95 ぐるぐる
ヘリコニア先生は研究室の一室で研究中のようだ。別の部屋からゴソゴソ物音がするし。
……さて。私も、魔法開発、しますか。
消費魔力の軽減、魔法発動スピード、共有情報の指定、距離・規模を無限大に。
これくらいかな。とりあえず、魔法式を組んでそれから魔法具については考えよう。
**
「……稜華さん、いますか?」
コンコン、という軽いノックと共にヘリコニア先生の声が聞こえる。
「……はい。どうしましたか?」
扉を開けるとそこにはいつもよりも寝不足そうな顔をしたヘリコニア先生が。
「すみません、ちょっと手伝ってくれませんか?」
あー、これはあれだ。
行き詰まって何回も失敗したパターンだ。
「キリが悪ければ、キリがついてからでも良いので。とにかく手伝ってください」
「分かりました。すぐ行きます」
魔法式の構築だったし、大体終わっているし、大丈夫だろう。それにしてもとにかく手伝ってくれって、かなりの重症ですね〜。
「……失礼しま〜す」
「どうぞ、入ってください」
ヘリコニア先生専用の研究室兼半自室となっている部屋は意外にも綺麗だった。
研究室に入ってすぐのところの方が荒れているぐらいだ。
「この鍋、かき混ぜ続けてください」
加熱された大鍋に棒が刺さるように立てかけてあって、それをグルグル回すのが私の仕事のようだ。横では先生がものすごい速さで素材を切り刻んでいる。
「鍋の中身が焦げてしまうので、助かりました」
というか、これは何を作っているのでしょうね? 不思議で怪しげな色をした液体?だけど。
「稜華さんは次、何を研究テーマとするのですか?」
「魔法の法則と歴史です」
「なるほど。良いですね」
ぐるぐる、ぐるぐる。
「魔法についての蔵書が1番多いのは……国内だと、グランデ・フィウーメ校ですね。次いで国立図書館、王都校、でしょうか」
へぇ。国立図書館じゃないんだ。
それにしても、グランデ・フィウーメ校かぁ。……青龍希翠がいるんですけど。
「船で2日、馬車で5日。徒歩で10日ほど。ですが、稜華さんの場合は転移魔法を使うと思うので、それが最短ですね」
「あ、ありがとうございます」
私、転移魔法を使わないことの方が少ないからね。
「学園間を行き来する場合は許可を得ないといけないのですが……」
「許可をとる人は……」
「学園長と担任、生徒会長、です。担任は私ですし、生徒会長の方は問題ないでしょうね。……問題は、学園長です」
ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる。
「学園長はなかなか学園にいないのですよ。いたとしても、仕事に埋もれていますからねぇ」
そりゃ難題だわ。
「稜華さんが本気なら、私も全力で許可を頂きに行きますが……どうします?」
「許可をとってからいつぐらいからいつぐらいまで行き来できるんですか?」
「1ヶ月ほどです」
それなら十分だね。余裕ありまくりです。
「お願いします」
「では、このテーマについて、考えていてください。その間に許可をもらってきますので。あ、生徒会長の許可はご自分で貰ってください」
私に紙の束を渡すと、研究室を出ていく。
「鍋はある程度かき混ぜていてくださいねー」
ひょこりと顔を出して言った後、再び姿を消した。
……珍しいね。研究途中なのに。
まぁ、いいでしょう。私には利益しかなさそうだし。とりあえずテーマについて……。
「魔術師の、可能性……?」
どういう、ことなの?
なんで、こんなものが?
