86 放浪
「ふわぁ……」
ちょうど、頂上に来た時。
日が、登った。鮮やかな色を映す海。朝日が反射する町。
高い山だったから、海も見えたし、お城も見えた。というか、私が今まで行ったところ、全てが見えそうだった。
……もちろん、全ては見えなかったけど。
「……よし。行こう」
私は気合を入れると、魔法を発動しにかかった。
しっかりと習っていない魔法。感覚でしか使えない魔法。
それが、私の持っていた魔法だった。
「……飛行……っ!」
その時の私は、自分の適性魔法を、理解していた。
「わわっ……!」
……うん、当時も運動神経はあまりよろしくなく、飛行魔法には苦労した。
だけど、時間が経つうちに慣れて、安定して飛べるようになって。私は、見た。
大陸を。
自分達の住んでいる、大陸を。
国には境があるって聞いていたけど、実際に線があるわけじゃなかった。線なんてなかったけど、門とか、壁とか。川とか、山が多分、境になっていた。
国の中心には大きなお城があって、それを取り囲むように街や道が広がっていて、城壁があって。
それは自分の住んでいる王国だけじゃなくて、遠くに見えた国も、同じような感じだった。
だけど、北の方は白かったし、東の方は明るく、暑そうだった。
最初はどこから行こうか──。
空中で浮遊しながら悩んで、まずはすぐ隣の連邦国に行ってみることにした。
山脈を超えてすぐ近くだし、そんなに遠くない。その後に王国に行って、帝国に行って、共和国に行って……その後のことは、その時に考えよう。
そうして私は、連邦国に降り立った。
まだ日が明けたばかりだけど、朝市をやっているみたいで、すでに賑わっていた。隣の国なのに、見たこともないような果物や食べ物に溢れていて、全てがキラキラして見えた。
僅かばかりのお小遣いを入れたポシェットを握りしめて、私は市場を歩く。流石にお金は無限にあるわけじゃないから、買うなんてこと、できないんだけど……みるだけで、お腹がいっぱいになりそうだった。
私みたいな子供がいることは日常らしく、誰にも怪しまれずに進めた。……と思っていた。
「嬢ちゃん!迷子か?」
20代後半ほどの屋台のオジさん?に声をかけられ、止まる。
……迷子。
ん〜、迷子ではないね。迷ってないし。ここがどこかも分かっているし、家にも帰れる。
「……まいごじゃ、ないです」
「じゃあ、自分の家は分かるか?」
「わかり、ます……」
帰ろうなんて、思えなかったけど。だって、まだまだ色んなところに行ってみたかったから。
「さっさと帰りな」
オジさんは、怖い顔をしている。……なんで。なんで、そんなことを言うの?
「……帰りま、せん……」
「はあぁ? 帰る家があるんだろ?」
帰る家。
あるけど、あるけど……。
「帰りたく、ないです……」
「……意地っ張りな嬢ちゃんだな。親は?」
「……いません」
今までは、死んだって聞かされていた。その後、親なんていないって知った。
私に、私達に親なんていない。
「……そうか」
この世界では……子供だけで生きていくって言うことも、珍しくない。だから、このオジさんは諦めたのだろう。
「……嬢ちゃんは、どうする気なんだ?」
「世界を、旅してみます」
「ハッ! 大層な夢だな」
頭をわちゃわちゃと乱暴に撫でられる。
……悪い人、ではないんだろう。私なんかに声をかけたのだから。
「金はどうする? 移動するにしても嬢ちゃんは馬車を使うだろう? 目的地に着いたとしても、その街の宿に泊らないと危険だ」
「……大丈夫です」
魔法があるから。
魔力が尽きない限り、私は生きていられる。……やったことないけど、多分、お金を作ることもできると思う。魔法があるから。
「チッチッチ。嬢ちゃんは甘いなぁ?」
人差し指を立て、左右に振るオジさんは得意気だった。
「世の中は金なんだよ。結局のところ」
いや、魔法でしょ。そう思ったけど、口には出さなかった。
「いいか? 旅っていうのはそれだけで危険が伴う。嬢ちゃんがここまで何も起こらずにこれたのは奇跡だ。言い切れる。だけど、その奇跡がいつまでも続くわけない」
……奇跡。
「商品を輸送するだけでも命の危険が伴うんだよ。街を出れば盗賊や獣なんていうのはゴロゴロいる」
そんなの、関係ない。私は、魔法で移動するから。
「悪いことは言わん。給金は払うから、しばらくウチで働いてから旅をしろ。やるんだったらな」
「……なんの仕事ですか」
「あ? 見れば分かるだろ? 果物売りだ。そんなに警戒するなら隣のオバ……お姉さんとかに聞いて、補償をとっときな」
多分、言い直したのは聞き耳を立てていた隣の屋台のお姉さん(20代後半)がギロリと睨んだからだろう。
