1LDKの貴賓①
「何があった?………あーいやいい、解った。何も言うな」
「何があったもなにも無いよ!ヨツバの所為だからね!? あんな話するから皆試しにって思うじゃない!」
「何も言うなっつってんだろーが!!」
俺の所為とはちょっと違うだろ!!
あんな話鵜呑みにして試すのは個人の勝手だろ? 自己責任だそんなもん!!
要は力元素枯渇症からの超回復を試してみたはいいものの、補給経路を確保して無かったせいで今頃全員ダウンしてると。
「寮部屋に様子見に行ったけどミナモが怨嗟を垂れ流してたよ。『あの天カス野郎小賢しい罠を………許すまじ』って」
知らんよ。
『許す。マジ』でしょ? 『有難う許してくれて』って伝えといてくれ。
先に知った通り、この世界に於いて力元素枯渇症というのは、ある意味禁忌とされている。
『力元素枯渇症を引き起こす者は、己の管理も儘ならない、実力の伴わない未熟な半端者』と。そう白い目で見られても文句も言えない物なのだそうだ。寧ろそういった風潮まで利用して、出来るだけ力元素枯渇症に陥る者を減らそうという考え方らしいのだが………
今日学園内でちょっとした噂になっていた。『複数人が同時期に力元素枯渇症を引き起こした』と。
まぁ噂の当人からしたら小っ恥ずかしい事この上ないだろうな。俺は知らんけど。
「なんでミスリとアカリは大丈夫なんだよ。試してないのか?」
早朝、いつもの走り込みをしていてふと違和感を感じた。いつも何処かしらで出会すシュトラと一度も顔を合わせていない と。
一瞬だけ先週末の話の事を思い出したのだが、『いやいやまさかな………』と頭を振って訓練を続けた。
午前の講義に顔を出して、懸念が頭の片隅から噴出して来た。
いつものメンバーが居ない。タカミもサビアもシュトラも居ないのだ。ヴェンだけが変わらず出席している。 オマケに妙な噂ときたもんだ。
これは…………もしや?
と思いながら午後からはヴェンに適当にあしらわれ、フィスタ先生にボコられ。
そうして図書室に来てさぁ勉強会だ と思ったら女性陣も半壊してたって訳。
「私は魔導士だよ? 周囲からの力元素の取り込みって話は聞いた事無かったけど、周囲の力元素を感じてそれを利用する術は色々持ってた。ヨツバの言ってた変換ってのがちょっと難しかったけど回復力付与の応用って事を思い出したら案外簡単だったね」
ああ。そういや回復系魔導士だもんなぁコイツ。暴力系魔導士とかじゃねーのかって思うんだけど。
「………ん゛?」
女の勘が怖え。
「にしても護衛付けなくて良いのかお前」
「護衛? ヒサネとミナモの事? 今更じゃ無い? 私結構な頻度で此処に一人で来てますけど?」
「まぁそれもそうか」
〝回復系魔導士〟
ゲーム風に簡単に言ってしまえば〝職業〟ってところか。ゲームと違うのは〝専門職ではない〟って所。
魔導士の中で回復系の魔導が得意な者がパーティの中での役割として回復役を担当してるってだけ。
回復系拳闘士や回復系剣士なんてのも居るって話だ。
この世界では回復系だけでやっていくなんて事は出来ない。大前提として最低限自身を護る術ありきで、付属して別の役割を果たすのだ。
その上で、回復役の大切さを理解しており、周囲は回復係を重点的に守護する立ち回りをする。
そんな中、より医療に重きを置く者達もまた存在する。
医療部 〝橙陽ノ昇〟
回復系達が集まり、体系化された組織。
1〜4人のメンバーが各世界の戦場へと送られ、そこで活動する旅人達と連携を取り事に当たる。
将来その組織に所属する事を見据えている学生達が所属する学生グループもまた、橙陽ノ昇を冠名している。
〝時ノ十二王
不動の卯ノ刻 橙陽ノ昇〟
未だに時ノ十二王ってのが何なのか、文献にも載ってないから良く解ってないのだが…………まぁ生徒会的な物らしい。
んで、アカリ達3人もどうやら時ノ十二王のメンバーだってのは聞いた。
学生の橙陽ノ昇は本組織とは運用方法が別との事だ。
