68 オチロ
「よく、授業に出てられるよな。恥知らずめ」
その1つ1つの単語が、ザクザクと、研ぎ終わっていない刃物のように。刃こぼれした刃物のように、心に刺さる。
鋭利な刃物より、よほど痛い。周囲まで、余計に抉れて。鋭利な刃物だったら、そこからどんどん引き裂いたみたいになるかも知れないけど。
それはともかく。
私には、できなかった。
何も、できなかった。
……私にできることなんて、何もなかった。
考えたくないけど、もし、姉妹が同じ立場なら。私みたいに、しないだろう。
みんな、社交的で、友達が多くて、明るいから。
なんと言われようとも、跳ね除けてしまう。それができるだけの力と、勇気がある。
だけど、私にそんなものなんてない。
「なんだよ。姉妹がいないと、何もできないのか?」
……違う。姉妹は、関係ない。
全部、私の問題だ。
私が、悪いから。
「どうせ、選任祭でもズルしたんだろ?ああ、あの狐がいないと何もできないってわけか?」
……違う。ヴォルペは、関係ない。
全部、私の、問題だ。
それに私、ズルなんて、してない。
だけど、弱い私が、悪いから。
「なら、お前の魔法は、お前のじゃないな」
……違う。ミアは、関係ない。
全部、私の問題だ。
全て、私が悪い。
その決めつけらたものが、染み付いていく。
私の、価値になっていく。私の意志なんて、関係ない。
そこへ、銀の狐が姿を表す。暴走状態ではなさそうだが、モフモフした獣の姿だ。
まさか、また私のせいで暴走しちゃったの……?
「やめてくださいっ!」
高くて、可愛らしい声が、静かな教室に響いた。
だけど、その声を聞いた時。私は一瞬でも、安心をしてしまった。
暴走していなかった、と言う安心感。そして、ヴォルペが来てくれた、と言う安心感。
「っ、ヴ……ッ!」
ヴォルペ、と呼びかけ、堪える。精霊の名は、知られない方が、いいだろうか。
それにしても、なんで。
なんで、呼んでもないのに、出てくるの?
こんなところの姿を見せたら、ヴォルペは傷つくのに。精神的にも、身体的にも。
少なくとも、私は私が弱っているところをヴォルペには、見せたくなかった。
……いつも、ヴォルペに相応しい契約主であるために。
だから、姿を見せないでって、あれほど言ったのに。
「いつかは、悪くないですっ!だから、もうやめてっ!」
ヴォルペが悪意に晒される必要なんて、ない。
とにかく、ヴォルペにはこれ以上、この場にいてほしくなかった。
「全部、全部、わたしが悪いのっ!わたしが、いけないのっ!」
ヴォルペの、思い詰めた声が響く。
今までの、大勢のまで取り繕っていたような敬語ではなく、いつもの口調に戻るほど。
「じゃあ、お前が責任を取るのかよ」
「……はい」
「じゃあ、今すぐ消えて、紫月稜華が魔法を使えないようにしろよ。そうだろ?お前がいないと、コイツは魔法を使えない」
魔法を、使えない。
その一言で、良くわからないくらいに胸が苦しくなって。
「……いつか、ゴメンなさい。わたしがいなくなれば、いつかが正しいことが証明されるから……」
「ダメ」
私は、その先に続く言葉を、聞きたくなかった。
「でもっ」
「私が、ダメって言っているの。……その意味、分かるよね?」
ヴォルペを縛る、契約主である私が、言うのだから。
お願い。そんな、悲しいことは、しないで。私を、これ以上、1人にしないで。
「……すみません。今日のところはもういいですか?」
「逃げんのか?」
「逃げるも何もないです。この子が混乱しちゃっているんで。あと、これ以上あなた達のくだらない話には付き合っていられません。……研究者は、多忙なものなので」
「ハッ!研究が何になるんだよ」
すごく、言い返したかった。
研究は、すごいんだって。楽しいって。
その恩恵を、いつも私達は受け取っていて、それは気づいていないだけだって。
「……部屋へ転移して」
「でも……」
「早く」
「……うん」
転移してしまえば、もうそこは静かな部屋だ。
一気に、疲れを感じる。
「ゴメンなさい、いつか……」
「いい。大丈夫だから。ヴォルペのせいじゃない。私が弱いからだから」
「いつかは、弱くないっ!」
食いつき気味に、ヴォルペが言う。
「弱いの」
紛れもない、事実だ。
「人間だけど、人間じゃないから。だから、弱いの」
私を、ずっと縛り付けているこの意味を、みんなは、まだ知らない。
「しょうがないんだよ。……私が、私である限り」
もう、諦めるしかないのだ。
私は私でなくなることを諦めるつもりはないけど。
その私であるから付随してくるものには、もう諦めるしかないと思う。
「……ゴメンね。明日からは授業の時にしか、他の人に会わないから」
「だけどっ……!」
「それでいいでしょ?」
「……うん」
納得しきれていないようだったが、渋々頷いた。
ヴォルペが帰ったことを確認すると、ベッドに飛び込み、枕に顔を埋めた。
**
──狐がいなけりゃ、何もできないのかよ。
──どーせ、魔法だって狐のもんだろ?
