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不死殺しのイドラ  作者: 彗星無視
第三章エピローグ 別れと再会の物語

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第五十七話 白を往く一行

 レツェリのルートは、大きく分けて三工程に分けられた。

 一。国境を越え、北の港からフィジー大陸へ上陸。

 二。大陸の北西部へ砂漠を横断し、またその果てで船を出す。

 三。果ての海を航海し、『箱船』にまでたどり着く。


 レツェリを監房から出せる期間は三か月。ただ箱船までは、急げばひと月ほどでたどり着ける計算だった。

 ならば往復で二か月。そしてその安易な予定を崩す想定外の出来事など、旅をするべく道を歩けばそこらじゅうで無数に転がっているものだ。

 無駄にできる時間はない。イドラたちは翌朝、国境を越えて北上を始め、そこから二日が経った。


「連邦生まれのベルチャーナ君が来てくれたのは僥倖だったな。私ではこうも最適な経路は選べなかった」

「あははー、褒めてもなにも出ませんよぉ、レツェリ元司教。強いて言えば聖水くらいです、ホラこれ。見えます?」

「なんだ……これは。白いな。煙出けむだしか?」

「いえ、葬送で使う対イモータル用の液体爆薬ですよー」

「なんてものを近づけてるんだ貴様」


 聖水にも色々あるんだなぁ、とイドラは思った。

 かつて村にいたころ、オルファから聖水について簡単に教わったことがある。だがあんな物騒なものは聞いたことがない。

 対イモータル用とのことなので、アサインドシスターズであるオルファには縁のないものだったのだろう。もしかすると危険性からエクソシストでないと取り扱いが許されないとか。

 ベルチャーナが首から下げる銀のリング。それは治癒の指輪、彼女が空より賜った天恵だ。どこまでいってもそのギフトには、他者を癒すしか用途がない。武器にはならない。

 よって、彼女が頼りにする武器とは、己の肉体と、ロトコル教に伝わる聖水のほかにないのだった。


「それにしてもイドラさんの言う通りでしたね。北にいくにつれ、寒さが厳しくなります。手袋してるのに手が冷たいですっ」

「そうだな。ただ、昨日と違って晴れてるだけましだ。雪の降る中を進むと視界も悪いからな……危険だ」


 雪道の中を行く。せっかく舗装のされた街道も、一面雪に埋もれてしまっては意味がない。

 ランスポ大陸は山がちだが、北の方はまだずっとマシだ。辺りを見れば一面の雪景色の中で、遠くに小さな山がいくつかぽつりぽつりと見えている。

 進行方向にはそれとは別に小さな村の姿が浮かび、歩くにつれ大きさを増していく。ベルチャーナによるとフオープという名前の農村だそうだ。そこまで着けば国境から大陸北端の港町、イムスタンまでの道のりの半分くらいになる。言ってみればチェックポイントだ。


「そ……そうですね。その、イドラさんもおてて冷たいんです、よね?」

「ん? そりゃあ、まあ。あくまで連邦は通過点だからな、結局は大した準備もできなかったし。それでも一年前にひとりで国境を越えた時よりはまだまともだけど」

「でっ、でしたら。お互いに手をその……アレすれば、暖を取り合えてお得と言いますか」

「アレ?」

「えと、えっと……だから」


 歯切れ悪く、もじもじとしながら、それでもなにかを言おうとする。


「手、手を、つないでも——」

「——総員、前を見ろ! フオープの村から煙が上がっている。なにかあったようだ、急ぐぞ!」

「ぁ……! ぁ、ぅ」


 頬を赤くして、なけなしの勇気を振り絞ってまで言ったソニアの言葉は、レツェリの張り上げた声に呆気なくかき消された。世は無情だった。


「う、うぅ~~~……っ」

「……!? おいイドラ、ソニアがかつてない憎しみを込めた目で睨んできている! なんとかしろ!」

「知るか、自業自得だろ。胸に手を当てて考えてみろ、お前は憎まれて当然のことをしただろうが。報復がないだけありがたく思えよ!」

「く……それはそうだが! まったくもって非の打ちどころのない正論だが!!」

「この人、悪いことしてるって自覚は十全にあるくせに、そのうえで自分を肯定してるのがすっごいタチ悪いよねぇ」


 チェックポイントが燃えていた。

 灰の煙が立ち昇り、冷たく澄み切った昼の青空へと吸い込まれていく。火の手はここからは確認できないが、煙の量からして火事になっているのは明白だった。

 イドラたちは軽口めいたやり取りを交わしつつも、足だけは必死に急がせ雪道を駆ける。風に乗って人々の混乱が届き、それは村に近づくにつれ強まり、村の入り口へたどり着いた時にはほとんど狂騒の様相を呈していた。


