-懐段- 茶房回顧録編
“不意打ちというのであろうか”
“目があった瞬間奪われた”
“生きていることの意味が明確、そして鮮明に発現したのだ”
私の名前は綾原鷹雄
職業は小説家をしている、毎回読者をどう楽しませようか考えることに面白みを見出してるそんな奴だ。
血液型はB型…まぁこれはどうでもいいな。
私には今、想い人がいる。
其れは先日、新小説の宝探しと称して路地裏に来たはいいが迷ってしまっていた時の事であった。
路地裏のシャッター街の突き当たり、そこにひっそりと佇む茶屋ありて、ふと目に止まった瞬間、引きつけられるような“好奇心”からその扉の方に吸い寄せられてしまった。
そりゃあ気になりもするだろう?
周りの店は殆ど閉まっていて音沙汰がないのにここだけ中から音がするのである。
一抹の不安が頭をよぎりかけた。
この世の物じゃなかったらどうする?
安全じゃなかったらどうする?
が、私はそんなことは一切気に留めなかった。
面白いものを見つけた子供のような純粋な気持ちに抗うことはできなかった。
キラリと鋭利に光った瞳はもう前しか見据えておらず、暖簾をくぐりつつ扉を開ける。
そこには…
『い…いらっしゃいませ…』
店主と思われる1人の少年が。
その目を見た私は、吸い込まれてしまった。
瞳からロードされていく情報は瞬く間に脳内に拡散され、未だ嘗て知り得なかった感覚、得体の知れない何かが自分に入ってくるのを感じた。
それは意外にも不思議なことにとても心地が良かった。まるで何かに包み込まれる、宛らそんな模様だったのである。
この感情について何だろう?と訝しんでいたところ店員が声をかけてきた。
『…ご注文はどうなさいますか?』
顔を上げるとカウンター越しとはいえ目の前に立っていた、何故だ。
私は今、店に入ったばかり、入り口のところに居たはずなのに一体どういうことなんだ?
私が無意識下で移動したのか…そんなことは…
そんな私の疑問を打ち消すかの如く、和かに微笑んでくる。
その顔を見ていた私には安らぎが訪れた。
全てがどうでもよくなってしまったようである…
悩んでいた疑問も次の小説の案も。
何もかもが脳内から消え去り、それはまるで脳天に雷でも落とされたかのような…
何を言おうとしたのかも今となっては思い出せないが私は一言、抹茶で。と絞り出した。
声になっていたかもよく分からないが、後ほど運ばれてきたのが抹茶なのだから多分そうなのだろう。
衝撃が駆け抜け貫いていく反面、満たされていく幸福と安心。
未練ができたとでもいうのか、埋まっていくのだパズルのピースがはまるように、何かしらの欠けた部分が塞がるように。
私の夢が、渇望が、人生が。
あぁ、やっと…
“退屈が終わる”
退屈、そう退屈だったのだ、私は。
私の小説の読者には大変申し訳ないが、正直なことを言わせてもらうと私は小説家としての自分に満足したことはない。
これは、小説を書くこと自体が嫌いな訳ではなく今の作風に納得がいっていないことを踏まえた上での暴論である。
頭に浮かんだことをそのまま書いていただけなのにロングベストセラーとか〇〇賞だとか囃し立てられても困る。
世間は私の小説しか知らないのにそれであたかも私の全てを知っているように振る舞うから嫌いだ。
同じくインターネットなども誹謗中傷などで溢れているからあまり好きとは言い難い。
嫌いなら読まなければいいだろうと思うのだが、誰かしらに突っかかっていきたい連中がいなくならない世の中では不可能だろう。
そんな自分の中にずっと渦巻いていた悩みがたった一つの微笑みを前に呆気なく塵になって消え去ってしまうなどと誰が想像できただろうか…
再構築される感覚を前に私は悟った。
悟ってしまった。
現実社会とあまり関わりを持たず、その手の小説も読まず、何かにつけて鈍感だと言われがちな私でも流石に気づいてしまったようだ。
この感情の正体と何を成すべきなのかを…
よし!と決断し声を掛けようとするが、いや少し待てと本能が叫んでいる。
初対面ということを忘れるんじゃない、想いを告げたところで不審者扱いを食らうだけだ。
危なかった…
私とした事が、感情だけで動くなど言語道断。
私はそんな、賭けで行動するような愚か者に成り下がりたくはないからな。
ここは、これから仲良くなっていくとして一度家に帰りまた今度来るのが得策だろう。
茶と共に出てきた干菓子も甘すぎずとても美味だった。
これは良い話が書けるかもしれない。
最後に残ったお茶を啜りつつ席を立ち、お勘定を済ませ店内に出る、店主にお礼を言いつつ帰路につく…
そこまでのビジョンは見えた後は行動に移すのみ、然し足がてんでいうことを聞かない。どうやら私の体はもうここに留まることを選択してしまったようなのである。
玉砕するのは目に見えているというのに今日を諦められないとでもいうのか!
