第二十四話 収穫祭にて 3
嫌だなぁー。
祭りの後片付けが終わった後、俺たちは重たい足取りでルオンドさんの屋敷に向かっていた。
雨が降って俺たちは屋敷に戻ったけれど、一座はそのまま、天幕の中で打ち上げを続行したらしい。次の日の天幕は、やたら酒くさかった。
夜明けには雨はやんでいたので、水たまりに気を付けつつ後片付けをした。濡れてしまった物は拭いたり、広げて乾かしたり。前回の後片付けよりは多少時間がかかったものの、そうはいっても夕方には終わってしまったのだった。
俺たちはこの後、東の領地の役所への申請もあるし、そもそも、南では自由行動は許されていないために、一緒に里へ行くことはできない。
一座は三日かけて里へ着いたら、再び準備をして今度は東へ出発する。割とテンポよく出発することが多いけれど、今回は秋から冬の時期の移動なので、荷造りに少々時間がかかるらしい。それでも、里での準備は二日程度で終えて東へ向かうので、俺たちは別行動になる。詳細は再び、手紙でやり取りをすることになった。
で。
どうしてこんなに足取りが重いのかというと、今日はルオンドさんたちとの話し合いが待っているのだ。この後。
ルルナの件について、いろいろと話し合おうということだけれど。それについては、数日置いてくれないかな、という気分だ。
がしかし、寝かせておいたところで自然と何かが解決するようなもんでもないし、どこかでケジメはつけなければならないだろう。
昨日の朝の出来事だったとはいえ、全く気持ちの整理がつかないままに話し合いをしなければならない。自分の気の持ちようを定められず、持て余し気味だ。
それはきっと、ミヤもロムも同じだろう。
「どっか飲みにでも行きたい」
昨日の打ち上げが不完全燃焼に終わったこともあり、飲んでいろんなことを忘れたい気分だ。一度、全てを忘れてしまいたい。
けれど、そうも言ってられない現状。しかも、ロムとミヤともいつも通り話せるかというと、それもまた、ちょっとぎこちなかったりするのだ。
この微妙な空気をどうにかするためにも、ケジメは必要だとは分かっている。分かっているけど。
ちょっとくらい、先延ばしにしてもいいだろう……!!
昨日の祭りの余韻でまだ浮き足立っている町の中を見ながら歩きつつ、知らず知らずに恨みがましい目つきになる。
「俺も」
ボソリと呟いたその言葉に、ロムがボソリ、と賛同する。だよねぇー!!
「面倒ごとを片付けてから飲んだ方が、お酒、美味しいっすよ」
ぬるい視線を交わしていた俺とロムに、ミヤが冷静なツッコミをしてくる。
ですよね。分かってる。分かってるんだ。
ロムと二人でおとなしく頷き、見えてきたルオンドさんの屋敷へそのまま無理やり足を進ませた。
普段、食事をとっている部屋は重苦しい沈黙に包まれていた。テーブルにはルオンドさんとルルナ、俺とミヤとロムが座り、オーナさんがルオンドさんとルルナの後ろに控えている。目の前には、一応、お茶とクッキーが出ているが、誰も手を付ける人はいない。
続く重苦しい沈黙が嫌で、話すならさっさとしてくれよ、と苛立ち始めた頃に、ルオンドさんが口を開いた。
「この度は、私の娘が大変なことをしてしまい、ほんとうに申し訳なかった」
そう言って、頭を下げた。スダレ頭が丸見えになる。
ただただ謝られても、こちらとしても返す言葉がない。謝罪については、この前、受けているからだ。受け取ってはいないが。
「彼女自身は、何と言っているのですか?」
テーブルに座っているルルナは、見事なまでの無表情ではある。けれど、彼女にしてみれば祭りの間も部屋で謹慎していたわけだし、そもそもあの態度だ。この状況がおもしろいはずがないし、納得もしていないだろう。
顔を上げたルオンドさんがため息を吐いた後に話し出す。
「退屈しのぎだったと言っている」
それは聞いた。だからなんだ。
心の中で呟いた声が聞こえるはずもないが、ルオンドさんは困り果てた表情で話し続ける。
「ルルナは魔力が相当に強く、高位の魔族と同等だ。その辺の魔族であれば、まずルルナには敵わない。だからこそ、自分にも効くという君たち二人の異能に興味を持った、ということだ」
