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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第一章
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第二十九話 バラバラのピースのつなげ方 3

 ナガたちの背中で揺られつつ、俺たちは一座を追いかけて境界へ向かった。春めいてきたとはいえ、まだ寒い日もあるし、何より北へ向かうので、ナガ達に無理はさせられない。荷物もお土産分、重くなってしまったし。

 モヤモヤした気分を抱えつつ、途中の町で宿をとったのは、役所を出て十日後のことだった。既に三月も中旬に突入しようかというその日は、早咲きの花が満開になり、これからたくさんの花が咲こうと、蕾をいっぱいつけている頃だった。

 予定よりちょっと早めに宿に着いたので、ナガ達を休憩させ、町をブラブラする。この町は、なんというか不思議な雰囲気の町だった。

 相撲の土俵みたいのがあるの。ちいさーい。いくつかの場所に点在しているそれは、土俵を中心に観客席のようなものが簡単にしつらえてあった。

「ロム。あの土俵、なんだ?」

「腕相撲大会の会場」

「腕相撲大会?」

「ああ。東は賭け事が割と盛んだって話、しただろ」

「うん」

「腕相撲で賭けをするんだ。ざっくり言うと、優勝者は掛け金の三分の一をもらえる。三分の二は配当金」

「へぇ。そんなのもあるのか」

「ケガしなくて、いっすよね」

「でも、魔族とか人とか、種族で力の差があるのに、不利だったりしないの?」

「種族別だ。賭ける方は関係ないけどな」

「魔力あり?」

「なし。どの種族も、純粋に筋力勝負だ。ズルがあったら、ソイツがその試合の掛け金と同じ金額を出すことになる」

「すっごいペナルティだな」

「だから、ズルしようってヤツはいないな」

「でもまあ、鍛えてる人が強いよな、純粋に」

「それがそうでもない。意外に、瞬発力で勝ち進むヤツもいるんだ」

「マジで?」

「ああ。腕相撲とはいえ、見てると面白いぞ。駆け引きがあるからな」

「アルスナーさんとか、ワックワクで参加しそうっすね」

「あ、でも、警備隊とか護衛業とか、そういう職業についてる人は、戦闘職だけの大会じゃないと出られない。そうじゃないと、おもしろくなくなるからな」

「似たような腕力の人たちで競うってこと?」

「そういうことになるな。だから、細かく大会があるんだ。日常的にな」

「娯楽にもなるのかもな」

「うん。実際、娯楽になるし、ストレス解消にもなるらしい。もめ事を起こしたらツマミ出されるしな」

「賭け事になると熱くなっちゃう人って、いるよな」

 うん、と頷いたロムが、一つの土俵の前の立て看板で足を止めた。

「ちょうどいい。今日、一般人の人の大会があるみたいだ。カツミとミヤで出てみたらどうだ?」

「マジかよ?!」

「俺もっすか?」

 俺もっすか、ってなんだよ。俺だけ出させる気かよ、ミヤ。

「たまにはいいだろ。俺が二人に賭けるよ」

「俺、腕力自信ないけど」

 多分、ミヤの方が強そう。俺より若いし、荷物運んでるときも安定感あるし。

 残念そうな顔になったロムが、俺の肩をポン、と叩く。

「カツミ。自分をあんまり低く見積もるな。調子に乗るのもどうかと思うが、お前はちょっと、自分を低く評価し過ぎだ」

「え。そうかな」

「ああ。一座の中でも力仕事をしていたし、ナガ達に乗って、約一年間、旅をしてきただろう?出発前よりは筋力ついてると思うぞ」

「えー………」

「ナガ達に乗ってるのだって、全身の筋肉使うからな。お前、最初はヘバッてただろう」

「言われてみると」

「腕相撲は全身使うんだ。腕の力だけじゃない。ってことで、申し込んでおくからな」

「ミヤも?」

「争いごとってあんまり得意じゃないっすけど、やってみるっすか」

「やっとけ、やっとけ。ストレス発散にもいいぞ。たまにはいいだろ」

 看板を確認して申し込み場所に歩き出しつつ、ロムが言った。

 もしかして、この町で今日、大会開かれるの知ってたのかな。最近、ちょっとモヤモヤしてたから、ストレス発散に参加させようとしてくれたのかも。

「俺を勝たせてくれな」

 ロムが、ニヤリと悪い顔をして笑った。一言多いんだよ!!まったくもう。


 宿で晩ご飯を腹八分目で食べた後、俺たちは腕相撲大会の場所に来ていた。さっきとは違って、辺りは人も増えて、熱狂に包まれつつある。

 ランプと松明がそれぞれ会場と土俵を明るく照らしている。

「夜にやるんだな」

「夜の方が盛り上がるんだ。ちょっと待ってろ。俺、賭けてくる」

 マジかよ!!ほんとに賭けんのかよ!!

