第三話 仕事は人生の一部です 4
「おっ!なんだなんだ、こんなに持って来てくれたのか~!」
林の中のイチカの秘密基地に行くと、既に焚き火の準備が出来ていて、いろんな物が用意されていた。
聞いてみると、俺たちがこの前来た後から、少しずつキャンプの準備を進めてくれていたんだそうだ。
「これ……なんすか?」
鼻歌を歌いつつ、おっ肉!!パン!!サラダ!!めっちゃあるじゃん~、と嬉しそうに荷物を確認しているイチカの背後で、ミヤがランプみたいな物をマジマジと見て聞いてきた。
「それか?それは、カンテラっていうんだ」
チーズは俺が用意したから、後は魚だな!!と呟いた後に、振り返ったイチカが答えた。
カンテラ?
「カンテラってなんっすか?」
「ランプみたいなもんだよ!」
「焚き火の他に、使うんっすか?」
「それもそうだけど、せっかくだから、他のことにも使うぞ!!」
イチカは表情が分からないけれど、なんとなくニヤリと笑ったような気がした。
「うああああああああ!!」
町とは反対方向へ林を抜けたところで、ミヤが空を見て叫んだ。
俺たちの視線の先には、初めて見る壮大な星空が広がっていた。持っていたカンテラが、手元でカチャン、と音を立てる。揺れた炎が草原をチラチラと映し出す。
空には九十度に二つ輝く月。月が出ているというのに、小さな星までくっきり見える。天の川のように大きく夜空を横切っている星たちを中心に、大きく光る星から星屑と言ってしまうような小さな星が、キラキラキラキラと、光る砂をぶちまけたように、漆黒の空に広がっていた。
明るい月と星に照らされた林や森が、色濃く闇に浮かんで見える。
「すっげぇよな」
叫んだきり、上を向いて全然動かないミヤの隣で、イチカがため息をつくように呟いた。
どこからか、フクロウのような鳴き声がする。そのまましばらく三人で、星空を見上げる。
いつまでだっけ、田舎のじいちゃんの家に行ってたの。じいちゃんのとこの夜空もすごかったけど、外灯とかの人工的な明かりがない夜空っていうのは、こんなに星が明るいのか。
東京は夜景はキレイだけど、星はほとんど見えなかった。人工の明かりが逆に夜空に映って、なんだかいつも、くすんだ空だったような気がする。
俺がそういう風に見えてただけかもしれないけど。
「よっしゃ、じゃあそろそろ、カンテラで遊ぶか」
イチカの合図で、俺たちは川へ向かう。
俺の手にはカンテラ、ミヤの手には持ち手が木の小さいヤスが握られている。
そう。俺たちがこれからするのは魚を釣る……んじゃなくて、魚をヤスで突く。
三人で物音をたてないようにそうっと川辺に降りる。俺とミヤでサンダルを脱ぎ、裾を膝までまくり上げて、静かに川に入る。
イチカは川辺で、頑張れとジェスチャーを送ってくれている。
大きな石がある方へ川下から川上へゆっくり歩く。カンテラでそうっと川面を照らし出すと、澄んだ川の中に、スイッと魚が泳ぐのが見えた。
「!!」
「!!!」
思わずミヤと目を合わせて、頷き合う。
カンテラをちょっとずつ移動して、魚を探す。ミヤが振り上げたヤスを水の中に刺すけれど、魚は涼しげにスーッと泳いで行ってしまう。
「もっと、腰を落として」
川辺ギリギリまで来たイチカが、ジェスチャーと小声でアドバイスをくれる。
俺とミヤが、同時に川面につくくらいに腰を屈めると、またツイッと魚が泳ぐ。残念ながら、ミヤのヤスは、またしても水だけを突いた。
イチカは、腹を抱えて笑っている。
ミヤと目を合わせて、川上に移動しつつ魚を探す。この世界に来たときは、いるなと思ったくらいだったけど、こうしてカンテラで照らしながら歩いていると、思った以上にたくさん、魚は気持ちよさそうに泳いでいる。
カンテラの付近を注意深く見つつ、かがんだミヤが何度もヤスを突くも、魚はバカにしたようにヒョイッと避けて、足元をクルリと泳いで逃げて行ったりする。
二人で移動しつつ、かがめた腰が痛みを覚えてきた頃、ヤスを突いたミヤが盛大に水の中に転んだ。
「ミヤ!!」
バッシャアアアア!!と派手に水飛沫を上げたミヤを助けようと、咄嗟にカンテラを放り出しそうになるが、グッとこらえる。
