第三十三話 そして動き出す 4
「来ました!!」
見張りの声で、場が一斉に動いた。
「今日は暗いうちに来たな」
「私たちが村に入ったのを見ていたのかもしれません。作戦を変えて来たのでしょうか」
「どうでもいい。迎え撃つだけだ。いくぞ!!」
おう、と返事をして、動ける者はみんな立ち上がった。ミレイも、なぜか鍋とお玉を持って参加している。大丈夫なのか。
ちょっとだけ涼しい春の夜。日本で言うと丑三つ時を過ぎ、もう少しで朝日が昇ってくる、というタイミングで、レイカ軍団は現れた。
ヤツらはみんな、松明を持っていた。前回もそうだったけど、また火か。
「オホホホホホホホ!!燃やしておしまいなさい、こんなちんけな村!!」
相変わらずキンキンと甲高い声が響いている。反省の、はの字も見受けられないその姿に、けれど必死で庇おうとしていたイチカの姿が重なる。
レイカの左右に二人を残し、他の奴らは手に持った松明で、村のあちこちに火をつけようとしている。それを止めに入る一座と衝突が始まった。
そこら中で争いが起き始める。もみ合って、火が大きく小さく揺れる。その中を、俺はレイカの正面まで駆け抜けた。
「やめさせろ!!」
「あら、あなた。見たことあるわね」
レイカが腰に手を当てつつ言う。片眉でも上げて微笑んでいそうだが、細かな表情は分からない。蜘蛛だから。
「こんなことをしても、無意味だぞ。今すぐ、止めるんだ。自分が何をしているか、分かっているんだろうな?」
一度ならず二度までも。放火は重罪だ。
「あら、もちろんよ。サナ様が約束してくださったの。この村を襲撃したら、私を北の町の領主にしてくださると」
「やはり、アイツの差し金か」
ボソリと魔王が隣で呟いた。
「そんなわけないだろ!!」
「いいえ。約束してくださったわ。そうして、私を自由の身にしてくれたのよ!!」
甲高い笑い声が耳に響く。ひどく耳障りなそれがやたらと頭に響いて、不快感が増す。
「それにね、今、町がどうなっているか知っているのかしら?」
「町が?」
「そうよ。アナタたちが来たら、暗いうちに村を襲うことになっていたの。同じ頃に、町を襲撃するっておっしゃってたわ」
「なんだと!?」
ちくしょう!!村を襲えば、俺たちが動くって分かってたんだ。しかも、妙な襲撃には、やっぱり、ウラがあったんだ!!
離れたところでもみ合っていたバリスにも聞こえたらしく、相手を一気に蹴り飛ばしてこちらへ来る。その向こうでは、ジンが鞭でしばいた相手をロムが次々に捕らえているのが見える。
「町を襲わせたのですか」
「そう言っていたわ。大丈夫よ、次の領主はここにいるわ」
「貴女が領主に、なりえるわけがないです」
常に温かで穏やかなバリスの、底冷えのするような声が響いた。すっ、と姿勢を低くすると一気に間合いを詰め、レイカの両側にいた護衛をあっけなく殴り飛ばす。
「いいですか。そんなことはあり得ないのです」
持っていた縄で二人を縛り上げつつ、バリスが言った。
護衛をあっけなく吹っ飛ばされたレイカが、動揺したように後退る。
「レイカ」
「気安く呼ばないでちょうだい」
「俺も異世界から来てる。話しを聞け。イチカは今、どうなってるか知っているか?」
「イチカぁ?」
「そうだ。お前を庇っただろう。あのイチカだ」
フン、と鼻を鳴らしてソッポを向く。
「どうしたっていうのよ?」
「サナさんに利用されて意識不明だ。それからもう一人、異世界人が利用されて命を落としている」
「だから、何が言いたいのよ?!」
ヒステリックに喚き始める。ティル達は騒がしいけれど、こんなにヒステリックに騒いでいることはないし、キンキンとした声が不快に感じることもなかった。彼女たちの声は、賑やかで、いつも楽しそうだ。聞いているこちらまで楽しくなるような。
レイカの声は、ただただ、耳障りだ。
「サナさんは俺たちを利用しているだけだ。お前も、用が済んだら捨てられる」
「なっ……」
「だから、こんなことは今すぐ止めろ。止めるんだ」
