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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第二章
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第四話 変化の片鱗 2

 いよいよ明後日は、四神の誰が来るか分からない、出たとこ勝負の町歩き当日、という十二月の初めの仕事終わり。やっぱり大忙しの営業時間を終え、店仕舞いをしていた時だった。

 その日はマミルにお弁当を頼まれていて、営業時間前に、二人分のお弁当を渡していた。マミルは俺たちの土産の弁当箱を愛用しており、どうやら、店にお弁当を頼まない日も、自分で何かを詰めて持って行っているらしい。

 嬉しそうに弁当箱を抱えて店を出る背中を見送ったのが数時間前。その二人が、騒々しい音と一緒に店の扉を開いたのだ。

 カラコロカラコロ、と騒々しく鳴る扉に振り向くと、マミルが焦ったように息を切らして立っている。

「あれ?どうし……」

「大変です。異世界人が魔族になってます」

「は?!」

 扉の音と俺の大声を聞きつけて、カマド部屋から顔を出したアスカさんが眉をひそめた。

「どういうことよ?」

「入って来て」

 マミルが扉の方へ声をかけると、イールの背中に隠れるように、女性が入ってきた。落ち着かない視線で辺りを見回しているその姿は、好奇心というよりも、混乱と困惑の色が強い。

 パッと見た感じだと、雰囲気的には種族は人ではなさそうだけれども。ただ、この世界では外見では種族が判別できない一面もあるからなぁ。あ、でも、マミルが魔族って言ってるんだから、魔族なんだよな。

 どちらにせよ、一見しただけで、異世界人がらみの人物だということは分かる。魔族であるならば、異世界人とは断言できないけれども、少なくとも、異世界人と関係がある人物なのは間違いないだろう。

「こんばんは」

「あ、あの……?」

 アスカさんが優しく声をかけるが、彼女はおどおどと周りを見回すばかりだ。

「マミル、説明してもらえる?」

「私がするわ。お弁当を受け取った後、いつも通り、二人で夜回りに出かけたの。で、川沿いをずっと山の方へ歩いてたら、彼女、一人でいたのよ」

「散歩してたとかじゃなくて?」

「ううん。違うわ。私たちを見てビックリしてたし。何よりも、ここがどこか分かってなかったの」

 なるほど。ここがどこか分からなくて歩いてる、って俺たち異世界から来た者の共通項だよな。

「それでですね、どこの魔族か聞いてみたら、何を聞かれているのかも分からないみたいで」

 まだ慌てているけれど、マミルも一生懸命説明しようとする。動転して当たり前だよな。異世界人が魔族になってるなんて、今までなかったことだし。

「なるほどねぇ」

 イールとマミルの話を聞き、アスカさんが話題の人物に視線を向けた。

「初めまして。アタシはアスカよ。アナタは?」

「私、カンナです。あの、ここは一体」

 黒に限りなく近い紺色のショートカットの前髪が、キョロキョロと視線を動かした拍子に揺れる。その髪の毛は、揺れるたびに明かりを反射して、濃淡のある紺色に輝く。瞳の色も、髪の毛と同じ色。

「説明は後からするわ。ごめんなさいね。先に、どこから来たか、教えてくれる?」

 彼女の反応で、アスカさんも異世界人だと思っているだろうけれど、一応、お決まりの質問をしている。サナさんに攫われて、その存在すら認知されていなかった異世界人もいるし、用心に越したことはない。どんな可能性があるか、分からないのだ。

「あ、はい。えっと。出身地でいいですか?」

 その受け答えで、彼女自身が異世界人なのは、確定な気がする。

「日本人ですよね?」

 思わず口を挟むと、彼女が頷いた。パッと見て分かる異世界人の特徴。それは、服が現代日本の服ってこと。この世界のとはデザインが違う。

 異世界人に譲ってもらった服を着ている、もしくは、デザインしてもらった服を着ている魔族、って可能性も捨てきれないけれど、異世界人は数が少ないから限りなく可能性は低いし、そもそも、この世界でああいうデザインの服は、見たことがない。ほぼ、あり得ないことだ。

 現時点では、彼女は、魔族になった異世界人っていう可能性が一番高い。

「え、ええ」

 彼女の返答に、全員が怪訝な表情になる。なんで魔族になっているんだろう?

