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仲間外れの色

 その時、インベルはクラウィスを探していた。


 インベルには、サフィラスが必要なのだ。

 一度知ってしまった甘い蜜は、そう簡単には手放せない。


 もう、孤独は嫌なのだ。


 サフィラスと結ばれるには、クラウィスと結婚する必要がある。

 サフィラスはそう言っていた。


 時間がない。

 インベルは急いでクラウィスの部屋へと向かった。


 王宮にある居館の最上階で、インベルたちは暮らしている。


 インベルの部屋は西側。

 クラウィスの部屋があるのは東側だ。


 インベルは廊下を進んだ。

 すると、ちょうど中央に差し掛かった頃、悲鳴が聞こえた。


 足を止める。

 王の部屋の前だ。


 王の部屋は、閣議の間、執務室、控えの間、王の寝室と連なっている。

 だから正確には、閣議の間の前といったほうがいい。


 閣議の間の前には、いつも衛兵が立っている。

 今もいつものように、ふたりの衛兵が立っていた。


「あの……」

 インベルは恐る恐る尋ねた。


 インベルの母は第二王妃だ。

 しかも、元々は王の従者だった。

 本来であれば、王と結婚できる立場でない。


 しかし子ども、つまりインベルを身籠ったことで、強引に結婚した。

 インベルの立場は、王宮において極めて低かった。


「今、誰かが叫ぶ声が聞こえたけど……」

 悲鳴は断続的に続いている。

 高い、女の声だ。


「見に行かなくていいんですか?」

 インベルに聞かれ、衛兵たちは気まずそうに顔を見合わせた。


「いえ、大丈夫です」

 右側に立つ衛兵が言った。


 扉は開いている。

 中をのぞくと誰もいなかった。

 もっと奥から響いているようだ。


 この奥には、イーオン王。つまりインベルの父親もいるはずだ。


「大丈夫って、そんな感じじゃないですけど……」


 インベルは食い下がったが、衛兵たちはてこでも動かないつもりらしかった。


 いてもたってもいられずに、インベルは閣議の間へと入った。

 子どもが入っていい場所ではない。

 しかし衛兵は止めなかった。


 閣議の間を通り過ぎ、執務室に入る。

 誰もいない。

 次は控えの間だ。

 ここから先は、王のプライベートゾーンになる。


 入って良いものか悩んだ。

 すると、イーオンの声がした。


「よ、よせ……」


(お父様⁉︎)

 インベルは飛び上がった。

 嘆願することような声だ。

「何が不満なんだ」

 どう考えても尋常ではない。


 インベルはすぐに控えの間に入った。

 続いて寝室の扉を開けようとする。

 しかしサフィラスの声がして、手が止まった。


「そうですね。強いて言えば、私が不満を持っていることに気付きもしないところでしょうか」


(サフィラス叔父様? 一体何が起きているの?)


 少しだけ扉を押す。

 カチャリと小さな音がして、細く扉が開く。

 インベルは隙間からそっと中をのぞいた。


「よせっ! 止めろ! 止めてくれ!」

 父の悲鳴が響く。

 隙間からは、サフィラスの後ろ姿しか見えない。


 サフィラスが振り返る。

 その姿は血にまみれていた。


「あ……あぅ……」

 わなわなと口がわなめく。

 サフィラスと目が合う。


 サフィラスはゆっくりとインベルの元へやってきた。

 扉に手をかけ、開ける。


 部屋の中は血の海だった。


 何人もの女が倒れている。

 女たちは、一様に裸体だった。

 滑らかな肌が血に濡れている。


 ベッドの上で悶絶している父は、首から上がなかった。


「まったく。タイミングの悪い子だね。まぁどのみち皆殺しだ。仕方ないか」


 サフィラスが剣を持ち直す。


「ど……して……」

「君がもっと早くにクラウィスを落としてくれたら、こんなことしなくて済んだのに。まあ、君はまだ14歳だし。相手は10歳のガキだ。無理からぬことか」


 サフィラスが剣を一振りする。

 大きなルヅラのついた大剣だ。


「君は王家の血を持たないからね。普通に切ればいいか」


 大剣を首に当てる。


 インベルはサフィラスを見上げた。

 美しい顔だ。


 真っ白な肌に、白に近い金髪。

 そして、血のような紅の瞳。


「王家の血……?」

 インベルには意味がわからなかった。

 ただわかるのは、インベルはサフィラスを愛していること。

 そして、サフィラスもインベルのことを愛しているはずだということ。


 サフィラスは、呆れたように笑った。


「そんなことも知らないのか。君の瞳。それはね、王家の者ではないという証拠なんだよ」


 王家の者は皆一様に、サフィラスと同じ、白に近い金髪に、紅色の瞳をしている。


 しかしインベルの髪や瞳が榛色なのは、母から譲り受けたものだ。


「紅の瞳をしている者の血はね、ルヅラに変わるのだよ。それこそが王家の血。それを持たない者は、王族ではないのだよ」


 ルヅラとは金や銀と同様に、貨幣として用いられる。

 展延性が高く装飾品や美術工芸品としても利用され、わずかな量で金の何倍もの価値がある。


「だから君は、第二王妃の子だとか、分家の出身だとか、そんなものは関係なく、ただイーオンの娘というだけで、王族でもなんでもないのだよ」


 サフィラスはくっくっくっと笑った。

 その顔は、残酷なまでに美しかった。


「それなのに、受け入れられないと嘆いて。愚かだねぇ」


 サフィラスの持つ大剣が動く。


(あぁ、そうだったのね。私は、最初からひとりだったのね……)

 ようやくインベルにも納得がいった。


 どんなにもがいても、最初から受け入れられていなかったのだ。

 最初から、仲間外れだったのだ。


(どうりで孤独なわけだわ……)


「ひとりだけ泥水のような瞳でいて、不思議に思わなかったのかい?」


(あなたはこの瞳を美しいと言ってくれたのに、それは嘘だったのね……)


 インベルは1年前の夏、サフィラスと初めて会話した時のことを思い出した。

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