浅瀬の中なので、もしや顔面からいったか?とハラハラしていると、ずぶ濡れになったミヤが、勢いよく立ち上がった。
「やったっすよ!!」
最高の笑顔で掲げたヤスの先には、小さな川魚が身を揺らしていた。
「やったなぁ~!!」
パチパチと火が爆ぜる音がする。焚き火の上で炙っている肉の脂が時折落ちて、そこだけパッと炎が揺れ上がったりする。
炎が揺れるたびに、木々の影が大きくなったり小さくなったりする。
脚付きの薄めの鉄板のような物を焚き火の上に配置して、串に刺した肉をその上に置いたり火で炙ったりしているのは、もちろん、イチカだ。
鉄板の上には、野菜とパンと卵ものっている。チーズは遠火で炙っている。少しずつ表面が溶けてきているチーズは、見るからに美味しそうで、肉の焼けてくる匂いと一緒に、空きっ腹を刺激する。焚き火の端っこには、小さな鍋でお湯も沸いている。
ずぶ濡れになったミヤの服は木と木の間にロープを張って干してある。丸裸のミヤは、腰と肩に薄手の布を羽織ってご満悦だ。
「うっす!!やったっす!」
ミヤが初めて突いた魚は、串に刺されて塩を振られ、今は焚き火で炙られている。こうしてみると、焚き火って炙り物が多いな。……当たり前か。
「それにしても、あんなに川に魚いるんっすね!!前に昼、ツタさんと釣ってたときは、あんなにたくさん、いなかったっすよ」
「ああ、昼間は岩陰に隠れてんだよ。夜になると岩陰から出てくんの」
肉をひっくり返し、何やら調味料を振りかけつつ、イチカが答える。
へえーそうなんだ。知らなかった。
お、これもういいな、とアスカさんの差し入れの肉と野菜を混ぜ、パンに挟んで俺とミヤに渡してくれる。
「アッツイから、二人とも、気をつけて食えよ。チーズも、そろそろいいから、パンに垂らしたりして、食えよ」
「いただきますっす!!」
「いただきます」
いい匂いにたまらず、ミヤに負けじと俺も、イチカ特製パンにかぶりつく。
「あちっ」
アツアツのパンと肉と野菜が、ジュワッと口いっぱいに広がる。香ばしい肉と野菜を夢中になってかみしめる。
「うまいっす!!」
ミヤが顔を上げて、空に向かって叫ぶ。ミヤの横で口を動かしつつ、激しく頷く俺。メッチャ美味い。
夢中になってあっという間に半分以上平らげた俺たちを見て、忙しく焚き火や肉や野菜の面倒を見ていたイチカが、嬉しそうに、串に刺さったチーズを手渡してくる。
「ほら、コレも食え。パンよりずっと熱いからな」
トロトロのチーズは、傾けなくても表面がとろけてきている。慌ててパンの上にのせて、息を吹きかける。
パンを持っている手も熱い。
同じように息を吹きかけていたミヤが、大きな口を開けて、ガブリとパンにかぶりつく。
「うーっ!!」
熱いのと美味しいので、うなりつつ身悶えしている。
身悶えしつつ食べ続けるミヤに、イチカが今度はサラダと肉と目玉焼きをてんこ盛りにのせたパンを差し出す。さっきのはコッペパン風だけど、今度は食パンだ。
素早くコッペパンを口の中に入れて頷きつつ、てんこ盛り食パンを受け取るミヤを見つつ、程よく冷めたであろうチーズのせパンを俺も頬張る。
「メッチャ美味い……」
あまりの美味さに、語尾が消える。俺の言葉に、そうだろうそうだろうと頷きつつ、イチカが満足そうに焚き火に小枝を入れた。
イチカは姿のせいで表情は分からないけれど、不思議と雰囲気がすごく伝わってきて、会話にもあまり苦労しない。むしろ、一緒にいると楽しい。
最初に会った時は、腰を抜かしたけど。ごめん。
心の中でひっそりと謝りつつ食べていると、焼き上がったらしい魚を軽く上げて、こちらを見る。
「これは、ミヤでいいだろ?」
「もちろんだよ」
ミヤの初めてのヤス突き記念だ。
「えっ!!いいいんすか?」
「あったりまえだろ~!」
早くも目玉焼き食パンを食べ終えたミヤが、魚を受け取る。嬉しそうに眺めた後に、
「遠慮なく、いただきますっす!」
と言って、頭から食べ始めた。
小さい子どものような仕草に、自然と温かい空気がその場を包む。
「ほら。カツミもいっぱい食え」
気がつくと、さっきのミヤが受け取ったのよりも、更にてんこ盛りで具が乗っている食パンが、俺の目の前に差し出されていた。
