9 勧誘
「この装置はかなり古かったはずです。なぜ、こんなに新しくなっているのですか?新しくしたのは誰ですかっ!?」
研究者先生は装置をいろいろな角度から見ながら問いかける。
さっきまで暗かった黄橙の瞳は今はすごくキラキラしている。すごく……生きてるって、感じだ。
「稜華ちゃんです」
「……誰ですか?」
「私の妹だよ」
「そう!……じゃない!私達の、妹じゃん」
「うるさいです。というか、貴女たちは誰でしたっけ?」
……研究者先生の適当さがあふれ出ている。
いや、きっと好きなこと以外はどうでもいい、という思考の持ち主なのだろう。
「私は紫月風華」
「私は紫月美華」
うん、文字に起こしても1文字しか違わないね。
それと、風華と美華の口調と研究者先生の適当さが滅茶苦茶マッチしている。もう、私には漫才にしか見えない。
「で、『稜華ちゃん』は、誰ですか?」
「この子です」
夢華がいると、迷走中だった話がちゃんとつながるね。安心する。
「……一年生ですか?適性魔法検査は?」
「まだです。というか、先生が私達の担任です」
そう、らしいんだけど。まだ1日ぐらいしか経っていないのに、名前を覚えるって、夢華のスペックが高すぎる。多分、そのスペックの高さを生かしてズバズバ正論をかましていく。
「ホントですか。マジですか。適性魔法検査はしていないんですか?」
「ここでは、だよ」
「そうそう。家でやったんだよね」
ホント、風華と美華が会話に入ると本題が分からなくなる。
そして口調はまだ変えないのか。いや、わざわざ変えない、もしくは変えるほど偉くはないと認識しているのかな。
「基礎魔法力検査、やったんじゃないですか。……で、そっちの貴女。名前、なんですか?」
「紫月夢華です」
「そうですか。で、稜華さんとやらの適性魔法は?」
「稜華ちゃん、なんだっけ?」
今の私に、これ以上の、これ以下の解答は用意されていない。
だから、こう答えるしかないのだ。
「……情報系魔法、です」
「そうですか。私の研究室に入りません?」
「……はい?」
「入ってくれるんですね。ありがとうございます」
疑問形の返事が了承と捉えられてしまった。なぜだ。
私、研究室とやらに入るつもりなんて微塵もないんだけど。
「へコニア先生ッ!分かったカ!その生徒が、装置を改造したということガ!」
言いがかり先生(仮名)の存在を思いっきり、忘れてた。
それにしても、ここまで頑なに信じないのか。それもそれで、どうなんだか。
「ああ、この装置はまぎれなく最新型の新品ですよ。あ、全員の検査の後でいいですから、私に貸してください」
研究者先生、凄いマイペースな先生だな。
言いがかり先生とまた違う意味でキャラが濃い。
「ああ、それと。私の研究室に入ってくれると、様々なフォローや自由な実験、勝手に使える実験器具なども特典としてついていますよ。あと、研究室の設備は個人としてはかなり良いですよ」
「入ります」
ヤバい、即答してしまった……。だって、魅力的なんだもん。
研究室の設備が個人としてかなりすごいと自称するぐらいだし、相当すごいんだと思う。
「それでこそ、です。……稜華さん、でしたっけ? あとで、私の研究室に来てください。それでは」
「ヘリコニア先生ッ!」
完全に研究者先生のペースに飲み込まれる形で、一方的に会話が締めくくられた。
言いがかり先生が声を発したときには、もう研究者先生はいなく。
白けた空気が漂っている。
「で、うちの可愛い妹達が希少属性だということ、分かりました?」
ニコ~っと飛華が問いかける。
その笑顔の裏にはさっさと信じろというメッセージが込められている。
「はははッ!なんとのこと言っているんダ?……そうそう、そこの君ィ。ちょっと他のところのフォローに行ってくるかラ、自分でここを回してくれるかイ?」
言いがかり先生、検査結果を言ってくれた先生に仕事を押し付けると逃げるようにその場を立ち去った。
……これで一件落着、かな?
