第三話 仕事は人生の一部です3
“えー、君、それしか税金払ってないの?道の真ん中歩かないでくれるー?端っこを申し訳なく歩く程度じゃん”
“お前も馬鹿だな、テキトーにやっとけよ。頭悪すぎだろ”
“あんなん、いー加減に合わせときゃいいんだよ。バーカ”
“クスクス………ほんと、役に立たないわぁ”
目の前が真っ暗になって、頭がガンガンして、意識が遠くなっ………。
「うわああああああああああ!!!」
さっきの小男の叫び声と悲鳴が遠くに聞こえて、そしてまた、気がつくと、俺はミヤに抱えられていて、小男は壁際まで転がっていて、イケメン執事風は長い足を投げ出して床に座っていた。
二人とも、汗をかいて、肩で息をしている。
更に、小男は焦点の合わない目でガタガタブルブルと震えて何かを呟いている。
更に更に、バリスと警備隊、ヒーラーが扉から入った辺りでバタバタと倒れているのが視界に入る。
……最悪のタイミングだ……。まさか、控えていた役所の人間を巻き込んで異能を発動してしまうなんて……。
役人という仕事がそうさせるのかどうか、バリスも警備隊もヒーラーも、各々、膝をついて深呼吸したり大きく息を吐いたりした後に、歯を食いしばって起き上がる。……ミヤのヒーリングも効いているんだろう。
「人員を呼んで来てください。警備隊を三人、ヒーラーを二人」
バリスが警備隊の一人にそう言うと、頷いて、よろけつつ扉を出て行った。残りの警備隊は、にじんだ脂汗を拭いつつ小男の方へ歩いて行く。
ふと、ミヤがイケメン執事風を凝視していることに気付いた。
ミヤが不躾に誰かを凝視するなんて、珍しい。どうしたんだろう?
問いかけようとしたけれど、この状況ではそんなことはできそうもない。まずは一呼吸ついて立ち上がり、ミヤにお礼を言う。
バリスが、想定外なほど壁際に転がっている厚生者を見て、眉をしかめた。
「どうしました?」
「暴れたんだよ。仕方がないから、押さえている状態で異能を発動してもらおうとしたところで、バリスたちが飛び込んできたんだ」
イケメン執事風が大きく息をついて、ちょっと顔をしかめつつ、立ち上がりながら答える。バリスとは顔見知りなのか、先ほどよりも、くだけた口調だ。
「なんと。申し訳ありません」
「いや、それはいいんだけど、変な風に転がって行ったから、骨の一、二本、折れてるかもよ。なるべく早くヒーリングした方がいい」
「はい。すぐに」
「バリスたちが異能を食らっちゃったのは、想定外を読み切れなかったんだし、自業自得だよ」
「はい。分かっています。ご迷惑をおかけしました」
バリスがイケメン執事風に謝罪したときに、追加の警備隊とヒーラーがバタバタと駆け込んできた。
「あちらはヒーラーと警備隊に任せます。お体は、いかがですか?」
「ちょっと疲労感が強いけど、まあ、大丈夫かな」
「そうですか。本日は念の為、治療院にて一晩お過ごしください」
イケメン執事風はバリスの言葉に頷いて、俺たちに会釈をすると、音もなく扉から出て行った。この場で異能を食らった中で、一番サラリとしている。まあ、そう見せているだけかもしれないけど。
そして、小男も、警備隊とヒーラーに抱えられて出て行く。脂汗をかいていて、まだ、苦しそうだ。目の焦点は合ったみたいだけど、ブツブツと呟いているのは変わらない。
「……なんてことして来ちまったんだ………。お、俺、なんてこと……」
男の呟きは、そこだけ漏れ聞こえてきた。大丈夫なのか。今までの人よりも、ずっと反応が重いけど。
俺たちの視線を受け、バリスが頷く。
「大丈夫です。彼も、私たちも、今晩は治療院で過ごします。明日、状況を知らせにお店に伺います」
でも、なんか。
「支えられているとはいえ、自分で動けるということは、ヒーリングが効いているということです」
その言葉に、ちょっとだけホッとする。
バリスたちは大丈夫なのか。
倒れていた警備隊もヒーラーも、既に自分たちで起き上がって扉から出て行ってしまったけれど。仕事中のせいもあってか、みんな、無言だった。
「本日は、ご協力いただいて、ありがとうございました」
冴えない顔色のまま、バリスが言う。
「バリスは、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ミヤさんのヒーリングは効いています。私も、事後処理をしたら、治療院に向かいますので」
「そうですか」
「うっす」
「とりあえず、また明日」
「あ……、はい。」
言うだけ言うと、バリスは行きましょうと俺たちを促して歩き始め……て戻ってきた。
「窓口で、今日の報酬を忘れずに受け取って行ってくださいね」
かすかに笑うと、バリスは今度こそ出て行った。
「帰ろうか」
嵐のような激しい展開で、でも、あっという間だった出来事に、なんとも言えない気分で言うと、ミヤは黙って頷いた。
報酬を受け取って、店までの道をテクテク歩く。仕事をして収入を得たとはいえ、関係ない人まで、何人も巻き込んでしまったこともあり、浮かれた気分にもなれないまま、二人で黙って歩く。
お昼を過ぎたばかりの道は人々が行き交っており、賑やかだ。
「あの長い黒髪の人なんすけど……」
「うん」
「尻餅はついたんっすけど、悲鳴とか、全然、なかったっす」
どういうこと?
