第七話 青龍の町歩き 1
“今日は、よろしく頼む。これは預かってきた小遣いだ”
青龍が、挨拶とともに小遣い入りの麻袋を差し出す。ちょこんとしている手が可愛らしい。
「うっす!」
「よろしくねっ」
「よろしくお願いします」
東の中心町の城壁の外で、人気がないことを確認しつつ、俺たちは顔合わせをしていた。年明け最初の定休日。今月の、出たとこ勝負町歩きは青龍だった。送り迎えは、今回も玄武。もちろん、ちゃんと境界橋は通って来た。
目の前の青龍を見る。ちゃんとした大きさの青龍は、一度だけ見た。そう。あの、世界が修正されたときに。とんでもない大きさだった。
今は、抱えられるくらいの大きさだけど。
朱雀のときのことを踏まえて、早すぎない朝の時間帯に待ち合わせをした。青龍は既に俺たちを待ってくれていたんだけど、いつから待ってたんだろう。まさか、夜明けからじゃないだろうな。
「まだちょっとお店が始まるには早いけど、行きましょうか」
「そうっすね!青龍さん、誰かにつかまってもらえるっす?」
“うん。玄武はアスカで、朱雀はカツミだったのだろう?私はミヤと一緒にいよう”
「うっす。ところで、青龍さんは飛べるんっすよね?」
“飛べるというなら、四神は全員浮けるぞ”
?!ああ、そうか!!外見が亀とか蛇とか虎だから、飛べるのって朱雀と青龍だけだと思ってたけど、外見の概念って、俺たちのイメージなだけか。だよな。よくよく考えてみると。そういう外見なだけで、そのものの生き物じゃなかった。
心ひそかに認識を改めていると、ミヤが青龍に腕を差し出した。
「俺のここに尻尾をからめてくれると嬉しいっす!」
“おお。いい案だな”
「そうね。素敵なアイディアだわ」
「バッチリっす!!」
ミヤの腕と尻尾を組んで姿を消した青龍と共に、城門へ向かって歩き出す。今日は天気もいい。寒いことは寒いけれど、雪もないし、北よりは暖かい。
ああー。今日、カクチナさんと会わないといいなぁ。中心町って広いから大丈夫だとは思うけど。
「………今日、役所の湖畔って行きます?」
「青龍ちゃんが見たかったらね」
“わざわざ行かずとも、城は通りがかったら見るくらいでいいぞ”
「うっす」
「フユのとこ、どうしましょう?」
「アタシ、行ってみたかったけどねぇ」
「ですよね」
アスカさん、フユの定期便のお茶とお菓子、楽しみにしてるもんな。店に行けるなら、行きたいよな。
「カクチナさんのこともあるし、できれば知り合いには会わない方向で行こうと思うんですけど」
一応聞いてはみたものの、いろいろ考えると選択肢はない。
「そうなるわよねぇ」
「うっす。でも、アスカさんはフユさんとは面識ないっすから、大丈夫じゃないっすかね。俺とカツミさんは表のベンチで待ってて、アスカさんと青龍さんで店に行くって手もあるっすよ」
「おお。いいかも、それ」
名乗らないで、ただのお客さんとして来店する、ってことだよな。
「直接会ってお礼を言いたかったけど、それはまたの機会にしましょっか。今日は、それでいきましょ」
“すまないな、私たちの為に”
「謝らないで。アタシ、この町歩きのおかげで、他の領地に旅行できてるのよ。ものすごく感謝してるの」
“そうか”
「そうよ!ありがとっ」
「あ!夜ご飯、ウオマさんも好きな、あのデッカイ居酒屋、どうっすかね?」
「いいかもな。北の中心町にはない構造の酒場だし」
「楽しみだわぁ。カナタもそこで働いてたのよね?」
「そうっす」
“神のお気に入りの店か。そこに行ってみるのも、一興だな”
「おもしろいですよ。手品も見られたりするし」
「青龍ちゃん、何かしたいこと、ある?」
“そうだな。いい土産がみつかるといいな。玄武も朱雀もイイモノをくれたからな”
「東だと、なんっすかね?」
「それこそ、お茶が名産だけどな」
「フユちゃんのとこのお菓子もいいんじゃない?コーヒーのパウンドケーキも紅茶クッキーも美味しかったわよね」
「そうっすよね。他にもなにかないか、探しましょうっす」
“楽しみだ”
応じるその声が弾んでいて、青龍のワクワク感が伝わってくる。
「ところで、今月が青龍なら、お祭りの日に来なくてよかったんですか?」
“祭りの日は特別だから、普段の生活とは少し違うだろう?それに、その日は神がこちらに遊びにくるしな”
「来ますね、祭りだと」
そっかぁ。四神が見たいのは、普段の生活なんだな。だとすると、やっぱり、なんでもない日に町歩きするのがベストだよな。
それに、前、四神と魔王が一緒に神殿から離れるの、あんまりよくないって言ってたしな。いろいろ事情もあるんだろうな。
「さ、まずはかる~く、朝ご飯かしらねっ。どこか、いいお店ないかしらっ」
鼻歌交じりでアスカさんがキョロキョロと辺りを見回しつつ言う。
「あっ、パン屋があるっすよ!!こうなったら、東西南北で、朝ご飯はパン屋食べ比べってことでどうっすか?」
いいかもな。パン屋って朝早くからやってるから。朝ご飯にもってこいだ。
「賛成」
「いいわね」
「なら、俺また、選んでくるっすよ!!」
「青龍と腕組んでるの、忘れるなよ」
「うっす!」
“私も店の中に入っていいのか?”
