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不死殺しのイドラ  作者: 彗星無視
第二部一章 躍る大王たち

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第八十話 『危殆』

プロローグの前に、流行りのAIで描いたキャラクターのイメージを置いてみました。

第一部のキャラ限定ではありますが、よろしければアレしてください。

「戦闘終了。帰投する……が。あー、聞こえてるか? ちょいと拾いものだ。子どもを二人、連れて帰る。はは、そう言うなよ、せっかくの地底世界からのお客さんだ。そうそう、あーじゃあそういうことだからうん。切るぞ」


 カナヒトは輝きの落ち着いた灼熱月輪を腰の鞘へ納刀し、耳のコミュニケーターを片手で抑えながら一方的に言うと、一切の質問を受け付けず通信を切った。

 危機も去り、イドラはさっきより落ち着いた状態でその様子を見る。冷静になってみれば、気になるところだらけだった。


(なにか話してるってことは、あの耳のやつ……離れた人と会話できる道具か? 便利そうなギフト……ん? でもほかの二人も同じものを着けてるし……ギフトは別で持ってるぞ)


——まさか、あれはギフトではないのか?

 同様の結論に達したらしいソニアが、ぽかんと可愛らしく口を開け、カナヒトの耳の黒い機械を見つめる。

 抜けてきた街並みを見れば、いかに現在は荒廃に晒され植物に覆われていようが、その文明がイドラたちの常識をはるかに超越していることは、建築水準がこれ以上なく証明している。

