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分家のくせに

「美しいね」

 背後から声をかけられインベルは振り返った。


 インベルは中庭で花を育てている。

 手入れは庭師の仕事だが、特に頼み込んでスペースをわけて貰った。


 インベルの母は花が好きだ。

 自分で育てた花をプレゼントすると、喜んで貰えるかもしれない。そう思い、丹精込めて育てている。


 母は王宮の中で浮いている。

 元々は王と結婚出来るような地位になかったが、インベルを身篭ったことにより、王と結婚した。


 しかしインベルたち親子は、いつまで経っても『分家のくせに』と言われた。


 王族として、認められていないのだ。

 そのことは、インベルの許嫁がいないことからも明らかだ。


 成人を迎える15歳になるとすぐ、王家の者は結婚する。

 しかしインベルには、婚約者すらいない。

 もう13歳にもなるのに。


 インベルが生まれる前から、父には正妃がいた。

 母が父を手に入れたのは、父が遠征で王都にいない間だけだった。


 いや。元々母に好意などなかったのかもしれない。

 遠征の間の慰み者。

 その程度だったのだろう。


 父は母に無関心だった。

 そして、インベルにも。


 インベルは母に笑って欲しかった。

 人前で見せる、これみよがしな笑顔ではなく、心から笑って欲しかった。

 できればその笑顔を、インベルに向けて欲しかった。


 だから花を育てることにした。



 インベルの努力が実り、晩春には初めて薔薇に蕾ができた。

 綺麗に咲くのを待っていたら、庭師に注意された。

 薔薇は蕾のうちに摘まないと株が弱るらしい。


 そう言われてパチパチ切っていくと、今度は切り過ぎだと言われた。

 インベルは、全ての蕾を切ってしまったのだ。

 蕾を全て落としてしまっては、咲くはずがない。


 仕方がないので蕾を花瓶に入れ、咲くのを待っていたら、そのまま枯れてしまった。


 庭師に、もう少し簡単なものにした方がいいと言われた。

 だから次は向日葵の種を蒔いた。


 向日葵はぐんぐんと背を伸ばし、インベルの背を抜いた。

 鮮やかな黄色の大輪を咲かし、インベルは喜んだ。


 この大きな花を、どうやってこっそり母親の部屋まで運ぼうか。

 そう思案していたら、後ろから声をかけられたのだ。


 一目見て、カルディア王家の者だとわかった。

 しかし見たことのない顔だ。


「あなた誰?」

「僕? 僕はサフィラス」


 インベルは驚いた。

 サフィラスとは、父イーオンの弟だ。

 王宮で暮らしているはずだが、顔を見たのは初めてだ。


 サフィラスはとても有能な政治家だったらしい。

 弟として王を助け、国内の法を整備し、商業にまで手を広げ、王家の財政難を救ったときく。


 だがどういうわけか、ここ10年近く表舞台には現れていない。

 自室に引きこもり、王宮の中でも滅多に姿を見せない。

 王族の者は皆、彼のことを「廃人」や「隠者」などと揶揄した。


「君は、えーっと……」

「私はインベル。一応、私も王族です。あなたのお兄様。イーオン王の娘」


 インベルが『一応』と言ったのには訳がある。

 カルディア王家の者は皆、一様に背が低く華奢である。

 そして白に近い金髪に、真っ赤な瞳をしている。


 インベルは、そのどれにも当てはまらなかった。

 13歳のわりに背はすくすくと伸び、いかにも健康そうな四肢をしている。

 髪と瞳は母親譲りの榛色。


 インベルの父イーオンは、王家の者にしては珍しく頑丈で大きな身体をしている。

 遺伝だろうが、見た目だけで言えば、インベルはどう見てもカルディア王家の者には見えなかった。


「ああ、君がインベルか。君が育てたの?」

 サフィラスが向日葵を見上げる。

「え、ええ」

インベルはうなずいた。

 それと同時に、とても恥ずかしくなった。


