第二十五話 東へ向かうのも、一筋縄ではいかないのです 4
「どうなったかなぁ」
窓の辺りでウロチョロする俺に、ミヤが苦笑いをする。
「どうもなってないっすよ。さっきロムさん行ったばっかりじゃないっすか」
「でもさ」
と言った途端、遠くから大きな騒ぎ声が聞こえてきた。
「……ほら」
「早くないっすか?」
気にはなるけれど、この部屋から出るわけにはいかない。ミヤと二人で窓から精一杯身を乗り出して外を窺うしかできない。
騒ぎはどうやら、宿からもっとずっと集落の奥の方で起きている。
「あっちって、女王様の家の方なんっすかね?」
「だろうなぁ」
身を乗り出して見ているうちに、騒ぎ声はあっという間に小さくなった。
「こんな早く収束する?賊なんだよな?」
「なんっすかね?実は賊じゃなくて、ただの喧嘩だった、とか」
「だといいけどな。つか、こんな朝早くから忍び込んだりしないよな」
明るいし。どう考えても、闇夜に紛れた方が行動しやすいだろう。だって今、まだ朝の六時前だし。
「まあでも、まさかの出来事が起きるのが現実っすからね」
待つしかない俺たちはひとまず窓辺から離れて、それぞれのベッドへ腰かけた。練習も構想も、ソワソワして落ち着かない状況ではできるわけがない。
「無事に解決するといいな」
「そうっすね。大丈夫っすよ、きっと。ルタタさんが断言してたし」
そうなのだ。役所にいるときよりもずっと、ルタタは堂々としていたし、行動も素早かった。ルピナス商会の長男だというのは初めて知ったけれど。役所でも、商会でも、長男として、ルオンドさんをサポートしてきたんだろうな。
「ところでさ。白虎をさらったとしても、どうにもできないよな」
「デカくなられたら、どうにもならないっすもんね」
「そうそう。大きさが自在だし、そもそも、捕獲しておけるのかどうか」
「見たことないっすから、そんな無謀なこと考えるんっすよね、きっと」
ミヤとなんだかんだと話していると、ノックがした。誰だ?ロムなら声をかけるだろうし、そもそも俺たちを、宿まで訪ねてくる人が思い当たらない。
ロムが不在なので、念の為、鍵は内側からかけている。誰でもいきなり入ってくることはできない。
「?はーい」
「タチモナです。緊急でお二人を連れて来るように言われましたので、ここを開けていただけますか?」
「あ、はい」
緊急ってなんだろう?なにかあったのかな。さっきの騒ぎでか?まさか、ロムがケガをしたとか?!
慌てて鍵を開けようとした俺をミヤが遮る。俺と扉を遮るように立ち、声を絞る。
「おかしくないっすか?」
「え。何が?」
「俺たちは待機ってことで決まったっす。ロムさんはさっき出かけたばっかりっす。騒ぎは起きてるみたいっすけど、騒ぎの最中に、俺たちを呼ぶっすかね?」
「そりゃ、何か緊急事態が起きたってことじゃなくて?」
「戦闘能力も魔力もない俺たちを緊急事態に呼びつけるんっすか?しかも、彼女、近衛っすよね?女王様の側で何かが起きたら、最前線じゃないっすか?」
「でも」
「開けない方がいいっす」
そこまで話していた時に、再度、ノックの音がした。
「あの。申し訳ありませんが、急ぎなんです。開けてください」
昨日と同じ落ち着いた話し声だが、ちょっと焦っているような気配が声ににじんでいる。
思わず扉へ向かおうとした俺を、ミヤがまた止める。
「用件も言わずにとにかく開けろ、はおかしいっす。思い出してくださいっす。昨日、女王様が言っていたことを」
女王が言っていたこと?
「賊は、砂漠から、お金になりそうなものに目をつけつつ、こっちに来る、って言ってたっすよね?」
「?!」
「ルルナさんのことを思い出してくださいっす。金目当てではなかったけれど、俺たちの異能目当てだったっすよね?」
「もしかして」
「そうっす。別の側面から見たら、俺たちの異能も、金になるんっす」
「!!」
「だから、ここは開けない方がいいっす。もし、なにもないなら、そのときに謝ればいいっす」
焦れたようなノックの音が響く。よくよく耳を澄ませてみると、気配は一人だけではないようだ。
「いるっすね、何人か」
ここは三階だから、窓から逃げるわけにはいかない。が、今は朝だから、助けくらいは呼べるか?
