第六話 対策と対応 1
「おはよう」
昨日、飴玉の件が発覚して、しばらくその場で沈黙と共に佇んでいたけれども、寒いしこうしていても仕方ないしということで、玄武に乗せてもらって帰ってきた。町歩きの週は休みを二日とっている。ひとまず寝て、起きた後に考えようという事になったのだった。
飴玉の件については、玄武から魔王に伝えてもらうことになっている。なるべく店に顔を出すように言うから、と約束して、玄武は帰って行った。
ご機嫌だった朱雀が、話しを聞いてガッカリする姿が思い浮かぶ。責任、感じてないかな。あんなに喜んでたのに、なんだかかわいそうだ。
「朱雀、しょんぼりしてないですかね」
まさか、町歩きの最中に魔力が仕込まれた飴玉をもらう、なんてことが起きるとは思わない。帰った後に発覚したのが、幸だったのか不幸だったのか。途中で水を差されることはなかったのはよかったけれども。知らずに帰って、お土産と共に町歩きの話をしていたところへ、その話を聞かされたら、ものすごくしょんぼりしそうだ。
「そうなのよね。心配よね」
「うっす。もし今日、ウオマさんが来てくれたら、また、アスカさん料理作ってくださいっす。そしたら、少し元気が出るかもしれないっす」
「そうね。それに、朱雀ちゃんのせいじゃないって、伝えてもらいましょう」
「うっす」
「それにしても、どうしてお礼の飴玉に魔力が入ってたんでしょうね」
「それなのよね。順当に考えると」
「あの老婦人っすよね」
「に、なるよな」
「魔族って、飴玉に魔力込めて食べたりするんですかね?」
「魔力補給にってこと?」
「そうです。ありそうですよね?」
「ありそうだけど……、あんまり聞いたことないわね」
聞く機会もないしな。俺たち人間だから、魔力の補充方法は知らなくても、なんの支障もない。
補給の為に飴玉に魔力を込めて携帯する、ってありそうだけど、飴玉に込められる量の魔力って、そんなに多くないような。想像だけど。あ、そしたら、魔力が弱い魔族が使うのかなぁ?
「そうだとしても、よ」
「はい」
「アタシたちが人間だって分かるはずなのに、渡してきたとこが問題なんじゃないの」
「魔族に見えたとか」
特に、この世界にはないプロレス技を、嬉々としてかけていたアスカさんが。
「アンタ、なんかアタシに言えないこと、心の中で付け加えなかった?」
眉毛をくいっと上げたアスカさんが斜めに俺を見る。
「とんでもない」
ブルブルと左右に首を振ると、テーブルの上のコーヒーが揺れる。
「ミヤ。プロレス技覚えたいって言ってたわね」
「うっす!」
「教えてあげるわぁ~!」
言うが早いか、椅子から立ち上がったアスカさんが俺の背後に回り込む。そして、抵抗する間もなく、俺を椅子から持ち上げた。どんな筋力なんだよ!!俺、成人男性標準体型だぞ!!
「コブラツイストは、こうして、こうっ!!こうよっ!!」
「イダダダダダダダ!!」
「素早すぎて見えないっす~!!」
「ミヤ!助けろ!!」
「アハハハハハハ!!」
アハハじゃないよ!!
