第四話 まあ、そうなるな
ネルは子供の時から女神だった。世界はいつも足元にあって、母親といつも見守っていた。その部屋には母とメテルしかいなかった。ネルはいつか足元の世界に行ってみたいと思っていた。人がたくさんいる外の世界に。
「ネル様は、この世界が黒に染まっていくのに耐えきれなくなり降臨されたのだ。なんと、、、なんとお優しい方。」
メテルはとうとうと涙を流しながら言う。
「黒く染まる?」
「そうだ、人間の負の感情は世界を黒く染める。疫病も飢饉もすべては黒から始まるのだ。」
「もしかして、この王都の疫病も?」
「サル頭でも勘はいいようだな。そのとおりだ。この貧民街は王都の中でもとりわけ負の感情に満ちていた。だがここはそれほど黒く染まってはいなかった。問題はあそこだ。」
メテルは外に出て上空に指をさす。アシュクも追って外へ出ると王都はねずみ色のどんよりとした雲が覆っており、中でもメテルが指差した方は黒く染まりきっていた。
「雨雲?」
「違う、これが世界だ。女神の眷属となったお前には世界の本来の姿が見えるんだよ。」
「でも、あっちの方って、、、。」
「そうだ、王城だ。王都疫病の原因は王城にある。」
アシュクは愕然とした。この疫病の原因が王城だなんて、考えたこともなかったからだ。一般市民には貴族街を隔て、ほとんど近寄ることもない場所という認識でしかなかった。だが、確かに考えられないことではない。現に第三王子は疫病にかかっているのだから。
「というわけで、おーじょーにいくぞ。アシュク。」
未だ茫然自失のアシュクをよそにテナはてってこと部屋を出ていこうとする。
「ちょ、ちょっとまってくれ。無理だ。王城なんて入れっこない。」
「なんで?」
「なんでって、俺は一応追われてるんだ。それに恐れ多い。」
「おそれおおい?」
「だって王様がいるんだぜ?」
王都の民にとってこの感覚はあたり前のことだった。あまりピンときていないネル。そして、軽蔑しきった目をアシュクに向けるメテル。
「ふん、馬鹿なことを。この世界の管理者たるネル様の眷属が一国の王ごときに恐れおののくとはな。」
「そーだー、わたしえらいんだぞ。」
「それとこれとは話が別だろ。とにかく俺は嫌だ。」
「では、ここで動けないようにして衛兵を連れてこよう。」
「は?」
「ネル様、いいですね?」
「えー、アシュクと一緒がいい。」
「ネル様、この男は一緒に来たくないそうです。」
「ちょ、ま。」
「そっか、まあ、じゃあいっか。動くなアシュク。」
アシュクの体が固まる。
「じゃあ、私は衛兵を呼んできますので。」
メテルは扉の方に向かう。アシュクは慌てて訴える。
「ほめほっめめめ。いふいふいっほにいふ!」
「なんだーアシュク。しゃべっていいよ。」
「いくいく!一緒に行くから!勘弁してくれ。」
「ほんとか!ほんとに一緒に行ってくれるのか!」
「ああ、行くよ。行きゃあいいんだろ。」
「最初からそう言っておけばよかったものを。」
「てめえマジで衛兵に売り渡すつもりだっただろ。」
「腰抜け豚野郎は要りませんので。」
「よーし、出発だ。」
「ちょっと、ちょっとまってくれ。行き先は王城でいいんだよな?」
「ずっと、そう言ってるでしょう。馬鹿なんですか?あ、馬鹿でしたね。」
「うるせえ!まあ、自分で言うのもなんだが俺は戦力にならねえぞ。」
アシュクは開き直って胸を張る。
「曲がりなりにも衛兵から逃げ切ったのでは?」
「それはな、ジャックの力だ。」
アシュクはとある事情からジャックを召喚することができる。しかし、それ以外は素人のお坊ちゃまなのだ。
「とんだ、見込み違いですね。」
「あ!ジャックのことわすれてた。アシュクもっかいじゃっくみせてー。」
「嫌だよ!痛がっててだろ。」
ジャックはアシュクにとって無二の相棒だ。
「いいから、みせて!」
「ネル様がそう言っているんですから、即座に召喚するのが眷属でしょう。それとも衛兵に、、」
「わかった!召喚すればいいんだろ!」
