41 涙
ぼんやりと滲んだ視界が広がる。
高い天井は、木の色をしていた。
あまり頭が回らない中、ゆっくりと上体を起こした。
そっとベッドから降り、コテージから出る。
デッキの手すりに寄りかかると、眼下に広がる砂浜と海を眺める。
数時間は寝てしまったみたいだ。夕日が、水平線に沈みかけている。
その光を反射した海は赤かった。
赤だけではない。オレンジ。すこしだけ、紫がかっても見える。
それは少しだけ綺麗で、悲しくて、怖くて。
……なんで、こんなに寂しいんだろうね。
私が分からない、『私』の感情。
……赤は、嫌いだ。
怖いから。
「……ミア……」
なんとなく、感傷的な気分になってしまう。
きっと、こんなことは言うべきではないのに。
こんなことは、知らないほうが、知っていないほうが、いいのに。
自分の中でも、気づかないほうが良いのに。
ずっと、気にしていないで、暮らせればいいのに。
……なんで、こんなことを知っちゃって、気にしちゃうんだろうね。
忘れたいけど、忘れられない。
そんな記憶だ。
「……稜華ちゃん?」
振り返ると、やはり夢華がいた。
私をちゃん付で呼ぶのは夢華だけだ。
どこかに行ってきた後らしく、紙袋を抱えている。
オシャレな麦わら帽子をとると、紙袋と共に入り口近くに会ったベンチに置いた。
「……どうしたの?」
夢華は、私の唯一の妹だ。
多分、飛華と同じくらい一緒にいる。
そんな夢華は飛華と同じく、よく私のことを見ているみたいだ。
少しの迷いとかでも見抜いてしまう。
だから、少しだけ、油断はできない。
私とて、他の人まで巻き込んで負担を負わせる気はない。
それくらいなら、私だけいい。
「……稜華ちゃんはいっつもそうだな、って思って」
……何のことだろう。
「いつも、1人で全てどうにかしようとしている。頼ってって言っても、いつかって言われる。私だって、知っているよ?稜華ちゃんはそれができるほどの知識と技術があるって」
夢華は海を眺めたままだ。
その横顔からは、何を考えているのかがよくわからない。
「だけど、私はね、もう少し、頼ってほしいなって思う。今まで、何回も言ってきたと思うけど、稜華ちゃんは変わらなかった。私が、力不足だったのかもしれない」
確かに、まだまだこの秘密は大きすぎる。
下手に知って、悩んでほしくない。
「でも、このままだと、稜華ちゃんが潰れちゃいそうだよ」
私は、潰れない。
潰れかけたって、立ち上がらないと、いけないから。
「私に、私達にその少しでも、背負わせてほしいよ。もっと、頼ってほしいよ……」
「……魔術師を、どう思う?」
言ってしまってから、後悔する。
何を口走っているのだ、と。
「え?」
「ゴメン、忘れて」
踵を向け、その場から逃げようとする。
「……嫌、だよ」
嫌とか、感情の問題じゃない。
きっと、そういうものだ。
これは、もう、変えられないものだから。
事実なのだから。
「折角稜華ちゃんが言ってくれたのに。少しだけ、私達を頼ろうとしてくれたのに。……逆戻りなんて、嫌だよ」
服の裾を小さく摘ままれる。
振り返ると、夢華の顔に、雫が垂れる。
「私だって、もっと稜華ちゃんのことを知りたいし、役に立ちたいっ」
それから、ボロボロと大きな涙が落ちる。
「……ゴメン」
「謝ってほしいわけじゃないのに……っ!」
「ゴメンね」
そっと夢華の涙をぬぐう。
だけど、次から次へと、涙はあふれてた。
「稜華ちゃんは私のお姉ちゃんなのに、私は稜華ちゃんのことを全然知らないッ」
「……うん」
「稜華ちゃんは、私のお姉ちゃんで、私達姉妹の5女で、凄くて、有能で、天才的でっ!……秘密主義なことしか知らないっ!」
「……うん」
秘密主義ってところにはちょっと異議を唱えたいけどね。
「なんで、稜華ちゃんはそんなに秘密を隠し通そうとするの!?」
「……秘密は、秘密だから秘密っていうんだよ」
秘密を言ってしまったら、もう秘密じゃないから。
「私はっ……!」
「……ゴメンね」
今の私には、謝ることしかできないから。
謝る以外のことができないから。
「ゴメンね」
今は、これしか言えないの。
夢華が、姉妹が、皆が気付くまで。
私には、1つの回答しか用意されていないから。
**
「……ゴメンね、稜華ちゃん。見苦しいところを見せちゃって」
「大丈夫だよ。……落ち着いた?」
「……うん」
私は夢華が泣きやむまでひたすら背中トントンを続けて。
夢華が泣きやんだころにはすっかり夕日は沈んでいた。
「……戻る?」
「……ヤダ」
え?