一人のメンバーに、他所から雇った2、3人を護衛として付けて一つのチームとして活動させる。
誰とでもチームアップ出来るようになるという、将来を見越した育成プログラムという訳だ。
また、護衛として雇われた者はその期間内は橙陽ノ昇の所属という扱いになり、必然的に時ノ十二王のメンバーとして認められ、ある程度の恩恵を受ける事が出来る と。
成る程。回復力付与の専門家というなら力元素の変換・吸収にも応用が効くのか。
「ミスリは? 大丈夫なのか」
「はい! アカリさんにお借りした秘伝書に良い物がありましたので流用させて頂きました」
あー、そういう。譲渡があるんだから変換方法は既に持ってるって事か。
「ねぇところでさ、フィスタ先生に紹介して貰った師事する相手ってのは? どうなったの?」
「お前に関係ねーだろそれは」
「ムッッカ!! 何その言い方っ!」
「そんな事よりもさっさとエニーを返せよ。いつまで独占してんだ」
最近癒しが足りない。あのモフモフが足りてないのだ。早めの返却をお願いしたい。
「エニーは甲斐性も器もない男よりも私の方が相応しいですぅ。返却はいたしませぇん」
イラァ……………
「お、落ち着いてください! ね? 此処はヨツバさんの器の広さを見せつけましょうホラ」
くそっ。 そんなん言われた上で俺が言い返せば本当に器の小さい男になった気になりそうだ。ミスリめぇ………余計な知恵を付けおってからに………
「はいはい、取り敢えず今日から暫くはまた3人で勉強会って事でいいのな?」
「そうなりますね」
「…………………」
むす〜っ と。 頬を膨らませて睨んでくるアカリ。
………………んだよ。そんな嫌なら来なけりゃ良い。先週の青ノ日からアカリの様子がなんかおかしい。何なんだ。
そんな事を考えながら勉強会を開始した。
・
・
・
「今日はこれくらいにしましょうか」
「「ありがとうございました!」」
終わった〜! 午前の講義も午後からの訓練もミスリとの勉強も、一切辛いとは思わない。寧ろ充実してて楽しい位だ。
それでもやっぱり1日の終わりってのは仕事終わりのようなサッパリ感がある。
「んぁ〜腹減ったな。今日は何にしよう」
のんびりした気持ちになってポロッと出た独り言。
「あれ? 夕食はまだなんですか? 食堂はもう閉まってると思いますけど…………」
「あぁ、大丈夫大丈夫。最近は時間が無くて。晩飯は自炊だよ」
「「……………へぇ〜〜」」
…………………あん?
おい待て、2人して何だその反応。
「あ、いえ。ちょっと意外でして」
「自炊って…………出来合いの物買って帰るだけでしょどうせ」
「それを自炊と宣う根性は持ち合わせてねーよ」
スイ……………とアカリの目が滑る。
…………………その冷や汗は何だオイ。お前もしかして…………
「あはは………えーっと、ヨツバさんは今日は何をお造りに?」
「ん〜? そうだなぁ…………ほうれん草と牛乳が余ってんだよな………鱒の切り身の冷凍も有るしブロッコリーとベーコンと生のフェットチーネでも買って帰ってクリームパスタでも…………いや、米を食いたい。リゾットとか………」
クゥ〜〜………ゥゥウ…………
…………………………?
「あぁ。なんだお前も晩飯まだか」
「ちょ……ヨツバさんデリカシーが無さ過ぎでは………」
アカリが真っっっ赤な顔で目を見開き口をモニョモニョして俯いてる。
「いや、俺未だに良く解らんのだけど、お腹鳴るのってそんな恥ずかしい事か? 女子のなら寧ろ可愛いなぁって思うんだけど」
「かっ カワっっ!? はぁあ!?」
「いや別にお前を可愛いとは言ってねー。『ゴルルルァアア!!』みたいな怪物の唸り声みたいのだったらちょっと引くけど今の程度なんて可愛いもんだろ。微笑ましいわ」
「……………むぅ〜〜!」
「う〜〜ん…………でしたらヨツバさん、今日はアカリさんにご馳走してあげて下さい。いいですね?」
「「……………え?」」
待って待って、なんで?