窓の外に人が歩いているのを確認して、助けを呼ぼうとしたとき、扉が問答無用で開いた。
振り向くと、タチモナさんが数人の男と立っている。男たちは、爬虫族ではなさそう。どうやったかは知らないが、鍵はこじ開けたようだ。
「一緒に来てください」
あくまでもスッとした態度で俺たちに手を伸ばす。
「行かないっす。俺たちはここで留守番ってことになってるっす」
「話しが変わったのです」
「そんなわけない」
押し問答に、後ろに立っていた男たちが焦れたような雰囲気を醸し出してきた辺りで、割って入ってきた声があった。
「その通り。そんなわけない」
それと同時に暗器が飛んでくる。威嚇の為の暗器は二本程度で、窓際にいる俺たちからは遠くの壁に刺さった。
「女王のところへ案内したはず」
「案内はされたさ。でも、俺は助っ人じゃなくて、護衛が本業なんだよ」
そう何度も裏をかかれてたまるか、と言いつつロムが素早く扉から部屋に入ってくる。低い位置から男たちに殴りかかり、あっという間にのしてしまう。
「あんた、近衛だっけか?抵抗するか?それとも、観念するか?」
男たちを、警備隊が所持している光の輪で拘束しつつ、タチモナさんに聞く。
タチモナさんは腰に剣を佩いているけれど、この狭い部屋では振り回せないだろう。肉弾戦では恐らく、ロムが有利だ。
「一応、抵抗しましょうか」
その言葉と同時にタチモさんが一瞬でロムに近づき、鋭い蹴りを繰り出す。
「捕まっとけよ」
蹴りをよけつつ、ロムは小型のトンファーを構える。
狭い部屋で二人の攻防が繰り広げられる。俺たちは邪魔にならないように、壁にへばりつくのみだ。
タチモナさんもさすが近衛と言おうか、なかなかしぶとい。けれど、少しずつロムのトンファーがヒットするようになってきた。
グッ、とロムがトンファーに力を込める。すると、トンファーが鈍い色で光り出した。そのトンファーをタチモナさんの背中に叩きこむと、彼女はそのまま、床に沈んだ。
今のって、魔力かな。もしかして。爬虫族は戦闘能力はあるけど、魔力はないって女王は言っていたし、もしかしたら、魔力耐性自体が弱いのかも。
トンファーはヒットしたけれど、タチモナさんが意識を保ったまま立ち上がろうとしているのを見るに、それほど強くは打ち込んではいなさそうだ。
そのタチモナさんにも光の輪をかけ、ロムは窓から、待機していた護衛に合図を送ったのだった。
結局、女王の住居と宿の両方で騒ぎが起きたのだが、待ち構えていたコチラ側が勝利した、という結果に終わった。
宿での立ち回りが終わった後、女王の住居へ引っ立てられたタチモナさんと男三人、プラス、女王の住居そのものに侵入した二人が拘束されて、広間に集められた。
女王の住居とはいっても、そこはやっぱり女王なので、ちょっと西洋の城っぽい造りの建物だ。そういえば、居城って言ってたな。食堂で。
「タチモナ。あなたが」
内通者だったわけですね。
心の中で女王の言葉の続きを言う。
以前から内通者がいるということは分かってけれど、誰が内通者か、までは特定できていなかったのだ。
事の次第は、こうだった。
暗号も見つかってしまったし、闇夜に紛れた犯行は人目にはつかないが、最大に警戒されているだろう。ならば、明るくなったときに奇襲の形で実行しよう、と考えた。朝には閉じられている門も開く。多少騒がれても、なんとかなる、逃げればいいだけだ、くらいで。身軽に動く為に、人数も最小限にしぼって侵入した。
内通者は近衛であるタチモナさんだ。逃げ道の経路の確保は容易かった。
で、どうして俺たちが狙われたかというと、やはり、異能だった。高位の魔族にも効果があるという異能で金もうけを企んだそうだ。
こう度重なって異能について別の角度からこられると、南の領地で俺たちに行動制限あったのって、逆に俺たちを守るためだったのか、とも思わざるを得ない。
実際、二度も狙われているし。
自分にそんなに狙われるような価値があるとも実感できずに、嫌な気分だけを抱えつつ、成り行きを見守る。
「ランダ。もう、このようなことはよしなさい」
ランダと呼ばれた大柄の男がフィッとソッポを向く。まとってる雰囲気が、虎をイメージさせる男だ。魔族、だよな。
「うるせえな。お前に言われたくねぇんだよ」
なんなの?知り合いなの?二人。
「あの男が頭領らしいぞ。賊の」
知り合いっぽいけど?
