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オレの嫁は17才

山へ向かう坂道を歩く二人がいた。男は大股で急ぐように歩き、後ろからよろよろ付いてくる子供の手をしっかり繋いでいた。

子供はずんずん歩く男の手に引かれながら、付いて歩くというより、なかば引きずられる足取りだった。

「あと少しだ、頑張れ」

後ろを振り向きもせず、子供に声を掛けたが、子供は返事をする余裕もないほど、息を切らせていた。

道端の狭い山道が、途中けもの道のような場所を歩き、鬱蒼とした森を目の前にした時、ぽっかり拓けた場所に出た。

「よし、着いたぞ」

「芳仲!」

男は大声で名前を呼んだ、さけぶように。

しばらく時を置いて、森の中からガサガサ音を立てながら、のそっと芳仲が返事をした。

「なんだ、喜田時か久しぶりだな」

「おう、元気だったか?」

喜田時はやたら機嫌よく話し始めた。

「今さ、祭りの最中でさ」

「ああ、知ってる。今朝から太鼓やら笛やら聞こえてた」

芳仲は喜田時の祭り用の衣装を眺めて答えた。

「なんだ、祭りの餅でもくれんのか?」

「餅か!それもいいが、もっといい物があるんだ」

喜田時は足をモジモジと擦り合わせ、口をもごもご言いにくそうに下を向いた。

「お前に、嫁をやる」

「は、?」

下を向いたままの喜田時に芳仲は何を言われたのか理解出来なかった。

「お前に、嫁をやると言ったんだ!」

「!?」

「ほら、芳仲もうすぐ三十路手前の歳だろ、両親も早く亡くして。一人は寂しいだろ?」

芳仲の呆然とした様子に喜田時は、まくし立てるように話を続けた。

「いつまでも一人でいるお前が心配なんだよ。安心してくれ、お前の嫁はオレの妹なんだ」

言って喜田時は後ろに隠れるように立ったままの子供を、芳仲の前に差し出した。

「なんだ、この小汚いガキは」

芳仲は見たままの感想を言った。

「おい、小汚いとは失礼だな!ウチの妹に向かって」

喜田時は反論したが、見れば頭はボサボサで、着物は着崩れて帯も蛇がぶら下がっているようにほどけていた。

何処から見ても小汚なかった。

ムッと顔をしかめて、喜田時は妹の髪に付いた葉っぱや、着物に付いた泥汚れをポンポンと手で払ってやった。

「成りはちょっと幼いが、今年17歳だ。」

芳仲は何か堪えるように口元を手で押さえて言った。

「じゅ、17歳っこれが!」

「大丈夫だ、生活のあらかたは任せられる。どこに出しても大丈夫」

ここで、恥ずかしくないの決まり文句を言わない所が喜田時のいやらしい所だ。

「うん、お前にぴったりだ。よろしくお願いする」

「よろしくって・・・」

呆然とする芳仲を前に喜田時は妹の頭を撫でて、頑張れよ。と声を掛けると走りだした。

「祭りの途中で抜け出してきたんだ、またな!」

逃げるように山を降りていく喜田時の、小さくなって行く背中を見ながら、芳仲は頭を抱えて座りこんだ。

あいつ~、余計なもの置いて行きやがって~。


芳仲は、どうしようかと悩んだが、

少し離れた所に、うつ向いて立ちすくんだままの喜田時の妹を見た。

一体何があってその成りなのか。

喜田時の家は村の中でも結構な広さの田畑を所有している地主だ。

オレと違い、家もしっかりした、生活に余裕のある家の娘のはずだ。

どうして、何故、これ?

