第二十九話 バラバラのピースのつなげ方 4
「頑張ったな、カツミ、ミヤ」
ロムがご機嫌で酒を飲みつつ言った。結局、二回戦で敗退した俺たちは、負けたその場で引き上げて、居酒屋で晩ご飯を食べ直すことにした。
テーブルの上には角煮のような肉、キノコのクリームパスタ、大根とカブとタマゴのおでん風、鮭とジャガイモのバター炒めが乗っている。
ミヤは果実ジュース、俺とロムは葡萄酒を飲んでいる。
「うっす!!ああいうのって普段全然やらないんで、たまにはいっすね。思いっきり力をぶつけることって、ないっすもんね」
「たまにやると、ストレス解消になるだろ」
「そうっすね!」
どこに入ったか分からなかった宿での晩ご飯は、既に消化した。改めて、テーブルに並んだご飯をモリモリ食べる。ミヤも、美味いっすね、と言いつつモリモリ食べている。
「そういえばロム、さっきどこ行ってたんだ?」
「ああ。ちょっとな」
ここへ向かう前、ロムはちょっと待ってろと言って、どこかへ行って戻ってきた。すぐに。あんなにすぐに戻ってくるなら、一緒に行ったのに。
「この角煮、柔らかくて脂身トロトロで、美味いっすよ!!」
大きな塊で煮込まれた角煮は、相当美味しいらしい。照りもツヤもあって、見た目も、メッチャ美味しそうだ。俺も、手を伸ばす。
柔らかくて分厚い肉は、添えてあった大きなスプーンで簡単に切れた。崩れないように慎重に皿に運び、口に入れる。甘い脂身がとろけて、フワフワの赤身の部分が優しい。
「美味いな」
「っす。角煮って、大きくキレイに作るの、難しいんっすよ。すごいっす」
ミヤ、角煮も作ったことあるのか。すげえな。プロってほどの腕ではないのかもだけど、自炊レベルは高い気がする。角煮。作ってみようって、思ったことすらなかった。
葡萄酒を一口飲むと、意図せず、はぁ、とため息が漏れた。
「どうした?」
「俺さ。二回戦目の試合中にさ。異能が発動しそうになったんだ」
「え?!」
ロムが驚いたように持ち上げたグラスを置き、美味しそうに角煮を頬張っていたミヤが固まる。
「うん。なんか、頭の隅っこで何かが動いてさ。でも、みんなで楽しかったこと思い出したら、発動しなかったんだ。勝負には負けちゃったけどな」
ちょっと笑って言ったら、ロムが真剣な顔で頷いた。
「頑張ったな、カツミ」
「そうっす。すごいっすよ」
食事の手を止めて、真顔で言う。二人とも、俺が苦しんでるのを目の当たりにしてきたから、きっと、分かるんだろう。俺にとって、異能の発動を抑えられたっていうのが、どれだけのことか。
「うん。ありがとう」
俯くと、なんだかまた、目に涙がにじんだ。
「俺も飲むっす!!カツミさんに乾杯っす!!」
ミヤが勢いよく言って、テーブルに置いてあったワインを、空いていたグラスに注いだ。
「乾杯!!」
涙でにじんだ視界に、ロムとミヤが笑っているのが映った。
と、ここで終わってくれればこの日はいい一日だった。
モヤモヤしていた気分も晴れたし、発動しかけた異能を自力で抑え込むこともできた。ほんとうにいい一日だった。
ここまでは。
いい気分で食べて飲んだ、宿までの帰り道。俺たちは突然、暗闇の中で、五人の男たちに囲まれた。街灯代わりの篝火が近くにあるけれど、男たちは黒い覆面をしていて、人相は全く分からない。
人相が分かったところで、知り合いでもないだろうけど。
「動くな!!」
バラバラと駆け寄ってきた男たちが、俺たちを脅すように、手に持った縄や武器をチラつかせる。
「大人しく捕まってくれれば、乱暴はしない」
そんなわけあるか。問答無用で、人気のない暗がりで囲んでおいて。
とは思うけれど、黙っておく。俺とミヤは戦闘力はない。相手は五人、こちらは戦えるのは一人だ。多勢に無勢。いらぬ挑発は避けた方がいい。
自分の酒臭い息がうっとうしい。ああ、調子に乗って、あんなに飲むんじゃなかった。ついつい、いつもよりも酒がすすんでしまった。
ただ、いつもより酔ってはいるけれど、ほろ酔い程度だ。走ったりはできる。でも、こんなことが起きるって分かってたら、ホロ酔い状態になんてならなかったのに。ってか、酒、飲まなかったのに。
内心、盛大に悔やんでいると、いきなりロムが足元に何かを叩きつけた。
パアアアン、と一発、爆竹に似た音が足元で響く。それは建物に反響して、こだましていった。
「ちっ」
男たちが一斉に飛びかかってこようとしたとき、ロムの暗器が、素早くいくつも飛んだ。
「カツミ、ミヤ。ちょっとだけ頑張って捕まらないでくれ」
当てる気はないような、時間稼ぎのように暗器をアチコチに飛ばして男たちを威嚇しつつ、腰にぶら下げていたトンファーで近くの男を殴り倒す。
「行け」
倒れた男を横目に見つつ、中心にいた男が低い声で合図をすると、奴らは一斉にこちらに向かって来た。
いやもう、これはダメでしょ!!!