「ひぃ、ひいいいいぃぃっ!」

「逃げろ、すぐ追ってくるぞぉっ!」


 悲鳴や叫び声を上げ、村人と思しき者たちが狂奔する。村の内から逃げようとする彼らは、必然的に村へ向かってきたイドラたちと鉢合わせた。

 遠くでは別の方向へ逃げる人たちも見える。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う人々だが、この辺りは一面の雪原で、山や森まではどうしたって距離がある。


——散らばれば大多数は助かるかもしれないが、追いつかれて犠牲になる者もいる。このままでは。

 イドラはこの時点で騒動の元凶がなんであるか、見るまでもなく察していた。

 勘だ。

 しかし単なる火事であれば、ここまで大げさに逃げることもあるまい。

 勘は勘でも、不死殺しのそれが告げている。


「あ、あんたら……旅人か!? なんて間の悪い時にッ、早くに逃げろ! 出たんだ!」

「出た? なにがだ」

「イモータルだよォ! いきなり雪を渡って村を襲いにきやがった……! 家屋を燃やして注意を引けたが、いつ気が変わるかわからねえ!」

「イモータル。フン、なるほどな。確かに間が悪い」

「わかったらアンタも今すぐ逃げろ、えーと……なんかゴツい手錠されたアンちゃん! え? なんでそんなガチの拘束されてんの?」

「どうでもいいだろう、そんなことは。さてどうするか、我々も尻尾を巻いて逃げ出すのは容易だが」


 黒の片目が、刺すようにイドラを見やる。

 進むか退くか。仕切るのは自分の役目ではないのだろう、とイドラの判断を試すように訊いていた。

 そんなものは決まっている。

 予想通り、イモータルがいた。そしてここには不死殺しがいる。

 さらに今回はオマケに、協会が誇る対イモータルのスペシャリストまでいるときた。


「訊かれるまでもない。間が悪いと言ったな? 逆だ、むしろずっといい」

「まったくだねー。ちょうどベルちゃんたちとタイミンクが被るなんて、マヌケで不幸なイモータルもいたものだよ」

「前ほどの力は出せないかもしれませんけど……わたしも微力ながらお手伝いします!」


 村人たちとすれ違うように、村の中へと一歩を踏み出す。

 フ、とレツェリは小さく笑ったようだった。


「なッ、あんたら、イモータルとやり合う気か!? 常識ねえのか、そこらの魔物とは違うんだぞ! 勝つとか負けるとかそんなんじゃねえ、不死身の化け物だ! 殺しようがない!!」

「待て! 見覚えがある……」


 村人のひとりが、逃げようとする足を止め、呆然とイドラを凝視する。それを見て隣の男は「あッ」と声を上げた。


「あの緑の髪の女……! ありゃ協会の修道服だ! ってこたぁきっとエクソシスト! 祓魔師の方が来てくださったんだ!」

「葬送協会の!? いくらなんでも早すぎる、たまたま通りがかったのか? いや理由なんざどうでもいい、これで助かるぞ!」

「おおっ! ありがたや、ありがたや……!」

「やった、葬送してくれるんだね!? もうだめかと思ったよっ!」


 不死の襲撃で顔色を失い、恐怖と混乱に駆られる村人たちに歓喜の波が起こる。

 エクソシスト。不死を葬送し、無力化する唯一の者たち。それはイモータルの恐怖に晒されるこの大陸に住む人々にとって、なによりも頼りになる救いの手だ。

 唯一の者? 本当に?


「……違う。そっちじゃない。エクソシストの方じゃなくて」


 思わぬ祓魔師の助けに喜び、逃げようとしていたことも忘れて色めき立つ人々。その騒ぎの中で、最初に足を止めた者が小さく、独り言のように話す。


「一年前。俺はあそこにいたから知ってんだ。あの男、そうだ、腰にナイフも下げてた。ってことは、やっぱり——」


 不死の災厄が支配する、雪の積もる村へと迷いなく進む一行。その先頭に立つ、取り立てて目立つところのない男の後ろ姿を注視し、記憶の中のそれと見比べる。

 少し背は伸びている。しかし、同一人物であることはすぐに知れた。


「——不死殺し。葬送じゃない……エクソシストでも殺せないイモータルを殺す男……!」


 理外の怪物を、別の理外で以って殺す狩人。その姿を知る者は、協会の祓魔師よりもそちらに意識を奪われた。

 だが、静かな畏怖に震える男の声は、葬送者を歓迎する喝采に呑まれ、誰の耳にも届かなかった。

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