70 魔術師
「あの……〈青緑の魔術師〉ブレッザ・プリマヴェリーレ、っていう人……? 知っていますか?」
「稜華、貴女、どこでその名前を……!」
私を閉じ込める腕の力が強くなる。
く、苦しい……。
「……夏休み、姉妹で旅行に行ったんです。そこで…… トゥリズモ・テッレーノ地域で、怪談話のある祠に行って、そこにいました」
「……ちなみになんで祠に行ったの?」
「夢華が報酬金が出るとかで、持ってきました」
はあぁ、とミアはため息を吐く。
こわばっていたその身体から、力が抜ける。
「わたくし、毎月、生活費は渡しているわよね?お小遣いも」
「はい。だけど、お金はいくらあっても困ることはほぼないので」
「……いつからあの子は守銭奴になったのかしら?」
「家計簿を管理したからでしょうか?あと、守銭奴と言うほどひどくはないと思います」
夢華ちゃんが可哀想ですよー。
……今頃、くしゃみしてたりして。
「……で、ミアは知っているんですか?」
「知っているも何も……ん〜」
「どうしたんですか?」
「適切な表現が見当たらない」
そ、そうですか。
部下、じゃないかな?
いや、部下って、直属っていうイメージがあるし、ミアの言い方からして違うのかな?
「えっと、魔術師にも色々、階級があったんだけど、ここでは飛ばすわね」
は〜い。
「〈青緑の魔術師〉は言うなれば、第3世代よ」
「ミアは?」
「第2世代ね」
基準がよくわからないのでどうこう言えませんが……。
「ルーツが似たところもあるのだけど……まぁ、ほぼ他人ね。魔術師としての仲間意識はあるかもしれないけど、それだけ。向こうもわたくしが生きているとは思っていないでしょうし……」
なるほど?
遠い親戚っぽいけど、全然顔を合わせないから他人同然ってワケか。
「ちなみに、その子、どうしてたの?」
「地下ダンジョンで寝てました」
「……は?」
「だから、地下ダンジョンで……」
「……もう少し分かりやすく……」
「冷凍素材みたいになってましたっ!」
間違ってないよね?
だって、冷気が漂って来ていたし。
「え?あの、冷凍保存?」
「はい」
「……なるほど?」
ですよね〜。
**
良い時間だし、姉妹が心配しないうちに帰ることにした。
「じゃあ、元気でね。所詮、子供のお遊びなんだから、いちいち気にすることはないわよ」
こ、子供のお遊び……。
すっごい飛んでる。
「真面目な話、貴女の自我が芽生えたのは13年前だけど、それまでの4000年以上、意識こそないけれど、肉体はあったのよ?」
さも同然に言われるけど、オソロシイ……。
精神年齢13歳、肉体年齢4000歳以上って。
「文句を言う輩がいるのだったら、全力で叩き潰しなさい。それが難しいようなら、もっと強いモノに全力で挑んで、勝ちなさい。……負けることは、わたくしのプライドに懸けて許さないわ」
お、おおぅ。
そうでした。ミアはこう言う人だ。
……多分、これって飛華にも引き継いでいるよね。全力で叩き潰すってところは特に。
「分かりました。ありがとうございます」
「別に良いわよ。あと……」
「分かってます。……姉妹が気づくまで、ミアの存在は隠す。そして、色入りにも、注意」
今まで、帰り際にずっと言われて来たことだ。流石に覚えている。
「そう。お願いね。……いつでも来なさいね。わたくしは、永遠の時を生きる魔術師ですから」
なんか、永遠の時を生きる魔術師、カッコいいかも。
「それに、研究相手がいなくてヒマだもの」
拗ねたように言われ、小さな笑いが漏れる。
やっぱり、ミアとヘリコニア先生は、似ている。研究一筋なところが。
「……善処しますね」
「それは全く改善しない場合の返事よ」
「……すみません。じゃあ、また」
私は転移魔法で、寮へと帰った。
「稜華!大丈夫だった!?」
「うん。大丈夫」
部屋には、飛華がいた。
心配そうにしているけど、今はそれより大事なことがある。
「飛華、私は飛華と、全力勝負がしたい」
私が挑むべき相手は、飛華だ。
学園最強の生徒会長。生徒会選任祭で、私が負けた相手。
「……理由を聞いていい?」
「飛華も、私も、全力で戦って、勝負して……私は、ズルなんてしていないことを、全校に示す。……お願いします。協力、してください」
頭を下げる。
これは、完全に私の事情で、私の事情で飛華も振り回しちゃっているから。迷惑をかけているから。
しばらくの間、沈黙が漂う。
飛華に、拒絶されたら。その思いが、頭によぎる。
「……分かった。稜華がそこまで言うなら、やってみましょう」
「……うん。ありがと、その……お姉、ちゃん」
「キャーッ!稜華ちゃん、マジカワイイー!」
勢いよく飛華が抱きついてきた。
言っちゃいけないだろうけど……重い。
「ひ、飛華、その……ルール、とか決めないと」
「そうね。どうする?選任祭と変えた方がいいでしょ?」
「……多分。制限時間を設けて、Sランク魔法を解禁した方がいいと思う」
制限時間は、ずっと試合が続くことを避けるため。
Sランク魔法解禁は全力を出すため、だ。
「私は別にそれでいいけど……いいの?私が有利になっちゃうけど」
「大丈夫。選任祭とまた一味違った方が、手加減していたってことがわかるから」
「りょーかい。週明けでいいでしょ?」
「うん」
「じゃあ、その方向で。……で、その髪、どうしたの?」
……え?