そう思った途端、意識が暗転した。
‘情けないわね、あんな程度で酔っ払うなんて’
‘ほんと、だらしないわ。見た?吐いてたの’
‘きったねぇよな’
人を小馬鹿にしたような笑い声が、頭の中で、大きく小さく、響く響く響く……………。
暗転した意識が浮上してきて、暗がりの中で目を開ける。荒くなっている自分の息が酒臭くてイライラする。暗闇の中で目を開けても、暗闇は暗闇だった。チラつく篝火の光が、微かに視界に入るだけだった。
くそっ。
なんだかんだ言ったって、結局俺、異能頼りなんじゃないか。
ピンチだと思った途端、止めようとする隙もなく発動した異能に、気持ちが真っ暗になる。
「カツミさん」
ミヤが気遣うように抱き起してくれる。さっきまでものすごく喜んでいたからこそ、このタイミングでの異能の発動は、正直、とんでもなくツラかった。
「ミヤ、ごめん」
「いいんす。大丈夫っす」
ミヤがいつも通り、明るく笑う。ほんとにごめん。ミヤ。誰もケガはしなかったかもしれないけど、異能を食らわせてしまった。
起き上がると、隣でうずくまっているロムが見えた。
「ロム」
「……大丈夫だ。心配しなくていい」
息を切らして起き上がりつつ、ロムも笑う。
「二人とも、本当にごめん」
襲って来た男たちに、ごめんなんては思わない。思いたくもない。襲われなければ、異能の発動はなかったんだから。
視界がしっかりしてきて見えたのは、近くに転がっている五人の男と、ちょっと離れたところに二人の男。
「?さっきいた?」
「いない。俺が合図して呼んだ警備隊」
「……………………」
俺、助けに来た警備隊まで異能に巻き込んだの?
「腕相撲大会で、ちょっと気になる動きをしている男がいたんだ。一見、普通の男だったんだが。ひっかかったもんだから、居酒屋に行く前に、警備隊に話しておいたんだ」
そうか。危険があったら合図をするから、駆け付けてくれとでも言っていたんだろう。俺たちを連れて行かなかったのは、変に心配させたくなかったんだな。
「ごめん。ロム」
謝る俺の肩を、ロムが叩いた。
「これ以上、謝る必要はない。カツミが責任を感じることはないんだ」
ミヤが隣で頷いている。
「危ないから、コイツら、動く前に縛ろう」
そう言ってロムが、奴らが手にしていた縄を使ってグルグル巻きにし始めた。
「俺も、やるっす。実はアスカさんに習ってたんっす。ここで役に立つとは、思いもよらなかったっす」
ミヤが笑いながら男たちを縛り上げていく。
「ミヤ、習ったって、その縛り方?」
「うっす。アスカさん、これしか縛り方知らないって言ってたっす」
「嘘に決まってるだろ!!なに騙されてるんだよ!!」
アスカさん!!ミヤになんつー縛り方教えてんだよ!!っつーか、ミヤがそんなもん習ってたなんて、俺が思いもよらないっつーの。
手早く縛らないと男たちが起きる。ロムは一人で大丈夫だろうから、ミヤを手伝って男たちを縛っていく。
なんだかおかしくなってきて、口から笑いが漏れた。
男たちを無事に縛り上げたところで、警備隊もヒーリングが効き、動けるようになった。
「今のが異能ですか?」
「はい」
「役所から連絡はきていました」
「そうなんですか?」
「はい。恐らく、東の領地の各町村に連絡はされていると思います」
東って、すごいな。ガイコツの件で御触れを出すって言ったときも判断早かったし、とにかく混乱を防ぐために連絡網がしっかりしているのかも。
「けれど、異能が発動したということは、申し訳ありませんが、一度、東の中心町に戻っていただくことになります」
ですよね。