──狐がいなくなれば、凡人のくせに。
──恥知らずめ。
──オチロ。
──【研究成果】は【研究成果】らしく、人形でいろよ。
私は、車に乗っていた。
狭い山道で、クネクネと蛇行した道。
私でない誰かが運転する車は、かなりのスピードだった。
目の前に、カーブが迫っている。
ハンドルをきっていることが、分かったけど。
……あぁ、これは曲がりきれない。
そう、頭のどこかで感じて。
車は、ガードレールを突き破り、宙を飛ぶ。
キィィィ……と言う、嫌な耳鳴り。
飛行機に乗った時みたいに、耳が変になりそうだった。
……あぁ、私、死ぬんだ……。
そう、思いながら。
頭のどこかで、どうやったら生きられるかを、探していて。
頭を少し浮かせれば、首が折れることはないかな、即死は免れるかな、とか思って。
でも、即死を免れたら、痛みに苦しむのかな、とか思っていて。
だけど、耳鳴りが、すごくて。圧力みたいなのが、すごくて。
私はそこで、意識を手放した。
**
「っ、ぁ……はぁ……」
苦しい。
耳鳴りの感覚が、未だに残っている感じがした。
荒い息を整えた時、やっと周囲の状況が見えてくる。
隣のベッドで、飛華が静かな寝息を立てて寝ていた。窓の外は真っ暗で、雨が窓や壁を叩きつける音しか、聞こえない。
……寝れそうに、ないよね。
こんな夜中に研究室に行くのも躊躇ってしまう。
私は考えた末、私服に着替えて、寮を抜け出した。本当は、夜に寮から出るのはダメだ。
だけどまぁ……研究とかで徹夜、なんてこともあるし、あまり守ってないけど。
この世界に、傘なんてない。
ただ、雨ガッパみたいなのがあるだけだ。
雨が、強く私を叩きつける。
……怖い。寝ても、夢に出てくる。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い……。
……怖い。寝ても、夢に出てくる。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い……。
怖くて、寝れない。
夢に出てくるから。だから、私は寝ない。
その日から、私は寝なかった。授業以外、1日中、研究室に引きこもって。研究していた。休み時間でさえも。
ずっと、ずっと。
研究に、没頭する。
休まない。
余計なことを、考える時間は作らない。
……だけど、限界が近いことは、自分でも分かっていて。
精神的にも、身体的にも。
もうすぐそこにその限界は近づいているか、むしろのその限界を超えてしまっているかも知れなくて。
感じられない。
感情も、五感も。
もう、2、3日は寝ていない。
飛華も絶句していたし、相当ひどい顔だったのだろう。
これではいけないと、わかっている。
だけど、どうしようもなくて、
……もう、これも慣れてきたから、これでいいや。
「いつか……もう、あの方のところに行って……!」
明日から休日、と言う日の放課後、ヴォルペが言った。
「もう、いつかは限界をこえているんだよ……。わたしは、見ていられない。そんないつかのことを。いつかは、こわれちゃっているの。だから、あの方に……ミアに、なおしてもらわないと……」
ヴォルペの大きな目には、涙をいっぱい浮かべていた。
「でも、私はもう慣れてきたし、もういいいよ」
「良くないっ!行かないって言うんだったら、わたしにも考えがあるからっ!」
ヴォルペの目から、大粒の涙がこぼれて。幼さを残す雰囲気が、一気に大人びる。
その後、息を大きく吸うと、ヴォルペは言った。
「アルジェント・ヴォルペの名において、契約主、紫月稜華を、あの方の……ミアの研究所へ。……転移っ!」
あの方……『ミア』の正体とは……!?