ロムがコソコソと教えてくれたところによると、女王とランダは子どもの頃一緒に過ごした幼馴染なのだそうだ。種族は違うけれど、乳母がランダの母親だったらしい。ランダは魔族だ。ってか、ロム、いつの間にそういう情報仕入れたの?
で、そんなのがなんで流れ流れて賊の頭領になったのよ?人生いろいろだな?近衛長にでもなりそうなもんだけどな?
まあ、そんなのどうでもいいけど。知り合いだったからこそ、今までは大事にしなかったのかな、女王。
「これが最後です。今度こそ、心を入れ替えて、こんなことはおやめなさい」
顎を上げてソッポを向いたランダは返事もしない。
「ところで、なんでこんなアッサリ騒ぎが収まったんだ?」
「俺はここに着いてすぐに宿にとんぼ返りしたから、分からん」
なんとロム、俺たちが賊に狙われるかもしれないと、最初から疑っていたらしい。護衛であるロムが俺たちから離れた時点で相手がどう動くかを見るために、一度、女王のところへ案内してもらったという。
ランダたちが城に入って大騒ぎになってきたところを、騒いでいる声を聞きつつ、宿へと走ったらしい。
しかも、城から出るときに、護衛から拘束用の光の輪を借りたんだって。手が空くようなら宿へ来て欲しい、と一言添えて。ロム、メッチャすごい。
「なんで言ってくれなかったんだよ」
「狙われなかったかもしれないだろ。しかも、誰が内通者かも分からなかったし」
それもそうだ。
「ランダ」
「うるせぇ。きったねぇ。魔力が強い魔族なんぞ呼んで。しかもソイツ、魅了の力があるんじゃねぇか」
ええ?!
ランダの言葉に、隅でコソコソ話していた俺たちもビックリして、ルタタを見る。ルタタって、気配消せるだけじゃなくて、魅了の力あったの?しかも、魔力が強いってことは、魅了の力も強いってこと?!
意外過ぎるルタタの魔力にビビる。あ、だからあっという間に騒ぎが収まったのか。すごいな、ルタタ。能ある鷹は爪を隠す、ってこういうことか。それで、俺たちの尾行とか同行とか、すんなり役所が許可してたんだ。
「キレイとか汚いとかの話ではないのです」
腕を組み、胡坐をかいてソッポを向いてしまったランダにため息をつき、今度はタチモナさんに向き直る。
「貴女が……、賊を引き入れていたのですね」
「そうです。四神などいなくても、爬虫族のタマゴも賊にはお金になりますしね。特に冬は。タマゴを抱えた女性の場所も、ランダの一味に教えてあります」
常と変わらない様子でタチモナさんが平然と答える。
「近衛でありながら、いかなる理由があってこのようなことをしたのですか」
女王が厳しい声で問いかける。
「理由ですか。では、私も問いたい。どうして私は貴女に近しい血であるのに、近衛にならなければならなかったのです」
虚をつかれたように女王が黙る。
「なぜなのです?私は本来、貴女の右腕として、近衛ではなく、この集落を支えていたはずです。それなのに。女であるとはいえ、体格に恵まれたからですか?それとも、誰かに陥れられたのですか?」
戸惑うように顔を下に向けた女王が黙り込む。深くて重たい沈黙が広間を満たす。
「私はずっと、納得がいかなかった。年齢的にも、血族としての近さであっても、私が貴女の側近として仕えることは、自然なことです。それなのに」
言い募るタチモナさんの声が、広間に響く。
女王の隣に控えていた側近が代わりに口を開こうとしたところで、女王が再び口を開いた。
「そう。そうですね。できれば貴女にこの話はしたくなかった。けれど、仕方のないことです。お話ししましょう」
そうして訥々と女王が語ったのは、一言でいえばお家騒動だった。
タチモナさんがまだ物心つく前のこと。先代の女王の側近として働いていたタチモナさんの両親が、集落を売り飛ばそうとした。それこそ、爬虫族のタマゴやその習性を利用して商売をしようとした輩というか、賊なのだろうか?がいたらしい。