警備隊の、当然と言えば当然の言葉に、項垂れるように頷く。
「今日はもう遅いですので、この男たちは私たちに任せて、宿に戻ってください。明日、一人、迎えをやりますので。一緒に中心町へ向かいましょう」
「はい」
「一応、聞いておきますが、この男たちは顔見知りですか?」
覆面をはいだ男たちの顔を見る。一切、見覚えがない。俺、忘れてたりすることもあるから、もしかしたら、どこかで会ってるのかな。
首を左右に振りつつロムとミヤを見るけれど、二人とも知らない、というジェスチャーだった。
「誰も見覚えがありません」
「分かりました」
応援で駆けつけてきたらしいもう一人が、奴らを光の輪で改めて拘束しつつ、ミヤが縛った縄をマジマジと観察している。
「この縛り方は」
「うっす。異世界風っす!」
嘘つくな!!異世界では当たり前の縛り方みたいに言うな!!一部の人しかしないだろ、その縛り方!!
思わず突っ込みたくなるが、場が混乱するだけなので、黙る。あの観察してた人、縛り方覚えて再現しないでくれよ。東で流行ったりしないでくれよ。
そんな場合じゃないのに、どうでもいい願いが頭をよぎる。マジで、異世界への偏見は、俺のドワーフの里での黒歴史だけでいいから!!アレも、俺が下手なだけだから!!
「襲われる覚えもないですか?」
「ないっす」
あるわけない。恨みを買うようなことは一切していないし、俺たちはのんびり旅をしているだけだ。特に、東では穏やかにスムーズに旅をしてきた。思い当たる節なんて、ない。
東での出来事を思い出していると、警備隊は素早く撤収し始めた。
「分かりました。それでは、また明日」
一礼すると、手慣れた様子で五人の男を連れて去って行った。
「ごめん、ロム、ミヤ。俺のせいでまた中心町まで戻ることになって」
「カツミのせいじゃないだろう。男たちの目的は二人だろうから。異能が発動してもしなくても、どっちにしろ旅は足止めされた可能性が高い」
「そうなの?」
「俺をさらっても、何もないからな。ただの護衛だし、なにか情報を持ってるわけでもないし」
「俺たちだって、一般人だぞ」
「南でのことを思い出せ。お前たちはある種の者には価値があるんだ」
忘れたわけではないけれど、思い出さないようにしていたルルナのことが頭に浮かぶ。
「けど。魔族だったか?今の」
「人間と魔族、両方いたな」
「人間に俺たちをさらう理由なんてあるか?」
「ないとは言い切れない。表社会ばかりじゃないからな」
アッサリとロムが言う。そのアッサリ加減に、逆に背筋が寒くなる。
「まあ、とりあえず今日は宿に帰って、アスカさんと座長に手紙を書け。あ、座長は俺が代筆するけど」
「そうか。そうだよな」
今から中心町に戻れば、明らかに一座との待ち合わせには間に合わない。座長に連絡する必要がある。明日には、キョワッシーに手紙を預けなければ。
「アスカさんにもっすか?」
「そうだ。もしかしたら、異能者が狙われている可能性もあるだろう。カナタのことも手紙には書いておく。中心町に着いたら、他の領地の異能者にも連絡をしてもらえるように頼もう」
確かに俺たちだけではなく、異能者自体が狙われている可能性もある。
「でも、俺たち以外の異能者は魔族には効かない異能だぞ?」
「そんなこと関係ないのかもしれないぞ。可能性としてないとは言い切れないんだから、心配の種は取り除いておいた方がいい」
「分かった」
「そうっすね」
振り出しに戻るどころか逆走してしまった気分になりつつ、宿への道をトボトボと歩く。
結局、東も穏やかに通り過ぎることはできないんだな、とガッカリしつつ。