「妹がいるなんて聞いた事なかったぞ」

ぼそりと呟いたのが聞こえたのか、妹はうつ向きながらチラリと芳仲を見た。

足が裸足だった。

こんな山奥まで裸足で来たのかよ。

芳仲は、はぁ~っと深いため息をつくと、立ちすくんだままの妹に、とりあえず話しかけた。

「お前、名前は?」

芳仲と目を合わせずうつ向いたまま返事をした。

「ユキ」

か細い声でしゃべった。

いろいろ納得出来ない事だらけだ。が、

芳仲は立ち上がってユキを見下ろした。

「ユキ、その成りじゃ大変だから来い」

足、洗うぞ。言いながら自分の住みかを案内するように歩き出した。

ユキはそろりと足を擦り合わせて、ぎゅっと着物を両手で掴んだ。

早く来い、もうずいぶん芳仲と間が離れてしまったが、ユキを呼ぶ声に、それを頼りにするように歩き出した。


家、と言っていいのか、掘っ立て小屋と言ってた方がお似合いの家屋にユキは案内された。

四畳程の広さの土間に、入り口近くには水場と、調理場用の竈門ある。

一段上がった板場は、これまた四畳程の広さしかない部屋の間取りだった。

「おら、これで足洗いな」

芳仲は水場から大きめの匙で水をすくってユキの泥に汚れた足に掛けた。

「っ、うっ」

傷でもあったのか、少し呻くユキに済まなそうに言った。

「悪いな、雪解け水使ってたから。しみるか?」

芳仲はユキの足の状態を確認しようと屈み込んだ。

瞬間、弾けるようにユキは飛びのいた。

「どうした?」

大丈夫なのか、と気を使っただけだ。なのにこの反応。

「もう、いい」

ユキは泥の付いた着物で濡れた足を拭きながら、短く言った。

芳仲はふ―っと息を付くと、頭をガシガシと掻いた。

ユキは隠れる所も無さそうな狭い部屋の隅に小さく座り込んだ。

「そっか、分かった」

薄い壁板にもたれかかり、芳仲は村を見下ろした。

村からは春祭りの真っ最中で、いつもと違い、笛や太鼓の音色で賑やかだった。

芳仲はチラリと膝を抱えて座るユキに言った。

「今夜はオレは仕事場で火の番をするから、一人で休んでくれ。飯は竈門の鍋にちっと残ってるから」

それ食え。最後の一言には、もう背を向けて仕事場へと向かう。

ユキがどんな顔をしているのか、見るのを芳仲はためらった。


歳が離れて過ぎている、オレも後2年で三十路のおじさんだ。

嫁がいなくても生活に不自由しない、オレは父母とも早く死なれたが立派に生きている。

突然現れた友人の妹を嫁にと、押し付けられた芳仲は、明日どうやって喜田時に断りを入れようか、あれこれ考えた。

気が付く頃には薄闇が森を覆っていた。

芳仲は今日、何度目かのため息を付いた。


芳仲が去った姿を見届けたユキは、そろりと板部屋から降りた。

もう一度水場から水をすくって、丁寧に足を洗った。

人の気配がない事を確認すると、ユキはほどけかけた帯を取り、泥と草がこびり付いた上着をぬいだ。

先ほど兄の喜田時が手で汚れを払ってくれたが、汚いままだった。

下着にも汚れはあったが上着程では無い。ユキはきゅっと下唇を噛んだ。

竈門に火を起こし、湯を沸かして着物を洗った。芳仲が言っていたように、この家の水は冷たかった。

一通り洗濯を終わらせると、もう辺りは薄暗くなっていた。

ユキは竈門に薪を追加して、竈門の熱で着物が乾くように干した。

狭い部屋の中はあまり物が無い。布団のような物は無く衣紋掛けに厚手の着物が掛けてあった。

芳仲の、その着物にくるまりながらユキは身体を縮めて、眠りについた。


朝が来た、芳仲は一睡も出来ずにいた。

祖父の代から始めた窯焼きで、庶民が普段使いをする器物を作って売る仕事を生業にしていた。

出来上がった碗や皿を丁寧に藁で梱包する。

背負い籠に積めて、芳仲はよいしょ、と掛け声と共に重い荷物を背負った。

「さて、行きますか」

まだ朝靄の晴れていない山道を、村へ向かって下って行く。途中、迷いながら芳仲はユキの様子を見に家へ寄る事にした。

「起きてるか?」

芳仲はそっと家の中を伺った。

オレの着物にくるまりながら、頭だけ出してこちらを見た。

まだ眠い様子だったが、声をかけた。

「オレはこれから村まで皿を売って来る、夕方までには戻るから」

薄暗い部屋から短く、分かった、と返事が聞こえた。

芳仲はやれやれ、と肩をすくめると再び村へと山を降りた。


麓にたどり着く頃には家々から朝支度の煙が立ち登っていた。

芳仲は重い荷物を背負い、真っ直ぐ喜田時の家へ向かった。


「ぅあ~、まだ頭が痛いんだよ」

昨日の祭りでしこたま飲んだのか、飲まされたのか、喜田時は具合悪く布団に潜り込んだ。

「いい加減にしろ、オレに話さなきゃいけない事があんだろ」

ジロリと芳仲に睨まれ、仕方なく喜田時は起きあがった。

「昨日のお前の妹、あれは何があった?」

詰め寄る芳仲に喜田時は、言いにくそうに。ん~っと唸った。

「まぁ、ハッキリ言うと、襲われたんだ」

!?