「もちろんっす。何か食べてみたい物があったら、腕を引っ張ってくださいっす。声は出せないっすけど、話しかけてくれてもいっすよ」
“分かった。行こう”
「なら、アタシたちは店の外で待ってるわ。二人でいってらっしゃいよ」
「うっす!青龍さん、行くっすよ」
“よろしく頼む”
青龍って、物静かなのかな。玄武や朱雀に比べると、落ち着いた感じがするな。ところで今日は、どうやって青龍に決まったんだろう?またしてもアミダクジか?だろうな、きっと。恨みっこなしでジャンケンできないから、恨みっこなしのアミダクジだろうな。
いそいそとパン屋に入って行くミヤの背中を見送りつつ、邪魔にならないように、アスカさんと並んで店の扉から少し離れた場所に立つ。大通りに面した大きな店構えのパン屋は、エンの店の二倍はありそうな規模だ。
大通りから城の方へ視線を向けると、少し先の辺りで焚火の準備をしているのが見える。
「青龍も、焚火にあたりたいですよね、きっと」
「話し、聞いてるわよね」
「あそこの準備してる焚火のとこでパン、食べましょうか」
「いいわね」
風が冷たいし気温も低いので、ジッとしていると冷えてくる。足踏みをしつつ腕を無駄に動かす。
「カツミは筋トレしないの?」
「しません」
アルスナーの餌食になってたまるか。
口をへの字にして言うと、アスカさんがクスリと笑う。
「ま、アンタもコッチに来た時よりはたくましくなったわよ。不健康そうな、青白い顔してたもんね」
思い出すように少しだけ目を細めて、アスカさんが言う。あれはもう、二年半も前のことだ。ずいぶん前のことのようで、たったそれだけ、っていう感じもする。
……こっちに来た時に着ていたスーツは、自分の部屋に保管してある。もうきっと着ることはないのに、捨てられずに部屋の片隅にある。どうして捨てられないのか自分でも分からないままだ。ふとしたときに視界に入った時には、言葉にできない、何かが胸に湧き上がる。
郷愁、とか、感傷、ってヤツなんだろうか。
「そうですか?やっぱ、旅で体力も筋力もついたんですかね。食事も睡眠も、しっかりとるようになったし」
「だと思うわ」
「でも、まだまだアスカさんには敵わないですね」
「そりゃそうよ。アタシ、筋トレちゃんとしてるもの」
マジで?!カマド部屋で重たい鍋とか扱ってるし、そもそも仕事自体が筋トレしてるようなモンなのに。
「すごいですね」
「癖よね、もう」
「アスカさんは、どうして筋トレ始めたんですか?」
あー、焚火が炎を上げ始めた。早くあたりたいな。
少しずつ大きくなってきた炎を遠目に見つつ、体を温める為に軽く小刻みにジャンプしながら、何気なく聞く。これだけマッチョなんだ、相当鍛えてきたはず。アスカさん、体力もあるしな。
気軽にした質問の返答がなく、不思議に思ってアスカさんを見ると、伏目になって少しだけ顎を引いていた。
聞いちゃいけないことだったのだろうか。別の話題を振ろうと口を開きかけたときに、アスカさんがちょっとだけ微笑んでこちらを見た。
「どうしてだったかしら。忘れちゃったわ」
いつもとは違うその微笑が言葉を詰まらせ、返事が遅れる。そのタイミングで、ミヤが戻ってきた。
「お待たせしましたっす!!」
「あら~!美味しそっ!!いい匂い~」
「うっす!焼きたてが買えたっすよ。」
「あそこの焚火にあたりながら食べましょっ」
「いっすね~」
“いろんなパンがいっぱいあった。おもしろいな、パン屋。あれは全部売れるものなのか?”
