36 記憶
道らしきところから逸れて、10分ほど。
今はもう、草をかき分けて進んでいる状態だ。
「……見つけた」
「え?素材が見つかったの?」
いやいや。
「骨に決まっているでしょ」
「きゃあぁ〜!」
私たちに前には骨がある。
……基本的な人体構造は私たちとは変わらないかな。
素早く、しかし、しっかりと辺りを見聞していく。
ここで、水系の魔法と火系の魔法……いや、威力が半端ない。おそらく魔術?が使われた跡がある。
激しく、争った跡。
古い傷跡をなぞるように、跡を辿っていく。
「……ここで、目視され、集中攻撃を受けて、かな」
その後、先ほどの場所まで逃げたけど、殺された、だろうか。
「ねぇ、稜華、何をブツブツ言っているの?」
「魔術師と思われる人物の足跡を辿っている」
「……なんで、そんなことをするの?」
なんで、か。
なんで。
私は、なんでこんなことをするのか。
「……分からない、からかな」
分からないから、調べる。現地調査、と言うやつだ。
もう少し、前に進んでいく。少しずつ、森は深まっていく。
そうとなところまで逃げたのだろうか。
「……ここ」
知っている。
ここを、知っている。
私は、知っている。
『私』は、見たことがある。
この景色を。
ここで、『あの子』は。
『私』は、逃げた。
『あの子』が、どうなったかなんて、知っている。
響く、悲鳴。
破裂する魔法。いや、魔術。
覚えもない罪状。
冤罪。
そう、冤罪だった。
始まりは、『私』の、 だった。
『私』の、どんな存在だったのかは詳しく覚えていない。
だけど、1番最初の、犠牲者だった。
紫の、子だった。
紫の、女の子だった。
『私』より、5歳ほど年下だった。
だけど、最初に、狩られた。
王城に行っていた。
呼び出されたらしく、なんの疑いもせず、『私』は送り出した。
あの子も、いつもと変わらなかった。
「 、行ってきます!」
そう言って、『私達』の家から出かけた。
あの子は凄く、いい子だった。
『私』のことを思って、気遣ってくれて。
気もきいて、優しくて、可愛くて。
特に、怒っている時なんて、頬をぷくぅと膨らませていた。その幼い行動に、笑いが溢れたこともある。
だけど、本人は童顔のことを気にしているようで、『私』が笑うと、さらに怒って、さらに頬をぷくぅと膨らませた。
その言動は意識的じゃなくて、無意識なところが、また好きだった。
彼女は、基本的に、取り繕わない人だった。
「 、ちゃんと、休養は取ってください!」
彼女は、いつもそうやって『私』を叱った。
叱ると言えるほどでもなかったけど。
彼女は、天使とか、女神とか、聖女とか。
そんな感じの子だった。
純粋で、無垢で、裏表がない。
人気者でもあった。
そして、将来有望、と言われていた。
まさに、万能、という子だった。
だけど、ある日。王城に呼び出されたその日。
あの子は、突然、帰ってこなくなった。
夕方になっても、帰ってこなかった。
まめに連絡をしてくれるあの子が、そんなヘマをするなんて、ないと思った。
『私』は、上司に連絡を入れた。
彼女が、王城に行ったまま、帰ってこない、と。
上司は、すぐに連絡を入れてくれた。
だけど、帰ってきたのは。
──お前らは、罪を犯した。
その一言だった。
向こうは、『私達』に、覚えもしない罪を被せた。
どれだけ、私達が協力したのか。
どれだけの利をもたらしたのか、忘れたのか。
多くの者は、そう叫んだ。
しかし、あっという間に『私達』は孤立した。
さまざまな者は、『私達』との関係を絶った。
『私達』を、罵る言葉が、響く。
どれだけ弁明しようとしても、聞き入れられなかった。
向こうは、聴こうともしなかった。
『あの方』は、赤の方は、直談判に行ったけど。
帰ってこなかった。
きっと、捕まってしまったのだろう。
『私達』は、その事に怒る。
しかし、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
そればかりか、向こうは『私達』まで、狩ろうとした。
それも、もっとも残酷な方法で。
互いを差し出せば、多少の猶予はくれてやる、というもの。
仲間割れをするのは、早かった。
みんな、生きたいと思ったのだろう。
