第七話 うに、みたいだな
「どうしても、どいてもらえないんですね?」
仕切り直してそうジャックに言うアスレイは剣気に満ちていた。
「やる気じゃねえか。」
ジャックは軽口をたたきながら、つつと冷や汗が頬を流れるのを感じる。アスレイの剣気を浴びただけで、既に切られているような気分にさせられる。
ジャックは深く息を吸い、精神を整える。そして、構えをときアスレイと正対する。
「来い、小僧。」
津波のような重圧がアスレイを襲う。
「あなたは、一体何者です?これほどの剣気、只者とは思えない。」
「前も言っただろ、俺はジャック。ただのジャックだ。」
「そうですか、わたしは近衛師団「王の剣」アスレイ=バーグ。」
張り詰めた空気が二人の間を支配している。動かない。
空気は重さを増し、二人を襲う。刹那、アスレイが動いた。その速度はまさに瞬速にして、常人には消えたように思える。
バシュ
光の剣が独特な剣撃を放つ。ジャックを上から真二つにするようなアスレイの剣を光の剣が受け流した。
「くっ。」
膝をついたのはアスレイだった。
「僕の剣を受け流しながら、蹴りを、、、。」
「まだまだだね。」
そう言って振り返るジャック。
「待て!行かせるものか!」
アスレイはお腹を押さえながら立ち上がる。アスレイは剣の実力だけで言えば、王都で一番強い兵士だ。世界で唯一「剣神の祝福」をその身に受けている、一人で軍隊を相手に戦える戦術兵器でもあるのだ。それは、王都の外にとっての抑止力でもある。一介の剣士、それもアンテッドに負けるなどあってはならないのだ。
「お前は強い。たとえアシュクが千人いても一分の勝ち目も無いと思う。でも、俺には勝てない。」
「なぜあの時、僕に切られるフリを。」
「マジの勝負は疲れるんだよ。」
そう言うやいなや、アスレイに再び蹴りを放つ。アスレイもとっさに剣で防ぐがまともに衝撃がかかり、吹き飛ぶ。
かなり弱い者いじめっぽいなあ。骸骨はなんとなく対面を気にしながら、アシュクたちの後を追った。
一方、アシュクたちはなんだか大きな扉の前にいた。
「いかにも、この先玉座です。だな・・・。」
アシュクが誰にともなくつぶやく。その扉の隙間からは黒い瘴気が溢れ出ている。
「本当に、開けるんだな?」
「何回目だ。はやく開けろチキン野郎。」
メテルはアシュクに言うと抜け目なく一歩下がってネルをかばう。
マジで肉の盾としか思って無いんじゃないの?とアシュクは心のなかで愚痴りながら、乗りかかった船だとエイヤっと扉を開けた。
豪華絢爛というにふさわしい部屋だろう。扉からまっすぐ赤い絨毯がひかれ、その両脇には大の大人が二人でも抱えきれないほどの太さの白い大理石の柱が左右に10本づつ。絨毯の行き着く先は階段になっており、その階段を目で登ると金でできた大きな椅子がドンと置かれている。だが、その部屋は黒い瘴気で薄暗くなっていた。発生源は玉座だ。玉座には黒い影が座っており、かろうじて王冠が確認できる。その影の周りから濃い不吉な黒の煙が漂っている。
「あいつだ!たおせアシュク!」
ネルはアシュクにおぶさる。
「おい!何やってるんだよ!」
「ネル様!何やってるんですか!」
「だって~ついてくの大変だから、これならアシュク死なないでしょ。」
「だからといって!危なすぎます!」
階下で騒ぐ3人を影は気にもしない。
「倒すったって、具体的にどうすりゃいい?」
「ぐてーってなったところでわたしがはーってやったら消える!」
「うーん。見ようによってはぐてーってなってるようにも見えるけどな、こっちに気づきもしねえし。」
「そっか!じゃあやってみるね。はー」
気の抜けるような掛け声とともにネルの手から白色の光球が放たれる。それは、ゆっくり影に近づいていき、影に呑まれて消えた。
「だめだった!」
ネルは気楽に言う。背負っていたネルの重さがぐんと減ったようにアシュクは感じた。
「痩せた?」