「いや待て、未遂だ未遂」

「未遂って、何が、」

あの、ぼうっ切れみたいな容姿を思い出して耳を疑った。

「昨日、祭りの日に久しぶりに里帰りした姉が、ユキに着物を着せたんだ」

姉。あぁ、隣村に嫁いだあの色っぽい人か。

などと昔の事を芳仲は思い出していた。

「そう、あの豊満な姉な」

喜田時にジットリと睨まれ、オレはドキリとした。人懐こいが、こうゆう感の良さに油断がならない。

「ユキは父方似なんでな、姉が前から気にしてたんだ。何時までやんちゃさせとくんだ、て」

「やんちゃ・・・」

「もう少し娘らしくしろ、て新しい着物を着せたんだ」

喜田時は床の間から、外の景色に目を移しながら言った。

「その姿で外に出て、悪ガキにからかわれた。で、乱闘騒ぎ」

「誰も止めなかったのか?」

「祭りの余興程度だったんだろ初めはな」

「そのうち度を越して2人の悪ガキに取り囲まれてさ」

オレはうっと両膝の握りこぶしに力を入れた。

「未遂だったんだろ」

まぁね、と言ったが喜田時の顔は晴れない。

「村中にこの騒ぎが知れ渡ったんだ祭りの最中だったし」

喜田時はその時の様子を思い出したのか、酷く落ち込んだ。

「もう、ユキが普通に村に居て生活できる状況じゃない」

涙声で喜田時は芳仲の肩を掴み、真剣な目で頭を下げた。

「頼む芳仲、ユキを嫁に貰ってくれ。このままだとユキは婆さんになるまで傷者と後ろ指を刺される」

芳仲も、それは良く理解していた。

そして、昨夜からずっと考えていた事を聞いた。

恐らく、オレに妹を嫁に出したがる理由を、喜田時はまだ話していない。

「それは、お前の家ごと評判が地に落ちる事でもあるからか?」

鋭く指摘され、喜田時は押し黙った。

やっぱりか、オレはさらに聞いた。

「ユキを襲った奴は誰なんだ?」

言いにくそうに、喜田時がボソッと答える。

「良薬寺の跡取りと村田屋の次男だ」

二人揃ってため息をつく。

小さなこの村で絶大な勢力を持つ家だった。良薬寺はこの辺り一帯の村に檀家を持ち、村田屋は西海に港の管理と船を多数所有し、交易で商いをしている。

どちらもビックリする程の裕福さと権力を持っていた。

「何でまた、厄介な」

芳仲は頭を抱えた。

「あの家に文句を言ってみろ、我が家は一捻りで終わりだ」

「ユキをどっちかの嫁に出す気はなかったのか?」

「どちらも、もう許嫁が居るんだよ」

「すまん、芳仲。お前の存在は村から離れているし、しがらみも無い。だから・・・」

尚も頼み混んでくる喜田時の言葉に待ったをかけた。

「嫁って言ってもたぶんオレは無理だぞ」

喜田時はじっとオレの目をみる。

「・・・分かった。でも、しばらく面倒を見るだけだ」

「本当か?」

「高く付くぞ、いつもの倍はオレの作った皿を買いとってくれよ」

「ありがとう芳仲、いや義弟よ」

「その呼び方はよせ」

喜田時は芳仲の手を握りしめて喜んだ。その後も一家総出でユキとの結婚を祝られたが、肝心のユキ本人の気持ちが全く無視されている事に、深く不安になっていた芳仲だった。


芳仲が家に帰る頃には太陽が西海にちょうど半分沈む時間になっていた。

家から煮炊きする匂いと煙りの様子に何だか懐かしさを覚えた。

こんな雰囲気は何年ぶりだろうか。

「今、戻った」

なんだか照れ臭くなって、素直にただいまの挨拶が出て来なかった。

芳仲の声を聞き付けたユキは、竈門の前に小さな腰掛けに座り、火の調節をしていた。

「ユキに荷物が有るんだ」

よっこらしょと、芳仲は行きに皿を入れた籠に喜田時から渡されたユキの荷物を部屋に置く。

目一杯に持たされた荷物は狭い部屋を占領した。

帰りの方が重たかったかもしれない。

「兄に会いに行ったの?」

「あぁ、皿を売りに行く次いでにね」

ユキは途端に不安な表情になった。

まぁ、いろいろあったから当然の反応だ。

しかし、これからその事について、話し合わなければならない。

「ユキ、これからの話をしよう」

「兄に全部聞いたんでしょう?」

オレが留守の間に身体を洗ったのか、今のユキの姿は昨日よりましだった。着物の汚れも取れ、薄桃色の花模様が可愛らしかった。

この着物が原因で酷い目にあったのかと思うと、やるせない気持ちになった。

「ユキはオレの所に嫁に来たいか?」

喜田時一家は手放しで喜んでいるが、肝心のユキの気持ちを知りたかった。