頭に触れると、いつもの感触とは違った。
部屋にある鏡を見て……驚く。
これ、ハーフアップ、つまり飛華と同じ髪型、だ。
しかも凝らしてあるようで、三つ編みっぽい感じもする。
「これは……その……」
完っ全に忘れてました。
ミアはヒマさえあれば人の髪をイジるってことを。
ずっと抱かれた状態で話していたんだし、想定すべきことだった……。
「いいわよ。今じゃなくて。だから……いつか、教えてね」
そう言われ、ホッとする。
……とりあえず、今はミアのことを話さなくていいようだ。
「それより……私と同じ、ハーフアップにしてくれて嬉しい。いつか、を覚えていてくれて」
そっと、言われる。
そう、だった。
基礎魔法力検査の日に、言った。
いつか、って。飛華と同じ、ハーフアップにすることを。
「まぁ、とにかくっ!」
なんでしょうか。
「悪いけど、私の辞書に負けるなんて言葉、ないのっ! 覚悟、しておいてよね!」
選任祭の時に言われた言葉。
飛華らしい、勝ち気な言葉だ。
……やっぱり、飛華はいつだって飛華だ。
どこか、ミアに似ている飛華だ。
「私も、勝てないなんて思ってないから」
選任祭では全力を出せなかったなんて言ったら、言い訳に聞こえるかもしれないけど。
だけど、私は知っているから。
全力を出したら、姉妹は互角で、誰だって勝てる可能性があるって。
姉妹最下位となった美華でも、姉妹最強となった飛華に勝てるから。
だから、だからこそ、私はこの勝負を挑んだ。
「ヘリコニア先生。お手伝い、してくださいますか?」
研究室にいた先生に、言う。
「何を、でしょうか」
「私について、一人歩きしている噂について、です」
「……勝算は、あるのですか?」
「あります」
だって、飛華の全力なんて、私、見たことなくて。
でも、全力じゃなくてもすごくて。
それは、選任祭とは、全然違って。
「でしたら、いいでしょう」
私は、〈伝説の魔術師〉レッジェンダ・ミアの【研究成果】で研究相手で、弟子だから。
舐められたままなんて、嫌だ。
やられたら、やり返す。全力で、叩き潰す。
それが、ミアだから。私達だから。
「先生方への対応など諸々は、全て私が引き受けます。研究が滞りますからね。……ルールを提出していただければ、こちらで調整をするので。稜華さんと飛華さんは、勝負に集中してください」
「ありがとうございます。あと、日は週明けにしてもらえると嬉しいです」
「感謝するのでしたら、研究資料を持ってきてください」
資料をちゃっかり要求するあたり、先生らしいけど。
ヘリコニア先生が、味方にいる。
それは、どれだけ心強いのだろうか。
……動機はまぁ、見逃すことにしよう。
「……ここからは私の独り言ですが」
……なんだろう?
「私は、安心しました。稜華さんが今回、こう言ったことで。今まで、何に対しても受け身が多かったですから。選任祭が終わってからは、明らかに不健康でしたし。稜華さんではあり得ないミスを連発していましたしね」
……先生にまで、心配をかけていたんだ。
申し訳ないと思うけど。
先生に不健康と言われるのは、腑に落ちないっ!
「……ご心配、おかけしました」
そういい、私は寮の部屋に帰った。
そして、情報を流す。
週明けの放課後、実技場で。
生徒会長・紫月飛華と、副生徒会長・紫月稜華が、全力勝負をします、と。
稜華の反撃が始まります!
ミアと飛華は意外と似ています。勝ち気なところとか……。