「カツミさんの異能が発動すると、今まで見てきた人は、悲鳴上げて、転がったりするっす」
「うん」
「でも、あの男は、違ってたっす」
そうか。だから、凝視してたのか。
「それって、珍しいのか?」
「そっすね」
ミヤにしては、歯切れ悪く答える。
「後、あの人、俺の見間違いじゃなかったら、トウカさんに告白してた人っす」
「ええええええええ?!」
そっちの方が情報デカくね?トウカさんに告白してた人が、どこをどうなって、俺の異能なんて受けてんの。しかも、わざわざ役所で。
二人で顔を見合わせる。
「一体………」
「なんなんっすかね……」
狐につままれた気分で、俺たちは店に戻って行った。
「やぁだぁ、辛気臭い!!」
カランコロン、と店の扉を開けた途端、アスカさんの声がとんできた。
「なによぉ、カツミだけならともかく、ミヤまで辛気臭い顔しちゃって!!」
両手に料理を持ったアスカさんがカマド部屋から出てきて、テーブルに皿を置く。量的に、俺たちの分までお昼ご飯を用意してくれていたみたいだ。そっか。もう、お昼なんだよな。
お昼ご飯を用意してくれていたのはありがたいけど、カツミだけならともかくって、なんですかね……。
「ちょうどよかったわ、ミヤ。パン買って来てちょうだい、いつものお店で」
「うっす」
返事をするや否や、カランコロン、と扉を開けてミヤは行ってしまった。
はっや!!
「で?どうだったのよ?」
目線で俺に座るように促しつつ、アスカさんもカウンターに座る。
「あっけなく終わりました」
「問題はなかったの?」
「問題というか……。結果的に、役所の人間も巻き込んで、異能が発動しました。念の為、今晩は全員、治療院で過ごすそうです」
「あらそ。予定外のことがあったとはいえ、そこまでとんでもないことが起きたんじゃないのに、なんでそんなに辛気くっさい顔してるのよ?」
なんでって、なんでだろう……。
「厚生者が暴れて……もう一人の人が止めてくれて。駆け込んできた役所の人まで巻き添え食らって倒れて。治療院には行ったけど、大丈夫だったかなって」
気になる。
「これって、人助けになるのかなって。後味が悪くて」
やっとなんか、思い至った。
そうだ、後味が悪いんだよ。人を恐怖に陥れるのって。お金までもらって。しかも、今日みたいなことがあれば、必要のない人まで異能を食らうことになる。
こんな後味の悪い仕事、なかなかない、気が、する。
「なるほどね。なら、やめちゃいなさいよ」
「えっ」
「えっ、じゃないわよ。アンタたち、異能を使って仕事するたび、そんな顔で帰ってくるつもり?」
「…………」
「求められてやってみたけど、合わなかったんでしょ?厚生者が厚生できるかは、まだ分からないけど。アンタたちが後味が悪すぎて嫌なんだったら、やんなくってもいいんじゃないの」
そうか……。
「よく考えることよ。異能なんて使わなくっても、この世界では生きていけるわよ」
「ただいまっす!」
カランコロン、と音がして、ミヤが両手にパンを抱えて帰ってきた。ふんわりと、優しいパンの匂いがしてくる。
「ずいぶん買ったわねぇ~!!いい匂い!!」
「うっす!!あの、アスカさん、俺たち今日、この後、イチカさんとキャンプに行っていっすか?」
「いいわよ~。明日の仕込みの時間まで、帰ってきてくれれば」
「うっす!今買って来たパン、半分、キャンプに持って行っていっすか?」
「もちろんよぉ~。今晩食べようと思ってたお肉も、持って行きなさいな。味が染みて、ちょうどいいわよ」
「いんすか?」
「いいわよ。アタシはイッちゃんとラッブラブで、他の美味しい物食べるから」
手際よく今食べる分のパンを皿に並べて、
「さ、まずはお昼、食べちゃいましょっ」
「うっす!」
話の展開について行けてない俺に手招きする。
早くね?話の展開が。ムードの変わりようと。
いただきます、と三人で手を合わせてから、食べ始める。
「パン屋で親父さんとエンさんと話していたら、イチカさんに会ったっす」
分厚い食パンにポテトサラダを挟みつつ、ミヤが話し始める。
「今日、休みなんだそうっす。よかったら、この後、キャンプしようって誘われたんす!!」
なるほど。
「カツミさん、いっすか?」
「もちろん」
ミヤのこの笑顔を見て、断る理由なんて、全くない。
「お昼食べたら、イチカさんの秘密基地に行くことになってるっす!!」
おお!!話しが早くていいな。
「何を持って行くといっすかね~?俺、キャンプしたことないから、分んないんっすよ」
今度は骨を抜いた焼き魚をパンに挟みつつ、ニコニコしているミヤ。
「イチカと合流してから決めてもいいんじゃないか?」
「そうよ~。アタシからの差し入れだけ持って行きなさいよ!」
「いいんすか?」
「ミヤ、記念すべき初キャンプなんでしょ?ドカンと差し入れちゃうわよ!」
「嬉しいっす!!ありがとうございますっす!」
ウィンクしたアスカさんとミヤが、楽しそうに笑う。俺もなんだか嬉しくなって、イチカに心の中で感謝した。




