようとしていると、左右の肩にそれぞれ、ポン、と手が置かれた。

「アンタ、ああやって香水瓶買わされたのね」

「カツミさん、またしてもやられたっすね」

「ちょろすぎるわよ」

「香水瓶の時は、もっとあっという間でしたっす。あの商人さん、熟練の技だったっす」

 …………。

「見てたんなら、助けてくださいよ……」

「あれくらいかわせなくてどうするのよ。残念な男ね」

「大丈夫っす、カツミさん」

 何が大丈夫なんだよ、ミヤ!!笑ってんぞ、顔が!!

「だ・れ・の・顔を思い浮かべてたのかしらね?」

 楽しそうに笑ったアスカさんが、歌うように言う。

「だっ、誰でもないです!!」

「お客様、お待たせしました」

 店員の声に飛び上がる。

「はははは、はい」

「他にもご覧になられますか?」

 あ、青龍のプレゼントがまだだ。

 カクカク頷いた俺を見て、頷いた店員がニッコリと笑う。

「では、お決まりになりましたら、声をかけてくださいね」

「はい」

 ニヤニヤ笑っているミヤとアスカさんに背を向けて、再び飾り棚を眺める。あー。どうしよう、髪留め。今回は髪飾りだから、アスカさんに渡す訳にもいかない。

 思い浮かべた人にあげたらいいじゃないのよ、というアスカさんの幻聴を聞きつつ、ほてった頬を隠すようにして買い物を続けたのだった。


“なんだ、アレは。なんだ?何が始まるんだ”

 テーブルの上に乗った青龍が、手摺りの方に身を乗り出しているような感じがする。もしかして、あの小さい手を手摺りの上に乗せてたりするのかな。想像するだけでも微笑ましい。

 エルフのアクセサリー店を出た俺たちは、再び町を歩きながら、今度は果実ジュースを飲んだり、屋台で肉巻きおにぎりや串焼きなんかを食べ、八百屋や魚屋の店先を通り過ぎ、生地屋兼洋服屋に入ったりと、成り行き任せに町歩きをした。

 朝と昼は立ち食いになってしまったけれど、青龍はそれもまた楽しい、と魚屋の店先でタコに強い興味を示しつつ話していた。姿は見えないけど、凝視してるっぽい雰囲気だった。

 なんだかんだと歩きっぱなしで疲れた俺たちは、まだ夕方の早い時間から居酒屋へ来たのだった。そう。魔王の東でのお気に入りの店、カナタが以前働いていた居酒屋だ。

 今回も、二階の吹き抜け側のテーブル席に腰を下ろした。まだ早い時間だったので、入った時はさほど混んではいなかったけれど、料理が運ばれてくる頃には、賑やかになってきていた。

 青龍の声に身を乗り出すと、クズセバマケヨを囲んで男たちが集まり始めている。

「あれは、ゲームです。あの組まれている小さな木の棒を一人ずつ抜いて行って、最初に崩してしまった人が負けなんです。多分、賭けてるのかな」

 一人の男が何かを話しつつ、参加人数を募っているのが見える。

“賭ける?何をだ”

「お金を賭けてゲームをするんです。勝った人がもらえます」

“ほほぅ。おもしろそうだな”

 青龍は興味津々といった声だ。

「ここ、すごいわね。この建物。こんな造りの木造建築、北にはないわね」

「そうっすよね」

「イッちゃんとも一緒に、いつか来たいわぁ~」

 ニコニコしつつアスカさんが建物内を興味深そうに見回す。木工職人のイッちゃんさんは、確かに、こういう建物、喜びそう。

「そうだ。アスカさん、徒歩だったら乗り物酔いしないですよね?」

「自分の足で歩いて酔う生き物は、いないんじゃないの。アンタ、何、急にわけの分かんないこと言いだしたのよ」

 機嫌よく建物を見回していたアスカさんが、気味の悪そうな顔をしながら俺を見る。

「いやあの」

「お待たせしました!」

 徒歩だと旅行できるかなと思って、と言おうとしたら、店員が料理と酒を運んできてくれた。よく考えると、徒歩で旅行って、旅行って言わないような気がしてきた。旅?旅かな?少なくとも、観光って感じでは、ないかも。最後まで言わなくて良かった。

 テーブルの上にズラリと並んだ酒と料理を確認する。とりあえずの注文はこれで全部だ。

「さ、食べましょっ。青龍ちゃんも」

“うむ”

「じゃあ、乾杯!!」

 グラスを合わせて乾杯をする。テーブルの上には、以前来た時に食べて美味しかったソーセージの盛り合わせ、でっかいチャーシュー肉、それとタコとジャガイモの炒め物、根菜のポトフ、キノコのクリームパスタ。パスタはショートパスタだから、つまみやすい。ちなみに、タコは青龍のリクエストだ。メニューを店員に読み上げてもらっているときに、タコと聞いた瞬間、食べたいと騒いだのだ。

“フフフ。これが、さっき見たタコか”

 刻まれてオイルと調味料にまみれたタコの皿を見て、何やら含み笑いをしつつ青龍が身を乗り出す気配がした。

「美味しいわよ。歯ごたえがしっかりしてるし、噛んでると旨味も出てくるの」

“ほう”

「さ、どうぞ」

 アスカさんがタコ料理とソーセージ、チャーシューを切り分けたものを青龍に取り分ける。ショートパスタはクリーム味なので、別皿だ。

 見ていると、皿の上からタコが真っ先になくなった。すぐさま食べたな。そんなに気になってたのか、タコ。

“おお!!意外に美味い!!あんな外見だから、どんなものかと思ったが、美味いものだな!!”