「ミヤ、夏だけど林の中だし、夜は冷えるから、しっかり布巻いて、もうちょい焚き火に近寄れな」
干してあるミヤの服の乾き加減を確認しつつ、イチカが言う。どうやらまだ服は生乾きのようだ。
腹いっぱい食べて、満腹になる頃には、アスカさんの差し入れもイチカが用意してくれた食べ物も、あらかたなくなっていた。
残っているのは、明日の朝ご飯のパンだけ。
「うっす」
パンパンになった腹をさすりながらミヤが焚き火ににじり寄る。俺が差し出した布を、腹に巻いて。
「ほら」
イチカが沸かしていたお湯でお茶を入れて、木のカップに注いで渡してくれる。丸いカーブのカップが手に優しく、淹れ立てのお茶はいい香りがする。
お茶を飲みながらホッとひと息つくと、夢中で食べてたさっきは気づかなかった、鳥の鳴き声や木々のざわめきが聞こえてきた。
焚き火を見ながらこうしていると、初仕事のことが、なんだか遠ざかっていく気がする。実際、忘れてたし。今の今まで。
ふと見ると、イチカもミヤも、カップを持ったまま、静かに炎を見つめている。こんな静かで穏やかな時間が過ごせる日が来るなんて、考えたことなかったな。
ゆらめく炎を見つめてボンヤリしていると、ちょっとした疑問が頭をよぎった。
「なあ、イチカ。この世界って、危ない動物とかいないのか?」
「いるぞ」
えっ!?いんの?!
小枝を焚き火に放り込みながら、間髪入れずに答えたイチカにビビる。チラリと俺を見たイチカが、面白そうに口を開く。
「いるに決まってんだろ~。いないと思ってたのか?」
激しく頷きつつ、周囲を見回す。だって、いないと思うだろ、夜の林でこんなにのんびりしてるんだし!!
「安心しろよ、この林には危ない獣はいねえよ」
ホッとして、浮きかけた腰を再び落ち着かせる。
「でもな、カツミ。この世界にだって危険な生き物はいるし、ヤバいことが起きないってことはないからな」
「?」
「警備隊とかパトロールの人がいるってことは、そういうことだぞ」
なるほど。
「カツミはちょっと、この世界には困ったことが起きないみたいな、幻想を抱いてそうだからな」
確かに、そういう節はあるな、俺。
チラリとこちらを見て苦笑いしたようなイチカは、再び焚き火に視線を落とす。
「なんでも疑えってことではないけど、なんにも起こらないって訳じゃないから、おかしいな、って思ったら、十分気をつけるんだぞ」
「分かった。ありがとう」
考えてみると俺、アスカさんにも似たようなこと言われたな。この世界は万能じゃないのよ、って。実際、恋愛だって、こじらせてたの、目の当たりにしたしなぁ。
「ミヤ。そのまま寝るなよ。寝るなら、ちゃんと木の窪みに行って、藁の上でしっかり布かけて寝ろ」
焚き火の近くで温まっていたミヤが、コクリコクリと舟を漕ぎ始めていた。揺れは大きくなっていき、それに合わせて、残っていたお茶がカップごと手の中で揺れ動く。
カップをミヤの手から受け取り、半分以上眠りに入っているミヤの肩を揺らして、起こす。
「ほら、木の窪みまで行こう」
ムニャムニャと子どものように起き上がったミヤは、かけていた布をしっかりと抱えて、木の窪みに向かった。一番奥に、倒れ込むようにして眠ったのを確認していると、先程よりも小さくなった炎を眺めつつ、イチカが口を開いた。
「毛布、入れてあるから、かけてやってくれ」
見ると、きちんと折り畳まれた毛布が片隅にあった。
すげえな、イチカ。どれくらい時間かけて準備してくれてたんだろう。
感心しつつ、ミヤに毛布をかけて俺も焚き火の側に戻る。
「カツミは眠くねえか?」
「うん。まだ大丈夫だ」
そうしてまた、二人で静かに焚き火を見つめた。時折火が爆ぜる音と、フクロウみたいな鳴き声が聞こえる以外、林は静寂に包まれている。
「イチカは、キャンプは元々好きだったのか?」
「ん?あ、いいや。俺、あっちの世界にいた時は、自然とかあんま触れ合ったことなかったな」
そういえば、前にそう言ってたな。
「じゃあ、キャンプのスキルはこの一年で身につけたんだな」
「そういうことになるなぁ」
「すごいな」
「俺、ちょっと、凝り性なとこあるからな」
へぇ~そうなのか。
