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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第一章
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第三話 仕事は人生の一部です 2

 とかなんとかやっていたら、あっという間に当日になってしまった。

「カツミさん、右手と右足、同時に出てるっすよ」

「あ、ああ」

 何で俺はこうなんだ……。情けない……けど、仕方ない。

 西の役所の新職業課へ行き、バリスを呼んでもらう。カチコチのまま椅子に座っていると、程なくしてバリスが現れた。

「お待たせしました。本日は、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 隣で黙って頭を下げるミヤ。

「打ち合わせの前に、ミヤさんのヒーリングの異能について、興味深いことが分かりましたので、ご報告します」

「うっす」

「カツミさんの異能を受け、ミヤさんのヒーリングで回復した者は、その後、思い出して恐怖がにじみそうになると、自動的にヒーリング作用が働くようです」

「ということは?」

 歩いているときの俺よりも緊張しているミヤの代わりに聞く。

「記憶が恐怖になりそうになると、ヒーリングが効く。恐怖に震えるのではなく、あれは怖かったな、と受け止められる経験になるということです」

「つまり」

「一度ヒーリングを受ければ、安心だということですね」

「通常は、ヒーリングはその都度受けなきゃいけないってことですか?」

「そうですね」

 トウカさんの失恋の痛手は、確かに、毎回、ヒーリング受けてるな。

「カツミさんの異能も強いですが、ミヤさんのヒーリング能力も、大変強いということになります。また、持続性もあるということです」

 そうなんだ。

「それと、カツミさんの異能は、現在、この世界のヒーリングでは治療院でも対応できないことが分かりました」

「ということは」

 バリスが頷いて続ける。

「現時点では、ミヤさんだけがカツミさんの異能に対応できるということです」

 そうかぁ……。治療院でも無理かぁ。ミヤ、ごめんな。

「それから、もう一つ。事後承諾になってしまいますが、本日の件、厚生対象者の他に、もう一人、参加することになりました」

 ん?

「二人になったということですか?」

「そうです。話が違ってしまって、大変申し訳ありません」

 そこでバリスは深々と頭を下げた。

「もう一人の方は、何があっても責任は追及しないということでしたので、そこはご安心ください」

 いや、ご安心とかそういう問題じゃ。でもそんな、バリスに頭を下げられるのも違う気がする。

「頭を上げてください」

バリスが頭を上げて、それでも、申し訳なさそうにこちらを見る。

「分かりました。ミヤ、いいか?」

 ミヤは、黙って頷いた。


 二人で地下室へと歩く。薄暗い階段を下りて行って、三つ目の扉が今日の仕事の場所になる。

ミヤが無言で扉を開ける。なんとなく視線を合わせた後、部屋に入る。

 窓もなく、ガランとしてだだっ広い部屋は、なんとはなしに気味が悪い。ほんとうに、奥の暗がりから何か得体の知れないモノが出て………。

「わっ!」

「うわああああああああっ!!!」

 黙っていたミヤが急に上げた大声に、自分でも驚くほどの大声が口から飛び出る。

 っていうか。

「し……心臓、口から飛び出るかと思った……」

「ちょっと、出てたかもっすよ!」

 心臓を押さえてのけぞっている俺を見て、ミヤが大笑いしている。

「ビックリした………」

 ゆっくりと大きく息を吐き、その場に座り込む。視界の隅に、ランプの炎がチラつく。

 そうだよな。決めて来たんだもんな。

 ポケットのメモを引っ張り出す。

 ビビった拍子に、いい具合いに肩の力が抜けた気がする。俺、年上なのに、ほんと、情けないな。

 紙を握りしめて、立ち上がる。

「ありがとう、ミヤ」

「大丈夫っすよ!」

 元気な声が応える。ミヤ、ほんとすげえな。

「ややこしい書類とかなくって、一安心っすよ!!」

 そうなのだ。

 この世界では登録証が大きな役割を担っていて、大抵のことは登録証に記される。本来なら多少の書類はあるのかもしれないが、俺たちはこの世界の文字は分からない。数字なら分かるんだが、アスカさん曰く、文字はどう頑張っても覚えられないそうだ。

 言葉や概念がある程度苦もなく通じる。その代わりなのかどうなのか。文字は、どうしても認識できない、らしい。

 何か大きな問題が起きたら、その時、考えればいいじゃなーい、とのことだ。

 思うところがないわけではないが、それも一理あるとは思う。俺はちょっと、考え過ぎて尻込みし過ぎなのかもしれない。

 そんな訳で、書類申請が必要な物は免除、もしくは役所の人間の代筆かサインだけ本人……ってことになるのだが、本人の名前も、元の世界の文字でいいそうだ。間違いなく、俺たちが書いたと分かるから。

 マジでいいの、とは思うもののそれでいいと言っているのだから、いいのだろう。

 ちなみに、バリスは牙があるだけの人間かと思っていたら、狼男の一族だった。満月の夜には、狼男になる。そして、集会をするのだそうだ。一族で。

 ご馳走食べてお酒を飲んで、歌って踊るらしい。満月は月に二回あるので、月に二回。場所は、領地内に一族の村があるらしく、そこで行われるらしい。

 なにそれ。メッチャ見てみたい。

 この世界には、面白そうなことがまだまだいっぱいありそうだ。 

 が。

 今はとりあえず、引き受けた厚生者の対応に全力。ミヤの力も借りるんだし。


 もう一度、メモを握りしめた時、ガチャリと音がして、バリスと警備隊、ヒーラー、割と小柄で目の据わったがっちり体型の男と、黒っぽい切れ長の瞳に、艶のある美しい黒髪を緩く後ろで結んだ品のある男が入ってきた。黒髪で長髪の人は、イケメン執事みたいな感じ。全部で、八人。