確かに、まだオバさんではない。お姉さんだ。
「……コイツの身元は保証するから安心して。うん、口は悪いし、頭も悪いけど、子供を虐めるようなヤツじゃないから。あ、もし虐められたら言ってね?アタシがボコボコにするから」
シュッシュと握り拳を移動させるお姉さん。笑顔で怖い。
「怪しいことに手を出さないし、嘘もつかないくらいのお人好しなバカだから、ある意味信用できるわよ」
「お前、オレのことをバカにしてるだろ」
「え?していないけど? だってアタシ、事実を述べているだけだもん」
そういうお姉さんの顔はニコニコしていて、なんだか楽しそうだ。
「オレはフェリック。よろしくな。嬢ちゃんの名前は?」
そう訊かれ、一瞬答えに戸惑う。
……稜華。紫月、稜華。
だけど、それはミアの【研究成果】としての名前だったから。
「……アノルマーレ」
だから。
「私は……アノルマーレ、です」
これで、いい。
**
フェリックさんは普通に良い人で、真面目に商売をしていた。
偶にヴァネッサさん……隣の屋台のお姉さん……に揶揄われていたけど。ヴァネッサさんの家は八百屋を営んでいるらしい。
ちゃんと日払いでお給料をくれた。私が手伝ったのは勘定だ。……私がお金をくすねるとは考えなかったのだろうか。
子供としては十分すぎる待遇で順調に?お金を貯めていき……。
「嬢ちゃん、本当に行くのか?」
フェリックさんは私のことを、アノルマーレとは呼ばなかった。ずっと嬢ちゃん呼びだ。
「……はい。今まで、お世話になりました」
私は十分すぎるほどのお金を貯め、再び、他の所に行くことにした。
……多分、この街には、居過ぎた。
「え〜? アノルちゃん、行っちゃうの?もうちょっと居ればいいのに……」
ヴァネッサさんも、私のことはアノルマーレと、呼ばなかった。アノルマーレ? じゃあ、アノルちゃんだね!と言って。
「……私、親はいないです」
だけど。
「だけど……姉妹が、いるんです。きっと、今も私を探しているだろうから」
私は……私達は、6人で1つ。1つで6つ、だから……。
「だけど、私は、私の事情で、私の問題で彷徨っていた。……彷徨う理由がなくなった今は、色んな所を、自分の目でみてみたい」
ここでお店番している時間は、無駄な時間じゃなかった。色んな人と会って、ちょっとだけ会話したりして、知らないことを知って。……いっぱい、考えて。
……結論は、好きだったから、だ。好きなんだ、私は。
ミアが。研究が。姉妹が。
だから、私は、もっともっと、知りたいんだ。
「世界は、私の知らないことで溢れていました」
「……そうか」
しばらくの沈黙の後、フェリックさんが言う。
「行っておいで。……そして、帰ってあげなよ。姉妹のところに」
「……はい!」
私には、帰る場所があるから。
「アノルちゃん、気が向いたら手紙、送って? アタシも書くから」
「分かりました。ありがとうございます」
そうして私は、1ヶ月ほど滞在した街を出て……他の国へ向かった。
最初に行ったのは宝石ガッポガッポな王国。お城からはなぜか、綺麗な笛っぽい音が聞こえていた。どうやら、末の王女様が吹いているらしい。
次には共和国。前に聞いた通り、たくさんのものが集まっていて、見ていて面白かった。
その後、連邦国。ダンジョンがたくさんあったから、がっぽり稼がせてもらった。高級素材も手に入れられて嬉しかった。
最後に北の帝国。大きな天文台?ってやつがあって、星が観察できるらしい。大陸の北にあり、寒いことから冬はオーロラが見られるらしい。
私が大陸旅を終え、家に帰ったのは家を出て3ヶ月後のことだ。
「……ただいま」
「稜華!?」
突然帰ってきた私を、姉妹は……優しく、迎え入れてくれた。そればかりか、私の無事を喜んでくれた。……勝手に、出ていったのは私なのに。
きっと、もう私は死んでいるだろうから、諦めろって言われていたのだろうに。
「おかえり、稜華……」
**
……という内容を、足して引いて掛けて割ってグジャグジャに混ぜて煮込んで(掻い摘んで脚色して)話した。
「……絶望系だったの、最初だけじゃないかい?」
「そんなこと言ないでください」
だけど、初めて私が作りものって知った時は、本当に頭が真っ白になって、よくわかんなくなって、迷って、悩んで……放浪し(ちゃっ)てたんだよ?
「……これでいいですか?」
「ん〜、まぁ、面白かったからいい。ありがとね」
よかったです。
店主さんは優雅にお辞儀をした。
「恐れながら、お客様を選ばせて頂く、ソーニョ・ネゴーツィオは、お客様のお望みを、お叶えします。……ご来店、誠にありがとうございました」
お読みくださり、ありがとうございました。