「それに、この世界の住人はみんな、親切でな。アレコレアレコレ、教えてくれるんだよな!!」
「確かに、親切だよな」
「なんつうか、親切なんだけど、余計なこと聞いてこないじゃん?」
「そうかも」
「俺、こんな姿なのにさ。みんな受け入れてくれてさ。気さくに話しかけてくれるんだよ!」
「うん」
「嬉しくってな、俺」
「いろんな種族もいるし、物怖じする人少ないよな、ここ」
「いや、そんなことないんだぜ、カツミ」
小枝を何本か焚き火に放り込み、もう一杯茶でも飲むか、と言いつつ鍋を火にかけながら言う。
「俺みたいな完全に虫の大型は、この世界にはいないんだ。虫っぽい種族はいるけどな」
えっでも。
「俺、イチカと似てる人、見たことあるよ、町で」
「あぁ、俺と模様が違うヤツだろ?アイツも、こっちに来たヤツなんだよ」
「そうなのか」
「アイツなぁ。女だからな。……それに、ちょっとな……気になるとこあってな……」
「そうか」
なんとも言えなくなって、焚き火に視線を移す。
「シケた顔すんなよ~!!お前らと出会えて、俺は嬉しいぜ!!」
気を取り直したように、イチカが言う。
「うん」
「またキャンプしようぜ!今度は、買い出しから一緒にやろうな」
小鍋で湧いたお湯で淹れてくれたお茶を注ぎつつ、イチカが俺の肩をポンポンと叩く。
イチカの気さくで明るい性格が気持ちよくて、この世界の人も、親切にしてくれるんだろうなぁ。
「うん。近いうちに、またやろう。ミヤも喜んでたし」
ミヤはいつも元気いっぱいだけど、今日のように子どものようにはしゃぐ事は、なんだか珍しい気がした。
再び降りた心地よい沈黙に耳を傾けながらお茶を飲む。
どのくらい経ったのか、ふとイチカが口を開いた。
「なぁ、カツミ」
「うん?」
「ミヤ、気を付けてやってくれな」
「どうしたんだ、急に?」
「……たまに、ミヤって、うっすら黒いモヤに包まれてるとき、あるだろ」
「え!?」
そんなとき、ある?!
驚いた俺を見て、イチカも少し驚く。
「気づいてなかったのか?……じゃあ、そういうとき、お前がちょっと光ってるのも?」
俺?!光ってんの?
表情を見て、イチカは察したらしい。
「どういうことかは分からないけどな」
そうなのか。
「それとさ、ちょっと気になってたんだけどな」
「うん」
「カツミってさ、異能を発動したときに、身体的な負担はないのか?心理的な負担だけじゃなくて」
「や、あるよ。やっぱりクラクラするし、ミヤのヒーリングが効いてるとはいえ、すぐには起き上がれないし」
「ヒーリングしているミヤは、負担ってないのかな」
「………言われてみると」
確かにそうだ。言われるまで考えもしなかった。情けないにも程がある。
俺に負担があるんだ、俺だけじゃなくて他の人までヒーリングしてるミヤに負担がないはずがない。
「ミヤ、全く顔に出さないから、気付かなかった……」
いつも、元気いっぱいでチラリとも顔に出してなかった。
そんなことにも思い至らない自分にガッカリした俺を見て、イチカが言う。
「な、ミヤってそういうとこもあるし。気をつけてやってくれな」
静かに強く言ったイチカに、俺も強く頷いた。
「それで、俺、初めてヤスで魚突いたんっすよ!」
いつの間にか眠ってしまった俺に藁と毛布を運んでくれて、一晩、火の番をしてくれていたイチカと朝ご食を食べ、後片付けをしつつミヤを起こした。いつもは寝起きがいいミヤだけど、疲れていたのか、今朝はなかなか起きないほどグッスリと眠っていた。
仮眠を取ってから戻ると言うイチカと現地解散し、そして今は、店の開店準備である仕込み中だ。
子どもが母親に話すように、嬉しそうにアスカさんに昨日の出来事を話すミヤ。それを、アスカさんは手を動かしながら丁寧に相槌を打ちつつ、楽しそうに聞いている。
「アスカさんの差し入れの肉も、メッチャ美味かったっす!ごちそうさまでしたっす!」
「あら~よかったわぁ~。ミヤがそんなに喜んでくれるなら、差し入れた甲斐があるってものよ」
ニコニコと嬉しそうにアスカさんが返す。
一方俺はといえば、イチカのおかげで寒くはなかったものの、地面の上で寝てしまったが為に、痛む体の節々にたまに顔をしかめつつ、店の掃除だ。
