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眠れぬ夜

 バカンスはあっという間に過ぎ去った。

 シーズンを終えた王宮は静かだ。

 議会は解散し、貴族はそれぞれの領地に戻っていった。


 インベルにとって、貴族など嫌味を言ってくるだけの存在だ。

 静かになってほっとした。


 しかし静寂は、物思いを増長させた。

 インベルは考え込むことが多くなった。


 サフィラスの言ったこと。

 アウラの言ったこと。

 自分の気持ち。


 ついには抱えきれず、思い切って母に尋ねてみた。


「お母様。あの……」

 母は入念に爪の手入れをしていた。

 夕食も終わり、インベルたち親子は与えられた部屋で、のんびりと過ごしていた。


 母は今でも国王からお声がかかるのを待っている。

「なぁに?」

 湿らせたガーゼで浮き出た甘皮を拭き取る。


「あの、もしもなんですけど。もし、私がクラウィスと子をなしたら、どう思われますか?」


 ソファでブランデーを傾けていた祖父が、がばりと起きあがった。

「なに⁉︎ したのか!」


 13歳の少女は、どうしたら子が出来るのかも知らない。


「違います。ただ、もしもの話です」

「なんだ違うのか」

 祖父は再びソファに身を戻した。


「だが、悪くない話じゃないか。男子でも産めば皇后になれるぞ」

 ニヤリと笑い、白くなった顎髭をなでる。


「アグノティタの娘のことなんか気にするな。わしが必ず王妃にしてやる」

 アグノティタとはアウラの母の名だ。


 祖父は、アグノティタのことを嫌っている。


 インベルを身籠り、母が父と結婚した後も、父のアグノティタへの寵愛は衰えなかった。


 母がインベルを産んだあと、アグノティタはクラウィスを産み皇后となった。

 祖父はアグノティタさえいなければ、母が男子を産む機会があったと信じている。


「そうだ。あの娘がクラウィスと結婚するより先に身籠ってしまえ。婚約者がいようと関係ない。そうしたらお前が正妃だ」


 祖父は母のことを、第二夫人と言わず、必ず王妃と言う。

 王の妻であることに固執しているのだ。

 それは権力への執着と同様だった。


 娘を王の妻にねじ込み、筆頭議員の立場を手に入れてもまだ足りぬらしい。


「お母様はどう思われますか?」

 うかがうように母を見る。

 母は祖父が妄想を垂れ流した頃から、この会話に興味を失ったようだ。

 爪の手入れを再開している。


「陛下のお心のままになさい」

 爪に息を吹きかけ甘皮を飛ばす。


(娘の結婚相手も気にならないか……)

 母が気にするのは、父だけだ。


「13にもなって婚約者のひとりもおらんのを気にしておったが。そうかそうか。なら、おらん方が都合が良いな」


 意外なことに、祖父は気にしていたらしい。

 ただそれは、自分の権力を増強させる道具としてだ。


「まだ1年ある。時間は充分だな」


 例えばだと言ったのに、祖父はもうその気になったらしい。

 皮算用を始め、ニヤニヤする。


 アウラが成人したら、婚約が公式に発表される。

 そしてクラウィスの成人を待って結婚だ。


 そこでふと気になった。

 15歳になったら成人だ。

 成人したら、王族はすぐに結婚する。

 カルディア王家の血族を増やすことは、王家に属する者の勤めだ。


 では、サフィラスは──?


「お祖父様。サフィラス叔父様は、結婚なさっているの?」

 突然出てきた名前に、祖父は怪訝な顔をした。


「サフィラス? あの若造か。あの若造なら……」

 祖父はいかにも面白そうにくっくっと笑った。

「頭はいいようだがな。女にはモテない」


 インベルは意外だった。

 あんなにも美しいサフィラスがモテない?


「昔はクルクマと婚約していたがな。振られたようだ。いつの間にか婚約解除していたよ」


 インベルは、ほっとしたような、サフィラスが可哀想なような、複雑な気持ちになった。


 祖父は楽しそうに笑っている。

「あの男はな、兄に婚約者を寝取られたんだ」

「寝取られた?」


「展覧会などと生意気なことに手をだすから、その間にお前の父に婚約者を奪われたんだ」

「お父様」

 母が祖父をたしなめた。

 子どもに話して聞かす内容ではない。


「ん、んん」

 祖父もそのことに気づいたようだ。

 気まずそうにブランデーを飲み込んだ。

「で、サフィラスがどうしたって?」


 インベルは首を振った。

「いえ、なんでもありません。そろそろ休みます」


 祖父は「うん」だか「ふん」だかよくわからない返事をした。

 母は返事もしなかった。


 ベッドに入ってからも、サフィラスの顔が目の前をチラついた。

 このところ、いつもそうだ。


 サフィラスとはテラスで話してから会えていない。

 王族は決まって晩餐の間で夕食を取る。

 しかしサフィラスはそこに現れなかった。


(お父様を避けているのかしら?)


 だとしたら、元婚約者とのことをまだ引きずっているのだろうか。


 胸がチクリと傷んだ。


 会いたいと思っても、相手が部屋から出てこないのでは会いようがない。

 しかしサフィラスの部屋を訪れる勇気もなかった。


 成人している男性の部屋を、婚約者でもない者が訪ねるのは、はしたないことだと教えられている。


(サフィラス叔父様……)


 インベルは、今日も眠れぬ夜を過ごした。

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