 誰にも見つからないよう中庭の隅にしてもらったのに、見つかってしまった。

 王族が土をいじるなど。

 してはならないことなのに。


 それにしても、どうしてよりによって向日葵など選んでしまったのだろう。

 野性味に溢れ、繊細さのかけらもない。

 だから薔薇が良かったのに。薔薇だったらいくらかマシだった。

 それなのに、向日葵なんて。


 また「分家のくせに」とか「これだから分家は」と言われるに違いない。


 両目をぎゅっとつむった。

 自分はいい。自業自得だ。

 母の悪口を聞くのは辛かった。


「おや? 声をかけない方が良かったかな?」

 サフィラスの声は、おどけていた。


(悪口……言わないの?)

 インベルは目を開けた。


 サフィラスは向日葵を見上げ、黄色の花弁にちょいちょいと触れた。

 生命に満ち溢れ、太陽に向かって咲く向日葵は、サフィラスと正反対だった。


 サフィラスには生気がない。

 引きこもっているせいだろうか。羽化したばかりの蝉のように白い。


「とても綺麗だ」


 インベルは「あなたの方が綺麗だ」と思った。


「ここは僕の秘密の場所だったんだけど。いつの間にか、君の物になっていたらしい」

「えっ!」

 インベルは驚いた。


「ごめんなさい! 庭師が、ここなら良いと言ったから。知らなくて……」

「いや、いいんだ。僕がここを秘密の場所にしていたのは随分前……。もう10年近くも昔のことだから。今は君の物だよ」


 サフィラスは微笑んだ。


「君は、庭師と仲が良いんだね」

「変ですか?」

 インベルは、城の外に出るのを禁じられている。王家の子どもは皆そうだ。


 しかし『分家の子』という理由で、インベルは浮いている。

 城の外に出ることもなく、他の王族の子とも仲が良くない。


 友達などできるはずがない。


 メイドはインベルたち親子のことを蔑んでいるから嫌いだ。

 母は人前でしかインベルと話さない。


 庭師たちは寡黙だが、悪口を言わない。

 だから好きだ。


「変じゃないよ。少しも」

 サフィラスがそう言ってくれて、インベルは嬉しかった。


「あの、お母様には内緒にして下さいます?」

「いいよ。でもどうして?」

「このお花、お母様へのプレゼントなの」

「それは素敵だね」


 インベルは、もっと嬉しくなった。


「でも大きく育ち過ぎちゃったの。どうやって切ろうか悩んでいたところ」

「では私が支えてあげよう」


 サフィラスが大きな向日葵の茎を持つ。

 インベルは太い茎に鋏を入れた。

 茎は硬く、一度で切ることができなかった。

 持ち方を変え、右から、左から、何度も切った。


 向日葵には、小さな棘がたくさんある。

 見た目は綿のように白いのに、触るとチクチク痛かった。


「手が痛くなっちゃった」

 小さな引っ掻き傷だらけになった手を見る。


「今度会った時、手袋をあげるよ」

「あら。私、手袋なら持っているわ。それに、婚約者以外の男性から貰ってはいけないのよ」


 婚約者以外の男性が女性に送って良い物は、本や菓子などに限られる。

 するとサフィラスは笑った。


「そういう手袋とは別のものだよ。庭仕事をする時に使うやつさ。だから渡しても大丈夫。まさか王女にそんな物をあげる人間がいるなんて、誰も思わないさ」


 インベルは少し思案してから

「それなら貰ってあげてもいいわ」と笑った。


「じゃあもう婚約者が決まったんだね」

 サフィラスの言葉にインベルが沈む。

 サフィラスでさえ、インベルに婚約者がいないことを知っているのか。


「いえ、まだよ……」

「これは失礼。勘違いしたね」


 インベルは黙って向日葵を収穫する作業に戻った。

 サフィラスもまた手伝った。

 両手に抱えるほどになった時、サフィラスが立ち上がった。


「このくらいにしないかい? 少し休もうよ」


 ふたりは花壇の脇に腰を下ろした。

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