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不死殺しのイドラ  作者: 彗星無視
第三章エピローグ 別れと再会の物語

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第五十八話 浅葱色の髪の少女

「ギ————ィ——ギギィ——」

「また妙な個体だな。でもイモータルなんて大体ヘンか?」


 村の中心にいたのは、燃え盛る家屋と戯れる白色の異形。

 これまでに多くのイモータルを砂へ変えてきたイドラだったが、その中でも十本の指に入る程度には巨躯の、まさしく今まさに燃える家屋のその急勾配な屋根のてっぺんに届くほどの大きさをしたイモータルだった。

 しかしそれでも、ヴェートラルよりはずっと小物だ。比べるにはあまりに格が違う。


「ふ……驕るなよ不死者イモータル。死なないつもりか知らないが、僕がきちんと殺しきってやる」

「うわっ、どしたの急に。気取ったこと言い出して。お年頃? 戦場でそういう長々したこと言うのダサいと思う」

「え。……えっ?」

「わ、わたしはかっこいいと思います……! なんか、こう……えっと……決めゼリフ! って感じで」

「…………言わなきゃよかったなぁ」


 どんなギフトでも癒せない深い傷がイドラの心に刻まれた。

 戦う前から気分が萎える。ただそれで戦意まで損ないはしない。こんなことでいちいち動きを鈍らせるほど、イドラも戦いに不慣れなわけではなかった。

 腰のケースから青い短剣を抜き放つ。同時に手の内でくるりと半回転させ、それを逆手に握って構える。ソニアも背負っていたワダツミの刃を抜き、ベルチャーナはイドラの心に傷を残してすぐ、既に敵の側面を取るべく回り込む形で雪の地面を駆け出していた。


「せいぜい励めよー」

「クソッあの傲慢囚人ジジイふんぞり返りやがって!」


 一方レツェリは離れたところでぼうっと傍観していた。

 手が拘束されているし、なにより眼帯で目を封じられている。視界が閉じていては、彼のギフトは外界に『箱』を展開することができない。

 もっとも万物停滞アンチパンタレイが使えたところで、イモータルとの相性はもっぱら良くない。理外の怪物であるイモータルばかりは『箱』の境界に巻き込んでも切断できないのだ。それができるのなら、レツェリもヴェートラルの一件でわざわざ不死殺しを頼ったりはしなかった。


「ギギ——ギィ————」


 このイモータルは二足歩行の、巨大な熊のような形をしていた。イモータルらしく黄金の眼に真っ白い毛並みをしているので、それだけ見れば巨大なシロクマのようでもある。

 しかしそうは捉えさせてくれないのが、左右に二本ずつついた腕だ。計四本の腕は熊のそれとはかけ離れた、生白い皮膚が剥き出しの、五本の指が備えられたまるで人間の手のようでもあった。それも血の気が抜けた、死体の手だ。

 発する声は夏の昆虫にも似ていながらも、どこか機械じみてもいて気味が悪い。


「イモータルの気をそらすために家を燃やすなんて、無茶なことしたもんだねー。たまたまうまくいったみたいだけど……っと」


 ぎょろりとした黄金の眼がベルチャーナに向けられ、白い腕が雪もろともに握りつぶそうとする。イモータルの二本ある右腕が順々に迫るのを、ベルチャーナは雪の上を踊るようにして軽々と避けきる。流石の身のこなしだった。

 その間にイドラは接近を試みる。しかし、イモータルの金の眼はそれを察知してぐりんと片側の眼球を動かした。左右の眼球をそれぞれ別々に使えるようだった。


「ギィ——ギ——ギギギ」


 左腕を駆動させ、イドラを襲う。四本の腕を適切に操り、イドラとベルチャーナ両方に対応していた。


「わたしが防ぎます! イドラさんは前へ!」

「任せる」


 迫る死体じみた巨大な手のひら。イドラのそばで白刃がきらめく。

 ゴッ、と鈍い音を立て、腕の一本が弾かれた。ソニアの振り抜いた太刀——ワダツミがさながらバットのごとく衝突したのだ。

 ギフトはすべて不壊の性質を持っている。そしてイモータルもまた、決して尋常の手段では傷つかない不死。ただそれでも、単純に強い衝撃で弾き飛ばすことくらいは可能だ。


「はぁ——!」


 さらに返す一刀で、もう一本の腕をも防ぐ。

 ソニアの肉体を侵していた不死の鼓動は既に取り除かれた。よって、今の彼女に夜ごとに襲っていた発作はなくなっている。

 しかしそれで、すぐすぐ肉体が元通りになるわけでもない。その長い髪が未だ、根本から毛先までイモータルどもと同じ白色に染まったままであるように。

 これから先、時間が経っていけば、ひょっとすれば徐々に髪の色も戻っていくかもしれない。それは同時に、彼女に宿っていた常人を超える膂力や身体能力が失われるということでもある。

