35 サウス・イースト
私が目を覚ました時には、もう、あたりは暗かった。
少し身を起こして見ると、狭い部屋の中に、姉妹が全員いる。
誰かとくっついて、重なり合って寝ている。
「……夢……」
きっと、みんなは知らないのだろう。
このことを。
私が知っていて、私だけが知っていて、みんなは知らないで、みんなは知らなくていいことだから。
私だけが、知っているだけでいい。
そうすれば、みんなは気づかないし、傷つかない。
……私みたいに。
だから、いいんだ。
みんなが、普通の人間でいるためにも。
私が、隠し通さないと、いけないから……。
**
「……華、大丈夫そう?」
「ん……」
目の前が、眩しい。
薄く瞼を開くと、飛華の姿が映った。
「……飛華?」
「そうだよ」
窓の外は、もう明るかった。
太陽がかなり高い位置まで登っている。
「もうすぐ降りるんだけど……大丈夫そう?」
「うん」
私、考えたもんね。
船酔いしない方法。
「数センチだけ、浮いていれば揺れが伝わらないはずだから……」
「なら、良かった」
飛華は薄く微笑んだ。
作り笑いじゃない、自然に近い笑みだ。
……いい。
すごく目にいい。
幸せだよ、すごくいい朝。
そう、自信を持って断言することができる。
ブオォォ〜っと、何かの音がする。
「みんな、外で待っているから」
飛華は、私に向かって手を差し伸べた。
……私は、その手を取る。
「大丈夫だよ。稜華は、1人じゃないから」
……そうやって、貴女はいつも私を勇気づけてくれる。
「……姉さん」
部屋を出ようとする飛華に、小声で呼びかけた。
「……大好き」
これは、本心だから。
貴女に、届いて欲しいから。
貴女だけに、向けた言葉だから。
いつも、私が欲しい言葉をくれる、貴女に向けた言葉だから。
「……うん。ありがと」
飛華はそれだけ言うと、部屋を出た。
バタン、と閉まった扉。
そこに、静寂が訪れた。
……さて。
身支度、しますか。
**
「わぁ〜!大きい町〜!」
陽華が目をキラキラと輝かせた。
ここは、王都の西の地域、サウス・イースト。
その地域の大都市、サウス・イーストに、今いる。
大都市っていうのは、その地域の中で1番大きくて、栄えていて、主要機関が集まっている都市のこと。
街にはオシャレなお店がたくさんだ。
沿道にもある出店からは、いい匂いがする。
「ふっふふ〜。ここが一時休憩地点だよ。ね、美華」
「そうだよ、風華。ここでちょっとのんびりして、今度は海沿いまで歩く。で、そこから船に乗ってトゥリゼ・テッレーノまで行くんだよ!」
へぇ。
確かに、こんな大きな街に来たのは数えるほどだ。
魔法学園に通う前も、近くの小さな町で必要なものは揃ったし、学園に行ってからも、王都の町に……行ったこともないかもしれない。
まぁ、そんなわけでこれだけ大きな町は本当に久しぶりだ。
王都に近いだけあって、売っているものも流行ものだ。
周りを見回して歩いているうちに、今日泊まる、宿屋に着いたようだ。
「今日は、ここで1泊!で、明日の朝早くに街を出る」
「お昼頃に港に到着予定。その後、船に乗って海を横断!」
なるほど。
この町でゆっくりできるのは今日だけ、ということか。
……美味しいもの、食べたいなぁ。
できるなら、高級素材、取りに行きたいなぁ。
そうすれば、詳細くんを作ることができるし。
「それではぁ〜お楽しみください!」
「解散っ!」
双子の掛け合いによって解散となる。
「風華、一緒に回る?」
「美華、何言ってんの?当たり前じゃん」
「夢華〜!お店、見に行こう〜」
「分かった!じゃあ、またね、飛華ちゃん、稜華ちゃん」
はい、取り残されたの私達です。
飛華と、私。
思いっきり部屋割りで別れたね。
「……稜華、何かしたいこと、ある?」
「強いて言えば素材収集だけど……ダ」
「別にいいわよ」
ダメだよね、という前に飛華が答える。
「……え?いいの?」
「無茶をしない範囲だったら。……私が一緒に行くことが条件よ」
飛華がフイっと顔を逸らした。
少し見えにくいけど、その瞳は少しだけ、キラキラしている気がする。
「もしかして飛華、ストレス発散?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
図星っぽいね。
「行こう、素材収集。今、調べるから」
情報の網を広げ、近くで素材がたくさんあるかを見る。できるだけ、高品質なものが集まっているところを、探して。
……あった。
街から1キロメートルほど離れたところにある、森。
人があまり立ち入っていないみたいで、素材がたくさんある。それも、高品質だ。
だけど、周辺の噂があんまり良くない。
この森からは沢山の白骨化した遺体があり、魔術師たちの最期の場所だったらしい。だから、魔術師たちの墓、と呼ばれているみたいだ。
だけど、もう少し町に近いところにも町があるらしい。そこの評判はまぁまぁいい。安全で、かなり素材が取れるみたいだ。ただ、低品質、中品質のものが多い。
「……飛華、低品質で安全な森と高品質で怖い噂がある森、どっちがいい?」
「なんなの、その質問。どっちも捨てがたいんだけど」
だよねぇ。
「私的には高品質の方がいいんだけど……」
飛華がダメって言ったら行けないし。
「それって、噂でしょ?」
「ん?そうだけど」
「なら、行く」
え?