その輩に集落を売り飛ばして莫大な財を手に入れ、自分たちは他の領地へ逃亡しようとしていたところを、直前で事が発覚、両親は投獄されたという。
幼いタチモチさんへはその事実は伏せられ、集落には箝口令が敷かれた。女王もその頃は幼かったけれど、記憶に残る程度には既に成長していた。
その後、タチモナさんは監視の意味も含めて女王の元へ引き取られ、ランダと三人、仲良く育った、と。
がしかし、ランダは成長と共に、自由という言葉を大幅にぶっちぎったヤンチャが増していき、いつしか集落を去っていった。タチモナさんは本来的には側近として働いてもよかったが、両親のことを考えるとそういう訳にはいかない。幸いにも彼女は体格に恵まれていたので、近衛に配置された、と。
完全なお家騒動。まさか、ランダたち賊までお家騒動の一端だとは。
そりゃ、女王は大事にしたくないよな。役所じゃなくて、ルピナス商会に任せた理由が分かる気がする。
ルピナス商会、こういうの、対処しなれてるのかな。怖い。どこまでアチコチのいろんな事情に首つっこんでるんだ、この商会。
顔色一つ変えずに黙っているルタタをチラリ、と見る。うん。人は見かけによらないな。
女王の話を聞いたタチモナさんは、青ざめて力なく座り込んだ。
「では、私は……………、両親と同じことをしようとしたのですね……」
知らなかったこととはいえ、ショックだろう。いや、知らなかったからこそ、両親と同じようなことをしようとした自分に、より衝撃を受けるよな。しかも、完全な逆恨みとすれ違いでお家騒動がデカくなってるし。
「貴女が不満に思うことを考慮できなかった私の責任でもありますね」
女王が優しくタチモナさんに告げるが、本人はショックのあまり、耳には入っていないようだ。
タチモナさんとの話が一段落し、女王がもう一度、ランダに向き直る。
「ランダ。ここで賊はやめると宣言しなさい。これが最後の忠告ですよ」
「ふん。誰がやめるもんか。やめたら、俺の部下たちはみんな、路頭に迷っちまうだろ」
「迷いませんよ。今でしたら、ルピナス商会で雇います。アナタたち全員をです」
「?!なんだと?!」
「はい。ただし、いくつか制約はつけさせていただきますが。人手不足なのです。商会が。なので、問題はあるとはいえ、アナタたちのような身軽にアチコチ移動するような人達は願ったり叶ったりです」
「…………………本当なんだろうな?」
「はい。女王様とも約束しました」
「だまし討ちで、役所にしょっ引いたりしねえだろうな?!」
「しません。ルピナス商会には行ってもらいますが」
「お前、証人になれるか?」
「なりましょう」
二つ返事で了承した女王と表情の読めないルタタを交互に眺めた後に、ランダは大きく頷いた。
「部下どもも面倒を見てくれるなら、商人の手先になってやる」
「では、決まりですね」
ホッ、と一息ついた女王が安心したようにルタタを見た。
「よろしくお願いしますね」
「はい」
「そうそう、ランダ。先日盗んでいった城の物を、きちんと返すのですよ」
話しは決まったと、鼻歌を歌いつつ広間を出て行こうとしていたランダに、女王が氷の笑顔で冷たく言い放つ。小さい舌打ちが聞こえた後に、面倒くさそうな返事をしつつ、ランダは広間を出ていった。
「あの、よろしければ、タチモナさんも一時的にお預かりしましょうか?」
「よいのですか?」
「はい。故郷を離れていた方が、いろいろと考えることもできましょう」
女王は少し迷ったようだった。が、最終的には頷いた。
「よろしくお願いいたします。あ、それと、白虎のお目通りについても、後程ご相談したく」
「はい。とりあえずその件は、彼らを境界まで送った後にしましょう。それでよろしいでしょうか?」
「はい」
そうしてルタタの鮮やかなお手並みで、爬虫族のお家騒動は一件落着したのだった。
女王の住居を出た後、ルタタがニコニコと言った。
「これで、明日には出発できますね」
ルタタ、すげえな!!!




