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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第一章
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第三十四話 対決 2

 相も変わらず、ザッパアアアアアン、と岩壁に押し寄せる波を眺めつつドラゴンの背中から降りる。

「ありがとう」

 お礼を言うと、ドラゴンは一鳴きして、再び空に飛んだ。

「近くに待機していてくれます。大丈夫です」

 バリスの言葉に無言で頷く。偶然だろうけれど、城に着く道程で雨は次第に弱まっていき、今は曇っているけれど、やんでいる状態だった。

「やんだな、雨!」

「太陽出てないですけどね」

「いいではないか。やんだから、風邪引く心配ないぞ」

 そもそも魔王は風邪は引かないだろうし、俺たちだって、風邪引いたとか呑気なこと言える状況でいられるかは分からない。けれど、どこまでも呑気にしている魔王に、それでも気持ちが救われる気がするのは、悔しいので言わない。

「魔王様」

 振り向くとバーコードが見えた。今日は曇っているので光っていないが、なんだかそれも寂しい気もする。

「ルオンドか」

「はい。遅くなりました」

「うむ」

「中心町では、ルルナが中心となって襲ってきましたが、オーナとハンリーアルが張った結界によって、にらみ合いの状態が続いています」

「そうか」

「町に入り込んだ魔族については、警備隊が捕らえました。ただ、町ごと結界を張っているために、オーナもハンリーアルもそれ以上は動けません」

「そうか。分かった」

 ルオンドさんの話を聞く限りでは、みんな無事のはずだ。大丈夫だ、大丈夫。だって、ルオンドさん、来られる状況じゃなかったら来てないはず。大丈夫だと判断したから、こちらへ来たんだ。

 後は、俺たちがミヤを救出するだけだ。

 ザッパアアアアアン、と砕ける波を見つつ、みんなで城へと近づく。

「近づくのはいいけど、どこまで近づけるものなんですかね?」

「どうせ、城の手前に結界が張ってあるさ。そこまでは近づける。そもそも、ワシたちが来たのなんて、とっくに分かっているだろうしな」

「でも、出てきてないですよ」

「そりゃ、ホイホイ出てくるわけなかろう。ワシとルオンドがいるし」

「なら、どうするんですか」

「こうする」

 城と岩礁との間にある広場まで来た時に、魔王がいきなり大声で叫んだ。

「サナー!!今ならまだ、許すとは言わん!!絶対許さないけど!!今すぐ出てきたら、多少考えてもいいぞ!!」

 子どもか!!

「ちょ、なにしてるんですか!!」

「出てこないかな、と思って」

「だからって、こんな大声出しても仕方ないんじゃないですか?」

「どうせ来たのバレてるし、ワシ、アイツより姑息な手段は思いつかないからな。なら、正面から乗り込んだ方がいいだろう」

 魔王なのに、勇者みたいなこと言ってる。なんだ、この魔王。

 思わず絶句すると、魔王が手を伸ばしてパンパン、と空中を叩いた。

「やっぱりあるな、ここに。魔族以外は触れたら危ない。三人とも、少し下がるといい」

「そこに、あるんですか?結界」

「あるなあ。壁になってる」

 ルオンドさんが透明の壁の付近に手を触れ、頷いている。

「やはり、ルルナの魔力も組み込まれていますね。なかなか複雑な造りです」

「うーむ。どうするかな」

「壊せないんですか?」

「壊せる。だが、それ相応に魔力を消費する。それは避けたい。サナに有利になるからな」

 ゲームとか小説とか漫画なんかだと、どうだったんだっけ。

 架空の物語の話しを参照に、必死に結界を破る方法を考える。なんだっけ、あったよな、何か。

 あ。

「なんかこう、小さな歪みとか作ると、それが突破口になって結界って壊せません?」

「どういうことだ?」

「こう、力に対して、異物的な歪みを入れるんです。そうすると、ガラスが割れるみたいに、そこからパーン、と結界が壊れたりしませんか?」

「…………」

 魔王がルオンドさんと顔を見合わせている。やっぱ、この世界ではそんなの通じないのかなぁ。だよな。架空の話しから引っ張ってきた可能性だもんな。

「そういうのもアリかもしれんな」

「そうですね」

 少しずつ出て来た太陽に、バーコードが光り始める。

 魔王とルオンドさんが、額を突き合わせて何か相談し始めた。バリスは城を睨んでいるし、コウジも唇を引き結んでいる。

 俺だけが、架空の可能性を話したりして、場違い感を放っているようで、ソワソワする。

「よし。決まった」

 ほんとに?