「そうね。売れるわよ。まだ早いから、もっと焼くだろうしね」
“そういうものか。もっと焼くのか。すごいな”
はしゃいでいる様子の青龍とミヤ、アスカさんの会話を聞きつつ、いつぞやにミヤが言っていた、人生いろいろっすね、という言葉を思い出していた。
「滝じゃないの!」
焚火にあたりつつミヤが買って来たパンを食べた後は、大通りを歩いていって城を見つつ、フユのところへ行こうという話になった。城の湖畔付近には役所があるけれど、通り過ぎる程度だし、カクチナさんに会う確率も低いだろう、ってことで。
ミヤが買って来たパンは、サーモンをムニエルにした物が挟まったコッペパンと、燻製肉と野菜が挟まったコッペパンだった。大きめのそのパンをそれぞれ食べ、途中で甘酒を買って飲み、ブラブラと歩いて行くと、正面に大きな滝が見えて来た。
そうだった。西と東は、城の背景に滝があるんだった。城の真後ろに滝があるんじゃなくて、城を正面にしてその後方側、町を出て城壁のもっとずっと向こうに山があって、そこから滝が流れ落ちている。その滝の流れが、この町の湖へと流れ込んでいるのだ。
あまりにも滝がデカいのもあり、城全体の景色が大迫力になっている。滝がない北とは、趣が全く違うのだ。
「うっす!!あの滝、すごいっすよね」
「ほんと、すごいわ。北の城には滝、ないものね」
その言葉にふと気づく。
「アスカさん、北の境界区切ってる滝って、見たことないですか?」
「ないわ。この世界に来て、滝見たの初めて。すごいスケールの滝ね。迫力だわ」
そうか。あそこの滝はもっとすごいけど、アレを見たことがなかったら、この滝だって、ものすごい迫力だ。
“アスカ、滝を見たことがなかったのか?”
「そうなの。こっちに来て、初めて見たわ」
“よかったな”
青龍の朗らかな声が聞こえてくる。青龍って、なんつうの、玄武と朱雀と比べるとずいぶん落ち着いた感じで町歩きしてるよな。いや、楽しそうとか嬉しそうなのは分かるんだけど、子どもみたいには、はしゃいでないっていうか。
この青龍が、町歩きしたさに家出したとか、町歩きを決めるときに他の四神に譲らずに揉めてたとかって、想像つかないけど、でもそうなんだよな。
もしかしたら、はしゃぎ過ぎないように気を付けてるのかもしれない。
城の湖畔で、立ち止まって滝を眺める。嬉しそうなアスカさんの隣で、少しだけ周囲に目線を配る。
「思わず見惚れちゃったわ。青龍ちゃんが主役なのに、ごめんなさいね。さ、行きましょ」
“もういいのか?一緒に初めての町歩きをしているんだ、遠慮することはない”
「もう十分、眺めたわ。ありがとっ。さ、フユちゃんのお店に行きましょっ。あっ、焼き芋屋があるわ。青龍ちゃん、食べましょ!」
“噂の焼き芋だな?フフフフ”
あ、やっぱ浮かれすぎないようにしてるだけだ。堪え切れず漏れ聞こえてきた笑い声で確信する。
こういうのもいいな。のんびり町歩いて、何するでもなく会話して。アレか、正しい余暇って、これか。
ずいぶん前にアスカさんに言われたことを思い出しつつ、思ったよりも巨大だった焼き芋に胃袋が重くなったりしつつ、俺たちはフユの店へ向かったのだった。
「あー……。そういえば俺たちって、馬車に乗ったことなかったな」
フユの店に着き、アスカさんと青龍を見送って、俺とミヤは広場の噴水前のベンチに腰掛けた。寒いけれど、天気もいいので、ベンチに座っているのも気持ちがいい。
並んで座って、前に来た時みたいに空を見上げる。同じように、建物と建物の隙間から青空が見えた。
ぼんやりとしていると、ふいにさっき大通りで見かけた馬車を思い出した。こっちに来て二年半になるけど、そういえば馬車って乗ったことない。
「そういえば、そうっすね」
「な。ってことは、俺たちって徒歩で行ける範囲でしか、あの町歩いてないんだよなぁ」
「そうっすね。祭りのときなんかは、いつもよりは広範囲を歩くっすけど、普段はなかなかそこまで移動しないっすもんね」
「それで足りちゃうしな。生活してる分には」
「うっす」
「でも、まだまだ知らない店とか場所とか、いっぱいあるよな、北の中心町も」