大体、私は冴えないうえ別に目に見えて整った顔立ちもしていない。
不安感が私の心を支配する、やめておいたほうが良いのではないだろうか。
いや絶対そうなのである。そうなのだが、それでも、私はこのこみ上げる想いを、熱い想いを伝えずにこの場を去るということはできないと思ってしまったのである。
この綾原、胸中の恋慕を告げずに去るほど愛に悲観は感じていないし、冒涜する気も毛頭ない。
勿論、愚かでもない。
告げないことは罪に値するぞ。
私よ、全てを悪辣に考える固定概念を捨てろ。
口を窄めるな歪めるな閉ざそうとするな。
脳内で自問自答にも等しい葛藤に暮れていたが悩んでいた霧が晴れていくと同時にスッとした気持ちが原動力となってくれた。
動く動く、口が。
言いたいこと聞きたいことを。
『お茶、君が点ててくれたんだね、見ていたよ。素晴らしいお手前だった。良ければ名前を教えてはくれないだろうか?』
少し気味が悪かっただろうか。
それでももう質問はしてしまった、あとは答えを待つのみ。
暫くして、店主は口を開いた。
静かな店内に澄んだ声が響く。
『僕の名前は、生天目。生天目クヨウと言います』
聞いた私の中に情報が染みていく、宛ら染色液に浸された反物のように。
私は上手く言えるか不安だった押し潰されるかも知れないと思った。
だが感情に決着をつけないといけないという思いの方が上だった。
『クヨウ君かとても良い名前だ、趣があってそれでいて可憐。』
『私は綾原と言うのだが…』
『君と…』
私はこの時、自身の内面から感情が押し寄せてくるという事態にとても驚いた。
私の中にはこんなにも人を独占したいという思いがあったのか。
人と関わらなすぎて考えたこともなかった。
全く、恋か…これは麻薬だ…感情に呑まれる…
『君に一目惚れしてしまった。結婚を前提にお付き合いをさせていただきたい、必ず幸せにすることを約束しよう。』
言い切った。
私は完全にやらかしたと思った。
言う予定のない事まで言ってしまった。
嫌われてもしょうがないやつだ。
それでも、言ってしまったことはどうにもならないし、後悔はない。
心を落ち着かせてクヨウ君の返答を待つ。
嫌われる?引かれる?惹かれる?いや惹かれてるのは私だ。どうだろう?さぁ上等だ。
クヨウ君は黙っていた、沈黙が流れる。
俯いている、顔が見えない。
まぁそりゃそうだろうな、嫌われたか…
帰ろうと出口に向かって歩みを進めようとすると
声が聞こえる。
『……んな………でも……でし…ら』
クヨウ君が何かを言っている。
思わず向き直るとクヨウ君が顔を上げた。
顔が耳まで真っ赤で若干涙目である。
私のせいかと思い、謝ろうとしたところ
首を横に振る、どうやら謝ってほしいわけではないらしい。
顔をじっと見つめると恥ずかしいのか、目線を逸らしつつ、クヨウ君は先程より大きな声で言った。
『…こんな…こんな僕でも良いんでしたら…宜しくお願いします…』
澄んだ声がはっきりと耳に届いた。
実は私自身が一番驚いている、思いがけない告白が好転に繋がったというそんな喜劇的なことは私の小説でも未だ書いたことはない。
本日よりミステリ文学から一度離れ、恋文という名の愛を認めるのもいいのかもしれない。
考えの幅と視野がかなり広がった気がする。
“事実は小説よりも奇なり”とは言ったものか、いや使い方が少し違うか…
これが今日日、本当に起こったことであるということを噛み締めつつ、私は嬉しさに飛び跳ねたくなったがそんな柄でもない為やめておくことにした。
代わりに一言告げてこの物語を終わらせようと思う。
私には今、想い人…改め、恋人がいる。
お初にお目にかかります。
私、ばってんが四つで、【しば】と申す者です。
語り式の小説を主として筆をとっております。
この度は、数ある小説の中で貴方の目に止まり、読んでいただけたことに心からの感謝を申し上げます。
本当にありがとうございます。
初投稿ですが、書きたいものが書けたと思うので良かったです。
もっと精進しますので、これからもよろしくお願いします。
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