「の、前にバリスにちょっと(まじな)いをかけとこう。バリス。満月の力を一気に放出する呪いをかけてもいいか?」

「必要ですか?」

「そうだな。万が一の為に。お守り代わりだな」

「分かりました。お願いします」

 頷いた魔王が、ブツブツ言いつつバリスに手をかざす。少しして、満足そうに頷く魔王に念の為に聞く。

「魔力が変に回ったりしないんですか?」

「せんよ。元々持っているパワーを一気に放出する呪いだ。魔族以外でも、これくらいのことならエルフもできる」

 へぇ。魔王とエルフで同じような力が使えたりするのか。意外。

「それでだな。作戦はな」

 魔王が声を潜めたので、俺たちは輪になって頭を突き合せた。

「カツミ君がロム君から借りて来た、腰にぶら下がっているモノがあろう。それをまず、結界に突き立てる」

 物理かよ!!

「それ、ただの物理攻撃じゃないですか」

「そうともいう。が、ワシの魔力を込めて突き立てるから、ただの物理ではない」

 なるほど。

「魔力の消耗は、平気なんですか?」

「普通に結界を壊すよりは、ずっと消耗せんな。平気だ」

 真面目な顔で説明をする魔王に頷く。本人が平気と言っているからには、そこまでの消耗はないんだろう。

「そこから突破口ができるかも分からん。それで簡単に結界が破れるかは分からんが、複雑なものは案外、単純なものに弱かったりする。試してみる価値はある」

「単純過ぎませんかね」

「致し方ない。他にも方法を思いついたが、危険過ぎて却下だ」

 危険過ぎる?ってことは、もしかして。

「そっちの方が、結界を壊せる可能性が高いんですか?」

「高いな。しかし、危険だ。やらん方がいい」

 目を逸らしつつ言う。

「もしかしたら、騒いでるうちにサナが出てくるかもしれんしな」

 そんなわけないでしょ。籠城してるんだから。

「それって、どんな方法なんですか」

「うむ」

「ルオンドさん?」

「う」

 二人でそっぽを向くので、ギロリと睨む。

 ため息を吐いた魔王が渋々口を開いた。

「要するに、異物だよ。物理にワシの魔力、異物を加えれば結界は容易く壊れる可能性が高い」

「異物?」

「そう。カツミ君かコウジ君だ」

「俺たち?」

「そうだ。二人は異世界から来ただろう?この世界にとっては、異質な存在だ」

 なるほど。だから言葉を濁したのか。

「だが、ワシの魔力を注ぐ暗器と、サナの結界に触れて人間が無事でいられるわけがない。どんな影響があるか分からない。回った魔力を抜くことはできよう。けれど、他にもなにかしらの影響がでれば、手を施すことはできないかもしれない。危険だ」

「俺がやる」

 コウジが躊躇なく言った。

「コウジ!!」

「俺はその為に来た。騙されたとはいえ、俺が信じたせいで命を落とした人がいる。一矢報いなければ、気が済まない」

「命の保障がないんだぞ。お前の目標の豆腐と味噌はどうするんだ。村長だって、待っているんだぞ」

 そう言うと、コウジはフッと笑った。

「カツミ。俺は勇者になりたかった男だぞ。今がチャンスなんだ」

「何、言ってるんだよ」

「俺に、一矢報いる機会をくれ。それに、俺の両手は鋼鉄製だ。全身生身のカツミよりは、多少、ダメージが少ないかもしれない」

「本体は生身だろう!!」

「全身生身よりマシだろ。それに、ルオンドさんが運んでくれるって、言っていたじゃないか」

「あ、ああ。それはそうだけど」

「運ぶ。運ぶのは間違いない。けれど、どういう影響があるかは分からないぞ」

 そう言う魔王に、ニヤリと笑った。

「北の四天王に一泡吹かせられるんですよね?」

「ああ。それは」

「なら、やりましょう。グズグズしていても、時間が過ぎるだけです。カツミ、それ寄こせ」

 腰に下がった二本の暗器。手で覆うように抑えて、後退る。

「やめろ。どうなるか分からないんだぞ」

「大丈夫だ。それに、お前がどうこうなるわけにいかないだろ。ミヤが待ってるぞ」

 後退った足が止まる。

「信じろ。俺は大丈夫だ」

 大丈夫、なんて。保障も根拠もないのに。

 それでも暗記を渡そうとしない俺に、コウジが手を差し出した。

「ロムだって、コウジを危険にさらすために持たせたわけじゃない」

 首を左右に振るが、妙に力が入らなかった。

「何かの役に立つと思って預けたんだろ。結界を解いたら、カツミがしっかり持っとけ」

 言いながらコウジが腰に下がっていた暗器を取り上げた。

「コウジ!!」

「やらせてくれ。じゃないと俺は一生、悪夢を見る」

 暗記を握りしめ、城を向いたコウジが決意を込めた表情で言った。その言葉に表情に、もう何も言えなかった。

「いいんだな?」

「はい。ルオンドさん、頼みましたよ」

「分かった」

「いくぞ」

 魔王とルオンドさん、コウジが頷いた。

 コウジが握りしめた暗器に魔王が手をかざす。どんよりとした闇が、暗器とコウジの手を覆い隠した。そして、コウジが暗器を振り上げ、結界があるはずの場所に全力で降り下ろした。

「グッゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ………!!」

 どんよりした闇にあっという間に全身が覆われたコウジの唸り声が聞こえてくる。

「コウジ!コウジ!!!」

「少しだけ耐えてくれ!!」

 魔王の声と共に闇が膨れ上がり、スウウウウウウウウウウ、とクナイを通して結界の中へ入り込んだ。

 次の瞬間、闇が粉々に、見えないナニカとともに吹き飛んだ。一緒に、コウジも吹き飛ぶ。

「コウジ!!」

 俺が駆け寄るよりも先に、魔王がコウジを抱き起す。額にうっすら汗を浮かべた魔王が、コウジから魔力を抜くために、顔の辺りに手をかざす。

「ルオンド!!」

「はい」

「大至急、安全な治療院に運べ」

「コウジ!!」

 魔王からルオンドさんにコウジが引き渡される。声に僅かに反応したコウジが、両手に握りしめていた暗器を俺に渡そうとして、滑り落ちた。

「カツミ。後は頼んだぞ」

 その言葉とともにコウジはルオンドさんと一緒に宙へ掻き消えた。

 自分の無力さを痛感しつつ、暗器を拾う。俺が狙われているのに、傷付くのも痛い思いをするのも、俺じゃない。俺を庇った人たちばかりが倒れていく。

「これも計算していたとしたら、サナ殿は相当なものですね」

 黙って城を睨んでいたバリスが口を開く。

「え?」

「コウジさんではなくとも、同行者の誰かが傷付くことまでも計算して、仕掛けていたのかもしれないですよね」

 精神的な、ダメージを与える為か。

「可能性はあるな。陰湿だからな」

 頭に血が上りそうなのを堪える為に、グッと暗器を握る。堪えろ。ここで俺が冷静さを失ったら、今までのみんなの思いが無駄になる。俺は自分だけの力でここまで来たんじゃない。何もしないで、周りがみんなお膳立てしてくれて、ここにいるんだ。

 今、ここで、平穏を取り戻すために。

 震えそうな手を必死に抑えて、暗器を腰に下げる。しっかりしろ。大丈夫だ。

「私は陰湿ですか」

 聞き覚えのある声が聞こえて来た。顔を上げると、相変わらずの涼しい執事風の顔でサナさんが立っていた。

「そうだな。ワシの部下の中では、ぶっちぎりでな」

「そうですか。それは光栄です」

「おとなしく出て来たもんだな」

「それはそうです。結界は破られました。なら、籠城していても仕方のない話しです」

「そうか。このまま諦めてくれたら楽なんだがな」

「諦める?魔王様、今、ご自分でおっしゃったではないですか。私が一番陰湿だと」

「だよな。出て来たからと言って、諦めたわけじゃないよなぁ」

「おっしゃる通りです」

 優雅に頷く。その動きに合わせて、髪の毛までもが優雅に揺れる。

「ミヤを返せ」

 自分でも驚くほど低い声が出た。

「おやおや。ちょっと見ない間に、ずいぶん態度が大きくなりましたね?」

「うるさい。お前のせいで、どれだけの人が傷付いたと思っているんだ」

「私のせいですか?そうですか。おかげで、魔力の補充には事欠かないです」

 このっ………!!!

 涼し気なその態度に、抑えようがない怒りが湧く。反射的に噛み締めた歯が、ギリッと耳障りな音を立てる。

「ヤツの口車に乗るな。気分が悪くなるぞ」

「バリス、着いて来たの?アナタでは、私には手も足も出ないでしょう。足を引っ張りに来たの?」

 サナさんの挑発ともとれる言葉に、バリスは涼しい顔のまま返事をしない。

「ミヤさんは、無事なのでしょうか?」

「人のことを心配してる場合?自分のことを心配したらどう?」

 その言葉にも、返事をしようとはしなかった。

「聞いても無駄だ。恐らく無事だよ。コイツにとっては、ミヤ君が切り札だからな」

「魔王様。切り札だからとて、私が大切に扱うという保証はないのですよ」

「分かってる。お前は口うるさいし陰湿だし陰険だし鬱屈しているからな」

「そうです」

「そうだ。だからこそ、お前はワシの部下の中では、一番色濃く、魔族の特徴を帯びていたな」

 サナさんのことを過去形で言った魔王の心境は分からない。けれど、サナさんはその一言で少し自嘲気味に笑った。

「皮肉なものです」

「本当だな」

「さて、こうして長話をしていても、埒があきません。交渉の時間といこうではないですか」

「お前が降参してくれれば、話しはそこで終わるんだが」

「そういう訳にはいきません」

「そうか」

 すぐそばの海の波や風の音ですらも遠くに感じる。ピンと張りつめた緊張感の中、二人が睨み合った。

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