「証拠がないから、怖くない。そう、怖くないんだから……っ!」
なるほど。
噂なら、ってわけか。
確かに、飛華の言うことも一理ある。
「じゃあ、高品質の方に行ってみよっか。飛ぶよ。いい?」
「いい、けど……」
少し後ろ腰な飛華なんて、珍しい。
未だにお化けがこわいのだろうか。
「大丈夫。亡霊は、実体がない人だから」
「それが怖いのっ!」
……可愛い。
「ちがっ!違うっ!怖くはない!」
怖いんだね。
分かった分かった。
飛華ちゃんは可愛いねぇ。
「……、森に、転移」
高品質の森に、ね。
名前はよく分かんなかったんだよね。
まぁ、どうにかなるでしょ。
「着いた?」
「多分」
目の前には、鬱蒼とした森。
木々が生い茂っていて、光は全く届かなそうだ。
「どうする?行く?私は行きたいけど」
「い、行くに決まっているでしょ……!」
「……無理なんてしてない!」
「いや、それは無理している人のセリフなんだよ」
そんな会話をしながら、森の中へ。
かなりの大木が多い。
何年前からあるんだろう?
何十年?何百年?何千年?
いや、何万年、かもしれない。
そんな、長い長い時間の流れを感じさせるような、大きさだ。
だけど、茂みの奥深くには、痕がある。
強力な、魔法の痕が。
ずっとずっと深く、地面を抉って、今もなお、残っている。
そんな感じだった。
それにしても。
……私、この景色を、見たことがある。
どこか遠い昔、見た、気がする。
……いつ、だろうか。
こんなに懐かしくて、
少し明るくて、
少し安堵して、
怖くて、
悲しいのだろう。
私には、分からない。
『私』にしか、分からない。
「……稜華?お目当ての素材はどのあたりにあるの?」
「あ、うん。えっと、もう少し進んだ先、かな」
飛華の声で我に帰る。
先を歩く飛華の後に続き、森をさらに進んでいく。
私は情報探査で周囲の情報を常に入手し続けている。
「……飛華、ちょっと寄り道、してもいい?」
「え?何かあるの?」
「うん」
……白骨化した遺体が。
ここに来た目的の1つはもちろん、高級素材だ。
だけど、もう1つ、理由がある。
それは、魔術師達の最期の森、と言われているからだ。
正直、魔術師についてはわからない事だらけだ。
私は魔術師が完全に悪とは思っていないし、魔術師のことをもっと知りたいから。
骨から細胞が取れれば、そこから魔術師を再現できるかもしれない。
だから、だ。
魔術師は高度な魔法、つまり魔術を使っていたらしい。その過程で、魔術は失われた。
だけど、私は魔術を使いたい。
規模も、範囲も、何もかもが桁違いな魔術を。
不利なところは魔力の消費量の多さだが、私ならどうにかなるはず。
「ねぇ、ホントに、何があるの?」
「……高級素材に匹敵するもの、かな」
とりあえず、飛華にはこう答えておこう。
彼女は、知らない。
だから、説明しない。
傷つかないために。傷つけないために。
〇姉妹メモ〇
飛華はお化けが怖い。




