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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第一章
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第三十四話 対決 4

 サナさんを飲み込んだ魔力は、大人が両手で抱える程度の大きさになり、グルグルと渦を巻きつつ、まだ魔王の近くで留まっている。

「さすがに、時間がかかるな」

 ジッとそれを見つめた後、魔王が俺たちに近寄ってきた。

「ミツ。動けるか」

「は、はい………」

 ミツさんがヨロヨロと体を起こした。小さな体が震えている。

「ようやった」

 言葉もなくミツさんはうなだれた。彼の心の中を思うと、やりきれない思いがした。

 けれど、分からない。どうしてミツさんはミヤと俺を助けたのだろうか。

「ミツ」

「はい」

「ツラい決断だったな」

「……私は、サナ様に、滅んで欲しいと思っていたわけではないです」

「そうだろうな」

 やっぱりそうだよな。だってミツさん、サナさんに歯向かうようには見えなかった。

 じゃあなんで、自分の命を危険にさらしてまで、俺たちを助けたんだろう。ミツさんにとっては、俺たちを助けるっていう選択肢は、そもそもなくても、全然おかしくない。

 他者を信用しないサナさんにとって、ミツさんは数少ない、身近な部下だったはずだ。自分の城の内部を任せるくらいには、近しい存在だったはず。それはきっと、ミツさんだって分かっているはずだ。俺なんかよりも、ずっとずっと。だってミツさんはきっと、長い長い間、サナさんに仕えてきたのだろうから。そこには、二人にしか分からない関係性があったはずだ。

 ヨロリと立ち上がったミツさんの胸元から、見覚えのある小さい物が落ちた。

「万華鏡……?」

 そうだ。ミヤの万華鏡だ。旅に出る前に買っていた、小さな、木彫りの細工がされているもの。おじいちゃんとの思い出があるって、子どもの頃、おばあちゃんが見せてくれたんだ、それに似てるって、すごく嬉しそうにしていた。

 無表情のまま、ミツさんがその万華鏡を拾った。

「その万華鏡、どうして?」

 ミヤが大切に持っていたはずだ。旅の途中でも、たまに覗いては微笑んでいたのを覚えている。

「いただいたんです。ミヤさんから」

「ミヤ、意識があったの?」

「はい。城に来てすぐは意識がなかったのですが、一日ほどで目が覚めました。私が、今度も、世話係を命じられたのです」

「ケガとかは、なかったの?」

「はい。大きな外傷などは。ただ、ずいぶん塞ぎこまれていまして。食事も取らずに、うずくまっていました」

 そうだろうな。

 ミツさんが訥々と語ったのは、城に連れてこられてからのミヤの姿。いつもの元気な姿からは、想像がつかないほどの憔悴ぶりだったようだ。

 だけど、ふと自分のポケットに入っていた万華鏡を覗いてから、少しずつ食事もとるようになったんだって。ミツさんにも、世話をしてくれているお礼を言ったり。

「サナ様は、お顔を出したりはしませんでしたので。私だけが、ミヤさんと接触していました」

「うん」

「日に何度も覗いている万華鏡に私が興味を示しましたら、貸してくださって」

「うん」

「どうしてかは分からないのですが、覗いた後に返そうとしましたら、世話になっているお礼にくれると」

「そうか」

 ミヤらしいな。万華鏡を覗くミツさんは、きっと、いい表情をしていたんだろう。その表情を見て、躊躇いなく譲ったんだろう。その場にいなくても、目に見えるようだった。二人のやりとりが。

「ミヤさんは不思議な人です。初めて会った時も、私などに礼を言ってくれたりして」

 サナさんはそういうことはなかったんだろうな。外部的に社交辞令の礼を言うことはあっても、部下を労うっていう姿は、想像できない。

 そしてミツさんも、それが当たり前だったのだろう。サナさんの命令は絶対で、それをしたからと言って、礼を言われることでもない、って感覚だったに違いない。

「万華鏡、キレイだった?」

「はい。あんなに美しい物は、初めて見ました」

 無表情の顔に、微かに表情らしい表情が浮かぶ。穏やかな。

「サナも、そういうことが分かれば、また違ったんだろうにな」

 ポン、とミツさんの肩を叩いた魔王を、ミツさんが不思議そうな表情で見上げた。ミツさんもきっと、自分が穏やかな表情をしていたことに気付いていない。サナさんとのやりとりで、そんな感情のやりとりはなかっただろう。

 部下として、温かな交流もなくただただ仕えるだけ。それを不思議に思わない程度には、ミツさんも隔絶した環境にいたのだろうか。それとも、魔族はそれが当たり前なのか。特殊な関係、独特な繋がり。……俺には分からなかった。

 そして、俺がそういう関係が分からないのと同じように、ミツさんも分からないんだと思う。確かにあった、ミヤとの心の交流が、自分にとってどんな意味をもたらしたのかを。そして、どうして自分がミヤを助けたのかも。

 未だに黒々と渦を巻く魔力に歩み寄り、魔王が伏し目がちになる。渦はもう、ソフトボールくらいの大きさになっていた。

 再び振り向いた魔王は、やっぱりいつもの表情で、何を考えているかはさっぱり分からなかった。

「さて。ミヤ君だな。目を覚まさんな」

「はい。サナ様が今日、突然現れたと思ったら、ミヤさんに何事かを囁き、それから意識を失くしてしまったのです」

「もしかして、サナさんしか解けない暗示がかかっているとか?」

 だとしたら、どうにもできなくない?! 