カランコロン。
涙目になっているところで、扉が開いた。雪と共に入ってきたのは、魔王。ずいぶん早く来たな。
「おっと。カツミ君、新しい趣味か?」
「違いますっ!!」
「楽しそうだな」
「なら、アナタがイデデデデ!!」
「いらっしゃい、ウオマさん。昨日の件かしら?」
「うむ。早い方がいいかと思ってな」
「どうぞっす!!」
「イデデデデ、アスカさん、そろそろ離してください!!」
「仕方ないわね。ウオマさんに免じて離してあげるわよ」
ポイッと音がしそうな仕草で放り出される。あー。ひどい目にあった。コブラツイストなんて、子どもの頃以来だ、かけられたの。そこまで痛いわけじゃなかったから、手加減はしてたっぽいけどさ。
「ウオマさん、どうぞっす!」
ミヤが魔王の分のコーヒーを淹れて持ってきたので、騒いでいた俺たちも、一緒に座る。
「ウオマさん、話しの前に、朱雀ちゃんは大丈夫かしら?落ち込んでない?」
「うむ。大丈夫だ。玄武が気を使ってな。まだ、ワシしか聞いていない」
玄武の気の配り方、すげえ!!あ、でもきっと、分かるんだよな、朱雀の気持ち。自分もすっごく楽しかったから、その気持ちに水を差したくなかったんだよな。きっと。
「よかったわぁ。しばらく、朱雀ちゃんにはふせておいてね。それで、話す時が来ても、朱雀ちゃんに責任ないし、気にしないでって伝えてくださいな」
「うむ。それにしても、朱雀のはしゃぎっぷりがすごくてな。ワシが出かけてくるときも、まだ話してた」
………朝だけどもうすでに。まだ町歩きの話してんの?ほんと、どんだけ楽しかったんだ。そして、それを聞いてる四神も、よく付き合ってるなぁ。いやむしろ、興味津々で一緒に盛り上がってる感じかな。
「楽しかったみたいで、よかったっす!」
「うむ。さ、本題に入ろう。魔力入りの飴玉をもらったと聞いたが」
「うっす。老婦人の巾着をスッた人を捕まえたんす。そのお礼で、飴玉をもらったっす。それが、魔力入りだったんっす」
「町中だな?」
「うっす」
「そのスリと老婦人はどうしたんだ?」
「老婦人は、被害届を出すって言ってたわ。犯人を警備隊に引き渡して、アタシたちは町歩きに戻ったの」
「そうか。役所には一緒に行かなかったんだな?」
三人で無言で頷く。
「知り合いには会ったか?」
「うっす。会っちゃったっす」
「うむ」
魔王が俯き加減でコーヒーを見つめる。
そうなんだよな。ランダとタチモナさんに会っちゃったんだよ。ランダは今、ルピナス商会に雇われてるから、恐らく、ルタタの耳に俺たちが南の領地に来ていたことが入るだろう。そして、ルタタは役所勤めだ。
「そういう場合のときのことを考えてなかったな。すまなかった。町歩きをするだけだし、面倒事が起こるとは思わなかったものでな」
「そうよね。ただの町歩きだもの」
「そうっす」
ほんとそうだ。魔王だって、町歩きの時には揉め事なんかは起こしたりしてないだろうし。巻き込まれることはあるかもしれないけど。可能性としては、低いはずなのに。
「あの、ところで、魔族って飴玉に魔力込めて食べたりするんですか?」
「そういう者もおろうが、飴玉は魔族で作っていると聞いたことはないな。人間の店の飴玉を買って、自分で魔力を込めたりしているのかもしれんな」
「よくあることなんですか?」
「どうだろうな。魔力が弱い魔族も含めると、相当数だからな。中には、そういう魔族が一定数いてもおかしくはない」
「その飴玉をなめると、魔力が補給されたりするんですか?」
「多少だろうなぁ。そこまで大きな魔力は込められまい」
やっぱり、そうか。となると。
「ちょっかい、出されたんですかね?」
「それはまだ分からん。老婦人がうっかりしただけかもしれんからな。誰しもそういうことはあるだろう?」
「ありますけど、俺たち人間ですよ」
「そうだよなぁ。飴玉を二種類持っていたとか?確認はした方がいいかもしれんなぁ。その、引き渡した警備隊に聞いてみてもよかろうが」
