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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第二章
171/247

第五話 朱雀の町歩き 1

“待たせたな” 

 というわけで定休日。俺たち三人は、まだ夜も明けきらないうちに城門の外へ来ていた。十二月初旬の早朝。雪も日常的に降る季節なので、やはり冷え込む。防寒具をしっかりと体に巻き付け、足踏みをして玄武を待っていた。

 声に辺りを見回すが、玄武が視界に入らない。不思議に思っていると、足元で何かが動いた。

“ここだ”

 あれ。小さい。どうしたんだろう?

「どうしたんですか?」

“何がだ?”

「大きくなって来るのかと思ってました」

 俺たち三人が乗るわけだし。

“うむ。これ、見せたくてな”

 機嫌のよさそうな声で言い、玄武が揃ってこちらを見上げる。

「今日も素敵よ!似合ってるわ」

「うっす。よかったっす」

「うん」

“とても気に入っているんだ。みんなも、うらやましがっていた”

 玄武が嬉しそうに、胸を張るような仕草をする。

 どうやら玄武、俺たちがプレゼントした木彫りのアクセサリーを身に着けているところをまた見せたくて、小さいサイズで現れたらしい。なんか、こんなに喜んでくれるなんて思ってなかったから、ちょっと照れくさい。

“ちゃんと、これも持ってきた”

 そう言いつつ蛇の方が宝箱まで取り出した。おいおいおいおい。

「持ち歩いてるの?」

“そうだ。せっかくのプレゼントだからな”

 まさか。

「先月からずっと、そのサイズで過ごしてたんですか?」

 え。あれ?メンテナンスの時はでも、そこそこのサイズだったよな?

“特に大きくなる用事がないときはな”

 え、すごい。そんな嬉しかったの?

「嬉しいっす!ありがとうございますっす!」

“礼を言うのは私の方だ。ありがとう。ああ、いかんいかん。朱雀が待ちくたびれているといけないから、早速、出発しよう。アクセサリーをしまってもらえるか?”

「うっす!」

「はい」

 今日は結局、朱雀になったのか、と思いつつ、俺とミヤでアクセサリーを外して、宝箱にしまう。すると、蛇がヒョイ、と頭の上に宝箱を乗せた。

“三人が乗れるくらいの大きさになるから、乗って欲しい。乗ったら、姿を消すから”

「は~い」

 返事をすると、玄武は公園のベンチ二つ分くらいの大きさになった。

“乗ってくれ”

 とりあえず、乗り物酔いをするアスカさんを一番前に乗せ、ミヤ、俺の順番で背中に乗る。浦島太郎って、こんな気分だったんだろうか。

“よし。少し揺れるが、落ちないようにな”

 しゅるり、と俺たち三人が落ちないように、蛇が輪を作るように巻き付き、亀が大きさを増していく。と同時に、次第に周囲が白くかすんでいき、少しだけ顔をのぞかせていた太陽に、薄っすらと照らされていた城壁も見えなくなった。

「不思議な感じっすね!」

 ミヤがそう言った頃には、なんとなくどこかへ進んでいるような雰囲気で玄武は足を動かしていた。

「揺れないわ。すごい!!」

 アスカさんが感動したように辺りを見回す。見回してはみるものの、辺りはふんわりとした明るく白いモヤモヤと、虹色の光が所々に見えるだけだ。

「桃源郷に行くときって、こんな感じなんですかね」

「リアル浦島太郎っすか?」

「浦島太郎が行ったのは竜宮城だけど、似たようなもんかもな」

 魔王のメンテナンスの為に眷属が迎えに来た時は、フワリ、と光に包まれて、しばらくすると、神殿みたいなところにいる。それとはまた違って、今のこの状況は、玄武の足も動いているし、移動中、みたいな感じがする。

 眷属のときは瞬間移動、玄武のときは進んでるっていう感覚を伴う移動、っていう感じかな。甘くない綿あめの中をどこかへ向かって移動しているというか。上手く言えないけど。

“アスカ、どうだ?”

「そうね、そう!!全然揺れなくて、すごく心地いいわ。それに、こんな体験、したことない!!すごいわぁ。玄武ちゃん、ありがとう」

“そうか。よかったな”

 アスカさんのはしゃいだ声に、玄武も嬉しそうに返事をする。そうだよな。アスカさん、乗り物酔いするから、他の領地へ行くのは諦めてたんだもんな。嬉しいよな。

 それに、移動している、って感覚があるから、道中も楽しめる。今のこの会話とか。マジで小旅行って気分になる。これは、玄武の町歩きの時はなかった時間だな。

「俺も、楽しいっす~」

“そうか。さて、一つ目の境界橋だな”

 気が付くと、俺たちは北と西の境界橋の近くにいた。

“あちら側で待っている”

「あら?玄武ちゃんが南まで連れてってくれるの?」

“うむ。そういうことになった”

 予定変更ってこと?