コレを俺の部屋に連れて帰れって事?
なんでそんなめんどくさい事しなきゃいけないの意味わからんのだが。
「あのですね! ハッキリ言わせて頂きますけど先週の青日から二人ともちょっとギクシャクしてますよね!?」
ミスリが何かオコだ。二人ともって言うけど俺はいつも通りだろ。アカリはなんかいつも以上につっかかって来て面倒臭い感じだけど。
「二人ともです!!」
あっはい。
不満が顔に出てたらしい。
「二人とも私にとっては恩人であり大切な友人なんですよ」
「「いやぁ………はぁい……///」」
おいよいよい! そんな面と向かって言われると照れるよぉ。
「………………真面目に聞いてくださいね」
「「あっはい」」
「例えばですが、お二人のご友人同士が喧嘩をしていたらどうなさいますか?」
「「仲を取り保とうとすると思います」」
「………………息ピッタリ過ぎません? コホン………つまりはそういう事ですよ。お二人の仲が悪いのは私としては看過できません。ヨツバさんはキチンとアカリさんを持て成して下さい。アカリさんは憎まれ口を叩かずに親睦を深めて下さいね」
……………え? 強制?
「 返 事 は 」
「「あっはい」」
怖えよ! ミスリの精神的成長が半端ない!
「いや、待って。でもねミスリさん? 俺もホラ、編入者なの。編入者の男なの。お解り? そんな奴の部屋にね? うら若き貴族の御令嬢を押し込もうとするのは如何なものだろうか?」
「こんな時ばっかりそうやって!!面倒臭いだけでしょう!?」
「アカリさん」
「あっ は………い〜……や待って? 今のは私悪くないよ!? 絶対そうだもん!」
「ヨツバさん、それをよりによって私に言いますか? 編入者の男性に暴行された私に? では此方も私だからこそ言わせて頂きますけどヨツバさんも結局そういう方だったんですね。この私が信用した方だったのにその信頼を裏切るんですね」
「うぐっ!?」
「あれ? 無視!?」
「アカリさんだって大丈夫ですよね。仮に男性一人に押し倒されそうになっても撥ね返す位の強さは有るはずですよ」
「あっ無視だこれ!! ミスリちゃんが精神的に強くなったのは嬉しいけどちょっと寂しくて複雑な気分!!」
くそぅ、マジで厄介だぞミスリの奴、急激に覚醒しやがって。的確に退路を潰してきやがる。
「何も二人でデートをして来て下さいと言ってる訳では無いんですよ? 別に部屋でイチャイチャして下さいとは言ってませんから。ただ少し2人でゆっくりお食事でも摂って親睦を深めて下さいと言ってるんです。宿題ですからね! 明日までにその変なギクシャクを解消して下さい! 以上! 解散! ほら、閉めますから二人で食材の買い出しからです!」
「「 ……………は〜〜い 」」
少なからずミスリはこの状態を腹に据え兼ねていたらしい。いつになく刺々しい態度で図書室から追い出されてしまった。
言うてなぁ………
…………………しゃーねぇか。ほぼ強制だったとは言えどもこれはミスリの気遣いだ。無碍にするのも気が引ける。宿題とは銘打っても約束に近いしな。そうと決まれば全力で持て成すまで。
やるかー。
気乗りしないけど。
・
・
・
「おっし! メニューはほぼ決まってたけどどうする? 何か食いたい物あるか?」
……………ビックリした。何で急にやる気出してるんだろうか。てっきり『マジで面倒くせぇ来たって事にして帰れよ暴力女』とか言い出すかと思ってたのに。 ん? 誰が暴力女だっ!! ……………いやこれは私の被害妄想か。
「面倒くさがらないんだね?」
「いや面倒臭いぞ」
面倒臭いんかい!!