ジャックはアシュクにとって無二の相棒だが、アシュクは自分のことも好きだ。
「ジャック!」
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!ひどいじゃないか。イジメか?さっきのは。」
ジャックが現れ、呼応するように光の粒が現れる。
「うわ!また来た!」
ジャックは逃げまどうが、光の粒はとりついてはなれずジャックを攻撃する。
「いててててて。」
「ジャックに祝福を。」
突然、ネルはつぶやく。ネルの身体は薄ぼんやりと青色に光り、ジャックの身体もそれを受け入れるかのように鈍く青に光り始める。
「うおお、なんだこれ。」
光の粒が攻撃をやめ、ジャックの周りを衛星のようにまわっている。
「ネル様があなたに祝福をしました。」
「これは、そう、まるで愛に包まれているようだ!」
なにをいってるんだこの骸骨は。アシュクは冷ややかに相棒をみる。
「女神の祝福で、あなたは聖なる存在となりました。これからあの光の粒がおそって来ることは無いはずです。聖なる力も引き出せるはずですよ。」
「出よ!ホーリーソード!!!」
「なんだそれ。そんな呪文無いだろ。」
ジャックの周りを飛んでいた光の粒が光の束となってジャックの手に集まり光の剣に姿を変える。
「「「かっけえええええええ。」」」
メテル以外の3人は、叫んでいた。目を輝かせながら。そして、アシュクは気がついた。
俺も女神の眷属となったからには、ものすごい聖の魔法が使えるのでは?
「俺も!ホーリービーム!」
アシュクは右手を前に出し構える。イメージは直線。すべてを焼き払う光のビームだ。
・・・沈黙。先程までの盛り上がった空気はどこへやら、誰もがアシュクを見ている。もちろんビームなど少しも出ていない。
「出ない!?」
「逆に、どうして出ると思ったんですか。」
「いや、女神の眷属だし。」
「「か、かっこわりいいいいい。」」
ジャックとネルは仲良くお腹を抱えて大爆笑している。
アシュクは、大爆笑しているネルの肩を掴んで泣きながら。
「なんで、でないんだよおお。」
「だって、そういうのじゃないから。」
「それだけか?」
「うん。」
「なんでもいいから、俺にも特殊能力とか使えないのか?」
「つかえるよ。」
「あるのかよ!はやく言えよ!」
「きかれなかったし。」
「聞かねえよ!」
「で、どんな特殊能力なんだ?」
「すげーやつ。」
「どんなふうにすげーんだ?」
「無敵。」
「無敵?」
「無敵!アシュクは無敵。」
ネルは当然のごとく言い切る。アシュクは喜色満面の笑みでジャックを見る。
「ジャック~良かったなあ、光の剣出せるようになって。だが、俺はお前の上を行く!無敵だぜ!、、、無敵ってざっくりじゃないか?」
「無敵はきられても死なない。」
「ほんとか?」
「ほんと。ジャックすぱっとやっちゃって。」
「おう。」
「ちょ、待て!」
アシュクが止めるがジャックは躊躇なくアシュクにホーリーソードを振るう。圧倒的な切れ味のホーリーソードは、アシュクの左手を手首から切り離す。
「おおおおおおお。」
「きれたああああああ。いっってええええええ。」
男二人は驚愕する。なんとなく多分切れないだろうと思っていたのだ。だが、その瞬間地面に落ちる前にアシュクの左手は蒸発する。
「消えた!」
「戻ってる!」
アシュクの左手は本来あるべき場所に収まっていた。
「なんだこれ。」
「だから、無敵。ネルの側にいれば。」
「側ってどれくらい?」
「1メートルくらい。」
だいたい1メートル位離れたところからネルが言う。
「もし、その範囲にいなかったら今左手なくなってた?」
「うん。」
「「あぶねえええ。」」
ジャックは友情にヒビが入らなかったことを感謝するとともに、二度と軽薄に人の手を切りつけまいと反省した。
「ごめんな、アシュク。」
アシュクは、左手をじっとながめ今ここに左手があることに感謝するとともに、ジャックに左ストレートを放った。
「あべしっ。」




