「山かけ」の不味さと美味しさ
以前に納豆のことを書かせてもらったのだが、僕にはもう一つだけ、味の落差でびっくりさせられたことがあるので、追記しておきたい。
これもまあ、どこの家庭でもやっていることかもしれないので、また「なあんだ」という話であれば、申し訳ない。
……以前、ある寮のような場所で「マグロの山かけ丼」というものを食べて、僕はめちゃくちゃ驚いたことがあるのだ。
……なんだこのとろろ! 死ぬほど不味い!! と。
あとで考えて分かったのだが、その「山かけ(とろろ)」は、もちろん何も入れずに、ただ山芋をすりおろしただけのものだった。(大人数を相手に、低予算で料理をしなければならない場所だから、まあ当たり前のことである)
しかし、生家の独自のルールに馴染んで育った若者が、初めて世間の「当たり前」に触れた時のように、僕はびっくりしてしまったのだ。
「みんな、平気なの!? このまずい山かけを食べて」(失礼すぎる)
……周囲の人間は、どうやらそのご飯を普通に食べられるようである。
日常会話は滞りなく続いており、その料理が盛られたどんぶりに向かって、マグロをうまそうに頬張っている者はいても、眉をしかめる者など一人もいない。
……ああ。俺の方が異常なのか。とその時は思ったのだが、おそらくその周囲の人間は、さしておいしくもない山芋をすりおろしただけの食べ物も、当然のように食べられるくらい世間を分かっている者と、美味しい(というか、近年の料理サイト等でも当然の)「山かけ」を知らないごく少数の人間がいるのではないかと、考えてしまったのである。
……そこで。
誠に失礼だとは思うのだが、”漬けマグロ”などを乗せる必要のないくらい、とろろだけで充分に美味を味わえることを、ここに宣言したいと思ったのだ。
ごく少数派に向けた(僕も様々なことで後に常識を知るタイプであり)、ほぼ必要のない情報なので、既知の方には申し訳ない。
……手順は正式な要領を省いて(山芋を、時間をかけて練るなど)、死ぬほど簡単なものにする。
まず、購入するのは長芋である。
本来、とろろご飯には濃厚な風味で粘りもある、《山芋》が定番なのだが(長芋は淡白でみずみずしく、サラダ等に向いている)、種類によっては一家族ぶんの分量でしか買えないものもあり……秋掘り(新鮮)、春堀り(旨み)があって比較的通年安く手に入る、分量も選びやすい長芋を、ここはお勧めしたい。
大手のスーパーでは、だいたい300gで200円ほど、というのが買いごろの値段である。(特売を除く。これでどんぶり2杯ぶんほど)
……さて。
以下、手順を一文で語る。
まず、長芋の重さと同量か、少し少なめの水(ここでは300gに対して約300ml)を火にかけ、市販の顆粒ダシ(昆布だろうがカツオだろうが何でもいい)を適当にふり、みりんと醤油をちょろっとたらし、沸騰したら火をとめて、仕上げに生卵を入れて混ぜる。
……ほぼ終わりである。
あとは、すりおろした長芋を、ナベに入れるなりすり鉢で合わせるなりして、ちょっとずつ馴染ませていく。(はじめは固いが、混ぜているとすぐ同化する)
”出汁とろろ”をご存じなかった、本当に純粋で上品な添え物つきとろろ料理などを食べて育ったごく少数の方は、驚かれると思う。
その単純で簡単なうまさに。
胆は生卵である。
コクを出したい場合は二個投入し、定番の”みりん醤油漬けマグロ”などを乗せる場合は、味のコントラストを楽しむためにも、いくらか淡白に一個にとどめておく。
味に変化を求めるなら、外れすぎることのない、お好みの薬味や、刻んだ野菜、こってりした味つけの肉類など、何でも乗せるなどして試していただきたい。
……料理所要時間は……どうだろう。
3分クッキングに勝てるだろうか。
しかし、対時間比、費用比で考えれば、他の料理の追随を(さほど)許さない、なかなかの美味が生まれるのではないだろうか。
……いや、持ちあげ過ぎてすみませんね。
とろろご飯が好物の一つなので……
ーーそれでは!
多くの方には必要なかった、2分59秒クッキング(1秒でも勝ちたい)、ここまで有り難うございました……!!
たぶん、”味の落差シリーズ”はこれで終わりですので、どうか容赦ください。
まーたーどーこーかーで~!
おなじみの蛇足ですが、スーパーではよく「山いも」「長いも」などと大別されて売られていますが、長芋も「ヤマノイモ科」に属する芋類で、正式な総称としては山芋らしいです。
長芋くん……キミはいつも変わらずに、安めの値段でいてね……!