 既にもう、魔力のボールになっているサナさんを呆然と見る。

「いや。そんな感じではないな。暗示ではない。魔力も入り込んでない。ミヤ君は、自分で心を閉ざして起きないのだろう。サナがロクでもないことを吹き込んだんだな」

「息はあるんです」

「そうだな」

「なにか方法は」

「ワシには分からん。治療院に運んでみるか?」

 首を左右に振りつつ、魔王が言った。

 治療院に運ぶ。ヒーラーなら、ミヤの目を覚ますことができるだろうか。

「ここでこうしていても仕方がない。運ぶか。そろそろルオンドも戻って来よう」

 運んで、目を覚まさなかったら?昏睡状態のままの、アスカさんとイチカのことが頭に浮かぶ。ミヤも?ミヤもそうなるのか?治療院で?このままずっと?いつ目が覚めるか分からない状態で?

「あ、俺。俺の異能で、ミヤのこと起こせないですかね」

 気が焦り、混乱し始めた頭の中で、大きな異能が発動したときに、恐らくはミヤの深層心理に触れたことを思い出す。

「どうやってだ?」

 どうやって。どうやってだろう。それに、どうしてそんなこと思ったんだろう?

 えっと。

 可能性として。話しを聞いただけでミヤが目を覚まさなくなった。ということは、もしかしたら、ミヤの異能は発動しているのかもしれなくて。以前は外部へ向けてだったけど。今回は、外部へ向けてじゃなくて、内部へ向けて。自分自身に向けて。

 サナさんが、イチカがアスカさんを刺したことを繰り返して言って、あそこにいた人たちは全滅した、君をさらう為にそうしたんだ、とでも言えば、ミヤは俺のせいで、と自分を責めるんじゃないか。

 それはもう、とんでもない勢いで。

 ということは。もしそうであるならば。俺の異能だけがどうにかできる、はず。だから、ヒーラーは対応できない。そして。

「ミヤの命が危ない」

 外部へ向けて放たれていないから異能もそこまで大きく動いてはいない。だけど、異能を使って、自分で自分を攻撃しているのだとしたら、今は息をしていても、そのうち体力も気力も尽きて、このまま目を覚まさない可能性が高い。

 どうするどうする?内部で発動している異能に対応するには?魔王に力を貸してもらう?いやいや。ダメだ。魔力は俺たちにとっては毒になるし、そもそも魔王ですら俺たちの異能についてはどうもできない。

 ならどうする。俺たちの異能のヒーリングは、俺たちの間でしか働かない。異能を無効にできるアスカさんは意識がないし、そもそも効かないだけだから、ミヤの異能に働きかけることはできない。

 ゴチャゴチャの頭がうるさいくらいにいろんなことを一気に考え出す。正しい答えはどれだ?どれなのかが分からない。

 あまりにもゴチャゴチャとし過ぎた頭が脳貧血を起こしそうになって体が傾いたとき、腰に下げていた袋の中で、何か硬い物が体に当たった。 

 ジンの、包丁。そうだ。返さなきゃ。

 ごちゃごちゃした頭に、ポン、とその思考が浮かんだ。ヒートアップした頭が少しだけ冷静さを取り戻す。

「……ミ君、カツミ君!!どうした?!」

 いきなり変なことを言い出して黙り込んだ俺に、魔王が声をかけ続けていたらしい。その声が、やっと耳に届く。

 そうだ。冷静に考えないと、間違える。落ち着かなければ。

 そもそも、異能が発動しているはずなのに、俺のヒーリングが発動しないのはなんでだ?そう思ったとき、とっさに体が動いた。内部で発動しているなら、俺も内部に働きかけてみたらいい。

「ミヤが危険です。やれるだけやってみます」

 時間がないかもしれない。説明を省き、それだけを言うと、魔王は黙って頷いた。

 ミヤを抱き起す。息はあるとはいえグッタリしている体は、いつもよりもずっと重たく感じる。

「ミヤ。しっかりしろ。俺の声が聞こえるか?アスカさんもイチカも生きてる。俺も」

 ゆっくりと話しかける。

「いいか。誰もまだ、どこにも行ってない。ミヤを助ける為に、みんなが力を貸してくれた。みんなが、ミヤの帰りを待ってるんだ。このままどこかに行くな。みんな、待ってるんだぞ」

 話しているうちに、体が白いモヤに包まれてきたのが分かる。

「俺たちを待ってる。帰るんだ。ミヤ」

 白いモヤに包まれて、抱えていたはずのミヤも自分の体も見えなくなる。それでもミヤに話しかけていると、急に落とし穴に落ちたように、体がストーン、と地の底へ落ちるような感覚に包まれた。

