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不死殺しのイドラ  作者: 彗星無視
第三章 断裂眼球

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第三十八話 地底の幸福

「髪、切った方がいいんでしょうか」


 宿に戻ってすぐぽつりと漏れたソニアの呟きを、イドラは聞き逃さなかった。


「髪? 邪魔なのか」

「あ……えと、それもあるんですけど」


 言葉を拾われるとは思っていなかったのか、ソニアはぴくりと驚いたように背筋を伸ばす。それから指先同士を合わせ、言いづらそうに口にする。


「人の目が……やっぱり、目立っちゃうみたいで。イモータルみたいだって思われてるんなら、短くして少しでも自然にした方がいいかなって」


 ソニアの真っ白い髪は人目につく。街中を歩けば、じろじろと周囲に見られることはままあった。

 旅人には周りのことを気にかけない、ある種のふてぶてしさが必要だ。そんなイドラは人の目なんてなんだってよかったが、ソニアの方は年頃の女の子。気にするのも道理だと、これまで思いもしなかった自分に呆れながらイドラは得心した。


「珍しいからみんなつい目で追ってるだけだよ。僕はソニアの髪、綺麗だって思う。切っちゃうのはもったいない」

「イドラさん……」

「まあ、ソニアが気にするなら別だけど。邪魔になってるなら、いざっていうとき危ないだろうしな」

「……いえ、そのままにしておきますっ。動く時は後ろで結べばいいですし」


 どこか弾むような調子で、ソニアははにかんだ。



——怒涛のヴェートラル聖殺作戦から三日が経った。

 イドラたちはまだ聖堂のあるデーグラムの町に留まっているものの、今日から場末に近い静かな宿へ居を移す。作戦も終わり協会が宿代を出してくれなくなれば、あんな高い宿は懐に毒だ。

 しかし金銭的なもの以外に、理由はもうひとつ。

 協会の目を逃れる——そのために、人気ひとけのない町の端の宿をわざわざ探した。


 司教レツェリ。このランスポ大陸におけるロトコル教会の束ね役の声を聞いて、ソニアは自身を攫った男だと口にした。

 さかのぼること一年前、ただの村落の娘だったソニアを誘拐し、いかなる手段かその肉体を作り変えた誰か。ソニアが『不死憑き』と厭われ、狭く暗い岩の中に閉じ込められた原因。

 それが、本当に司教レツェリなのだとすれば……協会はとんでもない悪意に支配された組織になる。ロトコル教の司教が人さらいに手を染め、人間をイモータルに近づける禁忌を犯すなど言語道断。それどころか、ある種荒唐無稽とも言えるだろう。


「つまるところ、僕たちに必要なのは物証だ」


 確信に足る物証。ソニアの記憶を裏付けるものがあれば、レツェリ司教への疑念が証明される。


「はい……!」


 場末の宿。一階の酒場はまだ昼前で、がらりと空いていた。内緒話をするにはぴったりだと、イドラたちは端の席で面と向かい合う。

 レツェリ司教について調べる必要があった。彼がもし本当にソニアに不死憑きという、年端もいかない少女が背負うには重すぎる十字架を施したのなら——


(……許せない。決して……許してはならない)


 あの白い面紗の向こうにいる男は、紛れもない悪になる。糾弾され、裁かれるべき大悪に。


「スクレイピーを倒しにセグメ海岸の手前の湿地に向かう途中。馬車の中で、男にさらわれた時のこと話してくれたよな。その時の、閉じ込められた場所って正確に覚えてるか? 確か山壁をくりぬいた洞窟、だったか」

「あ……えーっと。正確な位置って言われると、あんまり浮かびませんけど……近くにいけばなんとなくわかる気もします。集落からそう離れてもなかったはずなので」

「集落に近い山。っていうと、プレベ山か?」

「はいっ。あっ、イドラさんはその山の先の村で暮らしてたんですよね。果ての海から近いところの」

「ああ。たまには故郷に顔を見せたい気持ちもあるけど……今はそんなヒマないな、明後日は協会の書庫に入れてもらう約束だし。だから明日、その山壁に出向こうと思う。洞窟を探ればなにか手がかりが残っているかもしれない。ソニアにはついてきてもらって、記憶だよりに正確な場所を探ってほしい」

