第二十六話 冬の東へ 4
「え?!玄武?!」
ルタタが引き継ぎをしてくれた役所の窓口は南の渉外係で、担当はカクナチさんという、クルリンとした髪の毛が印象的な魔族の女性だった。中肉中背のその女性は一見、人にも見えるが、額に第三の目があった。
窓口に行って用件を伝えると、ルタタ効果なのか、にこやかにカクチナさんは俺たちを迎えてくれたのだが、本題に入る前に、ロムが抱えているマフラーと俺とミヤの間を飛んでいるゲンが相当、気になったらしい。そりゃそうだ。俺たちは男性三人ってことになってるはずだからな。
「失礼ですが」
と前置きした上で、質問してきた。
そもそも役所に任せる予定だったので、隠すべきことでもない。正直にこの町の路地裏で玄武を保護したことを伝えた。
驚いたカクチナさんが素っ頓狂な声を上げて、なんだなんだと、周囲の役人が俺たちの方へ寄ってきた。
「あの。確認してもいいですか?」
恐る恐るといったその言葉に、マフラーを剥がして玄武を見せる。
「寒いらしいんで全部はがさなくていいですか?」
「あ、はい」
頭と背中の一部だけを見せた玄武は、相も変わらず眠っている。寄り添って気持ち良さそうにしているところをみると、マフラーの防寒はお気に召したようだった。
おあつらえ向きに、その玄武の前をゲンがツイ、と飛んだ。
「ほ、本物?!」
ひゃー!!とさざなみのように悲鳴が広がり、ガターン!と大きな音がして椅子をひっくり返した人が、叫びつつ走って行った。
「りょ、領主様に報告してくる!!」
俺たちの周りには、カクチナさん同様、恐る恐るという風情で集まってきた人たちが、輪を作っている。その輪が段々狭くなってきて、なんとなく息苦しい。
伝承上の守護神の名前を聞き、好奇心の中にも畏敬の念が混ざっている感じだな。
「ど……、町にいたんですか?」
「はい。ものすごい路地裏の突き当りに」
呆気にとられたカクチナさんの額で、第三の目だけがギョロギョロと落ち着きなく動いている。動揺してるのかな。
「ど、どうすれば……」
「北に龍、西に朱雀、南に白虎とそれぞれの役所の管轄に保護されています。北の龍の眷属は保護されてから一年程度経つので、俺たちの言葉もだいぶ理解して意思疎通も図れます。西の眷属と朱雀はドワーフの里に、南の眷属は動物と意思疎通が図れる薬師見習いの元にいます」
説明も三度目ともなれば、もう、プロだよ、プロ。スラスラと言葉が出てくる。
「そ、そうですか」
「はい。水鏡でどこかの役所と連絡を取ってもらって、その上で決めてもらえれば。北がいいかな、とは思います。この眷属は、ゲンと呼んでます」
「はい」
そこへさっき走り出て行った人が戻ってきた。
「報告してきた!!どうすればいい?」
「水鏡の間で、北に連絡を取ってください!!」
「分かった!!領主様呼んどく!!」
そしてトンボ返りで城へと戻っていく。大丈夫かな、あの人。あんな全力で走り回って。
走り去っていく背中を眺めていると、目の前でもガタン、と音がしてカクチナさんが立ち上がった。
「一緒に来てください!!」
言いつつ、カウンターを回り込んで俺たちの方へ来る。なにかの映画みたいに、ザーッと人が割れた。
「こ、こちらです!!」
慌てたカクチナさんが走っていくので、俺たちも慌てて玄武を包み直して後を追う。
どうでもいいけど、俺たち、申請にきたんだけど。
「伝承上の生き物に負けたっすね~」
「そりゃそうだ」
軽やかに言ったミヤが楽しそうに笑った。
というわけで、お馴染み水鏡の間の手前の広間に俺たち三人は座っていた。数回目ともなると慣れたもんで、腕組みをする余裕まである。
「ここも広いっすね」
「ほんとだな。サッカーは無理でも、なんかのミニゲームくらいはできそうだよな」
やったら相当怒られる、程度では済まないか。やっぱ。城だもんな。領主がいるとこだもんな。
「おとなしくしといた方が無難だぞ」
「分かってる」
ロムに頷きつつ、腕を組んだまま天井を見上げる。隠し通路とかないのかな。忍者とか出てきそう。
「それにしても、なんで俺たちが保護することになるかなぁ」
「ほんとっすね」
「な。出たっていいけど、俺たち以外にしてくれよ」
「北はどうだったんだっけ?」
「北は、俺たちは眷属だけ保護したんだ。龍には会ってない」
「へぇ。二人の前に現れなかったのか?」
「うん。それに最初は、まさか龍の眷属だなんて思わなかったからな。ただ単に、妖精を保護しただけだと思ってたんだ」
「なるほどなぁ」
「考えてみると、四神が揃ったことになるのか。ほぼ眠ってるけど」
「揃うと、願い事が叶ったりするんっすか?」
「うーん。俺もあんまり詳しくないけど、そういう類のものじゃなかったような。守護神だったはず」
「守護神、眠ってるし、自分の方位にいないっすけど。みんな」
「だとすると、この世界だと役割が違うのかな」
どういうふうに?この世界の四神の役割って、どんなの?