「失礼な!ネル様は神力を使うことで身体を構成しておられるのだ。こうして神力を別のことに使うと総和が減ってしまうのだ。」
なるほど、それでか。アシュクは納得した。
「待て待て!あのはーってやつ、後何回使える?」
「ん~いっかいくらい。」
「なんで使っちゃったんだよ!」
「あしゅくが言ったんじゃん。」
「そうだけどさ!」
「あなたがチキンだから、貴重な一回が無駄になったんですよ。」
「俺のせいか!?」
アシュクは納得ならんと声をあげる。その時、影が爆発した。
「今度はなんだ!」
「ネル様の神力を呑みきれなかったのでしょう。当然です。」
「やったのか?」
「まあ、ネル様のお力ですから。」
メテルは胸を張る。でかいなあとアシュクは思った。
「あ。」
そのメテルに影の杭が突き刺さった。胸から一突き。
「グハ。」
メテルは吐血し、その場に倒れる。
「メテル!」
二人は駆け寄る。影は、先程までとは姿を変えていた。狭い玉座の間を埋め尽くさんばかりの大きさの黒い球体が空に浮いている。その球体は狂ったように四方に杭を打ち込みはじめた。まるで雨だ。柱は崩れ、壁には穴が空き床はえぐれる。アシュクの方に飛んできた杭はすべてアシュクが受けていた。
「ぐべ、ごべ、がが、いだ!」
刺さっては、抜き、刺さっては抜き。
「メテル!しっかりしろ!」
「ねる、、、さま、、、すみません、ゆだんしました、、、。」
「しぬのかメテル?」
「死にません、、、少しねむるだけ、、、。アシュク。」
「なんだ!あまりしゃべるな!」
「わたしの事は、いい、ネル様を、連れ、てやつを倒せ。」
「できるか!そんなこと!」
「いいから!いけ!」
メテルはそう言うとまた吐血してゆっくりと倒れた。
「クソ、クソ、クソ。」
アシュクには悪態をつきながら杭を受け続けることしかできない。
「ネル!いくぞ!」
「でも、メテル、、、」
「このままじゃジリ貧だ、メテルに杭が当たる前にすぐ倒す!できるな?」
「う、うん。」
「さっきの白い玉、今撃ってもこの杭に阻まれる。だから、お前をなんとかあそこまで連れて行く。お前はぶちかませ!」
「うん!」
アシュクはネルを背負い直し、黒い球を見る。階段を登りきれば届くだろう。
一歩、アシュクは踏み出す。杭の雨の中を。
ふとももに一本。抜く。
手に一本。抜く。
腹に一本。抜く。
目に一本。抜く。
どこまでも、痛覚があることを感じながら、アシュクは客観的に自分の化け物ぶりを眺めていた。
痛い。痛いいたいいたいたいいたいたいたいたいたい。
一歩一歩。アシュクは歩をすすめる。
球に近づくに連れ、杭は速く、そして多くなっていく。もう抜くことも追いつかず、杭が刺さったまま歩き続ける。
狙いすましたように足の甲に杭が刺さる。歩けない。まだ、階段の中腹だ。
もう仕方がないんじゃないか。アシュクが諦めかけた時、ふと背中が一段と軽くなった。ネルの手には白い球が、だが先程のものよりは小さい。アシュクは背中を通して少しづつ少しづつネルが球に力を込めているのを感じる。
アシュクは上を見る。なんだ、あと半分だ。ネルは自分があそこまで到達することを信じている。アシュクは足を上げた。信じがたい痛みが走る。ネルの神力と呼応しているのか、治りも遅い。一段一段登るたびに痛みが走る。新たに杭が刺さったところから血が滴り落ちる。それでも一歩。ただ、歩く。
「つい、、たあああああああああ。」
ついに玉座の置いてある位置に足をかける。黒い球はもう目と鼻の先だ。
「ネル!行けえええええええ!」
「うん!はー!」
ネルがアシュクを信じ力を込めた球は手のひらから直接黒い球に届く。
杭がやんだ。白い球は吸い込まれていく。
それは、光だった。
綺麗だな。うすれゆく意識の中でアシュクは思った。
白い光は玉座の間を包み、そして上昇していく。影は全て吸い込まれていく。
その日、王都中の人間が光を見た。ある人は光の屈折だと言い、ある人は神が降臨されたのだと言った。その日を境に、王都の疫病は収束していった。