 だから、ありえない話ではない。地平世界にはない、離れた人間と話す道具。


「いや待てよ……北方を旅してた時に聞いたことがある。金属のカップ同士を糸でつなぐと、それを伝っていくらかの距離までは互いの声がカップを通して届く……」

「イドラさん、知ってるんですか? あの道具を……!?」

「ああ。おそらくだが、あの耳に着けた黒いものには——」


 未知の道具。その原理に、イドラはわずかばかりの心当たりがあった。

 物知りですっ、と言わんばかりにソニアが尊敬の眼差しで見上げてくる。


「——目に見えないくらい細い糸がついてて、それを声が伝ってやり取りしてるんだ」

「いや全然違うわよ。方舟の通信指令室までどんだけ距離あると思ってんの? てかそれ、絶対どっかで引っかかるって」

「……」


 速攻で否定される。

 橙色のソニアの両目から音もなく尊敬が抜け去った。


「あたし、安達芹香(あだちせりか)。あんたたち、名前は?」

「……イドラだ」

「ソニアです」


 アダチ・セリカ。奇妙な名だとイドラは思う。だが世界が違うのだから、当然と言えば当然だ。口にはすまい。


「ふーん。ヘンテコな名前ね」

「失礼だなぁ……!」


 セリカは特に遠慮しなかった。

 カナヒトやセリカ、それと弓を担いだトウヤのことをどれだけ信用してよいものか、イドラはまだ測りかねていた。が、この世界に来て初めて出会った現地の人間だ。

 疑心暗鬼に陥っていては、前へは進めない。なにせ常識もなく、自分がなにに襲われたのかも今一つわかっていないのだ。


「おーい、子ども二人。お前らたぶん、あの山の建物に向かってた感じだろ? 俺たちはあそこの所属だ。連れてってやるよ」

「……そう言ってくれるなら、お言葉に甘えようと思う。けど」

「けど?」


 少なくとも敵意は感じないし、誘いを断ったとて行くあてもない。

 今は従うべきだ。この世界の状況を知るために。

 しかしそうわかっていても、イドラにはひとつだけ許容できないことがあった。


「僕はもう十六だ。子どもって呼ぶのはやめてくれ」



 アンゴルモアを退けた一同は、山の方角へ歩き出す。カナヒトたちにとっては帰還。イドラたちにとっては訪問の旅路だ。

 はるかな頭上には相変わらずの曇天が被さっている。鬱屈とした空に、心なしか空気まで澱んでいるようだった。

 歩きがてら、改めて互いに自己紹介を交わす。まずイドラとソニアが名乗り、セリカとは既に交わしているため、カナヒトが気だるそうな雰囲気を隠そうともせず名を名乗った。


「俺ぁ阿粒奏人(ありゅうかなひと)。このチーム『片月』のリーダーだ」

「この頼りないのがリーダーっていうのが、玉に瑕だけど」

「うるせぇよ、茶々入れんな芹香。んでこっちのメガネが万彩灯也(ばんさいとうや)。静かなやつだが、別に怒ってるわけじゃないから勘違いしないでやってくれよな」

「親ですか、あんたは……。言われなくても、僕だって初対面の人と普通に会話くらいできますよ。まあ、アンダーワールドの人間って聞いてまだちょっと驚いてますけど」


 角張ったフレームの眼鏡のレンズ越しに、窺うような目でイドラの方を見る。

 恐れや嫌悪というよりは、純粋な疑問や好奇の乗った視線。イドラにとってこの世界が未知であるように、彼にとってはイドラたちこそ未知からの来訪者なのだ。


「疑問があるのは僕の方だ。さっきの化け物……あのアンゴルモアってのはなんなんだ? それに、僕たちが向かっているあの山の黒い建物は? カナヒトたちは一体何者なんだ?」


 この三人がただ者でないことは、先の巨大なアンゴルモアを仕留めた腕前で実証済みだ。

 あれよりは小さな個体ではあったが、既にソニアとともに倒し終えたイドラにはわかる。アンゴルモアという怪物は、そこらの魔物とはわけが違う。

 流石に、あの海上で遭遇したクラーケンほどではないにしろ。イモータルを相手取る葬送協会のエクソシストたちであれば、安心して任せられるといったところだ。

 つまり、カナヒトたちはエクソシストと同等かそれ以上に強い。


「チームって言ってたな。あの建物には、あんたらみたいなのがたくさんいるのか? それと、さっきのギフトは——」

「おいおい、質問が多くて窒息しちまうぜ。もう少し絞ってくれよ、十六歳のイドラくんよお」

「う……。じゃあ、やっぱり行き先についてだ。あの建物は?」

「着いてからのお楽しみ」

「……あんたなぁ」

「あはは、呆れられてる。見ての通りテキトーなやつだし、ソニアもあんまりこいつのこと信用しちゃダメよ。でまかせばっかり言うんだから」

「ええっ」


 ソニアは早速からかわれていた。


「ま、面倒なことは向こうで爺さんが説明してくれるだろうよ。だが、そうだな……あそこがなんなのかくらいは教えてやるか」


 風化したアスファルトの上を歩くと、いくつも細かなひび割れが目についた。

 中には、その隙間に雨水らしきものが溜まっていることもある。つまずいたりしないよう、足元にいくらかの意識を割く必要があった。

 カナヒトは無造作に、山の上を指差して続ける。


「『ノアの方舟』。俺たちゃそこの戦闘班だ」

「ノアの……方舟?」


 ハコブネと聞けば、イドラが真っ先に思い出すのは、この世界に来る際に使った箱船。

 軌道エレベータを模した、空へと昇るガラスの箱。

 だがそれとは無関係だ。名の由来など、イドラには知るよしもないし、この世界でもほとんど忘れ去られたに等しい。


「現存人類、最後の砦と言ってもいい。とにかくあの黒いクソッタレどもの相手をするのが俺たちの仕事で、方舟がなくなれば下手すりゃ人類はお陀仏だ。……ああ、オダブツ、ってわかるか? おしまいってことだよ」

「やっぱり人類は……この世界の人間は、危殆(きたい)に瀕しているのか」

「どこも、ここみたいに風化して、寂れてしまってるんですか……?」

「ああ、そうだ。最盛期に比べりゃあ、今の地球の人口なんてのはまったく1%にも満たねえなんて言われてる。世界を探せば俺たちの居住域の外に、生存者のコミュニティがいくつかあるはずだって希望的観測に基づいてもな」

「今のアンゴルモアに侵された地球上で、あの山の一帯のように人類の住む領域をドメインと呼んでいる。だがほかのドメインと連絡が取れたことはないんだ」

「……ってことは、正真正銘、そのノアの方舟が人類最後の生き残りかもしれないのか」


 雲の向こう。イドラの知らないところで、人類は絶滅の危機に晒されていた。

 もっともイドラたちの世界とて、魔物やイモータルという、人類に仇なす天敵は存在していたが。それでも、同じようにギフトがあり、あれだけの建築を可能とする技術力があれば、いくらさっきのようなアンゴルモアが襲ってきたとしても撃退できるのではないか。

 人類の99%以上が数を減らすような事態には、ならないのではないか。

 そうイドラは思った。ので、訊いてみた。


「そのギフトがねーんだよ、俺たちには」

「え?」

「えっ」

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