「そんなことないわよ!!だって、約束したんだもの!!必ずって!!」
「サナは約束は守らん。自分と対等か、それ以上の存在以外とはな」
魔王が残酷な事実をつきつける。おそらく、サナさんの中では人間など取るに足りない存在だろう。
ただ、魔力の補充には必要だとは思っているかもしれないけれど。
「嘘よ………」
レイカが力なくその場にうずくまる。少しの沈黙の後、八本の手足がガタガタと震えながら、錯乱したように動き出す。
「嘘、嘘、嘘よ!!だって、サナ様は私のことを認めてくれたわ!!私にしかできない重要なことだって、この村の襲撃も任せてくれたのよ!!成功したら、領主にしてくれるって!!!なのにっ、なのにっぃいいいいいい!!」
レイカの体が大きく、手足がうねるように動き続けるので、誰も近づくことができない。
「権力や金や損得で結ばれた約束は、それより大きな権力や金や損得を前にしたら、そっちになびくとは思わないのか?」
「なんですって?」
レイカが俺の言葉に反応して、ピタリ、と止まる。
「そんなものは取引だ。もっと大きな取引が目の前にくれば、反故にされる」
「そんなことないわよ!!」
「あるだろう!!お前が言っているのは、そういうことだ!!」
取引と信頼は違う。信頼って言うのは、もっと純粋なものだ。相手を信じるってことだ。損得なんて、関係ないものだ。
「私はそんなんじゃないわぁあああああ!!」
再び暴れ出したレイカから少し後退りをしつつ叫ぶ。
「そもそも、なんの恨みも罪もない人を襲う事を、どうして正しいと思えるんだ!!!!」
動揺と混乱で錯乱しているであろうレイカだが、全く同情できない。怒りをそのままぶつけるように大声を出す。
すると、憑き物が落ちたように、レイカがピタリと動作を止め、こちらを見た。
「どうして?どうしてって、私の礎になるんでしょう?それは光栄なことではないの?」
「!!」
なんだ、この歪んだ考えは。どこをどうやったら、こんな思考になるんだ。イチカはこんな………。あ、でも。
―俺が、ああなっていたかもしれないんだ―
イチカの声が頭をよぎる。この世界に来て姿形が変わって、あのイチカだって二年は治療院に引きこもっていたと言っていた。自分の体が嫌で嫌で仕方なかった、って。
レイカもそうなのかもしれない。変わってしまった自分の姿を受けれられなくて、そうしているうちに歪み切ってしまったのか?
気が付いてしまうともう、おぞましい考えに囚われていると思っていたレイカの存在が、哀れに思える。俺だって、もしかしたらこうなってしまっていたかもしれない。その可能性がゼロだとは言えないんだ。
「レイカは誰かの礎になるなら、理不尽に踏みにじられてもいいのか?」
「私?私がそんなことされるわけがないでしょう。私は選ばれた人なのよ!!」
自分の歪みを自覚することもできずに、そんなことを言うレイカに悲しみがこみ上げる。誰かを踏みつけにするヤツが、選ばれた存在であるわけがない。
「今、まさに、サナさんに踏みにじられているだろう!!!」
たまらず叫んだ声に、レイカがビクリとする。
「いいか。もう一度言う。レイカは利用されているだけだ。サナさんは、約束は守らない。利用価値がなくなれば、ポイだ。こんなことは、もうやめるんだ」
一息に言う。いつの間にか周りでのもみ合いは、少しずつ落ち着いて来ていた。
「まだチャンスはある。もうすぐ警備隊が来る。おとなしく厚生して、幸せに暮らすんだ」
「警備隊?どうして。こんな早く……」
ブツブツと何かを呟きだす。
「嫌っ!嫌よ!!私は領主になるの!!アナタなんかに私の幸せを決められて、たまるもんですか!!!」
無気力に垂れ下がっていた八本の手足が、急な叫び声とともに、力を取り戻して動き出す。ギラリ、と俺を真っ直ぐに睨む。
「アンタなんかに、私の気持ちが分かってたまるもんですかぁあああああああぁっ!!!」
