62 水と記憶
3日目、2試合目の相手はキリッとしたお姉さんだ。
高い位置で結われた水色のポニーテールが風で左右に揺れている。
「それでは、3年、仙水麗羅さんと、1年紫月稜華さんの試合です!それでは、始めっ!」
「水よ、私の……」
珍しい。長文詠唱系魔法だ。
率直な意見はこれだ。
長文詠唱系魔法とは、通常の短い詠唱ではなく、正式な詠唱、またはそれに近い詠唱。昔はこれがポピュラーだったらしい。今では全然使われないけど。
ただ、長文詠唱ということもあって、通常の詠唱より、威力が数段階アップするらしい。
だけど、今回みたいな先手必勝!みたいなところじゃなくても、最近は使う人なんてそうそう見ない。
水について言っているのから、水属性、なのかな?
「……水の盾、水の槍。自由自在に変化し……」
え!?
自由自在に変化しちゃうの?
もしかして、水だから?
ほら、水って入れる物によって形が変わるし。
って、それよりやばいです!早く、どうにかしないと!
「……ロ・リベルタ!」
魔法が発動された。
水の槍が、私に降り注ぐ。
「情報分解」
それぞれ独立した物らしく、1回では分解できない。
「情報分解」
……無理だ。私1人じゃ、無理だ。
「アルジェント・ヴォルペ、情報分解っ!」
パリン、と割れたような音がして、水の槍は消し去られた。
……セーフ!
危なかった。
手汗がすごいことになっているもん。
……ありがと、ヴォルペ。
私がのんびりしている間にも、向こうは、すぐに魔法詠唱に入っている。
すごい。すごい、人だ。私達という、イレギュラーがいなかったら、トップレベルの人。
手が、震えていた。
「情報転移」
コート外に出すために、魔法を発動したけど。
威力が、出ない。数メートル動いただけだ。
……どうしよう。
私は、彼女を、情報として見れなくなっている。
私が、彼女をすごい人だと、認識してしまったから。
こんなことは、初めてだ。姉妹以外の人を、【情報】として見れなくなるなんて。
……こんなことで苦戦するなんて、悔しい。
「情報対象……」
あれ?名前、なんだっけ?
「仙水麗羅、だよ、いつか」
……ヴォルペ。ありがと。
さて、気を取り戻して。
「情報対象、仙水麗羅。移動対象、仙水麗羅。移動座標位置、リング外。精霊、アルジェント・ヴォルペの名において、魔法発動。マージア・イニーツィオ!」
「グロッサ・イノンダツィオーネ!」
相手の魔法が完成したのは、奇しくも、私と同時。
いや、本当なら、私の方が早いはずだった。
……もっと、この人と戦いたいって、思ってしまった。
それが、一瞬の遅れを生み出す。
相手が発動したのは、大量の水を出現させ、押し流す魔法。通称【大洪水】。
私の魔法が成功すれば、相手はコートの外にいるはず。
情報魔法、召喚魔法、転移魔法。
その三つ組み合わせた、私のだけの、私のためだけの魔法。対姉妹用の魔法。
……私が負ければ。
私は大洪水の水で、押し出されるだろう。負けるかもしれないという恐怖で、目を瞑る。
こんな不安を覚えたのは、初めてかもしれない。
「勝者、3年、仙水麗羅!」
……負けた。
姉妹以外に、負けた。
私が、負けた。
私は、コートの外にいた。
……【大洪水】の魔法で、私の魔法諸共、押し流された。
それが、事実だった。
私はヨロヨロと立ち上がると、寮へ転移した。
……それから、どれだけが過ぎただろう。
すっごく長い時間かもしれないし、短い時間だったかもしれない。
……負けた。姉妹以外に。
私は何よりもそれが悔しくて、ショックだった。
「……えっと、稜華ちゃん、いる?」
「……何?」
「……入っていい?」
「自由にしたら」
ドアの向こうからで、曇った声。誰かわからなかったけど、呼称から夢華だと判断した。
「失礼します」
……あれ?夢華じゃ、ない。
私は警戒度を上げ、枕から顔を上げる。
そこには、仙水麗羅が、いた。
「……なんですか。敗者を嘲笑いにでも来たんですか」
