隱ー縺九?險俶?縺ョ隧ア
このお話は、①〜④の小話を読了後にお読みすることを推奨します。
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あの日、あの時、
[手首を傷つけられた]のは、
[親友だと思ってた人に裏切られた]のは、
[存在を否定された]のは、
[辛い毎日を無理矢理受け入れようとした]のは、
そして…
それぞれの物語の『本当の主人公』は誰だった?
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チュン…チュン…
開いている窓の外から、小鳥のさえずりが聴こえる。
ここは、とある病院の一室。
白いベッドで、死んだように眠っていた黒髪の少女――――――大元那由は、ゆっくりと目を開けた。
しばらくの間白い天井を眺めた後、彼女は上体を起こす。
そして、ベッドの横に設置された椅子に座っている存在を見つけると、笑みを浮かべた。
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おはよう。
それとも、こんにちはかな?
あたし、君とは初対面だなぁ。
前にも会ったことあったかな?
もしそうだったらごめんね。
ここは…病院か。
という事は、君はあたしのお見舞いに来てくれたのかな?
珍しいこともあるものだね。
せっかく来てくれたのに何も話さないのも気が引けるから、少しだけ、あたしの話身の上話を聞いてくれるかな?
…うん、ありがとう。
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あたし、大元那由は、ごく普通の…いや、結構貧乏な家に生まれた。
あたしの母も父もほぼ毎日働き詰めで、あたしに時間を割く余裕なんかなかった。
家で話しかけても、「構ってる余裕ないから」ってあしらわれる。
普通の家庭みたいな温かいご飯なんて、食べる事もできなかった。
そして、両親のストレスが限界に達するのも時間はかからなかった。
両親はいつからか、仕事でのストレスをあたしにぶつけてくるようになった。
殴る蹴るは日常茶飯事、ひどい時には手首を包丁で切られた。
「いたい」
「やめてください」
「ごめんなさい」
そう泣き叫んでも、2人ともあたしを怒鳴るばかりで、聞く耳を持ってくれなかった。
だから、家ではいつもビクビクしてた。
怖くて押し入れに隠れたり、トイレの鍵を閉めた事もあったが、結局引き摺り出されて余計に怒らせるだけだった。
両親の虐待が始まってから、あたしは自分以外の人間に対して、強い恐怖を感じるようになった。
目があったら顔を叩かれるのではないか。
こちらに向かって拳を振り上げるのではないか。
その足であたしのお腹を蹴り付けてくるんじゃないか。
自分が相手に痛めつけられる想像をしてしまうんだ。
それで、人に対して過剰に怯えちゃって、学校では当然一人ぼっちで、友達なんて出来なかった。
それが、またよくなかった。
あたしは学校でいじめられるようになった。
あたしの机や私物に悪口を書いたり、顔をぶたれたり、お金を巻き上げられたり、取り囲まれて足蹴にされたり…
家でも学校でも、精神肉体ともに痛ぶられ続けた。
どこにも自分の居場所も逃げ場もないって思った。
もう八方塞がりだ。
でも、ある日転機が訪れた。
学校でいつものようにいじめられていたあたしを助けてくれた人がいたのだ。
その人はあたしの事を気遣い、優しく接してくれた。
今まで優しさをもらった事がなかったあたしにとって、彼女は神様のように思えた。
それからは彼女はあたしの友達、親友になってくれた。
たとえ両親に虐待されても、学校でいじめられても、親友という心の拠り所のお陰で全部我慢する事ができた。
彼女さえいてくれれば、何でも乗り越えられる。
…そう思っていたのに。
「あんたの事、親友だなんて思った事ないから」
ある時、いじめっ子集団に
足蹴にされてたあたしに、彼女は突然そう告げてきた。
彼女も結局、いじめっ子側の人間だった。
あたしに味方なんて、最初からいなかったんだ。
その日はもう、涙すら出なかった。
学校でのいじめ、そして両親からの虐待もどんどんエスカレートしていくばかりだ。
「お前みたいな子どもなんて知らない」
「あんたなんか生まれてこなければよかったのに」
あたしを痛ぶりながら、両親はそんな事を口にするようになった。
あたしという人間の存在を否定された。
空気がうまく吸えなくなったのもあってか、まるで生き埋めにされたような心地だった。
始めから分かってはいたけど、あたしは、両親からの愛情を受け取る事は到底できないんだって、また悲しくなった。
でも、やっぱりもう、涙は出なかった。
「悲しい」、「辛い」、「嫌だ」、「苦しい」という感情が一線を越えてしまったのか、あたしはふと思った。
全てを受け入れよう、と。
両親の虐待も、いじめも、嫌だとか辛いだとか言って逃げるから、もがくから、抗うから苦しいんだ。
ならばもう、逃げるのももがくのも抗うのもやめてしまおう。
そうすれば苦しくなくなる、楽になれる。
その結果、虐待もいじめも、特に辛いとか悲しいなんて思わなくなった。
何も、感じなくなった。
最終的にあたしの中に残ったのは、ただ空虚だけだった。
生きる事がつまらなくなった。
暗い感情を捨てた結果、余計に死にたいって思うようになるなんて、皮肉なものだ。
そして気づけば、あたしは家の2階にあるベランダから飛び降りていた…
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それから、あたしはずっと、同じ夢を繰り返し見ていた。
手首に傷がある夢。
親友に裏切られる夢。
生き埋めにされる夢。
それら全てを受け入れようとする夢。
夢の中ではなぜか、あたしはサブキャラ的なポジションで、主人公ではなかった。
理由はなんでか分からないけど。
…そう、これらの夢は全て、飛び降りる前までの"あたしの記憶"を元にした悪夢だったというわけだ。
あれからどれくらいの時間が流れたのかは、あたしには知る術がなかった。
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そして気づけば病室で寝てて、目を覚ましたら君がいたんだ。
ここまでが、あたしの身の上話。
どう?面白かった?
この話をするの、君が初めてなんだ。
退屈に感じさせちゃったらごめん。
…ほんと?
それならよかったよ。
今日は、君に会う事ができて嬉しかった。
あたしの話を、最後まで聞いてくれてありがとう。
それじゃあ、またね。
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「悪い夢はもう、見たくないな」
さっきまでずっとそばにいた存在が消えると、那由は病室の窓枠に腰掛けたまま、ぽつりとそう呟いた。
その瞳は虚ろで、過去の凄惨な記憶を物語っているようだった。
一度失敗して、悪夢の中をループした事が、彼女は気に食わなかったようだ。
両足をふらふらさせながらどこか遠くを見つめる。
そして、目を閉じて、背中側に全体重をかけると、那由の身体は窓の外へと落ちていく。
その瞬間、ふわりと舞った彼女の黒髪から、ほんのりと甘いリンスの香りがした。
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じわじわと広がる真紅の花畑の真ん中で、少女は幸せそうな表情で眠りについた。
「今度はいい夢が見られますように」
「誰かの記憶の話」―――――――――終。