「もうちょっと……もうちょっとだけ、2人でいたい」
フイっとそっぽを向いた夢華の顔は少しだけ赤かった。
……可愛い。
「……いいよ。どうするの?」
「……少しだけ、浜辺に行こう」
魔法で明かりを出し、夢華に言われるまま、手を引かれるまま、浜辺に出る。
夜の風は少し冷たいし、数メートル先は薄暗い。
ただ、波の音が響くだけだ。
「……稜華ちゃんは、なんでそんなに、秘密を持っているの?」
「……みんなが知らなくていいこと、だからかな」
やはり、根本的なところはここに尽きるのだろう。
どんなことがあっても、結局はここに行き着く。
みんなが知らなくていいことだから秘密にするし、隠し通す。
「……私達は、思っているほど子供じゃないんだよ」
まぁ、子供って言うほど子供じゃないしね。
「世界には、たくさんのことに溢れていると思う。その中にはきっと、目を背けたくなったり、知りたくないことも、たくさんあるかもしれない」
1つ1つ、言葉を選びながら夢華は話す。
「だけど、ずっと知らないままじゃ、良くないんだよ。だって、成長するもん。限らせた世界から、広い世界に行くから。……無知が、1番怖いよ」
無知が、1番怖い。
それは、私も同じだ。
だから、魔法でたくさんの情報を集める。……怖い時だって、知りたくない時だって、うまくいかない時だってある。
「だから、知らなきゃいけないと思う。どんなことも。だから、知りたい」
夢華の言っていることは分かる。
当然だ。だけど。
「私の持っている秘密は、知らなくても生きていけるから」
だから、言わない。
「だけどっ!」
身を乗り出す夢華を押しとどめ、告げる。
「世の中には知らなくていいこともあるから」
だから、知らなくていいんだよ。
これ以上、貴女に負担はかけられない。
「分かった?」
「……うん」
夢華は不満を隠しきれないようだった。
だけど、表面上は納得する。
「……じゃあ、さ」
「ん?」
少し声のトーンも表情も明るくなる。
どうしたのだろうか。
「稜華ちゃんの好きな食べ物って何?」
おおぅ。
方向性が180度変わったな。
「……特にないけど」
基本的になんでも食べれる。それに、特にこれが好き、と言うものはない。
海鮮以外なら。
そう、海鮮以外ならなんでも。
「ん〜、じゃあ、好きな季節!」
「……冬、かな」
暑くないし。気温が劇的に変わることもないし。
寒いけど、それは暖を取れば問題ない。
「なんか、すごく合理的な理由の気がする……」
そんなことはないですよ〜。
気のせいです、気のせい。
「えっと、次は好きな色は?」
「……黒、かな」
何も見えない真っ暗なところがいい。そこに魔法式を光らせるとすごく綺麗なんだよね。
「好きなデザート」
「エクレア」
「好きな曜日」
「土曜日」
「好きな言葉」
「……すぐには思いつかないんだけど」
「好きな本」
「全・魔法式図解」
「好きな服」
「白衣」
「好きな数字」
「1」
「1人称は?」
「……私、だけど?」
「え〜っと……好きな……教科!」
「魔法学」
「特に何が好き?」
「魔法研究学と魔法式」
「好きな図形!」
「……すごく綺麗な等分になっている図形、かな」
「好きな飲み物」
「……紅茶」
「山派?海派?」
「……どっちもヤダ」
「川と湖はどっち?」
「……湖、かな」
なんなんだろ、この質問……。
だんだんテキトーさが出てくるし。
よくこんなに質問が思いつくなぁ……。
好きな理由、それは魔法に関係するから。by稜華