「面倒臭いけどミスリと約束しちゃっただろ。もうこうなったら全力で持て成すわよアタシ」
「うわ気持ち悪っ! 帰りたくなって来た!」
「まぁまぁそう言わんと。野郎の部屋に女一人で来るなんてちょっと変な感じになるだろうよ。少しでもそれを緩和しようっていう俺の粋な計らいだぞ」
「自分で粋な計らいとか言う人あんまり居ないよ?」
計らいはともあれ、人との約束………それもあんな約束と言って良いのか判然としない物でも真面目に守ろうとする辺り、やっぱりヨツバは変なところ生真面目だと思う。
「っていうか料理出来るんだ?」
男の人ってもっと………言い方悪いけどガサツで、家事なんて出来ないって人が多いイメージだ。
「男のくせにとか思ってんのか」
「…………まぁちょっと………」
「かぁ〜〜出た出た! 居るよな〜男尊女卑には過敏に反応するくせに女尊男卑の自分に都合が良いのだけは享受する女!」
「違っ………!!」
そんなんじゃない!!…………って言おうとしたけど思い留まった。そうやって噛み付くのはミスリちゃんに言われた『憎まれ口』に含まれる気がする。ヨツバばっかり真面目にやって私だけ適当に過ごすのは何か癪だ。何より私だってミスリちゃんの気遣いを無碍にするつもりはない。
「そんなつもりじゃないんだけどさ。なに?そういうの嫌いなの?」
気持ちを落ち着かせて普段通りに聞いてみた。どこか拍子抜けした様にチラッと此方に目をくれてからヨツバが話し出す。
…………それなんだよなぁ。私が思ってるのもそれもあるんだよ。
「まあアカリがそうなのかは正直解らんけど、そういうのは嫌いだな。そもそも男女平等男女平等って最近は煩過ぎると思うんだよな」
「……………どうして? 私は女性だからかも知れないけど、良い事だと思うよ」
「良い事も悪い事もあるって話だ。そりゃ社会全体としての〝女性の地位〟の向上ってのは素晴らしい事だと思ってるぞ。『これは男の仕事』とかいう考えは正直もう古いと思う」
「悪い事ってのは?」
「んー…………悪い事って言い方が悪かったかもな。どうやったって平等に出来ない事ってのはあると思うんだ。そもそもの〝性別〟って概念から無くさないと無理だろ って事もあるだろ?」
「…………………例えば身体の仕組みとか?」
「そ。そういうのは平等にしようとする事自体が間違ってると思うんだよな。どうしたって区別しなきゃいけない事ってあるんだよ。ただ、それは〝区別〟であって〝差別〟であってはいけない」
成る程。言いたい事は解る。
「例えばさ、スポーツとかの競技でこれから男女別じゃなくて全部一緒くたにするって言ったら女性はどう感じるんだろうか」
「あー………理解したわ。そうだね、一部の人は文句を言い出すだろうね。『男女別だったら私は1位を取れてた筈なのに!』って」
「だろ? まぁ俺だって絶対に男が1位になるとは思ってないぞ? 強い女性は強い。誰であれ何かを磨き上げた到達者ってのは男も女も関係ないからな」
「うん、それは解ってるよ」
ヨツバはそういった男女差別の偏見を持っている様には見えない。
「でも、確かに間違いなく問題はあるね。だって男女の身体の仕組みとして、〝男性の方が比較的筋力が付き易い〟っていう事実があるんだから」
「そういう事。他にも探せばキリが無いくらいに違いはあるだろ? そういう所はやっぱり区別をつけなきゃいけない事だと思うんだよな。絶対に〝違い〟って物があるんだから」
「…………そっか、そういう事か。そういう自分に有利になる事には目を瞑っているのに、事ある毎に男尊女卑だ!って騒ぐ人が嫌いだって事か」
成る程成る程。
うんうんと納得しているとジッ………と視線を感じた。目を合わせてみると、何処か穏やかな雰囲気で優しく笑っているヨツバの顔があった。
「なぁに?」
「ん? ………いいや? 何もないぞ?」
………………何だろう。
偶にヨツバはこういう顔でこっちを見ている事がある。
「まぁ、そうは言っても流石にそういう人ばかりだとは思ってないけどな。でも一定数いるのは確かだろ?」
「居るね〜。確かに、普段からそんなに騒ぐならこういう時にも騒がないの?って疑問に思う事はあったなー」
「それこそレディースデイとかな。女性ばっかりお得になる事には何も言わないだろ? 女性の方から『何でメンズデーは無いの?男女平等にしなさいよ!』なんてうるさく騒いでんの聞いた事あるか?」
「……………無いねぇ」
「だろ? そういう事を言ってんのよアタシ」
「それはどっち目線で話してるの!?」
そんな世間話をしていたら商店街に着いた。
日ノ元学生商会が運営する商店街。日が沈み始めているけどまだチラホラと露店が開かれている。
慣れた歩調で歩くヨツバがふと此方を向いた。
「で、何かリクエストは?」
あ そうだった。
「野菜を摂りたいかな」
「あぁ、じゃあ大丈夫だ。野菜スープも作るつもりだったから」
「あっ良いね♪ ちゃんとバランスとか考えてるんだね?」
「男なのにってか?」
「…………うん、ちょっと有ったかな」
「おほほーい、正直かよ!」
「いや寧ろ『ヨツバなのに』かもね〜」
「あ〜へいへい! 普段ポヘーっとしてますからねぇ!」
冗談のつもりだったんだけど気にしちゃったかな?