「よろしくねっ」

 そして、三人で境界橋の受付に行く。時間が早いせいか、たまたまなのか、橋を行き交っているのは、ほんの数人程度だ。

「並ばない境界橋、初めてっすね」

「そうだなぁ」

「境界って、こんな風なのね。アタシ、初めてだわ。立派な橋!」

 アスカさんが、弾むような足取りで受付を通る。太い橋を渡り終えると、玄武が人気のないところで小さいサイズで待っていた。

“さ、次は西だ”

 そして俺たちは西から南への境界橋も渡り、南の領地へ足を踏み入れたのだった。

「境界橋で、止められなかったっすね、さっき北と西の境界橋渡ったばかりなんすけど」

「ほんとね。登録証に問題がある場合は、止められるものね」

「ってことは、問題ないってことですよね」

「ラッキーっすね」

「ほんとねぇ!」

 アスカさん、浮かれてんなぁ。いつもよりも声も弾んでいるし、頬も微かに上気している。ずーっと笑顔のまんまだし。

 再び玄武の背中に乗って、綿あめの中を進みつつ、のんびりと会話をしていると、玄武の足の動きが少しだけゆっくりになった。

“もうすぐ着くぞ”

「玄武ちゃん、ありがとうね」

“なに。たいしたことではない。帰りも迎えにくるからな”

 玄武がそう言うと、俺たちはもう、南の中心町の城門が見える位置に立っていた。

“また後でな。朱雀がおこづかいは持っているから”

“今日はよろしく”

 玄武の声が消えると同時に、俺たちの目の前に朱雀が姿を現した。オレンジから赤のグラデーションも色鮮やかだ。大きさは、ヨウムくらい?

「はい」

「うっす!」

「アタシ、アスカです。よろしくお願いねっ」

 そうか。アスカさんは朱雀、初対面だもんな。

“うん。私は朱雀だ。これは神から預かってきた”

 嘴でくわえていた麻袋を一つ、アスカさんへ渡す。

「また多いわね」

“なに、全て使うつもりで行こう。私も楽しみにしていたんだ”

「うっす!」

「あの、姿を消さないと」

“他の四神と違って、私は鳥に見えるし、このままでよくはないか?”

「うーん……朱雀ちゃんの色の鳥は、この世界にいないと思うから、姿は消した方がいいと思うわ。ジロジロ見られたりして、町歩きの邪魔されちゃったら、もったいないでしょ?」

“それはそうだ。よし、姿を消そう。ついでに、もう少し小さくなった方がいいか?”

「そうっすね。その方がいいっす」

“わかった”

「誰の肩にとまる?」

“カツミの頭”

 頭かよ!!

 ミヤとアスカさんが笑いをこらえつつ、こちらを見る。

「カツミ、御指名よ」

「はいはい。どうぞ」

 大人しく頭を差し出すと、頭の上に何かが乗った気配がした。乗ってるはいるけど、爪が引っかかって痛い、なんてことはない。その辺りの力加減はしてくれている。

“さ、それでは行こうか”

「でも待って。まだきっと、お店、開いてないわよね?」

「そうっすね」

 張り切り過ぎた四神は早朝に待ち合わせを設定していた。北の町を出たのは明け方だったけれど、不思議な空間を抜けてきたと考えると、まだそれほど時間は経っていないはずだ。太陽もまだ、早朝の角度だ。

“まだ、開いてないか?”

「そうね。ちょっと早いわね」

「夜行性の人達の為の店も、開いてないですかね?」

「今の時間は、ちょうど入れ替わりくらいの時間帯だと思うわ。もう少しすると、ちょっとずつ開いてくると思うけど」

 迂闊だったな。店が開く時間を考慮して待ち合わせをするべきだった。

“なに、大した問題ではない。散歩というものは、いつしたっていいものだろう?ちょっと町の中を歩いてみよう”

 なるほど。そういう考え方もあるか。

「そうねっ。じゃあ、歩きましょうか!!アタシ、南のお城、見てみたいわ」

「いっすね!」

「デザイン、北と違うんでしょ?」

「ちょっと違いますね」

 北はそもそも、立て直して平屋になっちゃったしな。

“城、ゆっくり眺めてみたいな”

 朱雀も同意し、とりあえず城へ向かうことになった。まだ早めの朝の町は、半分は起き出しているけれど、半分は眠っているような空気だ。冬だから、夏よりも朝は遅い。

 それにしても、南ってほんと、北に比べると暖かいな。雪もチラついているような気温のところから来ると、すごく暖かく感じる。

 俺の歩くテンポに合わせて、朱雀が軽く羽を動かすような仕草をするので、ちょっとグラグラする。姿は見えないけど、浮かれてんだろうな。

「あの。静かに乗っててください」

“む。よろしくないか?”