紙を見た感じ、そんなに古くない。5年以内、ぐらいだ。筆跡も、ヘリコニア先生のもので。
「なんで……」
どうして、こんなものが。
魔術師は今ではほとんどいないはずなのに。ミアと〈青の魔術師〉っていう例外がいるけどね。
だけど、現在でも警戒対象、見つかったら即王宮に連行され、魔術師裁判にかけられて、処刑される……と、言われている。
当然、魔術師には悪という固定概念が根付いていて、魔術師について研究することを公に言うことなんてできない。できるわけない。
「ヘリコニア先生って……理系、だよね……」
ひたすら実験しているイメージがあるし。
**
魔術師とは言葉の通り、魔術を使う者のこと。不老であり、致命傷を負わない限り死なない、永遠の時を生きる。
魔術とは魔法の原型であり、魔法より発達したものである。
魔術最古の記録はおよそ1万年前である。
その頃はまだ、国という概念はなく、それぞれの種族──人間、魔術師、魔物、精霊、妖精族──が、なんとは無しにまとまっている、混沌時代だった。
次に魔術師の記録があるのは今からおよそ8000年前。
二人の偉大なる魔術師、〈黒の魔術師〉と〈白の魔術師〉と名乗る者が、全ての魔術師を統率し、魔術師の独立国を作ったのである。そこには早くも力の強さによる身分が生まれた。
それを見た人間達はいち早く、国を作り、自身達の脅威となる魔物をどんどん狩っていった。
そうして、魔物は数が激減。
約7000年前には魔物はダンジョンと呼ばれる地下迷宮にしか生息しなくなった。
また、国という集団を作らなかった妖精族もその数を減らし、年月が経つにつれ、人間、あるいは魔術師に溶け込み、その姿を消した。
6000年前。王国の王が、魔術師と手を組むようになる。人間は、魔術師の持つその技術と文明の高さに驚嘆し、欲していたからだ。また、予想以上に力を持ち、自分たち以上の数になった人間に対し立場を確かなものにしたかった魔術師はそれを受け入れた。どちらにせよ、魔術は魔力が高くないと使えなかったからだ。
しかし、それは悲劇の始まりだった。
約5000年前。ついに、魔術師狩りの時が来る。
1000年の時をかけ、人間は着々と様々な技術を身につけ、文明を発達させた。
道路が作られ、運河が作られ、港が作られ、城下町が作られ、闘技場が作られ……。
法律が作られた。王族は最上の身分とされ、協力関係の魔術師は次席、その他の人間は皆、同じ身分だった。
また、魔術を盗み、改良し、自分達でも使えるようにした。人間に魔力がないわけではない。ただ、少なすぎて魔術が使えないのだ。
使えないのなら、どうすればいいか。そんなの、簡単だ。
使えるようにすればいい。
もう用は無くなったとばかりに、魔術師は次々と狩られていくことになる。
まずは、とある有力な魔術師の弟子を王城に呼び出し、魔術師裁判にかけ、処刑した。もちろん、そんなことなど魔術師は知らない。
だが、流石に帰ってこないことを不審に思ったのか、魔術師からの問い合わせが来る。
──魔術師は罪を犯した。
王城からの、人間からの回答はこれだった。だが、そればかりではない。
──命が惜しければ即刻、魔術師との関係を切り、王に差し出せ。差し出した場合は、安全を保証する。
──これは、魔術師同士の場合も適応される。
魔術師は致命傷が何よりも致命傷になる。致命傷を負わない限り死なない魔術師は致命傷を恐れ、仲間を次々と差し出した。
ある魔術師は仲間を差し出し、ある魔術師は仲間に裏切られ。
ある魔術師は逃亡し、ある魔術師は直談判しに行き、捕まり。
ある魔術師は自身の記憶と記録を全て消した。
魔術師が狩られた後、真実は闇へ葬られた。
魔術師が増長し、人々脅かした。そう言うことになった。
しかし、魔術師はいまだにいると信じられ、現在も魔術師は警戒対象となっている。これが、魔術師の歴史である。
**
自分の記憶と記録を全部消したって……ミアの、ことだよ、ね?
1番最初に犠牲になったのは……ミアの弟子、オリアナ、だった。じゃあ、とある有力な魔術師は……ミア。
「……稜華さん?どうしたんですか?」
ヘリコニア、先生……。
「そんなに難しいテーマでしたか?」
先生は私の手元を覗き込んだ瞬間、絶句した。
「まさか……渡す資料を、間違えていた……?」
「そう、ですね……」
こんな危険なもに、普通他人には見せません。
フラフラと倒れ込むように椅子に座ると、頭を抱えた。
「……くれぐれも、内密にお願いします」
だってこれは、先生の生死に関わる問題だから。
「分かりました」
けど。
「なんで、先生はこんな情報を持っているんですか……!」
私だって、ミアのことを知りたくて。いきなり出会って、信用できる情報もない人だった。初めて魔術師って名乗られた日も、すぐには信じられなくて。
だから、探してた。魔術師について。ありったけの情報を。
だけど、王国正史以上の情報は出てこなかった。きっと、魔術師に関する資料は禁書だったのだろう。
ミア自身にいろいろなことを教えてもらう上で段々と魔術師なんだ、っていうことがわかってきたけど、証拠はなかった。
ヴァルペに引き合わせてもらった時。ただ、ヴォルペは「アルキーミアは魔術師だよ」って、言っていた。それだけだった。
「それなのに、なんで……!」
何で先生はこんな情報を持っているんですか。
どこで知ったんですか。いつ知ったんですか。
そんな、答えてもらわなくてもいい問いが、頭を回る。
「落ち着いてください、稜華さん」
落ち着けるわけなんか、ない。
「……話しますね。このままでは誤解を生んでしまいそうなので」
「私がこのことを知ったのは、魔法、です。私の、適性魔法です」
「私の適性魔法は、真実、です」
意外なところから魔術師についての情報が……!
先日、短編小説『侯爵令嬢ラピスラズリはそんな、叶えられない約束に希う』をアップしました。
よろしければそちらもどうぞ。このページ下部にもリンクがあります。
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