そんなもん分かってたまるか、と叫ぼうとして、寸前で口が動きを止める。そうだ。俺に、その言葉を叫ぶことはできない。だって俺は、姿形は、どこも変化していないんだから。その言葉をレイカに向かって叫ぶのは、酷すぎる。
ひるんだ隙を逃さず狙って、レイカがものすごい勢いで襲いかかってきた。
「お嬢さん、すまないね」
レイカと俺の間に、スルリ、と魔王が立ちふさがる。
「説得に応じるようならと思っていたんだが」
そう言うと、見えない壁のような物が俺たちとレイカの前に現れた。それにぶつかった衝撃で、レイカがひっくり返る。上を向いた足が、ヒクヒクと軽く痙攣する。
「攻撃をしてくるようなら、話しは別だな」
ひっくり返ったレイカを一瞥し、魔王が俺を見る。
「カツミ君、すまない。できるだけ、こういうことはしたくなかったんだが。彼女はワシの魔力にあてられて気絶している。警備隊が来たら、ワシの魔力を抜こう。それまでは、このままだ」
「魔力が回ったら、レイカはどうなるんですか」
「回らん。あたって気絶しているだけだ。ただ、多少の魔力は入っているだろうから、それはきちんと抜く」
「大丈夫なんですね?」
「無論」
「分かりました」
馬の足音だろうか。遠くに聞こえてきたのは。ほんの少しずつだが、辺りが明るくなってきた。
襲われたはずの中心町は、どうなっているんだろうか……。
駆けつけて来た警備隊にレイカ軍団を引き渡し、ヒーラーに怪我人を治療してもらう。運んできてくれた食料を無事な人達で煮炊きしている間に、昼になった。
鍋とお玉を装備したミレイは煮炊きで大活躍をした。鬼気迫る表情で芋と肉とネギ、その他の野菜を入れた汁物を作り上げ、瞬く間にパンを練り上げた。
「火種はまだそこいらにあるだろ!!カマドに火を入れな!!」
と叫んだ時には、そんな場合じゃないのに村中に笑いが巻き起こった。さすがミレイ。ミレイはやっぱ、こうじゃないとな。
警備隊はレイカ軍団を連れて、とんぼ返りとなった。町がサナさんたちに襲撃されていることは、もちろん知らなかったのだ。連れて、とは言っても結構な人数だったので、とりあえず、近くの駐在がいる町までレイカ軍団を連れて行き、そこでひとまず収容し、事の次第が落ち着いたら、中心町へ連れて行くこととなった。もちろん、監視付きだ。
ここで一つ、魔王がぶちかましてくれた。
なにをって?催眠術ってヤツをだ。やってみたい、と言っていた催眠術を、この機会に、とやったのだ。
あの、五円玉をユラユラさせるヤツ。どこから手に入れた物なのか、なんかそれっぽいのに紐をつけて、ユラユラさせてた。もちろん本物の五円玉じゃない。
「暴れないように催眠術かけといた」
ほんとかよ、効いてんのかよ、と思うものの、それは信じるしかない。
なんだかボンヤリしたレイカ軍団は、微妙な顔をした警備隊に引っ張られて行ったのだった。ちなみに魔王、警備隊に催眠術を解く方法を教えてた。……ほんとに大丈夫なのかよ。
パンと汁物をみんなで食べながら、この後の打ち合わせをする。すぐにドラゴンで向かおうと言ったのだけれど、まあまあまあ、と魔王に止められた。
魔王が言うには、サナさんの作戦だから、まんまと乗ってはいかん、ということだった。
町にはルオンドさんもオーナさんもハンリーアルさんもいる。役所だって、臨戦態勢を整えているはずだし、ルオンドさんやオーナさんレベルの魔力を持つ者は、サナさん本人かルルナくらいしか手駒がないはずだ、と。
なら、自分は城にいて、ルルナを向かわせているだろうから、一先ずは大丈夫なはずだ、って。まずは腹ごしらえをして、それからだ、という魔王の言葉にとりあえず頷いたのだが。
「腹いっぱい食べるんだよ!!」
ミレイの元気いっぱいの声を聞きつつ、こんな呑気にご飯食べてていいのかなぁ、という思いが先に立つ。
「カツミ君、悪い癖だぞ。ジットリとワシを睨むのをやめてくれ。せっかくの美味い物の味が分からなくなる」
「ほんとですか?」
「いや。美味い物は美味い」
なんだそれは。
「この後はどうするのが最善でしょう?」
バリスが魔王に問う。いいぞ、バリス!!