もしオレの事が嫌だったら、持たされた荷物と一緒に、明日ユキを連れて喜田時の家に返すつもりだ。

ユキは竈門前の腰掛けに座り、また黙ってしまった。

オレは、あせらずにユキの考えを待った。

「村には帰りたくない。」

「うん」

「仕掛けも作る時間がほしい」

「うん?」

「でも、嫁とか、まだ無理」

うん、そうね。オレも無理、嫁って感じ全然無い。

芳仲は心の中で同意した。

取り敢えず、オレの事は嫌ではないと。

「分かった、じゃあオレの事は、もう一人の兄さんだと思って家族になるか」

そう言うと、ユキは初めてぱぁ~と顔を綻ばせた。う~ん、まだまだ子供だな。

「ありがとう」

うつ向きながらユキは言った。

子供の面倒をみるくらい、何とかなるか。

そんな気持ちでオレは、ユキと一緒に居る事にした。


ユキとオレの生活が始まった。

祖父の代から始めた釜焼きで、日常に使う碗や皿を作って細々と暮らしている。

材料になる粘土質の土を探したり、窯場の補修、付近の山掃除に他にもいろいろ仕事をこなしていた。

今日の仕事は、近くを流れる川の上流にゴミが溜まり、流れを悪くしていた場所を掃除する。

ふんどし一丁の格好で、もくもくとゴミを取り除く。

先日から一緒に暮らし始めた娘の事を考えていた。

嫁にと友人から突然押し付けられた娘、年の差と見た目の幼さから、妹として認識しながら生活している。

正直、今まで他人と暮らした事もなければ、あまり人のこない山奥にすんでいる事もあって、不安だったが、今の所うまくいっている。

ユキの性格はさっぱりしていて、不用意にこちらに踏み込んでこない事にも好感が持てた。

「ふぅ、だいぶキレイになったな。この辺でやめとくか」

まだ濡れた身体に着物をはおった。

「芳にぃ、終わった?」

「おぅ、どうした。ユキは今日は畑じゃないのか?」

「畑にはしばらく行かない」

そっけないユキの返事に何かピンと来た。

「誰か居たのか?」

途端にユキは仏頂面をする

言葉少なめだが、芳仲にとっては分かりやすいユキの反応に、顔がほころぶ。

実兄の喜田時が可愛がるはずだ。

ユキは昼めしの包みを渡すと、近くの座りやすい石の上のに腰を下ろした。

今日の昼めしは笹に包んだ玄米と塩漬けした青菜を一緒に蒸したチマキだった。

それを頬張りながらボソリと言う。

「村田屋の奴が山に入って来たのが見えたから」

あぁ、それで避難してきたのね。

「大丈夫だったのか?」

「蜂の巣投げ込んでやった」

!?

ゴフッ、思わずオレは吹いてしまった。やんちゃと聞いていたが、何と言うか、思い切った事をよくする娘だった。

村田屋は自業自得だけど。

「昼めし、食べ終わったら一緒に帰るか」

ユキは黙ってコクリと頷いた。

ユキが家に来てからの食事事情は賑やかになった。

畑で作物を作るし、山菜やキノコを採って来たり、たまに川魚や雉を採って来たりもした。

オレも一人暮らしは長いが、そこまでは用意が出来ない。

「何と言うか、凄いな」

家にたどり着くと、部屋の中は物で溢れかえっていた。

「大丈夫、ちゃんと寝れる」

「なんか荷物、増えてない?」

見たことのない道具が壁や天井に所狭くぶら下がっている。

「危険な物では無い」

「・・・そう」

オレの長年暮らしていた家は、今やすっかりユキ専用の部屋になっていた。

夕食を終えると、オレは寝るために窯場へ向かう準備をする。

と言っても着替えを用意するだけだったが。ユキがここで暮らし初めて以来、オレは窯場を寝床にしていた。

元々、窯場は祖父がこの土地に来て建てた小屋で、この家は父が新居として建てた家だった。

大柄な体格のオレが寝るだけで狭くなる部屋に、ユキと一緒に寝るのは無理だった。

それに、

オレは横目でユキを見る。

夕食の後片付けをしている姿を眺めて思う。

嫁として家に居るが、オレは妹とみたいな感じで接しているし、ユキの方も兄みたいに想っている。

お互いある程度の節度は必要だった。

家を出ようとしているオレに、つと、裾をひっぱられた。

「どうしたユキ?」

ユキは裾を掴んだまま下を向いている。

「行かないでほしい・・・」

「・・・え?」

「今夜はこっちで一緒に寝てほしい」

ユキは意を決したように訴えた。

「大丈夫、芳にぃの寝れるようにちゃんと準備したから」

「準備って・・・」

な、何を言っているのか、この娘は!