「わかりました、もちろんです……! わたしもはっきりさせなければいけません。わたしを『不死憑き』にしたのが、誰なのかを」

「ああ。キミには、誰よりも怒る権利がある」


 あるいは同時に、明らかにする義務も。そうしなければソニアは前に進めない。

 きっと誰しもに決着を付けねばならない事柄があると、そんなことを思う。

 イドラにとっての『事柄』は言うまでもない。ウラシマ……大切だった誰かを助けられなかった、罪。

 そこから逃れようとした三年間だった。しかし、イモータルを何匹殺そうが、罪は背から剥がれない。

 向き合わねばならなかった。そしてその決着は、彼女の遺言になんらかの答えを見出すことによって付けられるはずだ。


(三年、どこへ行ってもどれだけ考えてもわからなかったが……明後日、協会の書庫を当たれば核心に触れることができるだろうか)


 雲の上に行け。花壇に逆さまに遺された、あの血文字をまだ憶えている。

——あの人が意味のない言葉を遺すはずがない。なにか重要な意味がある。

 消えたウラシマの死体。今もイドラの左手首に着けられた、傷ひとつない黄金色の腕輪。それからもうひとつの形見である、今はソニアが使う青い柄巻のカタナ、ワダツミ——誰にでもその能力を使用できてしまう常識破りのギフト。そもそものウラシマの旅の目的、イドラを同行させようとした理由。

 湧き続けるあらゆる疑問に、終止符を打たねばならない。そこがイドラの『決着』だ。

 しかし今は——


「怒りを振り下ろすことが怖いなら、僕が力を貸そう。そばに立って、手を添えて。キミの味方で居続ける」


 罪を赦し合う、今この世でなによりも尊い一蓮托生の少女のために。

 自身の道よりも、彼女の道を優先しよう。先日の聖殺作戦などは、まったくもってイドラの都合で付き合わせたようなものなのだから、相見互いというやつだ。なにしろ同じ罪人、自分ひとりでは肯定を得られない壊れ物同士。


「嬉しいです……イドラさん。でも、わたし、自分でも気持ちがまだわからなくて。仮に、報復の機会を得られたとして、わたしはそれをするんでしょうか。それを恐れる心は……間違いなんでしょうか」

「それは僕にもわからない。間違いか間違いでないかは、キミだけに決められることだ。悪いけれど」

「いえ、そうですよね。……ああ、だけどわたし、ひとつだけはっきりしていることがあります」

「——?」

「あの日、イドラさんに連れ出されて……本当によかったです。鎖につながれていた時のわたしは、生きることを諦めかけて、死ぬことで不死憑きの自分から解放されようとしてました」

「それは、だけどキミを思ってのことじゃない。僕の醜悪な自己満足だ。キミを助けて、僕は助けられなかったひとの代わりにしようとした」

「もう聞きましたよ。その上で感謝してるって、わたしも言ったじゃないですか。イドラさんに救われて、今だってわたしはすごく幸せです——だから」


 きっと誰しもに決着を付けねばならない事柄がある。

 イドラの中にある考え。それをほぐすように、ソニアは花のように笑い——


「仮になにもかもがはっきりしなくて、不明瞭なままだったとしても。イドラさんがいてくれれば、自分に後悔がないって言える日が来るんだと思います」


 物事の完璧な終わりを得られず、区切りをつけることができずとも幸福でいられるのだと、そう静かに言ってみせた。

いつもご愛読ありがとうございます。本日から大きな転換点である第三章を更新していくのですが、生活の変化から執筆速度が落ちてしまうことが考えられます(というか既に落ちてます、すいません!)。

そこでなるべく更新ペースを落とさないように、このように一話の文字数を少し減らして区切りを細かくしていく形を取りたいと思います。


またついでながら、ブックマークや評価、感想を送っていただいた方、この場を借りてお礼申し上げます。執筆においてこれ以上ない励みになります。

今後ともぜひ、『不死殺しのイドラ』をよろしくお願いします!

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