「が、ですよね」
既に北に戻ってきているので、確認は時間がかかるし、最速でしようと思えば、役所を通すしかない。そこで、昨日、南にいたのに、どうして今日は北にいるんだ、と問われれば、返す言葉がない。
「うむ。かといって、ワシがどうこうはもっとできん」
だよなぁ。先に考えといた方がよかったな。人間ではありえないスピードで移動する手段。……考えても、あるわけないか。
今更、役所に町歩きの話を通すのも、変にややこしくなりそうだし。けどな。考えてみると東と西の町歩きも控えているし。今後も恒例で四神が町歩きをするなら、こういうこともありうる、と考えると。
「役所に、町歩きの件、申請しますか?」
「どういう形で?だって、境界橋自体は渡ってるのよ。登録証の手続きも、ちゃんとして。移動手段が、四神なだけよ」
「なんですよね」
でもそれが、一番の問題だったりするよな。
役所に申請してもいいだろうけど、そうなると、今度はいつ町歩きをするんだとか、護衛はどうだとか、そういうゴチャゴチャしたことが、煩わしいくらい出てくる可能性が高い。それでは、四神のしたい町歩きではなくなってしまう。
そもそも、俺たちが人間の身でありながら、神様と私的に交流し……、ているのは問題ではないかもしれないな。私的な交流をしているのは、俺たちだけじゃないし。神様として付き合ってないし。出会った後に、神様っていうオプションがついただけだ。
それはそれとしても、今回の事だ。どうすればいいんだろう?
移動手段が四神なだけなんだから、堂々としていればいいだけなのか?四神に乗せてもらいました、それが何か?くらいで。
アリかもな。いや、アリよりのナシか?
「ところで、どうして四神には結界が効かないんですか?」
「ワシにも効かないぞ!」
何、威張ってんだよ。ん?ってことは。
「境界橋、通ったことないんですか?」
「ないな」
「登録証、持ってましたよね?」
「ワシが作ったと言っただろう」
なるほど。これ以上は聞かない方がいいな。
「でも、以前は四神と眷属は他の領地に行けないって言ってましたけど」
「それはまだ前の世界が崩壊したときの影響が残っていたのと、力を完全に取り戻していないという事実があったからだろう」
なるほど。
そもそも、この世界の神様や守護神に、魔族とかが張った結界が効くわけないよな。だって、神様だもん。その世界を守護していたり、存在自体が世界の要なんだから、効くわけない。そういうの、超越してるってことだよな。
「バリスさんに相談してみるっす?」
「やめとこう。バリスを困らせるだけだ」
バリスのことだ。知ってしまったら役所に報告しないわけにはいかないだろうし。そうなった場合、板挟みになるのはバリスだ。
「そう、……よね?」
「だと思います」
「ドラゴン便って、どうなってるんっすか?」
ドラゴン便?どういうこと?なんで急にドラゴン便?
俺が首を傾げていると、ミヤが考え考え話し出した。
「えっとっすね。ドラゴン便って、すごく早いって話しだったっすけど、どういうルートで飛んでるんっすかね?」
「ルート……は分からないけど、中心にある山岳地帯はドラゴンでも飛んで横切ったりはできないはずよ」
「境界橋、渡ってるんっすかね?」
「渡ってるかどうかはおいといて、イッちゃんさんが境界橋じゃないとこは結界が張ってあるって言ってたよな。いろんな種族が集まって、張り直してるって。だから、他の領地に行くには境界橋を通らないといけないって」
「あ。そうっすよね」
「ということは、領地を渡るときには、ドラゴンも境界橋付近を飛んでるわよね。どういう申請で飛んでるかは分からないけど」
「そういうことになりますよね」
「でも、鳥ってどうなんっすかね?」
鳥!!確かに!!鳥はなんか、境界とか関係なさそう。
「鳥は、結界関係なさそうだよな……」