「落ちたら危ないので」

“翼があるから、心配するな”

 そういう問題じゃないんだけど。ま、本人がいいなら、いっか。

「ところで、今日の町歩きは、どうやって朱雀ちゃんに決まったの?」

“アミダクジとかいうのを、神が作ってくれた”

 誰だろうな、そういうの流行らせてんの。ってか、魔王、異世界のそういうの、詳しすぎじゃね?まさか、記憶がないだけで、異世界から来てないよな?なんてな。んなわけない。

「アミダクジ!懐かしいわ~。ウオマさん、よく知ってたわね」

“それで、私が今日の町歩きに決まったんだ!!”

 悔しがる他の四神と、先輩面で偉そうに頷く玄武が目に浮かぶ。子どもか。

「アハハ!!でも、順番でみんな、町歩きするんっすよね?」

“そうだ。けれど、玄武がものすごく自慢するからな。我先にと行きたくなるんだ”

 朝会った時、アクセサリーを嬉しそうにつけていた玄武を思い出す。うん。あんなに喜んでくれるのは、ほんと、嬉しいよな。朱雀は何がいいかな。リボン…とか?足につけられるような。なにかあるといいよな。いいのが。

“アスカは、北以外の領地に行ったことはないと聞いた。この町も、初めてなんだろう?”

「そうなの。アタシ、乗り物酔いするから、旅行って諦めてたのよ。こんな形で叶うなんてねぇ。あっ。あそこのお店、美味しそうね!!」

 アスカさんが指さした店からは、焼き立てパンの香りが漂ってきている。

“ふんわりと優しくて、いい匂いだな”

「いっすね!パン屋さんって割と早くに開店するし、俺、やってないか聞いてくるっす!!やってたら、朝ご飯にしましょうっす。お城見ながら食べましょうっす!」

 言うが早いか、ミヤはパン屋にすっ飛んで行った。

”朝ご飯か!!いいな“

「食べてはいけないものは、あるんですか?」

”基本的にはないな。恐らく、毒と呼ばれているものを食べても平気だしな“

 すげえな、四神!!マジかよ!!

「そうなのねぇ。食べちゃいけない物がないんなら、せっかく南の中心町に来たんだし、美味しい物、たっくさん食べましょっ」

“そうだな。そういえば、この間、神が持って帰ってきたアスカの手料理、美味しかった。また、別の物も作ってくれると嬉しい”

「まぁ、嬉しい!!張り切って作っちゃうわね!」

「ちゃんと、みんなで分け合いました?」

“うん。神にはやらなかったが”

 なんでだよ。四神、魔王に塩対応もいいとこだな。

「あらあら。ウオマさん、ガッカリしてたんじゃないの?」

“恨みがましそうに見ていたが、好きな時にフラフラ町歩きをして、好き勝手しているヤツに食べさせなくてもよかろう。神はいつでも、好きに食べているのだし”

 一理ある。

 思わず頷くと、朱雀がちょっと慌てたようにバランスを取った。

「あ、すみません」

“うん。大丈夫だ”

「やってたっす!!俺の独断で買ってきたっす。さ、城に行きましょう!!」

“楽しみだな!!”

「飲み物はどうする?」

「温かい飲み物、あるっすかね?」

「東だとフユの店があるけどな」

 あ、でもこんな早朝は開いてないか。

「まあ、歩きながら探せばいいわよ。なければ、お店が開いたら買って飲みましょ」

「そうっすね!」

「南と言えば、ルピナス商会の本拠地だよなぁ」

 滞在していた屋敷を思い出す。デカかったよな、ほんと。

「あ、ルピナス商会の屋敷、行ってみるっす?温泉に入れるっすよね?」

「そうだった。あそこの風呂、デカいよな」

“玄武は銭湯に入ったらしいが、私は入らなくてもよいぞ”

「そうっすか?」

“うん。それよりも、焚火にあたってみたい”

「もう少しすると、多分、町の中でもやると思いますよ。湖畔にもあるよな?きっと」

「そうっすね」

「ならやっぱ、先に城を見に行ってご飯だな」

「楽しみね。ミヤ、何を買って来てくれたのかしらっ」

「お楽しみっす!!」

“あ、あそこで何か売ってるぞ”

 朱雀が重心を動かした方へ顔を向ける。あー。あれ。

「甘酒だ」

“甘酒?”

「アルコールがとんでる、あま~ぁいお酒よ」

“飲もう!!温かいんだろう?”

「そうですね。じゃあ、四つ、買って来ます」

「アタシも行くわよ。一人で四つは持てないでしょ」

「ですね」

 そうして俺たちは甘酒とパンを抱えて、城へと向かったのだった。

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