いつもの感じだとここからまた喧嘩が始まる。それではミスリちゃんの言いつけに背く事になってしまう。
少し心配になって横目で盗み見た彼の顔は不貞腐れているというよりも、この軽口の応酬を愉しんでいる様子で。
……………良かった。ちゃんと冗談だと通じている。
何となくだけど丁度いい距離感が掴めて来れた気がする。
そうか。
距離感だ。
足りてなかったのは丁度いい距離感。
出逢い方が出逢い方だ。改めて思えば確かに、彼にとっての私の印象は最悪だったかもしれない。
それで冷たい態度を取られていた。喧嘩腰……………とまでは言えない位だけど、なるべく距離を取ろうとする様な………ああ…………
〝避けられてる〟
その表現が1番合ってると思う。
だから私もカチンと来てついつい強めの語気で話していた。
でもそれもいつの間にか、〝お決まりの遣り取り〟に感じていたんだ。
これからもずっとそんな感じで付き合っていくんだと勝手に考えてしまっていたんだ。
だから先週、多分疲れていたのであろうヨツバが、いつもみたいに言い返して来ない事を不満に感じてしまったんだ。
それは、独りよがりの勝手な不満だろうに。
普通に話せば普通に返してくれる。思えばずっとそうだった。
だからこうして冗談を言えば冗談と受け取ってくれる。
喧嘩腰で挑発する様に話すから喧嘩腰で返ってくるんだ。
私の勝手な印象で、彼に在り方を押し付けていた。それは良くない。
…………………いや待って? でも悪口言って来たのはあっちからだよね。『暴力女』って言って喧嘩売って来たのはあっちだ。
あ〜〜ダメだダメダメ! 止めようこの考えは。ミスリ様のお告げを思い出せ! 親睦を深めるんだ。
そうだ。これからだ。偏見を持っていたのは私だったんだ。じゃあ偏見を捨てて、ここから、一から改めて彼と親睦を深めるべきだ。ミスリ先生、そういう事ですね?
流石ですねアカリさん 私から教える事はもう有りません
有難うございますミスリ先生!!