 それでも、今は——まだ、彼女の中に、鼓動の余韻は残されている。


「頼りになるよ、まったく」


 道は開いた。彼我の距離は距離は五メートル程度——

 一息で詰めきるには並々ならぬ敏捷さが必要だ。それこそかつての、その眼を黄金に染める、暴走状態のソニアが備えていたような。

 しかし今のイドラには、獣のごとき瞬発力がなくとも即座に距離を埋める手段があった。

 逆手のナイフを後ろ手に振るう。

 

 空間斬裂。同じく空間に作用するレアリティ1のギフトを視ることで心得た、マイナスナイフの本当の能力だ。

 青色の刃が空間という曖昧な入れ物に干渉する。負数によって斬られた空間は、逆に膨張してしまう。

 そうすることでイドラの体は背後の空間に押し出される形で瞬間的に移動し、イモータルの目前の空中へとその座標を移していた。


 聖堂のあの夜から一か月、イドラもそのギフトの能力を使いこなせるよう訓練を積んできた。

 空間を斬りつける時、イドラの中には壁のイメージがある。空間を平面的に捉え、そこに刻んだナイフの跡から高圧の空気が噴き出し、川流れのように体を押し出す。実態はわからないが、あくまで能力を使いこなすための抽象的なイメージだ。


「ギ、ギッ————」

「虫みたいでうるさい」


 地上から空中へ、逆に空中から地上へ。今のイドラは、空間斬裂による移動のこつを熟知していた。

 前に後ろにナイフを振るい、敵を斬りつつ、空間をも断つ。巨体の怪物はひっきりなしに移動するイドラを捕捉できず、ただ斬られ続けるのみ。

 負数の刃は、死を越えた怪物を今一度死のゼロへ引き戻す。傷口から白い砂が飛び散り、やがて怪物はやはり昆虫じみた断末魔を上げ、その輪郭を崩した。


「お疲れさまー。怪我、ない?」

「大丈夫だ。砂は……雪に埋もれた、か。これじゃわからないな」


 思えば少々久しぶりの不死殺しを終え、マイナスナイフを左腰のケースに仕舞うと、ベルチャーナがやってくる。

 イドラは地面を見ていた。そこに遺されたはずの、イモータルの残滓とも言える砂。レツェリによればそれがソニアやオルファの体内に埋め込まれていた核の原料になっていたらしく、これまでのようにそのままにせず、地面に埋めるなどしておこうと思った。


 が、こうも一面雪に覆われているのでは、白い砂粒など見分けられるはずもなかった。

 これでは仕方がない、とイドラは話しかけてきたベルチャーナへ視線を移す。

 彼女は持ち前の溌剌さを潜め、眉尻を下げた、珍しく感傷的とも取れる表情をしていた。

 戦闘の疲れだろうか? しかし息はまるで上がっていない。ベルチャーナやミロウがイドラより格段に鍛えられていることは、聖殺作戦の行程でとうに思い知っている。


「ベルチャーナ?」


 声をかけると、ベルチャーナは虚を突かれたように浅葱色の目を見開き、間を置かずいつものにこにことした表情になる。

 どうかしたのか、と問うより先にベルチャーナは一歩下がった。


「さっきのが一昨日言ってた、イドラちゃんのギフトの能力なんだ。……傷を治す、それからイモータルを殺すのとはまた別の」

「そう、だけど」

「すごいね。すごい、ギフト。なんだってできるみたい」


 顔を見せまいとでもしているかのように後ろを向く。その声は心の内がにじまないよう努めた、意図的な無感情ばかりがこもっていた。


「ベル——」

「ごめん。なんか、わたしらしくない。——ベルちゃん、村の人たちの相手してくるね! 負傷者がいないか確認もしておきたいし」


 ベルチャーナは村の入口から押し寄せる、イモータルがいなくなって沸き立つ村人たちの方へと歩いていく。呼び止められないまま、その背は足早に遠のいていった。

 なんだか様子がおかしかったが、怪我をしているだとか、そういったことではないらしい。

 ならすぐの心配はいらないか。後で改めて調子が悪いところがないか訊いてみよう——

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