あー俺、ほんとに体力ないな。まだ二十代なのに、コレはマズい気がする。火の番だって、ほんとは交代でしなきゃだったのに。イチカに悪いことしたな。
しかも、後片付けこそ一緒にやったけど、準備は全部、イチカがやってくれたし。ほんと、次は準備から一緒にやらなきゃ。
そう思いつつ、床掃除をしようと折れたホウキを手にした途端、なぜか、トウカさんに告白をしていたというイケメン執事風を思い出した。
キャンプが楽し過ぎて忘れてたけど、あれってまだ、昨日のことなんだよな。そういえば、一晩治療院に泊まった人たちは、どうだったんだろう。大丈夫だとは思うけど異常は出なかったんだろうか。
気にはなるものの、大はしゃぎしながらキャンプの話をしているミヤを見ていると、仕事の話はちょっと、しづらい。
まあ、タイミング見てでいいか。ヒーリングのときのミヤの負担も確認したいしな。
と思った辺りで、扉が開いた。
カランコロン。
「こんにちは」
振り向くと、バリスが立っている。
「あら、いらっしゃい。まだお店、開いてないわよ」
「はい。今日は、昨日のご報告に」
分かりきっていることを確認するかのように口にする二人を黙って眺める。
「ちっす」
いつの間にかミヤが、お茶を淹れて立っていた。すげえ、ミヤ。
「座って話したら」
そう言うとアスカさんは、カマド部屋へ行ってしまった。
「では、改めまして」
バリスの言葉に、三人で軽くお辞儀をする。
「昨日はお疲れさまでした」
昨日……だったんだよな。
「あの後一晩様子を見ましたが、全員、異常は認められませんでした。ご安心ください。もちろん、私も」
バリスの言葉を聞いて、肩の力が抜けた。隣でミヤも、軽く息を吐いた気配がした。
「厚生者の方ですが、転がったときにしていた物理的な怪我は、ヒーリングで治りました」
よ、よかった。暴れて怪我をしたのは自業自得とはいえ、何かひどいことになったら、後味が悪すぎるなんてもんじゃない。
「そして、ミヤさんのヒーリングは、きちんと効いていましたので、ご安心ください」
隣でミヤも、ホッとした顔をする。
「今まで自分が他人にしてきたことを、異能で自分が体験したようです。今は、毒気が抜かれたように大人しくなって、行いを悔いているようです」
黙って頷く。
「今後がどうなるかはまだ不明ですが、厚生の機会と成り得るのではないかと判断しました」
そうか。苦しんだだけでは、やり切れないもんな。ミヤのヒーリングが効いているとはいえ。
「それで、次回なんですが」
「あの。そのことなんですが。俺の一存で申し訳ないのですが、一度、保留ということにしてもらえませんか」
バリスが話の続きを促すように、軽く視線を動かす。
「勝手を言って申し訳ないのですが、もう一度、時間をもらって、ミヤとじっくり話し合いたいんです」
昨日の今日で話し合いもしていないし、ミヤは人生初のキャンプをエンジョイしたばっかりだ。昨日の後味の悪さを思い出しつつ話しをするには、もう少し、時間が欲しい。
バリスは黙ってしばらく俺たちを見つめた後、頷いて立ち上がった。
「分かりました。役所の手続きは保留ということで処理しておきます。心配なさらなくても大丈夫ですので、決まりましたら、またご連絡を」
そう言うと、バリスはもう一度お辞儀をし、アスカさんにも一声かけて去って行った。
カランコロン。
バリスの反応がアッサリし過ぎていて、なんとなく拍子抜けする。
「カツミさん、よかったんすか?」
「勝手に話しちゃって、ごめんな、ミヤ。この話は、また今度、ゆっくりしよう」
「うっす」
「ミヤ、さっきの話の続き、してよ~」
「それでですね~!!」
嬉しそうに続きを話し出したミヤの話をうんうんと聞いているアスカさんを見て、なんとなく、このままずっと店に置いてもらえないかな、と思う。
開店前に、コッソリ俺をつついて、アスカさんが耳打ちしてきた。
「やるじゃないの、カツミ」
優しめに突いたであろう肘が、俺の脇腹に意外にめり込んだのは、さすがゴリゴリのマッチョというべきか。
そして、予想だにしていなかった出来事は、一か月後に起きた。