 立ち眩みを起こしたような感覚があった後に、俺は暗い空間に立っていた。うすぼんやりとだけ、視界が何かの形を映す。

 近づくと、それはうずくまったミヤだった。

 背中に手を伸ばす。触れたはずの俺の手には、全くミヤは反応しなかった。

「ミヤ。帰ろう」

 どこかから、すすり泣きが聞こえてくる。

「いやっす。もう、誰もいないっす。俺のせいで」

「ミヤ。ここに俺がいるだろう」

「嘘っす。カツミさんも消えたって聞いたっす」

「本物だよ」

「俺のせいで、みんないなくなったっす。俺がいるから。みんな、いつも、いなくなるっす」

 泣き声でグシャグシャの声が悲痛な叫びを上げる。

「違うだろ。ミヤのおかげで、みんな楽しいよ。誰もいなくなってない」

「みんなみんな、大切な人はいなくなったっす。今回も、俺がいなかったら、誰も傷付かなくて済んだんっす」

「ミヤのせいでいなくなったわけじゃないだろう」

「けど、いなくなっちゃったっす」

 どれだけ、大切な人を失って来たのだろう。子どものように泣きじゃくったまま、ミヤはうずくまって顔を見せない。

「いなくなってないだろ」

「いないっすいないっすいないっす、もうみんな、いないんす。だって、誰もいないじゃないっすか。誰もいない誰もいない誰もいない誰もいない」

 泣き声が急に狂気を帯びて孤独を繰り返す。さっきまでなんともなかったのに、強い風のような圧力がかかって、体がミヤから離れてどこかへ飛びそうになる。

 飛ばされないように体をかがめてミヤにしがみつき、大声を上げる。

「俺が、ここにいる!!みんなも、帰ってくるのを待ってる!!ミヤのことが、みんな好きだよ!!」

「どうして俺はいつもいつも一人になる?どうしてどうしてどうしてどうして?どうしてみんな、いなくなるんだ!!!!」

 丸くなっていた背中がぐぅうぅぅうううう、と何かが膨らんでくるように大きくなってくる。

「しっかりしろ!!ミヤ!!まだ何も終わってない!!アスカさんだってイチカだって、頑張ってるんだぞ!!俺たちが戻って、側にいないといけないだろ!!」

 膨らんでくる背中が俺を弾き飛ばそうとする。もうすでに返事はない。泣き声だけが遠く近く、響いてくる。

 及ばないのか、俺の異能は。ミヤのこの孤独に。トラウマに。あんなにあんなに、いつも助けてもらってたのに!!

「ミヤ!!」

 届いてくれ、と思いを込めて叫ぶ。

 膨らんだ背中から振り落とされそうになったとき、腕のブレスレットが光を帯びた。フワリフワリ、と小さな光を放ったそれが、俺から出て来た白いモヤと重なって、ミヤの背中にしみこんでいく。


 ― カツミの手紙は、ひどかったわぁ~。

   帰ってきたし、またキャンプしような。

   この料理、美味いな!! 

   はい。美味しいですねぇ。

   御無事でなによりです。

   あっ!!なにしてんの、お兄ちゃん!!

   ティル、もう諦めなよ。

   アハハハハ!              ―

 

 小さな光は、飲み会でのみんなの声を、賑やかに弾き始めた。楽しかった時間が、光となって耳に体にしみていく。

 急にフワッと大きな光が湧いたかと思うと、ミヤの膨らんでいた背中がしぼんでいく。強い風のような圧力と共に、大きく小さく狂気をまとって聞こえていた泣き声も、次第に小さくなっていく。

 みるみる小さくなっていった背中は、しがみついていた俺の足が地に着いたと思ったときには、小さな子供の姿になっていた。

「ミヤ、か?」

「お兄ちゃん、だぁれ?」

 子どもの姿のミヤが、泣きはらした顔で俺を見上げた。

「お兄ちゃんは、カツミっていうんだ」

「俺はミヤっていうの」

「うん」

「あのね」

「うん?」

「この辺が、スース―するの。どうしてだろう?」

 真っ赤な目で胸を押さえる。その幼い仕草に、ぐっと喉が詰まる。

「そうか。なら、お兄ちゃんと友達になろう。そしたら、そのスース―はきっと、なくなる」

 見上げているミヤの正面に座って、視線を合わせる。

「友達に?お兄ちゃんと?」

「そうだよ。実はもう、お兄ちゃんとミヤは、ずっと前から友達なんだ」

「そうなの?お兄ちゃん、ずっと友達でいてくれる?」

「うん。ずっとだ」

 ニコリ、と笑ったミヤが小さな手を差し出してきた。

「約束だよ」

「うん」

 その小さな小さな手を握りしめたとき、眩いばかりの光が俺たちを包み込んだ。それは、とても温かくて優しい光で、夢見心地になるような光だった。

 俺たちを包み込んだ光がパアアアアアアアアアアア、と大きく弾け、その光が消えた頃。

 視界に、俺とミヤを覗き込んでいる、魔王とミツさん、ルオンドさんがうつった。

 ……戻ってきたんだ。

 三人の頭越しに見えた空は、抜けるような、青い青い空だった。

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