「……マミル。念のために確認するけど、彼女、外見だけ変化してるってわけじゃないの?」

「間違いなく、魔力を宿しています。それほど強くないですが」

 そうだよな。だって、マミルが嘘を吐く必要なんてない。

「これはちょっと、腰を据えて話さないとダメね」

「なら、マミちゃんここに残ってよ。この店で登録が終わったら、彼女を役所に連れて行かないといけないでしょ。私、残ってる見回り、して来ちゃうわ」

「え。でも、一人だと危ないから」

「平気よ。私、マミちゃんより魔力強いし。危ないと思ったら、すぐに逃げるから」

「俺が行くよ。イールはここにいて」

 マミルが思い切ったように立ち上がった。おお。あんなに怖がりだったのに。ま、元々は一人で夜回りしてたんだけどな、マミル。

「マミちゃんこそ、一人で大丈夫?」

「うん。イールが一緒に夜回りしてくれるようになってから、訓練してたし。残りの分くらいは、一人で平気だよ。それに俺、いざとなったら大きくなれるし」

「分かったわ。じゃあ、登録が終わったら、彼女、役所へ連れて行くから」

「うん。俺も終わったら合流する」

「はーい」

「それじゃ、みなさん、よろしくお願いします」

 カランコロン。

 そう言うとマミルは扉を開けて行ってしまった。

「さて。カンナちゃん、お店の片付けが終わるまで、ちょっと待っててもらってもいい?」

「あ、はい」

「カツミ、二階から鏡持って来ておいて。ミヤ。イールとカンナちゃんにお茶出して」

「うっす」

「はい?」

 鏡?なんに使うんだろう?疑問には思うものの、黙って言うことを聞く。なんせ営業が終わった後だ。俺たち、疲れているし、腹も減っている。彼女を待たせるのも、申し訳ない。少しでも早く、片づけを終わらせたい。何に使うかは、そのうち分かるだろうし。

 言われたとおりに手鏡を二階から持って来ておいて、俺も後片付けに取りかかった。


「いただきます」

 片付けが終わった後は、話しの前に、晩ご飯を食べることになった。カンナもお腹が空いていて、俺たちと一緒に食事をした。イールはお弁当。

 状況整理も終わっていないし、仕事の疲れもある。なんとなく黙ったまま、食事が進んでいく。カチャリ、と食器の音がときたま響くだけで、静かな晩ご飯は早々に終わった。

 アスカさんが淹れてくれたハーブティを食後に飲む。一息ついた後に、部屋の隅の薪ストーブに薪を追加し、改めて、みんなで向き合う。

「さて。じゃあ、お話ししましょうか。カツミ、ミヤ。眠かったら寝てもいいわよ」

「大丈夫っす!」

 ミヤの言葉に俺も頷く。気になるし、アスカさん一人に対応を押し付けるのも変な気がするし。

 俺たちの反応を確認して小さく頷いた後、アスカさんが口を開いた。

「カンナちゃん、ここは異世界なの。人間以外の種族も、たくさんいるのよ。妖精だったり、魔族だったり。アナタが元々いた世界とは、違う世界」

 俺たちの会話を聞いていたし、何よりも、マミルやイールと一緒にここまで来ている途中で、町並みや景色を見ている。どこか知らないところへ来てしまったことは分かっていたのだろう。カンナは静かに頷いた。

「召喚されたんですか?私」

 斬新な質問だ。もしかしたら、俺たちみたいに、ヘッドライトからこの異世界へ来た、とかではないのかな。俺、ここ、最初、あの世かと思ったもんな。

「いいえ。召喚されたとかではないの。そういうシステムは、この世界にはないわ」

「どういうことですか?」

「理由も理屈も、分からないの。アタシたちも、日本からここへ来たわ」

「そうなんですか。あの、どうやったら、戻れますか?」

「残念ながら、戻ることはできないの」

「?!……………………そ、う………、で、すか」

 大きく目を見開いた後に、カンナは俯いた。ショックだったんだろうな。それはそうだよな。

 なんて声をかけたものだろうと考えていると、カンナが俯いたまま話し出した。

「あ、私。えっと。駅の階段から、落ち、落ちた、んです、多分。それで、目が覚めたら、真っ暗な中にいて。さ、寒くて」

 冬だもんな、今。今日、ちょっと雪チラついてるしな。

「とりあえず、歩いてみた、んです。遠くに何かの建物が、見え、たから。そこ、を目指して」

 人間の視力で、暗がりの中、遠くの町の城壁が見えるはずがない。今日は雪がチラついているだけあって、空は分厚い雲に覆われている。常には明るく空を照らしている月も星も、今日は見えない。もちろん、町の外に外灯なんてない。

 魔力、なのかな。

「そうしたら、二人が、声をかけて、くれて」

 途切れ途切れに話すともなく紡がれる言葉を、全員が無言で聞く。混乱してしまった頭の中を、口に出すことによって整理しているんだろう。

 だってさ。階段から落ちて目が覚めたら見知らぬ暗がりにいて、出会った人に着いて来たら、異世界にようこそ、みたいな展開、とっさに受け入れられないよな。そもそも、マミルたちに着いて来るのだって、相当な勇気がいっただろう。でも、着いて行くっていう判断をするしかないもんな。寒いし暗いし。どこだか分かんないんだし。他には誰もいないし。

 そんなことを思いつつ、隣を見る。ミヤが真剣な顔でカンナの話を聞いている。俺たちがこっちに来たとき、ミヤは俺よりも先に目覚めて、ツタに声をかけて、俺の寝床を用意して、釣りしてたんだよな。俺、目が覚めたらすぐにミヤと会ったし、目覚める前にミヤが状況整理して、ツタとファーストコンタクト終わらせてくれてたし。なにより、暖かい季節の昼間だったしな。