「っすね。時間かけて、あちこち歩いてみると楽しいっすよね、きっと」
「やろうか。四神の他にも。町歩き」
「いっすね。馬車、乗ってみちゃうっす?」
「乗ってみたいよな」
ここ半年ちょっと、店が忙しくてそれどころじゃなかったけど、俺たち異能がなくなったから、馬車ももう、乗ってもいいんだよな。
たださ。異能はなくなったけど、トラウマが消えたわけじゃない。ほんとに突然、ふいに思い出すことがある。そういうときは、やっぱり苦しくなる。けれど、それだけだ。それだけ。自分のトラウマで他人まで苦しめる能力はなくなった。
そのことに、その都度、安堵する。子どもの頃、特殊な能力に憧れたことはあったけれど、自分が持ってしまった異能は、ない方がいい代物だった。
特別な力なんてなくていい。あれは、心底、そう思わせる能力だった。
「うっす。そしてレベルアップして、アスカさん行きつけの怪しい生地屋に連れて行ってもらうっす」
ミヤが真面目な顔で言う。その様子がなんだかおかしくて、笑ってしまう。
「なんっすか~」
「ミヤ、例の生地屋、メッチャ行きたがってるよな」
「行ってみたいっす。なのに、アスカさんはまだ早いって言うんっすもん」
「早いんだろ」
「カンナさんはアッサリ連れて行ったんっすもん。なんでっすか」
「なんかあるんだろ。カンナに関しては、仕事の紹介っていうのもあったし。俺も行くときは、ミヤと一緒に行くよ」
「約束っすよ。抜け駆けなしっす」
「はいよ」
そんな他愛のない話をして笑っていると、ぬぅっと大きな男が俺たちの前に立った。熊みたいな大きな男。あっ。
「フユの旦那さん?」
大工の。
「おうそうだ。やっぱり。なんか見たことあると思ったんだ。去年、フユのとこに来てたよな?」
「うっす」
「どうした?こんなとこで。店に入ればいいのに。寒いだろう」
フユの旦那さんこそ、マントもないし、メッチャ薄着で寒そうだけど。
「あ、お店、一緒に来た人が入ってるんです。あんまり人が入ると、迷惑になっちゃうかと思って」
よし。俺にしては上手い言い訳を考えた。
「そんなこと気にするな。フユは気にしない。来い」
「いやでも」
「風邪引いたら大変だ。温かいお茶でも淹れてもらえ」
そう言うと旦那さんは振り返らずに店へと歩いて行く。
座ったままミヤと視線を合わせるが、こうなってしまったら仕方がない。行くしかないよな。せっかくの好意だし。
頷き合って立ち上がり、旦那さんの後を追う。もうすでに、大きい体を屈めるようにして店の中へ入ろうとしている旦那さんの後ろに立つ。
「フユ。客だ。北の」
「えー?」
「ほら。入れ」
体の大きい旦那さんが入ってしまうと、俺たちまでは入れなくなると思ったのか、旦那さんは扉を開けてくれただけで、俺たちを中へ招き入れると、またどこかへ行ってしまった。
フユに用があって来たんじゃなかったのか?悪いことしちゃったな。
ミヤと二人で店へ入ると、フユが笑顔で駆け寄ってきた。美しい黒髪がサラサラと音を立てて、流れるように揺れている。
「カツミ!ミヤ!!久しぶりね!元気だった?」
フユの後ろでは、アスカさんが苦笑いしている。
「うっす!!メッチャ元気っす!」
「よかった!」
「旦那さん、よかったの?用があったんじゃなかったの?」
「あったのかもしれないけど、大丈夫よ。また出直してくると思うわ。今、お客さんが来ててね。ちょっと待ってて。温かいお茶淹れるから。あ、一緒にどうですか?」
カウンターの中へ入りながら、アスカさんにも話しかける。
「ありがとう。いただくわ」
「あの、フユ。その人、俺たちの雇い主のアスカさんって言うんだ」
「はぁ?!」
「一緒に来てたんだ。俺たち、ベンチに座って待ってたら、旦那さんが」
「なんだ~。一緒に入って来ればよかったのに。初めまして。フユです」
「アスカよ。いつも、美味しいお茶とお菓子、ありがとう」
「美味しいって言ってもらえて、嬉しいわ!こちらこそ、ありがとう。狭いお店だけど、せっかく来てくれたんだもの、一服どうぞ」
“知り合いか?”