そうと決まれば積極的に行くべきだ。
「ねぇ、手伝おうか? 野菜スープは私が作るよ」
「ん? 有難い申し出だけどそれは却下。今日は俺が持て成すってミスリ様からのお達しだ。ゆっくりしててくれ。煮物は苦手だけどスープならそう不味くはならんから安心していい」
「ありゃ、心配した訳ではないんだけどね。煮物は苦手なの?」
「うむ。どうも落ち着いて待ってられないんだよな〜。途中で中身確認したくなるんだよ。調理中の圧力鍋ですら開けたくなる」
「うわっ、それ解る!」
ついつい蓋開けたくなっちゃうんだよね〜。
「あんらヨツバちゃん!今日も来てくれたのかい」
八百屋さんに寄ると、店主のお婆ちゃんが笑顔で迎えてくれた。
「こんばんはステラばあちゃん。人参とブロッコリー良いの有る?」
「はて、あたしもボケたかねぇ。人参は昨日買っていかなかったかい?」
「足りなくなりそうなんだ」
「うん? …………なんだいヨツバちゃんも隅に置けないねぇ。彼女にご馳走してあげるのかい?」
「かかかか彼女じゃねーし」
何それ動揺なの? メチャメチャ棒読みなんだけど。
「あっはっは!わっざとらしいどもり方だねぇ。ほんじゃこれなんてどうだい? シモンちゃんが新しく開拓した世界からの輸入品だとさ。スノウキャロット。色素がちょっと薄くて変な感じだけど甘みが強くて美味しいよ」
「へぇ〜。……………シモンもフラフラしてばっかじゃなくてちゃんと仕事してるんだね」
「伝えといたげるよ」
「あっ やめてっ。俺だけ物価高くなりそう」
「あっはっは! ブロッコリーはこれが良さそうだね。ホレ! 218Pだよ」
「ありがとう…………って人参2本?」
「可愛い彼女に一本サービスだよ。良い料理作って胃袋掴んでおしまいよ」
「え? でも悪いよ。輸入品で高いんじゃないの?」
「いいのいいの。口コミ広げる為に始めの内は安く売ってくれって頼まれてんのよ。それにほぼ毎日来てくれるお客さんに少しくらいサービスさせとくれよ」
「そっか。じゃあ有り難く!」
「あいよ。またおいで」
慣れた感じで買い物を済ますヨツバはどう見ても常連って感じで。本当に自炊してるんだなーって改めて感心した。
「 〜♪ 」
「上機嫌だ」
「ん? 美少女と居るとラッキーな事があるもんだなってな」
「そのリップサービスはお持て成しに含まれてるの?」
「いいや? 客観的に見てだぞ? 見てくれだけは」
「お〜い棘があるよ!? えぇえぇ所詮中身はデストロイヤーですよ」
「そこまで言ってねぇ(笑)。なに、遂に自覚したの?」
「その聞き方はデストロイヤーでも当て嵌まると申すか」
「やめろその被害妄想」
取り止めのない会話の中、少し顔色を伺いながら彼を知る努力をする。
何で笑うのか。どこまでが冗談と受け取ってくれるのか。
何で怒るのか。どういう言い方をすれば気を損ねるのか。
何に興味を示すのか。どんな事を知っているのか。
「ミスリちゃんから聞いてたけど本当にシモンさんと仲良いんだね?」
「あんな人の良い人間と仲良く出来ない奴なんて居るの?」
え?
「シモンさんって結構気難しいって噂になるくらいの人だよ!?」
「ん!? 全然そんな感じしなかったけどな!? や、待てよ…………」
そう言い考え込むヨツバ。顎を撫で摩るこのポーズは何度か見た。多分彼の癖。
「……………多分あれだ。仕事関係の人だと取り入るのが難しいんだと思う」
「なるほど?」
良く解らない考察が始まったのでテキトーに返答しながら小首を傾げると、何故か一瞬彼の顔から表情が抜け落ちた。
なんだろう? と、疑問に思う間も無く表情が戻り、説明してくれる。
「入学当時に当面の金策でさ、物売る為にシモンを紹介してもらったんだよ。商談とかの交渉中は確かに骨が折れた記憶がある」
そんな事が…………ほんとに感心する。随分と色々な方面で動き回っていると思う。
「しっかしミスリもミスリだよな。そんな噂立ってる人を編入者に紹介するか普通?」
「ヨツバが普通じゃなかったからじゃない?」
「……………それ褒めてくれてんのか? 貶してんのか? どっちだ」
「どっちもかな? 変人だし」
「やっぱり変人扱いかぁ。さ、ベーコンも買ったし行こうか? ご案内致しましょうミス・バイオレンス」
「オホホ、ヨツバさんのお部屋の壁はどれ位の耐久度なのか確かめて差し上げますわ」
「是非シュトラの部屋の方の壁で確かめて下さいませ」
いつもは喧嘩口調になる会話内容の筈だけど冗談として言い合える。不思議と不快な感じも受けない。それは彼も冗談で言っていると解るからだろうか。
多分、これが彼との『丁度いい距離感』という物なのだろう。
彼の部屋まで、冗談を言いながら歩いて行った。