「そうかも。なら、ドラゴンみたいな、意思疎通をしつつ行き来をするような種族だと、結界に関わってくるから、境界橋を通るのかしら?」
「とは考えられますけど……」
「ドラゴン便は参考にはならなさそうっすね……」
腕組みをしつつ唸ったミヤに頷き、アスカさんが肩をすくめる。
「とにかく、この件をどうするか決めないと、今後の町歩きに関わるわよね。どうしたらいいのかしら」
「これを機会に、中止するか?あまり困らせるのも本意ではない」
そんなこと言ってもなぁ。
「残りの四神は、アナタが一緒に行ってくれるんですか?」
「ワシも積極的に行きたいわけではないが、アイツらがうんと言えばな」
「できるだけ、アタシたちが行ってあげたいけどねぇ」
四天王に案内してもらってくれって言ったときの嫌がりようと、俺たちが一緒に町歩きしたときの喜びようを考えると、確かに、できることなら、俺たちが行ってあげたい。
「行くにしても行かないにしても、今回のことをどうするかですよね」
「そうよね」
そこで沈黙がおりた。いい案は全然浮かばない。
「ところで、眷属はどうしてこういうときには動かないんですか?」
あんまり見ないよな、眷属。町歩きなんて、眷属と四神でセットでやってもよさそうなもんだけど。それに、魔王と四天王の場合、四天王が魔王の手足になってるイメージだから、こういうことがあった場合、魔王じゃなくて四天王が動くような気もするし。ん?っつうかさ。
「アナタ、なんでこんなに出歩いてるんですか」
「せっかちだな、カツミ君。質問は一つずつ、だ。まずは眷属のことだな?四神は基本的にこちら側には来ない。だから、眷属もそれに倣う」
え?????
「ワシは魔王であったときから、四天王がいても、こちらで遊んでた。これでいいか?」
要するに。
「必要な仕事はそれぞれしている、ってことですか?」
「そういうことだ。ワシが今回、直接動いているのは、世界が修正されたばかりだし、君たち二人になにかあったら、メンテナンスがどうなるかも分からん。北の四天王も変わったばかりだしな」
なるほど。北は四天王が変わったし、更に、魔力は抜いて記憶もないとはいえ、不穏分子であるサナさんもいる。基盤ができるまでは、イレギュラーなことはあんまり対応させたくないのかもしれない。
「分かりました」
「今回の件も、ワシが領主に言えばいいことなのかもしれんが、それでは圧力をかけることになってしまう」
それは確かに。話は早いが、あんまりよろしくない。魔王と四神に巻き込まれたとはいえ、町歩きを了承したのは俺たちだし。
っていうか、そんなによくないことなのか?よくないか。四神を足にする。うん。人聞きが悪すぎる。一般人がすることではないな。
でもまあ、それだけが問題なんだよな。行きも帰りも、ちゃんと境界橋は通ったわけだし。決まり事はしっかり守っているんだ。
「俺、思うんっすけど。やっぱり、正直に言うしかないと思うんっす」
思い切ったようにミヤが言った。
「……やっぱりそうよね。嘘を吐いたりしても、仕方がないもの。正直に話しましょう」
「ですね」
「ワシ、一緒にいようか?」
ややこしくなりそう。話しが。役所には絶対に一緒に行かない方がいい、と思う。
「やめときましょう。とりあえず、どういう形で役所へ話すか、考えます」
「うむ。そうだな。ところでワシ、ジンのとこにケバブ買いに行こうと思ってるんだが、一緒にどうだ?」
「あっ。アタシ、ウオマさんに今日もお料理を持って帰ってもらおうと思ってたんだわ。いいかしら?」
「おお。みんな喜ぶ。今度こそ、ワシも食べるぞ。なら、ワシ、少し町を歩いてくる」
「うっす」
「面倒事、巻き込まれないでくださいね」
いや、騒動起こさないでくださいね、か?
「無論だとも。町歩きは慣れてるから、任せとけ」
一体どれくらいの間、一人でフラフラ町歩きしてたのやら。
感心半分、呆れ半分で、嬉しそうに去っていく魔王の背中を見送った。