オレはうろたえた。

「夜半になると、戸板がカタカタ鳴るんだ、風も吹いてないのに」

不安げに続けて言う

「今日は村田屋の奴が来たし!」

オレは家の薄い壁板を見た。入り口の戸板もかなり年季が入っていて、不安ではあるか。

う~ん。

「そういう事なら、今日はこっちで寝るよ」

「良かった、助かった」

ユキはほっと笑顔を見せた。

夜中に戸板が鳴るのは気になるが、村田屋の事は心配ないだろう。

こんな山奥に闇の中、いくらなんでも酔狂だ。よっぽどユキに対して想いを寄せてるか・・・。

とまで考えて、かぶりを振る。

イタズラ目的でも無いわ~。

「今夜は、オレが戸板の様子見とくわ」

「良かった、じゃあ準備するね」

「だから、何の準備?」

戸惑うオレに嬉しそうに、ユキは壁にぶら下がっている網のような物を手に取った。

呆気に見ているオレの前で、ユキは網を部屋の端から端まで括り付ける。

長細く編まれた網の中に、ユキの身体がスッポリ収まった。

「見て、芳にぃ。これなら一緒に寝れるよ」

「もしかして、この下でオレ寝るの?」

ゆらゆら宙に揺れながらユキが答える。

「そうだよ。大丈夫、芋の蔓で編んだ物だから壊れない」

「その、大丈夫じゃなくてね」

なんて説明したら良いのか、オレはてっきり土間にムシロを敷いて寝るのかと考えていた。

まさかこんな物をこしらえているとは思わなかった。

迷っているオレに、ユキがじっと眼で訴えてきた。

「・・・じゃあ、試しに」

するりと身体を横にした。

上を向くと、なんか、近い。小さなユキの背中が、ちょっと手を伸ばせば触れられる位置にあった。

「芳にぃ、寝相は良い?」

「・・・普通です」

「良かった、お休みなさい」

「お休みなさい」

一刻、一刻と時間がたつ。

芳仲は、寝れなかった。

頭上でユキの規則正しい寝息が、気になる。何となくユキの温もりも感じてしまう。今だかつてない経験にソワソワしていた。

「う~ぅん・・・」

ぷらりっとユキの手が網から出てきた。

「うわ!」

思わず芳仲はビックリして、声を出してしまった。

そっと、ユキの細い腕を掴んで元にもどす。

ギシギシ、と網の軋む音がしたと思ったら今度はたらりっと足が出てきた。

この娘は、もうっ!なんて寝相が悪いんだ、人の寝相の心配をしておいて、まったく世話のやける。

芳仲は起きてユキの足を掴んだ。

そう言えば、怪我してたっけ。掴んだ足の様子を見ようと、じっと顔を近づける。

「う~っ」

ユキがもう一度寝返りをして仰向けになった。

「あっ」

掴んだままのユキの足が、動いた拍子に太ももまではだけてしまった。

若い、なめらかな足が芳仲の目を釘付けにする。

細いが、そこはしっかり娘らしい肉付きをしていた。

何かに取りつかれたように、芳仲の指がユキの足を、つーっと膝まで触れた。

ガタガタ!

戸板が音を立てた。

はっとして芳仲は足を離し、その場から飛び退いた。

ああああぁ、ビックリした!ヤバかった、危なかった。

心臓を鷲掴みにされる程ドキドキしていた。

何してんだオレーっ。焦りと驚きに身体中の力が抜けていた。

心音だけがドクドクとうるさく鳴っている。

カタカタ、また戸板が音を立てた。

芳仲は息を調え戸板の方を見た。

何かいる?

そーっと近づいてみる、黒い毛むくじゃらの何かが戸板を引っ掻いていた。

「なんだ、狸か」

よくよく見ると、間違いなく狸だった。

良かった、不審な音の正体が狸で。

芳仲は心の底から安堵した。

ついでに、この狸に感謝もした。

間違いを起こさなくて、ありがとう。狸!