「お騒がせし、申し訳ございませんでした。ですが、気にせず検査を続けてください」
飛華は表情を戻し、停滞していた先生生徒に言う。
少しギクジャクとした雰囲気が残ったものも、少しずつ、少しずつ人が動き始めた。
そして、通常に戻っていく。
人が動き始めたのを確認すると、飛華は私達に向き直る。
「風華と美華は陽華を連れてきて。早く。それと、麗羅に会ったら少し抜けるって、伝えておいてくれる?」
飛華は双子に素早く指示を出す。
それにしても麗羅さん、かわいそうだなぁ。なんだかんだ言って、今日だけで2回、仕事を無茶振りされている気がする。
程なくして、陽華を連れた双子が来る。
「風華と美華は仕事に戻って。特に風華。私が抜けた分のフォローをしてくれる?陽華と稜華、夢華は私と一緒に。ここにいたら検査どころじゃないから。研……ヘリコニア先生のところで、残りの検査は受けて。検査が終わっても、その後の基礎魔法力検査に参加しなくていいわ」
飛華、思いっきり研究者先生って言いそうになったな。
でも、検査が終わった後の顔合わせに出なくて済むのは嬉しい。
ラッキー、だ。
そんなわけで、実技場を出て、実技塔を出て。現在、私達は中央校舎にいます。
飛華の後に続いて、黙々と歩いている。
「……飛華ちゃん、生徒会ってなに?」
夢華が尋ねる。多分、重苦しい沈黙の中、一生懸命話題を探したのだろう。
確かに、この無言の空気はかなり重苦しい。
「学園内の組織よ。行事の進行だったり……まぁ、色々やるわ」
『ニッポン』の学校と変わらないみたいだ。
『ニッポン』の学校のほうが雑用感にあふれているけど。
「どういう人で構成されているの~?」
これを幸いとばかりに陽華も話題に乗ることにしたらしい。
さりげな〜く話題を出していっている。やっぱ、重要なのはコミュニュケーション能力だね。
「実力がある生徒よ。12人。実力が上位の人が入るんだけど、各学年、最低1人は入らないといけないの。上位12位位内にいない場合は、その学年で1番順位が上の人が入るの」
なるほど。
ある学年の人がいなくて、12位とかだったら譲らなきゃいけないのかな。
「じゃあ、飛華ちゃん達は……」
「そうね。上から数えたほうが速いわ」
流石飛華。さすひか。
実力もピカ1だ。
研究棟に入ると、空気が重たくなる。あまり日が当たらないからか、古い感じがするからか。
階を行き来する吹き抜けはギリギリすれ違えるか、という狭さだ。
きっと、研究室とかにスペースを多く割いたのだろう。
「研究者先生の研究室は四階よ」
飛華が飛行魔法を発動し、続くように陽華と夢華も発動する。
私、そんなに飛行魔法が得意じゃないんだよね。コスパが悪い、っていうか。
だから、ね。
「……、四階へ、転移」
転移魔法のほうがいい。私的には飛行魔法より好きだ。
今までたくさん使ってきたし、寮への引っ越しの時に多用したおかげでかなり加減が分かっている。
引越しの時はかなり連続で使ったしね。
四階についても、かなり長い廊下を進んでいく。
廊下もかなり狭い。
人が2人並んで歩いたらもう道は塞がれてしまうほどに。
やっぱり、廊下のスペースも研究室に割いたのだろうか。
『ニッポン』の『ホテル』みたいだ。だけど、『ホテル』より、扉の間隔が広いけど。多分、研究室が滅茶苦茶広いんだろう。どれだけ研究室を広くしたら気がすむんだか。
まぁ、研究室のスペースをできるだけ広く取りたいという気持ちもわからなくはないけど。
一番奥に位置する扉の前で、飛華は止まった。すぅ……と深呼吸をし、ノックをする。
「ヘリコニア先生。いらっしゃいますか?」
ガサガサという音が聞こえたけど、何も返事がない。
飛華の顔に少しだけ、怒っている色が出た。
イラついているね、無視されて。
「ヘリコニア先生。いらっしゃるのは分かっているのですよ?」
その声には怒りが滲んでいた。
隠しきれてないよ、飛華……。
「……誰ですか?今は、基礎魔法力検査をしているはずですが」
別名、基礎魔法力検査をさぼろうの回。
「だって、ヒマなんですもん、基礎魔法力検査」
by飛華&風華&美華