「あ、既に対戦表出てるな。読んでやるからちょっと待っとけ」

 張り出されている紙を確認した後、ロムが受付のところへと歩いて行った。

「なんかちょっと、気後れするっすね」

「うん」

 来たのはいいものの、慣れない場所にソワソワする。

 宿でロムが軽く稽古をつけてくれたものの、俺、あんまり歯が立たなかった。いや、護衛業の魔族とやって歯が立つようなら、それはそれで別の問題がでてきちゃうけど。

「ミヤって、賭け事したことある?」

「ないっすねー」

「そもそも、こういう場所って、ないもんな、日本に」

「ちょっと、格闘技の会場の雰囲気に似てるっすけどね」

 言えてる。似てる。

「確かに。けど、アレは賭けはせんからなぁ」

「っすよね。まさか、自分が賭けられる方でこういうのに出ることになるとは、考えたこともなかったっすよ」

「俺も」

 対戦表を確認する人が増えてきて、混雑してきた。俺たちは書いてある文字は読めないので、早々に場所を譲る。

「この後、大会が終わったら、もう一回、美味しい物食べるっす。頑張るっす」

 確かに。緊張のあまり晩ご飯がどこに入ったかイマイチ分からん。

「俺も。とりあえず、頑張る」

 どうせやるなら、ちゃんとやろう。最初からダメとか思わずに。どうせやるなら、ってヤツだよな。


 ワァアアアアアアア、と歓声が耳をつく。盛り上がる観衆の中、俺とミヤは緊張しつつ参加者の列の中に立っていた。

 ロムが言うには、俺もミヤも三回勝てば決勝にいけるらしい。

「意外に参加人数少なかったな」

 とはロムの弁だが、初参加の身としては、三回もやれば十分だ。

 観客もいつもよりは少ないらしい。でも、俺たちにとっては十分な人数が土俵周りに集まっていた。この町の住人の他にも、旅人だったり、わざわざ近隣の町村から出てくる人もいるらしい。

 中には目つきの悪い人や怪しい雰囲気の人もいるけれど、この町に駐在している警備隊が会場の一角にいるので、妙な心配は不要だ。賭け事が盛んな東では、各町村の大きさに応じて、警備隊が何人かずつ駐在しているんだって。

 ただそれは、賭け事が開催される町や村の場合は。滅多に他人が来ないような小さな村なんかには、さすがにいないらしいけど。

 逆に言うと、それだけ賭け事に関するトラブルが多いってことだよな。うん。大丈夫だとは思うけど、気を付けよう。

 緊張をほぐす為に余計なことを考えているうちに、いよいよ腕相撲大会が始まった。俺は二回目、ミヤは三回目の対戦だ。

 小さな土俵の真ん中に高めの台が用意されており、その台の上で腕相撲が行われる。土俵は観客席よりも高く作られており、ちょっとしたステージのようだ。逆に言うと、四方八方から見られているので、イカサマやフライングなどをすると、たちまちブーイングに巻き込まれる。

「準備はいいか?」

 審判が台の上に肘をつき、手を合わせた二人に声をかける。二人が頷いたのを確認すると、手を振り上げた。

「始め!」

 勝負は一瞬でついた。体格は似たようなものだったが、片方の男が審判の声と同時に体全体を使った瞬発力で、相手の男の拳を台の上につけた。ロムが言っていた、瞬発力で勝つヤツもいる、っていうのはこういうことか。

 ワアアアアアアア!!!

 上がった歓声に混じって、ちくしょー、負けた!よっしゃぁ!!とかいう、勝ち負けの叫び声と一緒に、何かを破る音が聞こえてきた。賭けは、硬貨と引換券と交換だ。一口いくら、と決まっていて、受付でやり取りをする。負ければ、引換券はただの紙くずだ。

「次!!前へ!!」

「カツミさん、頑張ってくださいっす!!」

 ガチガチのまま土俵に上がる。緊張のあまり同じ方の手と足が同時に出ていたらしく、土俵に上がるのに手間取ってしまった。恥ずかしい。

 土俵に上がると、歓声が一際耳に響く。あまりの場の興奮状態に、緊張で呼吸が荒くなるが、台の前に来た時に、対戦相手の向こう側にロムが立っているのが見えた。

 イタズラっぽく笑って、小さく俺に手を振っている。


 ―カツミ。自分をあまり低く見積もるな―


 そう言ったロムの言葉が耳によみがえる。

 そうだ。俺、きっと、少しは変われたはずなんだ。

 ギュっと唇を引き結ぶ。深呼吸をして相手と手を合わせる。

「用意はいいか?」

 審判の声に頷く。視線は相手のヒゲに焦点を絞る。瞬発力、瞬発力。集中。

「始め!」

 息を一気に吐きつつ、体のバネを使って体重ごと腕を倒す。ビックリするほどすんなりと相手の手が台に沈んだ。

「うっそ」

 口から小さく声が漏れた。

「やったっす!!カツミさん!!」

 土俵際のミヤの声が届く。ロムは嬉しそうに笑っていた。

「ちくしょー!!」

 相手のヒゲ面が悔しそうに台を叩いた。審判になだめられている。

 信じられないような気持で土俵をおりると、ミヤが駆け寄ってきた。

「カツミさん!!すごかったっすよ!!」

「ビックリした」

「俺もビックリしたっす!!俺も、頑張ってくるっす」

「ああ、うん。頑張れ、ミヤ!!」

 呆然としている俺と入れ替わりで、ミヤが土俵へ上がっていった。そうだ、次はミヤだった。慌てて土俵に向き直ると、ミヤの相手は、なんと、一目で鍛えているのが分かる、ガッシリ体型の人だった。ひー。体格が全然、違うじゃんね。