青龍の言葉に微かに頷く。
“そうか。この店、いい香りがするな”
「お茶屋さんだから」
コッソリと呟く。
「フユちゃん、おススメのお菓子って、あるかしら?」
「ありますよ~。最近入ってきたの。ハチミツの飴が」
「ハチミツの飴?」
「はい。飴の中にハチミツが入っていて、なめてるとハチミツが中から出てくるんです。すっごく濃厚なハチミツが入っているので、美味しいですよ。エルフ印なんですって、このハチミツ」
飴。なんつうタイムリーなオススメ。関係ないとは分かっていても、先日のことをついつい、思い出してしまう。ってか、エルフ!!エルフってハチミツ作ってんの?!……森に住んでるし、不思議ではないか。でも、驚いた。
「いいわね。食べたことないわ。じゃあ、それと、おススメのお茶をいくつかと……」
エルフと聞いて反応した俺を見て笑いつつ、アスカさんが注文をしていく。
「俺、フユさんの、コーヒーのパウンドケーキと紅茶クッキー、好きっす!!」
「それも」
「はいっ。ありがとうございます。さ、お茶も入ったわ。今日は寒いから、ハチミツとショウガ入りの紅茶。どうぞ」
ニコニコと手早くカウンターにカップを置いてくれる。優しくてふんわりとした湯気が、甘い香りと一緒に立ち昇ってくる。
“いい香りだ”
「うっす!いただきますっす!」
ミヤがカップを持ち、フユに背中を向けて、青龍がいるであろう方向にさり気なく差し出す。
「青龍さん、どうぞっす」
コソコソっと呟くと、青龍の戸惑った声が聞こえて来た。
“いいのか?これはミヤの分だろう”
「いいんっすよ。今日は青龍さんが主役っすから。感想教えてくれたら、俺が伝えるっす」
“ありがとう”
「美味しいわぁ~。紅茶の濃さ、ちょうどいいわね」
「ありがとうございます」
「フユちゃんのお茶とお菓子、いつもお店の休憩時間に楽しんでるのよ。ありがとっ」
「これからも、張り切って送りますね」
アスカさんと会話をしつつ、フユが手早く注文の品を揃えていく。
“温かくて、美味いな。さっきの甘酒とも違うし、いろんな飲み物があるんだな”
「美味いっす!!温まるっすね~」
「寒い日は、甘い紅茶、いいわよね。ココアなんかもいいけど」
青龍の感想を聞いて、ミヤが顔だけ振り向きつつフユに言う。手元のカップのお茶は、もう残りわずかだ。
そうか。考えてみると、食べ物だけじゃなくて飲み物だって、いろんなモノがあるよな。ちょっと寒いし時期的に種類は少ないけど、果実ジュースなんかもこの後、飲んでみてもいいかも。お酒は夜飲むだろうし。他には……。
「今日は、観光?」
この後の町歩きのことを考えていると、フユから何気なく質問が来て、ギクリとする。
「そうなの。アタシ、こっちに来てから旅行したことなくってね。初めての観光なのよ」
「いいですね!こっちって、気軽な移動手段がないから、なかなか旅行って難しいですもんね」
「そうなのよ。フユちゃんはお茶の修行してたとこは、ここから遠いの?」
「そうですね。ちょっと遠いです。馬車で何日もかかるので、行き来するのも大変です」
「ひょいっと行けるといいのにねぇ」
「ほんとに!」
アスカさんの話術に心の中で汗を拭う。そんな俺を見てミヤがおもしろそうに笑った。
「なんだよ」
「カツミさん、そんなにビクッとするような質問じゃないっすよ」
「しちゃうんだよ」
“ごちそうさま”
青龍の声にミヤの手元を見ると、カップはすっかり空になっていた。