「どうして、ルオンドさんを通してでも、穏やかに頼まなかったんですか?」
話そうとしたルオンドさんを遮って、ルルナが口を開いた。
「バカね。お父様に頼んだって、うんとは言わないでしょ。危険だと言われている異能だし、アンタたちは一応、お客様なのよ。それに、ただ頼んだだけじゃ、退屈しのぎにならないわ。演出よ、演出」
「お嬢様、それ以上お口が過ぎるようですと、部屋に戻っていただきますよ」
オーナさんが、ルルナにヒヤリとした口調で忠告をする。さすがに自分よりも力のある魔族の言うことは聞くしかないのか、少しだけ首をすくめて、ルルナが口をつぐんだ。
「申し訳ない。自分がなにをしたのか、自覚がないのだ。ルルナにはしばらく監視をつけて、治療院と連携を取ってカウンセリングを行う予定だ」
「カウンセリング?」
「そうだ。そもそもの性質の問題かもしれない。カウンセリングで自覚が出ればいいのだが、出ないようであれば別の方法を考えるしかあるまい」
「お父さま。別の方法って」
その言葉に、急に青ざめたルルナが震える指先を口元に持って来る。
「やむを得まい」
何やら俺たちの分からないやり取りをし始めたが、とりあえず興味はない。
「彼女の耳に俺たちの異能のことを入れたのは、誰です?黒幕が他にいるということはありますか?」
「それについては安心して欲しい。私とルタタ、オルタが話しているのを聞いたらしい。こんなことを企むとは思ってもなくて、聞こうと思えば聞ける場所で、私たちも話してしまっていたんだ。すまない」
俺たちの異能については、秘密事項というわけではないし、問われれば答える程度のものだから、それは責めるようなことではない。
「彼女、予定よりも結界が破れるのが早いって言ってましたけど。特別な何かがあったんですか?」
魔王が加勢したとか。
あの日の様子から、魔王が一枚噛んでいるとは思えない。けれど、あり得なさそうであり得そうな可能性が頭に浮かんだため、一応、確認してみる。
「そうですね。お二人、なにかお守りのような物を持っておりませんか?もしくは、何かの祈りを込められたことは?」
オーナさんが淡々と言う。お守り?あ。
「持ってるし、あります」
俺たち二人が持っているお守りといったら、バリスの村でもらったものだ。それと、イールが思いを込めて歌ってくれた歌。
「そちらが目印になって、結界を破る綻びができたのです」
そうか。出発前夜のいってらっしゃい会で、バリスが、旅がうまくいくようにと首飾りにしてくれたおまじないと、イールが思いを込めて歌ってくれたことを思い出す。帰ったら、二人にお礼言わなきゃな。
「そうですか」
魔王のまの字も出ないってことは、やっぱり関係ないのか。だよな。
一呼吸おいてから、俺はまた口を開いた。
「とりあえず、これ以上、彼女が俺たちに危害を加えないということを約束してもらえますか」
「それはもう、もちろんだ。私の名に懸けて、必ずそんなことはないと約束する」
ルオンドさんが真剣に言い募る姿に頷いた後に、俺はミヤとロムを見た。
「俺はもういい。ロムとミヤは、何か言うことはあるか?」
「俺もない」
即答したロムが口をつぐんだ。視線はルルナに向かったままだ。
「ミヤは?」
「俺っすか。そうっすね。……ルルナさん、俺、とんでもない大怪我したっすよ、あの件で。ヒーリングがギリギリ間に合ったくらいの、相当、危ない状態だったらしいっす」
突然、自分に向かって放たれた言葉に、ルルナが不快そうに、眉をしかめつつ顔をそむける。
「だからなんだっていうの?謝れとでも言うわけ?」
「悪いことをしたら、謝るのが当たり前っす」
その言葉に、ルルナはミヤを見もせずに、バカにしたように鼻を鳴らした。
「そうっすか。なら、仕方ないっす。ルルナさん、立ち上がってもらえるっすか?」
「私に命令しないでくれる?」
「ルルナ」
「お嬢様」
ルオンドさんとオーナさんの厳しい声が重なり、ルルナが肩をすくめて立ち上がる。
そこにテーブルを回ってツカツカと歩み寄ったミヤが、突然、拳を振り上げた。
ガッシャーン!!!