夜が明けて、目を覚ましたユキに昨夜の事を話してやった。

「狸!本当に?」

「ああ、ほらこの戸板。よく見るとここに引っ掻き傷があるだろう」

「本当だ」

ユキはほっとしたような様子を見せたが、犯人が狸だったと知ると、恥ずかしそうにしていた。

お化けじゃなくて良かっな、とからかったら背中を蹴られた。


昨夜の心配事は無事に解決できたので、今日はぼろぼろの戸板の修理をする事にした。

「木枠はこのままで、新しい板を取り付けるか」

製材された新しい板は無かったので、村まで行く必要が出来た。

「ユキも一緒に行くかな?」

聞いてみよう、と家に向かうと、話し声が聞こえて来た。

誰だ?ユキの声と男の声がした。

そっと気づかれ無いように近づいた。

ユキの荒い声が耳に届く。

「しつこい、あっちに行け!」

「何だよ、この間はちょっと良くなってたのにな」

明らかにユキをバカにする声たった。

「もう、村には戻らない。お前のせいだ太一!」

太一と呼ばれた少年は、良く陽に焼けた赤ら顔をしていた。

「はぁ?、あれくらいの事で何で俺のせいなんだよ!」

「気持ち悪い事したでしょ、嫌だって言ったのに!」

「気持ち悪いってなんだよ」

太一とユキのやり取りを聞いていた芳仲は生ぬるい気持ちになった。

ほら、あれだ。好きな娘に嫌な事しちゃう、あれ。

言い合っている相手は昨日、山に入ろうとした村田屋の次男だろう。

あ~あ、わざわざユキを構いに、こんな所まで来たのかよ、あいつ。

芳仲は何でかモヤモヤとため息をついた。

どうしようかと迷っていると、二人の会話はいよいよ危なくなってきた。

「バカはお前だ、お前みたいな奴が嫁になんてなれるか」

「何だと~っ」

「騙されてるに決まってらぁ、幸せになんてなれるもんか」

「このぉっ!」

ユキは拳を振り上げて殴りかかった。が、逆に振り上げた腕を捕まれて、そのまま家の壁板に押さえ付けられた。

きゃあ、とユキの小さな悲鳴が聞こえた所でオレは二人の間に割って入った。

「はい、そこまで」

あっと、太一は身体の大きい芳仲を見上げた。

「ほら、もう離して」

子供を軽くあしらうかのような言い方に太一はムッとなった。

「は、お前がこいつの旦那かよ。」

芳にぃ、とすがるユキに太一はチッと舌打ちをすると、今度は芳仲に歯向かった。

「おっさんのくせに、よくもユキを嫁に取ろうとなんて思ったな、変態」

お、おじさん。

そこはかとなく気にしている事を言われて、ちょっと傷ついた。

「年頃の娘に悪口言わない、落ちつきなさい」

年長者の威厳を保つために、なるたけ冷静な態度を取った。

その事が太一には逆に腹立たしかったのか、さらに暴言を吐いた。

「清ましやがって、そんにこいつの具合は良かったのかよ!」

「え、?」

「お前なんか、」

なおも言い続ける太一に、今度はユキが声を大にして言い放った。

「当たり前だ、太一よりずっといい!」

「ちょっと待ってユキ、太一の言ってる意味分かってる?」

ユキはオレの腕にぴったり寄り添って言った。

「芳にぃは、何をしても喜んでくれた」

あ、駄目なヤツだこれ。

ユキの言葉に太一は二人を交互に見て、ワナワナと震えてる。

オレは手で顔を覆った。

ユキはたぶん意味は分かってないし、太一は十分に意味が分かってて撃沈してる。

「こっちはもう夫婦なんだ、もう帰れ!」

止めの一声に、太一は半分涙目になって、ゆっくりと後ずさると、無言で背を向けて走り去った。

「もう二度と来るな―」

追い討ちをかけるユキに、オレはもう止めてあげて、となだめた。


昼間からとんでもなく騒がしくなってしまったが、オレとユキは、戸板の材料を探しに村まで行く事にした。

「材木屋まで行く予定だけど、ユキはどうしてる?」

「家にまだ置いたままの道具があるから、取りに行ってくる」

え、まだ増えるの?

「それじゃあ、用事が終わったら、喜田時の家まで迎えに行くよ」

そう約束してオレは戸板の材料を買いに行った。


喜田時の家に着いた頃は夕方近くなっていた。

玄関先でユキを呼びに行ってもらっていると、後ろから肩を叩かれた。

「芳仲どうしたんだ、は、まさかユキを返しに来たのか?」

「違う、用事があったから来ただけだ、今ユキを迎えにきたんだ」

「なんだ、てっきり、もう、あれなのかと思った」

「なぁ、せっかく来たんだから、酒でも飲んでいけよ」

「喜田にぃ、お帰り。お待たせ、今から山に行くの?」

ユキがちょうど玄関から出てオレたちを見つけた。

ユキの姿を見ると、喜田時は笑顔になる。

「ユキ~、ただいま。元気にしてたか?」

コクリと頷くユキの頭を喜田時はなでる。ユキも嬉しそうにはにかむ。

「ユキ、今日は山に帰らず家に泊っておいき」

ちょっと、オレたちの事情は無視か?

「本当、いいの?」

しかし、ユキは凄く嬉しそうだ。

そりゃあ、山奥の狭い家に帰るよりは、いいかもしれないけど・・・。

「ほら、ユキも良いって。今から帰ったら着く頃には、真っ暗になって危ないし、な?」

「そ、そうだけど」

「芳にぃ、家に泊っていきなよ、ね」

ユキが言ってオレの腕を引っ張った。

何か、冷たい物がヒヤリと背中をつたう感覚がした。

「・・・分かった、泊ってく」

出した声がいつもより低く、くぐもっていた。

複雑な気持ちになっているオレの横で、はしゃぐ二人の姿が、何故だか面白くなかった。


ユキは自室に戻り、オレは喜田時の部屋に案内された。

「まぁ、楽にしてくれよ、義弟どの」

「だから、それやめろ」

からかう喜田時にオレは憮然と答えた。

「お前、まだユキに手、出してないだろ」

「な、何でわかるんだよ」

狼狽えるオレに喜田時はニヤリと笑う。

「そりゃあ、実家に来たのに、まだこの家の娘気分でいるからさ」

言われて気まずい感じになる。

「そりゃ、だって・・・無理だろ」

「何だよ、そんなに魅力ないか?オレの妹は」

「ち、そんな事ないけど・・・」

慌てるオレに喜田時はあからさまに、ため息をつく。

「こりぁ、村田屋の太一の方が先行ってるな」

は、はあぁ!?