ポツリと頭の中に疑問が湧いてきた。なんかそれは、あえて考えないようにしていたことだったような気がする。
考えると、なんか触れてはいけないモノに触れてしまいそうな気がして。
言葉が通じない四神と眷属。起きている眷属と眠ったままの四神。本来の方位から外れた位置にいて、その位置から自由に領地を動くことはできない。どうして動けないんだ?領地内は自由に行き来できるのに。
そうして、魔王が会ったこともないほどの、古い、伝承の生き物。どうして、今、目覚めた?
ガチャガチャのパズルのピースが、どこにもはまらないような違和感がある状況を考えるのは、なんだか気持ち悪くて、今まで考えずにいた。
はまりそうではまらないピース。どれか一つがはまれば、なにかが動き始めるのか?それとも。
「カツミさん、戻ってきたっすよ」
いつの間にか深く考え込んでいたらしい。ミヤの声にビクッとする。
「お、おぉ」
なぜかさっきよりも少し大きくなった玄武を抱えて、カクチナさんがゲンと共に戻ってきた。
「玄武を保護していただいた上に、迅速な情報提供ありがとうございます。おかげで、混乱が起きる前に対処することができました」
「いえいえ」
「玄武は城で保護することにします。城の警備が一番、手厚いですし、通常は静かですから」
「はい。あ、でも玄武、体の大きさ、自由に変えられるので、小さいままでいてくれるようにお願いした方がいいですよ」
「え?!」
「その大きさではないです。本来」
「分かりました。まだアチラと繋がっているはずなので、もう一度、行って来ます」
慌てたように再び水鏡の間に入って行った。
「前もって言っとけばよかったな」
「そうっすね」
「まあいいじゃないか。間に合ったっぽいし」
カクチナさんは、ほんとに少しの間だけ水鏡の間に入ったなーと思ったら、あっという間に出てきた。
「大丈夫です。お願いできました」
「よかったです。暖かい部屋で保護してあげてください」
「はい。もちろんです。眷属については、僭越ながら、私がお世話をすることになりました」
おー。
「よかったです」
「よろしいですか?」
「はい。俺たち旅をしているので、連れてはいけないんです。玄武もゲンも、他の領地には行けないので」
「そうなんですか?」
「はい。北の眷属のリウがそう言っているらしくて。まだ言葉が拙いので、どうしてかまでは分からないそうですが」
「なるほど。では、私たちも領地を越えるときには、ゲンに残っていてもらう段取りをつけないとですね」
「はい」
「ほんとうに、玄武の保護をしてくださってありがとうございました。また何かありましたら、よろしくお願いします」
ん?!彼女、シメの挨拶に入ってないか?