「うっす!!柔らかいっすね~。美味いっす!!」

「シンプルな味付けだけど、美味しいわ。ニンニクが効いてて、オツマミにいいわね」

 わあああぁ、という歓声が下の方から聞こえてきた。さっき賭けをしていた分の勝負が終わったらしい。勝った、負けた、ちくしょー、という声が聞こえてくる。

「東って、酒場での賭け事、多いのかしら」

「らしいですよ。結構、どこでも見る気がします」

「お酒と賭け事って、盛り上がるだろうけど、その分、騒ぎと切り離せないから気を付けないとねぇ」

「店員さん、そういうのの対処に慣れてそうでしたよ」

「やっぱり、そうよね。危ないもの」

「あー!このチャーシュー、美味いっす。前も食べたけど、今日も美味いっす」

 チャーシューを食べたミヤが、感激して声を上げる。

“肉一つとっても、いろんな調理法があるものだな。今日だけでも、いろんな肉料理があったな”

「そうなのよ!おもしろいわよねぇ」

“うむ。おもしろい。もっといろいろあるんだろう?”

「たっくさんあるわよ」

“フフフ、楽しみだ”

 どんくらい食べる気なんだ、青龍。マジでお小遣い分、全部、食べ尽くすつもりだろうか。いや、それはそれでいいんだけど。

「次、何、注文するっす?」

「そうねぇ。アタシ、魚料理も食べたいわ。白身魚のムニエル」

「俺、ミートパイ食べたい」

 店員さんに読み上げてもらったメニューを思い出しつつ答える。

「うっす。青龍さんは?」

“一緒に食べるから、なんでも注文して欲しい”

「うっす!!すみませーん!」

 青龍も酒を飲みつつ、陽気になっていく。酔っ払うということはなさそうだが、普段、こういった食事はとらないし、機会もないのだろう。みんなで賑やかに食事をする、ということにはしゃいでいるような感じもする。

 あれやこれやと他愛のない話をしつつ食事をしていると、ふいに、テーブル脇に誰かが立った。

「こんばんは。よい夜ですね」

 見ると、中肉中背の男がゆったりとした笑顔を浮かべて立っている。なんだ?

「あら、こんばんは。素敵な夜ね」

「はい。いきなり声をかけてしまってすみません。私はここの店員なのですが、手品はいかがですか?」

「いいわね!!お願い!!」

「はい。それでは」

“手品?”

 青龍の不思議そうな声が聞こえたが、店員がテーブル脇にいる状態では応じることはできない。後で説明しよう。

 青龍の声が聞こえない店員は、胸ポケットからカードの束を取り出して、鮮やかな手つきできりはじめる。パララララ、と舞うようにきられていくカードを見つめていると、急にカードがスッと手の中におさまった。

「では、こちらのカードを覚えてください」

 そう言って店員がカードを一枚、自分には見えないように俺たちに見せる。あの、有名なカードの柄を当てる手品だ。

 いくつか、そういった手品が目の前で行われた。テレビで見たことはあっても、目の前で見たことはなかったので、ものすごく楽しんでしまった。

 あれって、タネも仕掛けもあるんだし、目の前でやったら分かるだろう、って思ってたけど、実際は、意外にタネも仕掛けも分からないものだ。感心しつつ、店員のカードさばきを眺めていると、急にカードの動きが変わった。

「ここからは、パフォーマンスです」

 そう言って笑った店員が、カードを流れる水のように空中へ向かって操りだす。手を動かすたびに、カードが生き物のようにその手を追うように流れていく。

「おおー!!」

 鮮やかなカードのパフォーマンスに、周りのテーブルからも歓声が上がった。

 そして、そのカードが俺たちのテーブルの上でグルグルと回り始めたときだった。

“見てはいけない。急に、見る人に対して影響があるように、カードに魔力がこめられた。弱いから、他の客にまでは影響はなかろうが”

 青龍の強張った声が聞こえ、緊張感が走る。

 その声に従って、店員に気付かれないように視線をカードから少しズラす。

 カードはその後、しばらく俺たちのテーブルを躍動するように動き回った後に、スッと店員の手元へと戻っていった。

「御観覧いただき、ありがとうございます」

 そうして口元だけで笑った店員が静かに去った時に、追加で注文した酒と料理が届いた。手品の邪魔をしないように、気を使ってタイミングを見計らってくれたのかもしれない。

「お待たせしました!あら?どうされました?」

「ううん、なんでもないの。ここって、手品もサービスでやっているのね」

「そうなんですよー。簡単な物なんですけど。手品は魔力を使わないでやるので、評判がいいんですよ!パフォーマンスは、魔力を使うんですけどね」

 酒と料理と引き換えに代金を渡しつつアスカさんが言うと、その店員はあっけらかんと笑って代金を受け取り、呼ばれたテーブルへ足早に去ってしまった。

「手品は魔力を使わずに、パフォーマンスは魔力を使う、ね」

 ポツリとアスカさんが言い、青龍の前の皿がカタン、と音を立てた。

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