「あの騒動の時、ユキにちゅーっしちゃったみたいだし」

な、何それ、オレ、そんな話しらない。

ショックを受けているオレを喜田時は面白そうに見る。

「はは、今夜はユキの部屋にお前の寝床を用意しようか?」

「な、やめれ。お前は本当に、」

顔が真っ赤になって、慌てふためいた。

その時、廊下から荒い足音が近づいてきた。

なんだ、と二人同時に腰を浮かした所で足音が止まった。

スパーンっと勢いよく開かれた襖から、迫力満天の美女が姿を現せた。


オレと喜田時はポカンと美女を見上げた。すると、フブキ姉ぇ、ぼそりと震える喜田時が呟く。

フブキと言われた美女はオレをね目付た。

「へぇ、お前がユキの夫ね」

凄みのある声色に思わず腰を低く、逃げの態勢である。

しかし、隣にいる喜田時が無言で訴えた。

止めておけ、無理だ、と。

観念して姿勢を正す。

「あ、あの。初めまして、芳仲と申します」

強ばる声で挨拶をした。

フブキは当然のごとく上座に座る。

「愚弟が、ユキを断りも無く芳仲どのに預けた事、申し訳ない」

言ってる内容は下出だったが言葉に刺がある。

「あの時はあれが最良だったんだ」

負けじと喜田時が反論する。

「あんたの意見は聞いてない」

ピシャリと言われたが、喜田時は友の為にひるまなかった。

「芳仲に嫁いだユキは幸せそうだったし、大事にしてもらってる」

な、と喜田時が目で同意を得てきた。

そんな喜田時にフンっとフブキは鼻を鳴らした。

「結婚式も上げられぬで、何が嫁ぐよ」

ビクッと喜田時の体が跳ね上がる。

「手酷い目に合って、可哀想なうえに、何もこんな歳の離れた男の所によくも連れったわね」

「俺の友人に失礼だろ、歳の差なんて、よくある話だし」

「それに、芳仲はまだユキに何もしてないんだぞ!」

「!?、ほーぅ。」

目を丸くしたフブキはチロリと芳仲を見る。

蛇に睨まれた蛙のごとく、動けない芳仲の傍らに、すすーっとフブキが近寄った。

「よく見ると、なかなか良い男だね」

「どうも」

「ふぅーん、ユキはお前にどんな態度をとってる?」

「・・・普通です」

そういう答えが聞きたい訳ではなかったのか、ギロリと睨まれる。

「えっとあの、オレの事は兄のように慕っています」

今のは当たりみたいだった。ふぅ。

フブキはさらに擦り寄ってきた。

わぁ、む、胸が、当たる。何かいい匂いもするし。

タラタラと変な汗をかいて、何とか堪える。

「ユキを幸せにする覚悟はあるんでしょうね?」

その問いに、オレは悩んだ。

ユキに対して恋とか、恋情のような気持ちはなかった。

ただ、ユキが傷つくような事はしたくなかった。

「フブキさん、オレは金も無い満足な生活も出来ないけど、ユキの事は家族だから、守ってやりたい」

真面目に、本当に真面目に答えた。

「甲斐性の無い返事ね」

「すみません」

もう、オレはいっぱい、いっぱいだった。

「そう言えば・・・」

まだ何かあるのか、早く終わってほしい。

「何年か前に噂になった男って、もしかして」

「噂?」

「若い衆の寄り合いの時に話題になった、あれよ」

「あーっぁ?え、まさかあの事言ってるの?」

喜田時が慌てて、オレの腕をつかんでひっぱる。

「逃げろ芳仲」「確かめさせて」

二人同時に言いながら、襲ってきた。

「え、ちょっと!いやぁぁぁっ」


「大丈夫か?芳仲すまない、助けられなくて」

「・・・いや、だ・い・じょ・う・ぶ」

姉弟の二人にもみくちゃにされ、芳仲は放心状態だった。

喜田時の助けが入るも、フブキの圧倒的な攻撃により、敢えなく芳仲の衣服は剥かれてしまった。

「まったく、何が大丈夫よ」

フブキは一仕事終えた時のように、ふぅ、と息を吹いた。

「確かめて正解だったわ」

おい、男に向かってそれは、あんまりだろ。

芳仲の背中を擦りながら喜田時は叫んだ。

「何があんまりよ、可哀想なのはユキの方よ」

「だ、だからって、何も芳仲の胯間を確認しなくても、いいだろ!」

フブキは深ーく、ため息をついた。

「はぁ、まさか噂通りとはね」

その場が沈黙する。

「フブキさん、オレ・・・本当にユキに何もしてません」

涙声で芳仲は言う。

「そんな事知ってるわ。今じゃなくて、これからの事を心配してるのよ」