 そうじゃなかったら、俺も、もっとずっと混乱してたよな。マジで。俺の目が覚める前に色々してくれてたミヤにはほんと、感謝だ。

「戻れない、ん、です、ね」

「そうね」

 カンナの、一音ずつ区切って発音された言葉への、アスカさんの返事がやけにその場に響く。事実は事実だけれど、その事実はほんとうにキツイ。いろんなことを整理する必要があるから。

「わ、かりまし、た」

「カンナちゃん。心配しなくても、この世界で生きていくことはできるのよ。仕事だって紹介してもらえるし、ここ、福利厚生もしっかりしているの」

「は、い」

 俯いた彼女は、まだ顔を上げない。

「それでね。これが、カンナちゃんの登録証。身分証になるから、必ず、身につけるようにしてちょうだい」

 アスカさんが真新しい登録証をカンナの目の前に置く。テーブルの上に置かれたそれを見る為に、カンナの顔が少しだけ上がる。

「登録証」

「そうなの。ここで生きるには、それが身分証になるから、必要なのよ」

「分かりました」

「それとね、もう一つ、貴女に話さなきゃいけないことがあるわ」

「もう一つ………」

 カンナが顔を上げる。まだ状況を飲み込みきれていない、呆然とした表情だ。目もどこか、焦点があやふやだ。

 俺たちは異能持ちだったから、その異能が発動するまでこの店で働いていた。それは前例があって、こういうときはこう、っていうパターンがある程度決まっていたからだ。

 異世界人が魔族になっていたという話は聞いたことがない。ということは、前例のない出来事が起きた。

 要するに、彼女はこの店では対応しきれない。領地を統括している役所で対応することになる。初めてのことである以上、しばらくは役所の管轄内で行動することになるだろう。

 彼女が魔族になっているのは、世界が修正されたことと関係があるのかもしれないし。もしかしたら、他の領地でもあるのかもしれない。どれだけの魔力を有しているのかも分からないから、それについても何かあるかもしれない。様々なことがからみあう。それにともなう確認もある。

 どうして魔族になったのかは解明できなくても、今後、同じことがあった場合の対応は、考えなければならないのだ。

「カンナちゃん、まず、鏡を見て。多分だけど、見慣れた自分とはちょっと違うかもしれない」

 虚を突かれたように目を見開いたカンナ。その目には、驚きの他に恐怖も浮かんでいた。

 体を後ろに引きながら、イヤイヤをするように首を振って、アスカさんが差し出した鏡から遠ざかる。不安定に体重がかかった椅子が、ガタン、と音を立てる。

「今、見たくないなら見なくてもいいわ。ただ、アナタ、この世界の魔族になっているの」

「うそ!!嘘よっ…………!!」

 ガタン、と大きな音を立てて椅子が倒れた。立ち上がったカンナが混乱しつつ、行き場のない激しい衝動をぶつけるように俺たちを睨む。

「どうしてよ!!!アナタたちは、何も姿なんて変わってないように見えるわ!!!!」

「アタシたちは、目に見えない別の能力が身に着いたのよ。他にもいるわよ、姿が変わった人。一部分が変化した人、姿がクモになった人とかね」

「クモ…………?!」

 虚を突かれたようにカンナが動きを止める。頭の中がグチャグチャで受け止めきれないのだろう。恐怖を宿したままの瞳が、アスカさんを映している。

 その深い深い紺色の、瞳と髪の色。カラーコンタクトやヘアカラーとは違う。あまりにも、自然なのだ。違和感がない。肌に馴染んでいるというか。

 それはつまり、彼女が魔族になったと同時に、外見にも多少の変化が現れたということを示している。

「いやあああああああああ!!」

 衝動を抑えきれなくなったのか、突然、カンナが自分の頭を抱え込んで、大声で叫び始めた。グッと前かがみになった体がテーブルを押す。ギ、とテーブルが重い音を微かに立てる。

 静かに立ち上がったアスカさんが、カンナに手を伸ばそうとしたときに、優しい歌声がその場に響いた。

 少し低めの声で歌われるその歌は知らない曲だったけれど、子守歌のようなゆっくりとした曲調で、優しく心に染みていくようだった。伸びやかに強く、けれど穏やかな歌声を聞いているうちに、いつの間にかカンナの悲鳴は収まっていた。

 機を逃さず、アスカさんが椅子にカンナを座らせる。抵抗もせず、糸が切れた操り人形のように、ストン、と椅子に腰を下ろした彼女のその瞳から、大粒の涙がこぼれ出した。

 ポタポタポタポタと次々に溢れてくる涙が、テーブルを濡らしていく。カンナの腕は両脇にぶらりと垂れ下がったままで、拭おうとする気配もない。ミヤが手拭いを持って来て、カンナの前に置いた。

 それでも、ただただ涙をこぼし続けるカンナの、その涙を、イールが歌いながら拭う。大きくしゃっくり上げたカンナが、うわああああああ、と声を上げてイールにしがみついて泣きだした。両手でカンナを受け止めたイールは、カンナが落ち着くまで、背中を撫でながら歌を歌っていた。

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