「宿はどちらでしょう?特別のお礼などは役所ではできないのですが、せめて、お送りしたいと」
「あの」
「はい?」
「俺たちの申請、お願いします」
「ああ!?そうでしたね?!」
再び素っ頓狂な声を上げたカクチナさんが、玄武を抱いたまま飛び上がった。
「いや~、コロッと忘れられてたっすね!」
ミヤが楽しそうに笑いながら果実ジュースを飲んだ。ここは以前カナタが働いていたという居酒屋だ。大きくて広いこの酒場は、変わった造りになっていた。木材が豊富なこの地ならではなのだろう、木をふんだんに使った建物は二階建てで、真ん中が吹き抜けになっている。二階の席は、壁に張り付くようにグルリと建物に沿って造られている。二階の吹き抜け側の席だと、一階の様子を眺めることができた。そして、ここも会計は品物と交換だ。
「ほんとだな。玄武に負けたな、俺たち」
「そのくらいの扱いの方が、気楽でいいだろ」
「うん」
南の厳重なまでの規制を思い出して頷く。ちょっと忘れられるくらいの方が、気楽でいい。
「それにしても、東ってこういう会計方式の酒場が多いのか?」
「現金と品物交換、ってことか?そうでもない。ただ、大きい酒場はそういう傾向があるな」
「酔っ払っててもちゃんと支払いできるから、いいシステムだな」
天晴れくらいの規模の酒場だとこの会計方法は、逆に忙しなくなってしまうけれども、このくらい大きい規模の酒場だったら、理にかなっている気がする。店員の数も多いし。
「ここでカナタさん、働いてたんっすね~」
ミヤがニコニコと言いつつアチコチを見回す。
「だな」
そして、魔王と出会った、と。
テーブルの上にはソーセージとスティック野菜、カブと大根とタマゴを煮たおでん風の食べ物、ピラフがのっかっている。メニューはバラバラだけど、とりあえず、食べたい物を頼んでみた。
俺たちは好きで魔王と出会ったわけじゃないけど、カナタは魔王と知らずにここで出会ったんだよなぁ。不思議な縁だな。
「あ、このソーセージ、メッチャ美味い」
何気なく口にしたソーセージが、すごく美味い。
「ああ。これ、美味いよな。牛と豚の他に、ここのは羊も入ってるんだ。この、刻み玉ねぎとピクルスを添えて食べると、もっと美味いぞ」
珍しくロムが料理の説明をしつつ、取り分けてくれる。ロム、このソーセージ、好きなのかな。酒の肴にいいもんな。
「あ、そうだ。異世界人、中心町にいるらしいぞ」
なにっ?!
「マジで?!」
「うん。最近、中心町に戻ってきたんだそうだ。カナタとは多分、住んでた時期は被ってない」
「戻ってきた?」
「うん。お茶専門店を開いてるらしいな」
「お茶専門店?」
「東って、お茶も名産地なんだよ。産地に住み込んで、お茶の修行してたんだとか」
「へぇ~」
「ミヤビさんに紹介したら、喜ぶんじゃないっすか?俺、肉食いたいっす」
「あ、そうだな。喜びそう。肉、頼もうか」
「うっす。塊肉がいっす!!せっかくなんで。すみませんっす!!」
そう言ってミヤが店員を呼んでいる間に、ロムに聞いてみる。
「ロム。そのお茶専門店って、場所分かるか?」
「大体なら。ちゃんとは聞いてこなかった」
「近くまで行ったら、看板出てるよな、きっと」
「まあ、出てるよな。店だし」
「明日、出発前に寄ってもいいか?」
「ああ。それくらいの時間は大丈夫だろ」
「うお。メッチャデカいのきたっす」
ミヤの声に振り向くと、でっかいチャーシューみたいのがデーンと皿に乗っていた。
「ミヤ。なんて言って注文したんだ?」
「デッカイ塊肉お願いします、って言ったっす!」
「そりゃ、ちゃんと正しい肉くれたな、店員」
間違いないわ。
皿の上には、どかーん、と迫力ある塊肉が乗っている。
「いい匂いっす!!美味しそうっすよ!」
言うが早いか、素早く肉を切り分けたミヤは、俺とロムに取り分けて、早速自分の分にかぶりついた。
「肉っす!!美味いっす!!」
無邪気なその姿に、ロムと二人で笑う。
「ミヤは、肉好きだよな」
「何でも好きっす!!」
「ホヤとナマコ以外な」
「以外っす」
力強く頷きつつ、手元の肉を大きく切り分ける。
「ちなみに、どうしてホヤとナマコは苦手なんだ?」
「なんか、最初に生臭いの食べちゃったんっすよ。それ以来、苦手っす」
「じゃあ、もしかしたら新鮮なモノなら食べられるかもな」
「美味しいのだったら、トライしてもいっす」
「この世界にあったら、だな」
「うっす」
まだまだ知らないこともいっぱいあるし、美味しい物にも出合いつくしてない。明日にはエルフの元へ出発するし、また楽しいことがあったらいい。
「この先も、楽しいことがいっぱいあるといいな」
「うっす!」
幸せそうに肉を頬張りつつ、満面の笑みでミヤが頷いた。