「今はおままごと程度の結婚だけど、いつか変わるものよ、その時が来たら、どうするの?」

「そ、それは・・・」

「あんな、化け物みたいなの初めて見たわよ」

フブキは二人の目の前に立ち上がった。さながら仁王像のようである。

「いーい、もしそれでユキを苦しめたら、お前のモノをチョン切ってやるから良く覚えておきなさい!」

そう宣言すると、フンっと鼻息荒く部屋から出て行った。


嵐のような一夜が過ぎた翌朝、朝げの膳を前に、姉妹が睦まじく食事をとっていた。

「ユキ、これもお食べ。あんな山奥じゃあ、なかなか食べれないだろ?」

「ありがとう、フブキ姉ぇ」

うふふ、と幸せそうにフブキは笑う。昨夜の鬼女が、嘘のようだった。

二人はこそこそ話す。

「おい、いつもあんな事してるのか?」

「あぁ、いつも通りだ」

どいやらユキは姉にしこまた愛されているらしい。

芳仲の存在など気にしない様子で仲良く食事をしていた。

すると、玄関先から声がした。

「ごめんください」

フブキの持つ箸がピクリと動く。

喜田時はニヤリと笑った。

「俺が出迎えるから、皆は食事を続けてくれ」

いそいそと立って、声の主を出迎えた。

「お早うございます、いつもすみません、お義兄さん」

「お早う。いや、朝早くからすまない」

お義兄さんと、呼ばれた男はおずおずと答えた。

「あの、フブキさんは居るかい?」

喜田時は待ってましたと言わんばかりに手揉みする。

「もちろんです!ささ、どうぞお上がり下さい、お義兄さん」

ありがとう、と言って皆が揃っている居間に行く。

そこには、プイッと横を向いたフブキと、いつも通り食事を続けるユキ、キョトンする芳仲がいた。

「あ、紹介します。そこに座っているのが、ユキの夫の芳仲です」

「初めまして、芳仲です」

紹介された芳仲はペコリと頭を下げた。

「よろしく、僕はフブキの夫で正孝です」

わぁー、いかにも無害で人の良さそうな人だ、この人がフブキさんの夫?

驚く芳仲をよそに喜田時は晴ればれした笑顔でフブキに言う。

「姉さん、お義兄さんが迎えに来てくれたよ」

「・・・朝げの時間に迷惑なことね」

なおも不機嫌に言うフブキに、正孝はすまなそうにした。

「ごめん、フブキさん。心配で、早く迎えに行きたかったんだ」

とたんに恥ずかしそうにうつ向くフブキ。

「あなたが悪いって思ってくれてる?」

「うん、反省してるよ。ごめん、駄目な夫で」

フブキはモジモジし、ぶつぶつ言うと、上目遣いで正孝の方を見る。

「じゃあ、あの事ちゃんと約束して」

「分かった約束する。僕、頑張るから」

フブキは目をうっとり輝せて、膳の箸を置く。

「じゃあ、あなたと一緒に帰る」

正孝に差し出された手を取り、二人は寄りそった。

なに、あれ。芳仲は虚ろな目で喜田時に訴えた。

「あれがフブキさん?あれが本来の姿?」

抱きしめ合う二人を見て、さらに胸がつかえた。

「堪えろ、あの二人はいつもこうなんだ」

「オレ、砂吐きそう」

「同意する。」

芳仲は、うんざり顔になり、喜田時は苦虫が口の中に入ってような表情をする。

ユキは最後の汁物をすすると、ご馳走さま、と言って静かに箸を置いた。


「それじゃあユキ、元気に暮らすのよ」

「うん、フブキ姉ぇも」

笑い合い、別れを惜しんでいる。

そして正孝とフブキは腕を組んで帰っていった。

「あの二人いつもあんな、なの?」

「そうだ、びっくりするほど正孝さんに姉は惚れてる」

二人の馴れ初めは、フブキが村一番の強者と聞き付けた正孝の父が、ひ弱な長男の嫁にと、強く望んだ事が始まりで、当初はフブキは「弱い男など要らぬ」と、強気でいたが、いざ見合ってみると、正孝の容姿に一目惚れしてしまったのである。

喜田時の説明に、ああ!と芳仲は納得した。

「正孝さんて、雰囲気がユキに似てる」

「そう、しかも喧嘩の理由が夜の夫婦生活が原因なんだ、毎回」

頭を抱える喜田時にオレは同情した。

「大変なんだな、お前も」

優しく言ったのに、今度はキッと芳仲の方を見て言った。

「お願いだから、ユキの事も幸せにしてくれ、頼む」

切実な喜田時に、わかったと何度も言って、やっと帰してもらった。

そして、季節は初夏へと移っていた。


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