全力で振り切った拳がルルナをテーブルに吹っ飛ばし、お茶とクッキーを盛大にひっくり返した。
「んなっ………」
ミヤが殴ってくるとは思いもしていなかったのだろう、強大な魔力を持つはずのルルナがあっけなく吹っ飛ばされ、今起きたことが信じられないように頬を押さえている。
当然、俺たちも予想外の出来事に口をポカンと開けたまま、身動き一つとれなかった。ミヤが誰かを殴るなんて、頭の片隅にもないことだった。ロムも呆気に取られている。
「やったことが分かんないんっすよね?だったら、これでもう、いいっす」
そう言うと、ルオンドさんとオーナさんに向き直る。
「ルオンドさんもオーナさんも、もう謝らないでくださいっす。ただ、彼女が俺たちに今後一切、危害を加えることはないという約束だけは、守ってくださいっす」
「あ、ああ」
「かしこまりました」
返事を聞いたミヤがニコリ、と笑って俺たちに振り向いた。
「食事の時間まで、部屋で手紙書きましょうっす。オルタさんにお願いもされてるっすから」
ぎこちなく頷いた俺たちを確認し、頬を押さえたままのルルナを一瞥してから、ミヤは踵を返した。
「あ、それじゃまた、食事の時に」
かろうじてそれだけをルオンドさんたちに言い、俺とロムはミヤの後を追ったのだった。
「何を書こうっすかね」
ペンを握って便箋を置き、机の前に座ったミヤは、すっかりいつも通りのミヤになっていた。
「とりあえず、オルタさんの件だよな」
「あ、それはカツミさんにお任せっす」
「俺?」
「そうっす。手紙のネタは多い方がいっすよね?」
うぐ。確かに。図星を指され、ちょっと斜めになりつつ頷く。
「分かった。今回はもう少し高得点狙う」
「大丈夫っすよ!!最初の手紙よりはきっと上達してるっす!」
鼻歌交じりに手紙を書き始めたミヤには、さっきフルスイングで拳を振り切って、ルルナを殴り倒した姿の欠片もない。
あんなミヤ、初めて見た。
一番ひどい目に遭わされたミヤがアレで納得したというなら、俺はもうこれ以上、何も言うことはないけれど。
いや、あった。
「ミヤ。ごめんな」
「なんすか。何謝ってるんっすか?」
「いや。異能発動したから」
「カツミさん、そんなの謝ってもらわなくっていいんす。俺は気にしてないっすよ。だって、俺たち、ニコイチじゃないっすか」
そうは言っても、ミヤの危険な異能が発動したのはたったの二回だ。頻度が違い過ぎる。
「うん。でも、ごめん」
「気にしないでくださいっす!」
そう言ってまた手紙を書き始める。すると今度は、それまで黙っていたロムが口を開いた。
「ミヤ。ごめん。俺が油断したのが一番の原因だ」
「ロムさんまで。もういいっす」
再び手を止めたミヤが、ロムに振り向く。
「二人はこのまま、俺が護衛のままでいいのか?ルルナの言う通り、俺の魔力は魔族の中では平均値程度だ。今回のようにあまりにも強い魔族が出てくれば、敵わないこともある」
「あんなサイコパス、他にもウヨウヨいるのか?」
今まで出会った魔族も人も、あそこまでヤバそうなの、見たことないぞ。そもそも、魔王自体があんなだぞ。
「いや。それほどいないとは思う。が、いないとは言い切れない」
「俺はロムさんがいっすよ」
「俺も」
即答した俺たちの言葉に、グッ、とロムが拳を握りしめたのが分かった。
「もし、なんて仮定、考え始めたらキリがないっすよ。いいじゃないっすか。だって、俺、楽しいっすもん、この旅」
「俺も。俺も楽しい」
「そうっす。俺たちの意見が一致してるんっすから、ロムさんももう、気にしないでくださいっす。そんなことよりも、カツミさんの手紙の方が重大事項っすよ」
「あ、ありがとう」
「うっす。この話はもう終わりっす。いいっすね?二人とも」
「うん」
ロムは緊張が解けたように大きく息をつきながらベッドに座った。俺ももう一つある机で便箋を広げる。
えっと。なんて書こう。ん?そういえば。
「ミヤ。前回の手紙の返事、まだ来てないよな?」
俺、香水瓶送ったんだった。
「そうっすね。まだっすよね」
「まだ返事も来てないのに、出していいものかなぁ」
「オルタさんに頼まれたっすからね。仕方ないっす」
「ま、そりゃそうだな」
納得しつつ、もう一度便箋に向き直った。
えっと。
―アスカさんへ―
矢継ぎ早の手紙ですみません。
ルピナス商会のオルタさんが、商売の話をしにアスカさんへ連絡を取りたい
そうです。いいですか?
祭りは無事に終わりました。
祭りの直前に俺とミヤが魔族にさらわれました。異能目当てでした。
ミヤが犯人を殴って話は終わりました。
ところで、清酒って、なんで天晴れであんまり注文されないんですか?
―カツミ―
「そういえば、カツミ、アスカさんに香水瓶送ってたな?」
ロムが思い出したように言う。うん。まだそんな時間経ってないけど、いろいろと盛り沢山だったから、俺もさっき思い出した。
「うん」
「楽しみだな、反応。前回は、ラブレターじゃなくて、普通に書いたんだよな?」
「氷点下だからな」
「ああー。ラブレター調で書いた方が、絶対、おもしろかったっすね、今から考えてみると」
「なんでだよ。氷点下だぞ、氷点下」
「その評価の上で、更にプレゼントをつけて書くのが、おもしろいんじゃないっすか」
「面白いのは、ミヤとロムとアスカさんとイチカだろ。俺はちっともおもしろくない」
憮然とした表情の俺を見て、ミヤとロムが楽しそうに笑った。