「そんな冷たいことは言わないでほしいなぁ。私、飛華に稜華ちゃんが落ち込んでいるだろうから、慰めてくれないかって言われたの。ほら、飛華、すぐこの後試合じゃん?」
「……馴れ馴れしく話さないでください」
飛華と親しい見たいだけど、私には関係ない。
ベッドに腰掛けられても困る。
「……私ね、1年生の時、副会長だったの」
「それがどうしたんですか。1番は当然、飛華ですけど」
「うん、そう。飛華が、1番だった。私はね、小さい頃、神童って言われていたんだ」
「真面目に受け取ったなら、馬鹿じゃないですか?」
「そう、馬鹿だった、私。少なくとも、同年代で私に勝てる人なんて、いなかったよ。だから、私は別格なんだって思っていた。……飛華に、負ける前までは」
この人、ほんとに何が言いたいんだろう。
いつの間にか、彼女は私の頭を撫でていた。
「入学して、飛華が生徒会候補生って聞いた時も、私の方が強いって、思った。内心、悔しかった。私の方が強いのにって。……だけど、違った。世の中には、私より強い人がいた。当然だよね」
少し横を見た時、彼女はよくわからない笑みを浮かべていた。
それは、苦い過去に対する笑みなのかもしれない。
「あ、やっとこっち、見てくれたね」
「で、結局、何が言いたいんですか」
「人は、挫折して、当然なんだって思った。現実逃避なのかもしれないけど。私が飛華に負けた時も、飛華が私に負けた時も」
飛華……この人に、負けたことがあるんだ。
そのことに、驚く。飛華には、誰も勝てないと思っていたから。
「……だけど、ずっと落ち込んでいるなんて、勿体無いと思う。早いところ発散するなり、その気持ちを原動力として訓練するなり、した方がいいと思うよ」
……正論、だ。
薄々、私もわかっていた。こうしていている時間が勿体無いってことは。
「……なんで、そんなに強いんですか」
「いっぱい、人と模擬戦したから」
「なんで」
「強くなりたいから」
「なんで」
「ん〜、1番になりたいから、かな」
「……やっぱり、納得がいきません」
「そんなことは言わないでほしいな。正直、人って意味もないことするじゃない?だけど、それは意外と止めようとしてもやめられなかったりするよ?」
そんなの、知らないです。
「あと、名前で呼んでほしいな」
「……仙水さん」
「これでも先輩なんだけど。あと、名前で、だよ」
「……麗羅、先輩」
「うん、そうそう。……どう?だいぶ元気になったんじゃない?」
「……どうでしょうね。ところでなんで呼称の話になったんでしょうか」
「私が、稜華ちゃんにそう呼んでほしいからだよ」
……意味がわからない。
だけど、実際、多少はマシになったのは事実だった。
なんで、ここまで。
飛華に頼まれたぐらいで。
「私、意味わかんないです。先輩のこと」
「今はそれでいいよ。徐々にわかってもらえれば」
そういうところが、わからないって言っているのに。
**
麗羅先輩と話して、数時間後。
全回復まではいかないものも、一時よりはかなりいい状態になっていた。主に、精神面で。
目の前に立っているのは、津城さんだ。
彼女は、風属性、適性魔法は、つむぎ。
それは、わかっている。
だけど、その真の価値を、まだ私は知らなかった。
その魔法の、真の恐ろしさを、私は分かっていなかった。
「続きまして、1年、紫月稜華さんと、津城つむぎさんの試合です!それでは、始めっ!」
「……つむぎ」
私よりも早く発動されたそれに、私は嵌まった。
抵抗する術もなく、津城さんの魔法に陥った。
ゆれる、ゆれる。
ゆらゆら、ゆれる。
ふわふわ、ゆれる。
なつかしい、あのここち。
わたしはあなた。
あなたはわたし。
どこかおかしくて、どこかがちがう。
どこかおなじで、どこかがちがう。
だけど、それがわたし。わたしたち。
わたしは、わたしたちは、6つで1つ。
わたしは、わたしたちは、1つで6つ。
「貴女達は、わたくしの最高傑作よ」
油断しまくりの稜華は……?