「うむ。そうだな。ワシたちは、サナの城に向かった方がよかろうな」
いよいよ、か。
どうしてか分からないけれど、視線が下を向いた。その俺の横で、魔王の言葉が取り過ぎて行く。
「ワシとカツミ君。それから、コウジ君は絶対に行くと言っていたな?」
「行く」
「なら、この三人で行く」
「私も行きます」
バリスが間髪入れずに返事をした。
「君たちはこの村の片付けがあるだろう。ロム君もジンも、力になってやってくれ」
魔王に言われ、ロムとジンが戸惑ったように顔を見合わせた。
「なに、心配することはない。ワシたちで、かるーく、サナを一捻りして戻ってくる。ルオンドもいつでも呼べるしな」
「でも今、ルオンドさん、動けないですよね?」
北の中心町が襲われてるんだぞ。
「オーナがいるし、ハンリーアルもいるから、呼んでも平気だ」
「マジですか?」
「来れない場合は、来ないから大丈夫だ」
ケロッと言う。でも、それならそれで、安心と言えば安心だ。
「私も行きます」
普段とは違い、バリスが重ねて言った。珍しい。この状況だと、分かりました、って言って後を引き受ける方が自然な感じがするけど。
「そうか?ドラゴンのこともある。なら、バリスも行こうか」
「はい。私もサナさんに、借りがあるので。お返ししませんと」
バリスの珍しい物言いにちょっと驚く。そんな風にバリスが言うの、初めて聞いた。
ロムとジンはちょっと迷ったようだったけど、最終的に頷いた。
「これ、持って行って」
ジンが、いつも肌身離さず持っている、大切な包丁を差し出した。
「ジン。これはジンの夢だった包丁だろう。持って行けないよ」
「そうだよ。ドワーフに打ってもらった、大切な包丁だ。だから、必ず返して」
真剣な顔で俺に包丁を押し付ける。
「必ずだよ」
俺に包丁を握らせ、念を押してきた。
「分かった」
「これも」
ロムが、愛用しているクナイのような暗器を俺の腰にセットする。ぶら下がった暗器は二つ。隠してないから、暗器じゃないけど。
「ここ引っ張ったら外れるから」
「分かった。ありがとう」
ジンから預かった包丁を腰からぶら下げている袋に収め、ロムの暗器を手で確認する。
「待ってるから」
「ドラゴンは一頭、この村に待機させます。護衛も兼ねて。お二人がいつでも自由に乗れるようにしておきますので」
「うん」
「分かった」
「ドラゴンに関しては、私もいるから安心しろ」
「はい。よろしくお願いします」
あ、そっか。座長って狼女だもんな。
「よし。腹も膨れたところで、行こうか!!悪者退治には、絶好のいい天気だな!!」
着く頃には明日になってるんじゃないの、というツッコミを心の中だけでして、立ち上がる。
その時、食事をとりつつ、黙って俺たちの話を聞いていたミレイが口を開いた。
「ウオマさんは、魔族だったんだね?さっき、魔力を使っていたもの」
お椀を抱えて座ったまま、真っ直ぐな目で魔王を見上げるミレイの言葉に、正体を知っている俺たち全員がハッとする。
そうだ。魔王の正体を、一座の人達には何も言ってなかった。みんな、魔王のことは人間だと思っていたはずだ。ここにいるのも、事情があって、としか言ってなかった。
そもそも俺たちがドラゴンで駆けつけたってこと自体が、予想外だっただろう。それはそれとしても、バリスは役所勤めだしドラゴンに乗れる、俺たち三人は一座と一緒に旅をしたから来た、と判断したとする。
なら、どうして祭りにしか現れないはずの魔王が一緒にいるんだ?って思うよな。この騒動と、何か関係があるの?って。
今の会話の内容を聞いていれば、魔王だと分からなくても、高位の魔族であることは察しがついただろう。
人間だと思っていたのに、魔族だった。騙されていたんだ、と思ってしまうだろうか。魔王は、そんなつもりで人間のフリをしていたわけじゃないだろうけど、そう思われても仕方がない状況ではある。
嘘つき、と糾弾されても、なんだか寂し気に笑いそうな魔王が心配になって、ゆっくりと視線を移す。魔王のことを、勝手に俺が話すわけにもいかない。成り行きを見守るしかない。
ゆっくりと、魔王がミレイに向かって微笑んだ。
「うむ。実は、魔王だったんだ、ワシ。人間のフリをしていて、すまなかったな」
「そうかい。ただ者じゃないとは思っていたよ。それに、吟遊詩人の話しなんてしてたからねぇ」
そうだった。魔王、吟遊詩人から歌と笛を習った、って前に言ってたもんな。お酒飲んでたときとはいえ、疑問に思う人だっているよな。あのとき、聞いてたんだな、ミレイ。
詫びを口にする魔王に、カラリと笑ったミレイが、お椀を置いて立ち上がった。
「そうかい!!また、一座のとこにも遊びに来ておくれよ!!忙しいかもしれないけどさ!ね、座長!!」
「そうだな。また一緒に飲もう」
「……うむ。必ず」
なんだかグッときた顔をした魔王が、珍しくはにかんで答えた。
そうして俺たちは一座のみんなに別れを告げて、村を出た。
バリスの報告だと、アスカさんとイチカは、まだ目を覚まさない。イチカは強い魔力が回り過ぎていたらしい。アスカさんは、後は意識が回復するのを待つだけ。面会は許されるようになったから、イッちゃんさんが治療院の部屋に泊まりこんでいるそうだ。
心の中で、アスカさんとイチカに呟く。
必ず、ミヤと一緒に帰ってくるから。だから、二人とも、目を覚ましてくれ。
「今晩は、私の一族の村に泊まりましょう」
やっぱり、悪者退治は明日なんじゃん、となんだか締まらない気分を抱えて、俺たちはサナさんの城へ、もとい、バリスの一族の村へと出発したのだった。