 役所関連じゃない二人は、どちらも人間に見えるけど………どうなんだろう?ただ、小柄な男の方は、両手を後ろで拘束されている。

 実は俺、ちょっと勘違いしてたんだけど。

 この世界で一番多い種族は、人間なのだそうだ。肌や髪の色が違ったり、多少俺が知る人間とは違う外見ではあっても、魔法も使えないし、特別なことはなにもない“人”が一番多いのだそうだ。

 イッちゃんさんみたいに、耳が長くて垂れていても、種族は人だったりする。トウカさんのように、肌の色は違うけど人のように見えて、特別な力を持っていたりする種族もいる。

 要するに、この世界の人は外見だけでは種族が分からないのだ。

 ただ、エルフやドワーフや妖精は、やっぱり、そのまま。見た目通り。魔族はまあ、様々らしい。基本的には種として同一ではないと子孫は残せないが、稀に子どもが生まれることもある。

 “こうだ”とは断言できない。ほんとに、様々、様々なのだ。

 そして、成り立ちとしては、人の種族がそれぞれの領地を統治、管理しているらしい。魔族もいるし、いろんな種族が混在して生活しているし、システム自体がしっかりしているので、どの種族が統治してもよさそうなものだが、必ず、人が統治している。

 要するに、あの城に住むのは、人だけ。しかも、血統などは関係ないらしい。

 不思議だけど、案外、不思議なことじゃないのかもしれないわよね、とアスカさんは言っていた。

 どういうこと?と聞こうとして、なんとなくやめた。それに、もしかしたら、特別な力がない人間のルールに、他の種族が合わせてくれているだけかもしれないし。

 ボンヤリしているうちに、バリスが二人に距離を開けるように話す。俺とミヤと対面に、二人が並んだ。ただ、俺たちと二人の間にも、大股で十歩くらいの距離はある。

続けて、バリスが口を開いた。

「私たちが扉の外に出たら、始めてください。お二人は、必ず距離をとって、危なくないようにしてください」

 後半は、警備隊と一緒に入ってきた二人に向かって言う。

 お互いに向かい合ったまま、なんとなくパラパラと頭を下げ合う。ランプの光がユラユラと揺れている。

「私たちは扉の向こうで控えております」

 そう言うと、バリスはあっという間に扉を開けて出て行った。ギィ、という音と共に、ランプの炎がまた、揺らめく。

 用意した紙をもう一度握りしめて、口を開………こうとしたら、小柄な男が急に俺に向かって突進してきた。

「やってられっかよ、こんなこと!!何が異能だ!!」

 ああああああアナタが厚生者ですね!?

 男は真っ直ぐ俺に向かってくる

 避けようとして足がもつれて転び、隣にいたミヤが俺と男の間に飛び込んできたときに、鈍い音がした。

 ガツン。

 なんと、イケメン執事風が無表情のまま小男を蹴り倒し、その足で背中を踏んづけていた。

 マジか!!

「ぅぐぅぅ………」

 踏まれた男が、苦し気な唸り声を足元で出しているにも関わらず、イケメン執事風は長い足で更に体重をかけて、微笑んだ。

「どうぞ」

「え……」

「仕方がないので、このままで。大丈夫です。ヒーラーが、待機してますから」

「あ、でも」

「私のことなら、お気になさらず」

 もう一度、優雅に微笑む。

 マジか。

「どうぞじゃ……、ぁねぇよ……。俺は、自由になるん……だ」

 苦しいのか、それとも痛みのせいなのか、額に汗を滲ませながら、男が声を絞り出す。

 どうしていいか分からない俺たちと、涼しい顔で男を踏んだままのイケメン執事風。そんな俺たちに構わず、男は話し続ける。

「俺は、な……他人が苦しんだり泣いたりするのが、大好きなんだ……。それを見るために生きてるんだ…………他人がどう思おうが、関係……、あるか………っ!!」

 ゾッとするような言葉が切れ切れに聞こえてくる。

「みんな、好きな……ことやって生きてる、のに」

 そこで大きく息を吐く。

「なんで、俺だけ………、好きなことやって、生きちゃ……いけねぇんだ!!」

 踏まれた背中をどうにかしようと床に立てた指先から血が滲んでいる。食いしばった歯の隙間から漏れる息は、ゼエゼエと苦しそうだ。

「どうぞ」

 そんな男の姿などどこ吹く風の様子で、イケメン執事風がもう一度、涼しげな顔で言う。

 ええ………どうしよう。

 どうでもいいけど、このイケメン執事風、小柄とはいえガッチリした体型の男を一人、足一本で制するなんて、どうなってるんだ。

 男の迫力に尻餅をついたままの状態で、ミヤと顔を合わせる。

「異能の発動がないと、終わりませんよ。その為に、彼はここへ来たのだから」

 あ。そうか……。ええい、もう、やっちゃえ!!

 迷う気持ちはあるものの、覚悟を決める。ミヤに目配せしてから、紙を開く。

「やめろって言ってんだろおおおおおおおおおおおお!!」

「どうしました!!!!」

 踏まれた男が叫ぶのと、時間がかかり過ぎていたことと、叫び声が断続的に聞こえてきたせいだろう、バリスたちが駆け込んでくるのと、異能が発動するのは、残念ながら同時だった。


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