 拳を握りしめ、もう一度ミヤに声をかける。

「ミヤ、頑張れ!!」

 後ろ姿で軽く頷いたミヤが腕まくりをして台に肘をつける。

「準備はいいか?始め!」

 審判の声に二人がググッと腕に力を込めたのが分かった。腕の太さからしてミヤの一・五倍くらいはありそうな相手だったが、意外にも力は拮抗しているらしい。どちらにも倒れることはない。

 自分よりも小柄で細い腕のミヤに対抗されているのが信じられないのか、男が目を見開き、顔を真っ赤にする。

 グッ、とミヤの腕が少し倒れる。こちらに背を向けているので表情は分からないが、ミヤが両足を踏ん張ったのが分かった。

「ミヤ!!」

 盛り上がっていく歓声の中、どこまで俺の声が聞こえるかは分からないけれど、精一杯の大声を出す。

 しばらくそのままの状態が続いたが、相手の男が大きく息を吸い込み、ジリジリと拳は動いていき、最終的にはミヤの拳が台についた。

「勝負あり!」

 審判の声に、また観衆が一喜一憂する。

「いや~、ダメだったっす」

 苦笑いとともに手を振りながら土俵をおりてきたミヤに拍手をする。振っている手は、真っ赤になっている。

「すごかった、すごかったよ、ミヤ。よくあんなに粘れたな」

「頑張ってみたっす!!血管切れそうだったっす」

 笑いつつ、俺に手を振ってロムの方へ歩いていく。

「カツミさん、次の試合も頑張ってくださいっす」

「う、うん……」

 負けたミヤは観客席に行かなければならない。土俵際の選手控えにはいられないのだ。

 一気に心細くなりつつ、気弱に返事をする。ああー。なんか、さっきより緊張してきた。両手を揉んでみたり腕を組んだり、体を揺らしてみるけれど、さっぱり気持ちが落ち着かない。目の前で行われている試合にも上の空で、見ているんだけれど頭に入ってこない。

 考えてみると、誰かの注目を浴びるのなんか、俺の人生でほとんどなかったのに。この世界に来てから、注目を浴びることが多くなってきた気がする。

 ということは、見知らぬ誰かの視線にもだいぶ耐性がついてきたんじゃないかと、ふと思い直す。それだけ俺、この世界に来てから、見られてきたわ。うん。

 ついでにドワーフの里の黒歴史のことまで思い出し、イイ感じで力が抜けたところで、再び俺の名前が呼ばれた。

 ここで勝てば、決勝戦だ。

 今度は、同じ方の手と足が同時に出ないように気を付けて、土俵に上がる。大丈夫、大丈夫だ。

 さっきよりも冷静に、ロムとミヤがこちらに手を振っている姿を確認する。

 相手は俺と似たような体格の男だった。うん。さっきと同じようにできれば。なんとか。

「用意はいいか?始め!!」

 審判の声と同時にさっきと同じように体を動かしてみるが、相手も同じタイミングだった。力が拮抗する。

 グッ、と力を入れて踏ん張る。一瞬の気の緩みで倒されそうになる二の腕を固定するように。太ももと腹筋に力を入れて、腰を気持ち落とす。

 そのとき、ふと、頭の隅で、何かが動いた。

 嫌な予感が反射的に体を駆け巡る。絶対ダメだ。絶対。頭の隅で動いた何かを振り払うように、この世界で過ごした楽しい日々を思い出す。

 アスカさんたちと天晴れで過ごした時間。手紙の点数を見てロムとミヤが笑い転げていたこと。ジンのケバブのこと。みんなでご飯を食べて、お酒を飲んで、他愛のない話しで盛り上がって笑ったこと。魔王がいつもお面を三つ被っていること。

 気が付くと汗だくで、俺は腕相撲には負けていた。

「勝負あり!!」

 周りを見回すけど、誰も倒れてない。苦しんでない。対戦相手の向こうでは、ロムとミヤが悔しがっている。

 よかった。俺、振り払えた。誰も、無意味に傷付かなくて済んだ。ミヤにも、負担を負わせなくて済んだ。

 なんでさっき、急に異能が発動しそうになったのかは分からなかったけれど、でも、発動しなかった。意識して、踏みとどまれた。

 ちょっとだけ涙が視界ににじむ。なんだか、一歩、前に進めたような気がした。

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