身の危険は、すぐそこに迫っていた。
だから、逃げた。
大切なものも、研究資料も、高級素材も。
何もかも、置いていくか、燃やすか、隠すか。
もしくは、収納魔術で、身軽にして。
できるだけ、動くやすい格好になって。
逃げた。
王都を出て、ひたすら東へ、いった。
西は、海だ。
追い詰められてしまうから。隠れる場所はないから。
無事に、逃げ切れるかと思った。
だけど、それは罠だった。
『私達』を追い詰めるための、残された小さな一本道だった。
『私達』は、まんまとその罠に嵌った。
『私達』は、どんどん狩られていった。
とある者は木々の根に躓き。
またある者は刺され。
ある者は斬られ。
ある者は、魔法で焼かれ。
ある者は、魔術で自害した。
そんな中、『私』は、ずっと、ずっと、ずっと逃げ回っていた。
『あの子』と一緒に。
『あの子』は、とてもいい子だった。
私の、……でもあった。
逃げても、逃げても、着実に追い詰められていて。
四六時中、気は抜けなかった。
敵が、迫ってくる。
怖かった。人が、多数の人が、怖かった。どんどん、迫ってきていた。
響く声。絶叫。悲鳴。
目の前は真っ暗で、『私』の息は上がっていた。呼吸が、ゼィゼィと言っていた。背後からの足音と、叫び声。それと、何を命令する声。
必死に、暗い中を、走り逃げていた。『私』は自分の身を守ることで精一杯で、助けられなかった。
そのことを思うと、涙が溢れそうだった。
みんな、大切な人達だった。
みんなと、ずっと笑って、くだらない話をして、過ごしていたかった。
なのに、こんな事になるなんて。
「貴女だけは、貴女だけは絶対に逃げて!逃げ切って!その後に……いえ、早く行って!」
『私』を逃がしてくれる理由は分かっていた。理解はできた。
だけど、感情面では理解できず、そのまま立ち尽くしていた。
だけど、箱を押し付けられた後、背中を勢いよく押された時には、走り出していた。
狙われた『私』の代わりに、囮となってくれた。
魔術と魔法がぶつかる音がしたけど。何かが斬られ、刺された音が聞こえたけど。
走って、走って、走り続けて。
だって、振り返ったら想像したくもない光景が広がっているって、分かっていたから。
ふと、立ち止まった時には、あたりは静かになっていた。
『私』は、魔法、いや、魔術を発動した。
……『私』の記憶や記録を、消す、魔術。
誰にも覚えていてもらえない。
みんなが忘れてしまう、そんな恐怖の魔術。
普段なら使いたくないけど、こんな時は使うしかないのだ。
魔術を使った後には、もう何も感じられなかった。
人の気配も、声も。
『私』は、そのまま、東へ東へと、歩き出した。
……これ、あの時の、記憶、だ。
入学式の翌日に見た、あの記憶。
その前後の、記憶だ。
知らない部分も、たくさんあった。
……これは、なんなの?
誰の、記憶なの?
なんで、私だけ。
「稜華?」
飛華は、なんともないのに。
何も、記憶を見ていなさそうなのに。
なんで、私だけ。
私だけ、見れる。
私だけが、わかる。
……これは、魔術師の記憶だってことが。
「素材はどうするの?もう、お昼過ぎたけど……」
「……うん。今、行く」
いつか、聞いてみよう。
あの人に。
あの人なら、何かを知っているはずだ。
私達のことを。
こうなる、理由を。
私だけが記憶を見る理由を。
「素材はどのあたりにある?」
「あ、えっとね」
私は気持ちを切り替え、情報を素材へと書き換えた。
そこで、情報探査をする。
「……向こうのほう、かな」
もう少し、森の深まったところに、あるみたいだ。
その途中にも、白骨化した遺体がある。
……きっと、『私』と一緒で、魔術師なのだろう。
「ここは、魔術師最期の森……」
「怖いこと言わないでくれる?」
「ホントのことだよ」
だって、こんなに詳細に覚えているんだもん。
それほど怖くて、危機的で、恐ろしかったはずだから。
「飛華は、何も思い出さないままでいいよ」
苦しむのは、私だけでいいから。
姉妹は、知らなくていい。
私だけが、知っていればいい。
知る必要はない。
知らなくても、生きていけるから。
知らない方が、生きやすいから。
だから、姉妹は気づかなくていい。
お読みくださり、ありがとうございました。




